狂笑アンサンブル 六頁目
いけると、戦場にいる西本部の誰もが感じていた。
最強の敵にして『境界なき軍勢』の首魁ミレニアムは原口善が封殺しており、残る『十怪』も神器部隊が命を削る思いで押しとどめている。
そうなれば残る兵士の質は西本部側に大きく傾いており、ゼル・ラディオスが先陣をきりながら指揮をとっている事もあり兵士の士気も高い。
四大勢力やそれに属していない有力者たちなどのいくらかの目が秘密裏にその様子を探る中、戦いは間違いなく西本部有利の状況で進み続けていた。
「撃ち続けろ! 弾幕を張り続けろ! 我らが神に逆らう愚か者どもを根絶やしにしろ!」
血反吐を吐くような勢いでそう宣言するゼル・ラディオスに呼応するように銃弾の雨はより一層厚くなり、敵方の戦力は悲鳴を上げながら崩れ落ちていく。
『報告します! 神器部隊の龍様がギャン・ガイアとの戦いで戦死! ギャン・ガイア、本部長様の方へ接近していきます!』
「ちっ、来るか狂信者!」
とはいえ油断ならぬ状況なのは変わりなく、迫る脅威を前に彼は悪態をつくが、それでもその状況自体は悪くないと考える。
自分ならばギャン・ガイアを封殺することができる自信があったからだ。
「わかった。ならば総員に伝えろ。その男は、恐らく私以外の手では止まらん。戦おうとはせず、私のいる場所にまで誘導しろ! 他は!」
「はっ! 遊撃隊として動いていらしたギルド『アトラー』の方々と、ギルド『メタガルン』の方々が事故により衝突。両戦力とも、立て直しに時間がかかるという事です!」
「この乱戦ならば仕方がないことではあるが、時間を取られていくわけにもいかん。その類に関して優秀な能力者をいくらか割いていけ! 他の面々は変わらず賊共の制圧だ!」
『了解!』
通信越しに聞こえてきた声に対し指示を出し、帰って来た返事を聞き満足げに頷くゼル・ラディオスだが、それからまもなく戦場で戦う部下の動きが変化するのを確認。
「来たか狂信者め!」
それから一分とかかることなく『十怪』の一角の姿が現れ針を向ける。
「確か君は……ゼル・ラディオスだったね?」
「ギャン・ガイア!」
覇気こそないものの他者をひれ伏せる程の強烈な凶器を振りまくその姿を前にして、西本部長ゼル・ラディオスが声を荒げながら針を発射する。
『十怪』ギャン・ガイアに関して言えば世界中で暴れている存在であるためそのデータにもかなりの蓄えがあり、ゆえにゼル・ラディオスは目前の男に残り五十センチにまで近づいた状態で神器による一斉射撃を行えば、いかに『十怪』において指折りの実力者であるギャン・ガイアといえど、避けることができないことを理解していた。
「賢者の魔針!」
当てるのではなく誘いこむために、無数の針が撃ちだされる。
それはギャン・ガイアを彼の思い描いた道へ誘いこみ、攻撃が当たる範囲にまでおびき寄せるためのものであったのだが、その意に従わず、ギャン・ガイアの姿が離れていく。
「ちっ………………いやまて、なんだあの動きは。奴は何を狙っている?」
思い通りに動かないギャン・ガイアに舌打ちをするゼル・ラディオスだが、しばらくしてその動きに対し不信感を持つ。
目前の男は普段ならば邪教と認定した者の中でも高い地位にいる者を優先的に殺そうとする傾向がある。
それが宗教全体にとって、大きなダメージとなると判断しているためである。
しかし今目の前にいる彼からはそのような意思は感じられず、別の何かを探すような意志を感じ取れる。
「なっ!?」
そのような疑問を彼が抱く中、ギャン・ガイアの姿が混戦の中へと消えていく。
「待て!」
嫌な予感を覚えた彼がすぐに追いかけようと一歩踏み出すのだが、その時形を残していた西本部の残り半分の内部で凄まじい轟音と衝撃を伴いながら爆発が起こり、彼の視線が半ば強制的にそちらに注がれる。
同時にそれまで降り続いていた銃弾の雨も収まるのだが、にもかかわらず『境界なき軍勢』の面々は動くことなく、頭上を見上げ口を閉じた。
「ギャハハハハ!」
次の瞬間、戦場らしくもない静寂を突き破り聞こえてきたのは、聞いた誰もが下卑た笑いと形容するであろう男の声。
「いいねいいねぇ――――最高じゃないの!」
声は空から聞こえ、その正体を知るために両軍の数多くの戦士が空を仰ぐ。
「ははっ、この感じ、最高だ!」
そこにあったのは巨大な銀の円盤、全身を様々な色に変化する光で包み、不規則な軌道を描くそれが、巷ではUFOと呼ばれる飛行物体で、その上に乗り下卑た笑いを発するのは、この世界に存在する多くの者がどのような形であれ見た事のある男の姿。
ぼさぼさの髪の毛に手入れされていない無精髭、獲物を狩る狩人の如き鋭い目をした男は、それを確認したほぼ全員の背筋を凍らせ、ミレニアムと戦いながらも確認した善も表情を歪ませる。
「『戦争屋』とは、ずいぶんと物騒な奴を懐に忍ばせてるじゃねぇか!」
「そうでもない。奴はこと仕事に関してはしっかりとやる男よ」
「そうかい!」
「応とも! しかし流石は原口善だ。まさかあの爆発の余波を受けてなお無傷とは!」
その様子を確認したミレニアムが心底楽しげに笑いながら善へと向け拳を突き出す。
それを受け流し吹き飛ばす善であるが、先程まで浮かべていた余裕の表情は消えていた。
「それで? 貴様はここで俺とままごとを続けていてもいいのか?」
「……言ってくれるじゃねぇか!」
これまで同様立ち上がり、痛みなど一切感じていない様子でミレニアムが前進するが、その姿を目にした善の心が焦燥感に駆られる。
「無論よ。その様子ならば退くという選択肢はないようだな。良いぞ、これでやっと……」
「ちっ!」
「我も楽しめそうだ!」
先程までは善はミレニアム相手に時間を稼げばよいだけであった。
そうすればミレニアムを打倒することは敵わないが、数名を除き大半を撃退することができるはずであった。
しかしその思惑は『戦争屋』エクスディン=コルの参戦により崩れ落ちる。
善がミレニアムと戦うすぐそばで、秒単位で凄まじい数の『気』が消えていく。
「どうした? 気が乱れているぞ?」
「クソが!」
その状況を前にのんびりと戦える程の胆力は善にはなく、必然攻撃の手が増えていき、それに比例して本当に小さなものであるが、隙も増えていく。
「そんな状態で……この我に勝てると思うたか!!」
その隙を見逃す程世界最凶は甘くなく、手を出さぬほど愚かではない。
十秒二十秒と続く善の猛攻の間にできた僅かな隙に、万物を破壊せんとする拳を潜り込ませる。
「っ!?」
その動きはまさに神速。
通常ならば相手の動きを見てから行動できる善でさえミレニアムが突如撃ち出した光の速度を上回るその一撃を回避することができず、貫かれるような衝撃を覚えながら善の体が様々な音を発する西本部の中へと沈んでいく。
「さて…………エクスディン、カメラをこちらに向けろ!」
崩壊寸前の西本部に消えた善の姿をミレニアムは然程も気にせず声をあげる。
「へーいよっと。いやしっかしまさか俺が実況者紛いの事をすることになるとはねぇ。人生どうなるかなんてわからねぇもんだな」
すると空に浮かんでいたエクスディン=コルはあらかじめ用意しておいた撮影機や放送機器、それに加えてカメラの電源を入れ、カメラのレンズをを地上で戦うミレニアムへと注いでいく。
「あーテステス。こちら西本部上空こちら西本部上空。画面の前の良い子悪い子老若男女に人生に日増してる皆さま! この光景がしっかり見れてるか………………うし、ちゃんと見れてるな。偉いぞ~」
すると彼が目の前に置いたパソコンの画面に、自分たちの姿を埋めつくすような勢いで様々なコメントが流れ、それを目にしてエクスディン=コルが満足気に頷く。
「さーて、ハッキングが得意な奴らはどんどん回線を開いて行けよ~。世界中にこの放送を届けんだ」
「エクスディン!」
「ほいよ、受け取りな大将!」
「ご苦労、後は機器の防衛に勤めろ」
「はいよ」
画面の向こう側の人々の様子を確認するエクスディン=コルが、ミレニアムに自身の名を呼ばれポケットから超大音量を発するスピーカーを取り出し彼へと投げつける。それを受け取ったミレニアムがスピーカーを頭部の鎧にしっかりと張りつけ、スイッチを押す。
「この戦いを観戦し、加えて現政府に不満を持っている全ての者に伝える。我が名はミレニアム、この世界を正しき形に修正するものだ」
すると彼は厳かな声色でしゃべり出し、エクスディン=コルの側に置いてある画面へと声が流れる。
「おっと、このままじゃサーバーがパンクしちまう。予備を付ける必要があるな」
画面を流れるコメントの数が膨れ上がりエクスディン=コルが危機感を持ち動き始める。
その間にもコメントは膨れ上がり、閲覧数はネズミ算式に増えていき、この戦いが世界中の人の目に移されているのを明確に理解。
「はは、おっそろしいねぇこりゃ」
同時に彼が悟った。
今この瞬間、世界が変わっていると。
神の座イグドラシルによって作られた平和が音を立てて崩れていると。
彼は確信をもって言いきる事ができた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ミレニアムが善相手に行った光速超えの理屈。
それについてはどこかで教えていければと思うんですが、今回は次回以降に関して
今回の話で『狂笑アンサンブル』は終わり、此度の戦いにおける重要な話に移ります。
タイトルは『スピーチ 一頁目』
もしよければ、また明日ご覧ください




