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狂笑アンサンブル 四頁目


「HAAAAAA!」

「おらぁぁぁぁ!!」


 山となった瓦礫の上で、拳と拳が衝突する。

 それは武器や能力、属性粒子すら使わぬ原始的な戦い、肉体だけを用いた最も単純なものであり、それこそ不良が河川敷で殴り合うという光景の延長線上に位置するものと捉えられてもおかしくはない。

 だがその光景を観察する者がいるとすれば、大半の者は尊敬の念を抱きながらその光景を見守るだろう。

 それほどまでに、両者の間で繰り広げられる近接戦は激しく熾烈なものであった。


「HA!」


 短くも重圧感を感じる咆哮と同時に、黄金の鎧に包まれた右脚が善の体を抉ろうと襲い掛かる。


「んなもん食らってられるか!」


 迫る一撃をしゃがむことで躱し、攻撃後にできた僅かな隙を逃さずミレニアムの顔面に拳を叩きこむ善。

 避けることや防御の姿勢を取るだけの時間もなく直撃を許したミレニアムの体が後方へと吹き飛び、続けて放たれる善の拳全てが直撃するが、黄金の王はなおも怯む様子はなくすぐさま反撃。


「ちぃ!」

「フハハハハ!」


 空を切る拳の余波だけで瓦礫の山の一部が崩壊し地上へと落ちていく善であるが、自分と同じように落ちていく瓦礫を足場にして再びミレニアムと同じ目線に立ち、睨みつける。


 そうしながら考えるのは、これから先の立ち回りだ。


 衝突を始めてから数分。一つだけわかったことが善にはある。


「…………業腹だが認めるしかねぇな」


 それは自分ではミレニアムには絶対に勝てないという明確な事実。


 原口善とミレニアムの身体能力や技能を比べた時、善はスピードとテクニックの二点においてはミレニアムの一歩二歩先を進んでいる。ここに無尽蔵のスタミナを加える事で、彼は決して負ける事はない。

 それに対しミレニアムは善と比べた時パワーの面で二歩三歩、いやそれ以上に先を行っているのだが、これに加えて神器を身に纏っている事による圧倒的な防御力が存在する。

 そしてそれこそが、善を苦しめる最大の障害となっていた。


「どうした? よもや諦めたか原口善」


 戦闘開始から数分、善はミレニアムの攻撃を捌き続け、自慢のスピードとテクニックを利用し攻撃を当て続けた。時にはクロスカウンターを決めることさえあった。

 加えてただ殴るだけでは傷一つ付けられなかったことから関節技や鎧の内部に衝撃を与えるような技も用いたが、それらを完璧に決めても目の前の存在が怯む様子は一切なく、心底楽しげに嗤いながら反撃に出て来た。


 つまり善では、ミレニアムに対して致命傷に至るだけのダメージを与える事ができないのだ。


『報告は終わりだ。満足したか?』

『ああ、満足したよ』


 自らの無力に苛立ちを感じながらも、自身から少し離れた場所で念話を使い自身に報告するゼル・ラディオスに返事をする。

 その内容は此度の大規模な戦いは八割方優勢に進めているという内容であり、このまま不測の事態さえなければ、西本部の建物自体は破壊されたが、残っている人員たちで大半の敵を敵を駆逐できるという内容だ。


『まあこれなら』


 そして自分とミレニアムの戦いはと言えば、長期戦に持ちこんだところで負ける事はないが勝てる見込みもなく、このまま戦いを続けたとしても何の利益もない。


『取るべき道は一つしかねぇな』


 つまりミレニアムをこの場で打倒することは恐らく不可能であるという事だ。


『?』

『聞けゼル・ラディオス。恐らく西本部にとっても、これが最もいい結果なはずだ』


 だからといってこの戦いが終わりを迎えたわけではなく、敗北という結果を突きつけられたわけでもない。ゆえに善は新たな策を思い浮かべ、その内容をゼル・ラディオスに告げる。




「…………原口善、貴様一体何をした?」


 善がゼル・ラディオスに自身の考えを伝えてから数十秒後、何度目か数えるのも馬鹿らしいほどの衝突が繰り返され、両者が距離を取ったところでミレニアムが変化した空気を感じ取り疑問を口にする。


「なんの事だ?」

「とぼけるな。空気の感触が変わった。貴様の入れ知恵か?」


 全身鎧の化け物がどうやって空気の感触を確かめてるんだよ


 胸中でミレニアムの言葉に対し一人突っ込みを入れる善だが、そのような気持ちは表情には出さず、ミレニアムに対し不敵に笑う。


「さあて、俺には全くわからねぇ事だな。それよりおめぇ、そんな事に気を割いてる余裕があるのか?」

「…………ふむ」


 まるで悪役のような笑みを浮かべ自身へと殴打を繰り返す善を前にしても、ミレニアムはこれまでのように感情を昂らせず、無理に反撃しようとは思わない。

 視線や体こそ善の方に意識を向けたままではあるのだが、意識の大部分は周囲の状況を観察することに割いていき、この戦場全体の変化を認識していく。


「…………」


 主な動きの変更点は西本部の兵士たちの攻撃の激化と、要塞内に控えていた銃撃隊の中で続くはずであった混乱が大方鎮静化している事だ。

 後者についても全くの予想外ではあるのだが、目下最大の問題は前者で、後者の問題が解消された事により地上へと降り注ぐ銃弾の雨の勢いが目に見えて増し、兵士にかけられる圧力が明らかにこれまでの比ではないものへと変化している。


「賢者の魔針エグワイト


 銃弾の雨に加えゼル・ラディオスの放つ針の雨まで加えられたそれは、一般の兵士に耐えられる物ではなく、それに加え後方で指示を出していた神器部隊の面々まで前線に繰り出されているため、『境界なき軍勢』は凄まじい勢いで兵力を失っている。


「……………なるほど、戦力を削りに来たか」

「気付くのが早ぇよ。もうちょっとゆっくりしてけよ」


 苦々しい様子でそう呟くミレニアムに対し、善が皮肉めいた口調と笑みでそう返す。


「おめぇは確かに強いが『境界なき軍勢』はおめぇだけを指した言葉じゃねぇ。他にも危険人物はいくらでもいて、そいつら全員をとっ捕まえられるなら、西本部を破壊された事実をチャラにできるだけの成果は得たと見ていい」


 無論どれだけ攻撃を続けたとしても、個々人を狙っていない広範囲攻撃で戦闘技能に長じた『十怪』まで倒せるとは善も思っていない。

 しかしそれ以外の全員を倒せれば、例え彼らを取り逃したとしてもこの上なく大きな収穫となる。


 そう黄金の王に告げる善は花火を咥え火を点けるなどという戦場に似合わぬ行為を行いミレニアムを煽り、それを前にしたミレニアムが鼻を鳴らす。


「やってくれる。しかしだ原口善。我がそれを黙って見過ごすと?」


 するとそれを阻止しようと動きだすミレニアム。


「おいおいつれねぇな。もうちょっと遊んでけよ」

「貴様!」


 が、それを許す程原口善は甘くない。

 動きだすミレニアムの肩に手をかけ、それを振り払おうとミレニアムが手を伸ばすとそれを掴み、その巨体を投げ飛ばす。


「悪いが、ここから先は通行止めだ。ここできっちり止まっとけ」

「ぬぅぅ!」


 原口善ではミレニアムを倒すことはできない。

 しかしそれは攻撃が効かないからであり、勝負の趨勢事態は善の方に傾いている。

 ゆえに『勝利』ではなく『足止め』を目的にするならば、善は十分にその役割を果たすことができると理解していた。


「さあて! 勝負を続けようぜ黄金の王!!」


 声高らかにそう宣言しながら迫る善を前に、ミレニアムが一刻も早く撃退しようと大地を蹴る。

 その動きに合わせ大地が左右に避けその奥から巨大な岩石が現れ善へと向け撃ちだされていくが、それら全てを避けながら彼はミレニアムへ迫り殴り続ける。


「HA!」

「遅せぇ!」


 それを頭部に受けながらも一切怯まず拳を撃ちだすミレニアムだが、それを慣れた様子で躱す善。

 そのままカウンターの姿勢に入る善に対し重力波を放つミレニアムだが、それに気が付いた瞬間善はその場から離れ射程圏から逃れていく。


「ぬぅ!」

『あーもしもし。もしもし、聞こえるか?』

「貴様は…………」


 このままではまずい、少々予定よりも早いが、手札を晒すべきか?



 そう考えるミレニアムに対し繋がる通信。

 その相手を理解し内容を聞いた瞬間ミレニアムは事態がやっと自分の思う段階にまで至った事を理解した。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日の話は善VSミレニアム。

西本部サイドの反撃をお見せする回になりました。


注目すべきはやはりミレニアムの耐久力ですね。

これがある限り彼は本当に無敵に近く、今回の話でも彼が思考する合間に善はそれを阻害するように攻撃を続けていたのですが、完全に無視して好きな事を行っていましたからね。


さて次回はパペットマスターサイドの話でございます。

よろしくお願いします。


それではまた明日、ぜひご覧ください!!



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