狂笑アンサンブル 五頁目
敵と認めた五人を蹴散らすため、パペットマスターはそれを完遂することができる十分なカードを取りだそうと手を伸ばす。
「クカカ!」
未だ棺の中に眠る人形に糸を通し、中にいる人形が棺の扉を蹴り破り外へと飛びだそうとするが、その瞬間、パペットマスターの手から伸びる無数の糸が撃ち抜かれる。
「馬鹿が、厄介だとわかってるもんを取りださせるかよ」
「フム」
銃口から煙を吹きだす康太の台詞にパペットマスターが内心で舌打ちする。
無論手は一切休めず人形へと向け糸を接続するように努めるが、その悉くを目の前にいる少年少女は撃ち落としていく。
「なるホド、私ガ人形ヲ使うのを阻みマスか」
少年少女の思惑を理解しパペットマスターは嗤う。それは当然の行いであると納得する。
パペットマスターはその名の通り人形使いであり、その力を十全に発揮する場合必ず人形が必要になる。
そんな事は世界中の兵士の誰もが知っている事であり、それゆえ人形に触れさせないというのは誰もが思いつく手段である。
「DEATHガ、それは中々難しイ事DEATHヨ」
だからこそ、パペットマスターはその点においては滅法強い。
人形に糸を接続し、自らの支配下に置く術をいくつも所持している。
「クカカ!」
そんな彼が耳障りな希妙な笑い声と共に指から何十本もの糸を出し、数多の棺の中に眠る人形へと伸ばしていく。
「…………炎上網」
糸が棺へと伸びて行くその最中、大きく一歩前へと前進したゼオスが紫紺の炎を剣に宿し、振り払うと同時に撃ち出した極厚の炎が天へと伸びる壁へと変化し、無数の糸を焼却。
「ほう、やりマスねぇ」
その様子を眺めるパペットマスターの顔には未だ余裕の色が色濃く残っており、蒼野が目を細め彼の左手を凝視すると、指と指の間には凛然と輝く中指ほどの長さの針が握られていた。
「支配針だ! 康太!」
「おう、任せろ!」
立ちふさがる炎の壁を突き破り四本の針が棺の中へと入ろうとするが、康太がそれを撃ち落とそうと銃を握る。
すると今度は康太の行く手を阻むように木の壁が行く手を遮り、康太が撃ち出した銃弾が全て防がれてしまう。
「甘い甘い! そんなもんで俺達の快進撃を止めようなんて甘すぎだぜ人形師!」
しかしその光景を前にして積が笑う。目の前の壁程度は自身にとって障害たりえないと、声を張り上げて宣言する。
「いくぜぇ! 武骨殺し!」
その手に持つのは周囲の木々を遥かに超える、自身の身長の十倍近い大きさの鋼色をした鉄の塊。
形としては剣を模してはいるそれは、蒼野の持つものと同じく切れ味というものは一切なく、その重量を活かしあらゆるものを潰す事に特化した武装である。
「せりゃ!」
普段発しないような気合いの入った声が積の口から放たれ、今度は彼が一歩前へ出るように大地を踏む。その勢いのまま巨大な鉄の塊を振り回すと、目の前の壁は飴細工のように砕け散り、そこから生じた衝撃波がその奥に並んでいた木の棺を吹き飛ばし、パペットマスターの思惑をねじ伏せた。
「ははははは! パペットマスター恐れるに足らずってな!」
その光景を前にして、豪快に笑う積。
「ホウ、いってくれマスねぇ!」
「うんぎゃぼは!?」
そのようにして勢いに乗っていた積の表情が、砕け散った木の壁の奥から現れたパペットマスターを前にして瞬く間に真っ青なものに変化。口とサングラスの奥の目から大量の水分を吹き出しながら、勢いよく背後へと飛び退いた。
「パペットマスター!」
「近づかせないわ!」
彼の真の目的が自分達を操る事にあると全員が認識し、迫ってくるパペットマスターへと向け蒼野と優の二人が接近。
右手で西本部に残る戦力を操作し、残る片腕で自分達を相手するパペットマスターを相手に、再び接近戦を挑んでいく。
「はぁ!」
「むぅ!?」
剣と鎌が荒れ狂い、今度はパペットマスターの守りを掻い潜る。
「く~ら~い~な~さい!!」
その状態から鎌を手放した優が放った数発の拳はパペットマスターの体を完全に捉えるに至るが、そのまま吹き飛んで行く姿を目にして、康太は嫌な感覚に襲われた。
「しまった!」
その感覚の正体がわかった瞬間、手にしていた二丁の拳銃を積が吹き飛ばした木の棺の方へと向ける康太であるが、銃弾を撃ち出した時には既に吹き飛んだパペットマスターから幾らかの人形へと糸が張り付いており、
「行きナサイ」
白い煙を吐きだしながら彼らを打倒するためにその姿を顕わにする。
「時間回帰!」
その光景に対し蒼野が危機感を覚えると自らの持つ能力の名を叫び、半透明の丸時計が主の言葉に従い出現。
それが今出したばかりの人形を戻すための攻撃であると十分に理解しているパペットマスターが左手を動かし人形を操るが、
「!?」
その瞬間、彼の体が目にも見えず正体もわからない攻撃に晒され大きく揺れる。
「今ノハ!?」
その衝撃と想定外の攻撃により人形師が混乱した結果、彼の支配下にあった人形の動きは僅かに止まり、その隙を狙い撃ち出した蒼野の能力が半ばまで出てきていた人形たちへと衝突。
彼らは映像の逆再生のような動きで、木の棺の中へとその身を戻し静止。
さしものパペットマスターも、正体不明の攻撃とこの結末を前に、僅かではない動揺をその表情に乗せ彼らの前に晒してしまう。
「お前さ、壁を壊す時はあんなに調子こいてたのに何でいきなり顔を青くすんだよ」
「いや姿形さえ見えなけりゃどれだけでも調子に乗れるんだが、やっぱ本人を見るとあれだ。心臓を直接握られてる感じがして……正直吐きそう」
「おいおい」
積の様子にため息をつきながら銃を構え、地上に転がっている木の棺へと向け引き金を引く康太。
「面倒DEATHねェ!」
「ちっ、全部ぶち壊して終わらせるつもりだったが、そこまでうまくはいかねぇか。まあ、十分な結果だと満足するしかねぇな」
狙いが自身が召喚した木の棺であることに気が付いたパペットマスターが糸で飛来するこれまでで最大の数の銃弾を叩き落とすが、間に合わなかった数発は棺に触れると、古賀康太が行ったにしてはあまりに威力の高すぎる大爆発を巻き起こし、内部の人形ごと粉々に砕け散った。
「まッタク……おいたが過ぎますヨ」
無論全ての人形が砕け散ったわけではない。
取りだした人形の中でも最も丈夫かつこの戦いにおける主戦力として使う予定であった人形は然程傷もなく取りだすことができ、彼はその人形に今度こそ完璧に糸を繋ぎ、自身の前に立ちふさがらせる。
「サアて、準備はイイDEATHネ悪餓鬼共。泣いたトシテモ、もはや許シてはアゲませんヨ」
「蒼野、あれって確か」
「ああ。どうやら目の前の化け物も結構本気らしいな」
立ちふさがるは両手に剣を携え、全身を頭部から足のつま先まで鋼鉄の鎧で覆われた異形の人形。
毒々しい紫と黒が混じったその姿は、彼が主戦力として使う人形の一体『メアナイト』だ。
「…………」
それを前にして蒼野達のうち数人が唾を飲み込み、パペットマスターがおもむろに腕を上へと伸ばす。
『おーい、聞こえるかパペットマスター』
そうして両者が衝突をする間際、人形師の耳に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「なんだなんだ?」
「動きが止まった?」
声の主は他者の命を自身の趣味趣向のために弄る、性根の腐った男であり、突如張り詰めていた殺意で満たされていた空気を潜め、嫌悪感に染まった表情をその顔に張り付け、積と康太が戸惑いを口にする。
「…………何の用DEATHか。仕事ガ終わるマデ、連絡は必要ナイと言ったはずDEATHよ」
『おいおい、ずいぶんと冷たいじゃねぇか』
「キミの手伝いをしているセイで少々面倒な状況になりマシテ。無駄話をするのなら、早く仕事ヲしていただきタい」
無線機越しに聞こえてくる声にはどこか楽観的なものであり、その男のせいで自分が被害を受けているのも含め、パペットマスターの声は自然と厳しいものになる。
『そうかい。それならこいつは朗報になるだろうな。頼み事だが、今終わったぜ』
「ナニ?」
『だから、仕事を完遂したってつってんだ。なんだ、その面倒事ってのはお前みたいな化け物から余裕を奪う程のものなのか?』
「まあ、片手間ニ相手ガできるほど弱くはありまセン。そんな事ヨリ、早く起動させなさい。面倒な状況を覆スのDEATH」
聞こえてくる声を聞くだけでイライラが募っていくのがわかる。
だが仕事を終えたというのならばそれ以上不満を言う必要はなく、質問には正直に答え指示を出す。
『ハハハハハハ! ならさっさと依頼を終わらせて、お前らのお手伝いでもしましょうかねぇ!』
するとたまらないくらい楽しいとでも言いたげな声が無線機越しに聞こえてくる。
それを聞くだけでイライラが募るのだが、無線機の通信が切れ大地を揺らす轟音が鳴り響くと、それを耳にしたパペットマスターが口が裂けたような笑みを浮かべ、
「サア!」
「!」
「さあ始めマショウ。この世界を転覆させル――――大イなる革命の始まりDEATH!!」
両手を広げ声高らかに宣言する。
世界中を巻きこむ、大いなる戦争の始まりを。
少年少女にとって忘れる事ができない…………後の世界に大きな影響を与える大いなる歴史の一幕を、
彼は告げる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
パペットマスター回。
気付いた時には人形を使用されていました……では蒼野達がマヌケかつおバカすぎるので、一話だけ使わせていただきました。
そして長くなりましたが電話越しの人物の笑みによりこの『狂笑アンサンブル』はいよいよ大詰め。
次回が最後の一話となります。
次々回のタイトルは『スピーチ』
ちょっと後の話ですが、楽しみにしていただければ幸いです。
それではまた明日、ぜひご覧ください!




