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狂笑アンサンブル 二頁目


「ところで善。あの子達が目標としている対象は誰なんだ?」

「対象?」


 修行の日々が始まってから一週間後、その日はゲゼル・グレアが蒼野達の元へ訪れている日であった。


「あ、蒼野君。剣を振り上げる際の速度が落ちてきたよ。ここ少し頑張ってみよう」

「了解!」


 蒼野達五人が木々が生い茂り太陽の光が降り注ぐ草原で基礎動作の反復を行い続ける中、善とゲゼル・グレアは軽い組み手を行っており、その合間に蒼野に指摘をしながら、ゲゼルがふと気になったという様子で口を開いた。


「前に言ってなかったか。『十怪』と互角に戦える段階まで持って行くって」

「それは聞いたよ。問題誰と互角にまで持っていくかだ」

「誰と?」


 光速を上回る速度で振り下ろされた剣を受け流し、カウンターの拳を放つ善。


「うむ、誰と。何せ『十怪』は誰もが脅威であるが、そう呼ばれるようになった理由は様々じゃ。賢教が推薦した『泥棒王』を基準にするならば、単純な強さ以上に相手を逃がさないようにすることが重要じゃし、『電子人』はそもそも土台からして違う。求められるのは特別な技能じゃ。『剣鬼』や『狂信者』を対象にするのなら、単純な強さでは『三狂』の領域に近くなるため、つける特訓の内容はより濃い内容になるじゃろう」


 目前にまで迫った善の拳を剣の柄で叩き落とし、そのまま服に引っかけると力任せに振り下ろし姿勢を崩す。ゲゼル・グレア


「確かに、な!」


 すると善はその行為に逆らわず、勢いを殺さず一回転しながら踵落としを放つのだが、ゲゼル・グレアはそれを一歩後退するだけで躱し、元の姿勢に戻った彼の顎裏に、すかさず剣の切っ先を添えた。


「まだまだ甘い。が、筋はいい。少なくとも、若い頃の儂よりははるかに強いよ」

「喜んでいいんだか悪いんだか分からねぇなそれ」


 思い通りにいかなかったことに残念に思いながらも一息つき、ペットボトルを置いておいたベンチに移動し水分補給を行うと、自らの師が口にした内容について彼は考える。

 確かにただ目標とするラインを設けるよりも目標、つまり仮想敵を置いた方が訓練が捗るケースは多々存在する。

 となればすぐにでも導入した方がいい提案であるのはわかるのだが、その場合対象にする相手の選別に頭を悩ませる。


「パペットマスターにエクスディン辺りはあいつらの内の誰かは会った事があるから分かりやすいな。電人やら泥棒は論外として……資料を調べるとしても、ソードマンやギャン・ガイア辺りのデータが不足してるな」


 何せ『十怪』の強さはゲゼル・グレアが口にした通り千差万別だ。誰を選ぶかで取るべき訓練の内容は大きく変わるのはもちろんの事だが、そもそも目標となる人物の情報が欠けている事が多々ある。


「訓練中で悪いが一度手を止めてくれ。んで、汗を流すなり一度休むなりしてから、三十分後に会議室に集合だ」


 とはいえ避けられない話題であるのは確かであり、基礎の反復を行っている蒼野や木陰で休んでいる康太に声をかけ、事務作業でその場にいない積を除く全員が反応。

 三十分後には善とゲゼルが待つ食堂に積を含めた五人が現れ、普段通りの様子で席に座る。


「さて、今回集まってもらった理由なは今更になっちまったが一つ決めてもらいたくてな…………おい康太に優、菓子の取り合いをするな。そんなに欲しけりゃ同じものを取ってやる!」


 戸棚から二人が取り合っているのと同じクッキーを取り出し、興奮する二人の前に置く善。

 すると二人は同時に手にしていたクッキーから手を離し、新しく置かれたものに手を伸ばそうとするのだが、未来視などがなくとも先が見えた蒼野が康太の手を掴みその動きを止めた。


「……それで、俺達に決めてもらいたいこととはなんだ原口善」


 そうすることで起こるはずであった騒ぎはなくなり、場の空気が落ち着くと同時にゼオスが話を切りだす。


「ああ。訓練を始めてから一週間ほど経ったんだけどよ、大前提を決めてなくてな。お前らには最終的に『十怪』と並ぶ強さになってほしいんだが、その基準を決めてなくちゃならねぇ」

「基準?」


 すると善がそれに応じ今回の議題を提示するのだが、その意味を完全には理解できない蒼野が首を捻り、ゲゼルが一度咳ばらいをして口を開く。


「そうじゃ。まあ言うなれば誰を目指すか、と言い換えてもよい。『十怪』は強さ以上に危険度を指針に決めているところがあるからの。『十怪』を基準にしたとしても、その強さは相手によって大きく変わる」


 蒼野の疑問にゲゼルが答え、それを聞き蒼野だけでなく康太や優も納得し首を縦に動かす中、いの一番に手を挙げたのは積だ。


「はいはーい。そういう事なら、マハトマ・ハックの打倒を目指したらいいと思います!」

「ほう、その心は?」

「え、心…………いやうーん……あれだ。現状一番対処が困難な相手だからな。俺達が奴のエキスパートになってやろうというわけさ!」

「うーむ。申し訳ないんじゃが今回君たちになってもらいたいのはもうちょっと広い範囲に対応できる戦士なんじゃよ。というかあやつの対策に限って言えばわしらでは何も教えられんし」

「てかおめぇは面倒な特訓よりも好きなことしたいだけだろ。却下だ却下!」

「ちぇー」


 善とゲゼルの反応を聞き、不満を顕わにしながら足をぶらぶらと振り回す積。


「ふむ、こう言う場合に選ぶ相手とするならば、基本的には一度対峙した相手というのが定石じゃ。一度対峙した事がある分、相手の実力や空気が具体的にわかる」

「とはいえ、それを条件にしちまうと対象が絞られすぎる。だから今回の場合は映像資料が残ってる相手でも問題はねぇよ」


 それを無視して善がそう告げゲゼルが続けると、それから少しのあいだ五人は口を開かずに頭を捻る。


 すると大半が思い浮かべるのはほんの少し前にあった鮮明に思いだせる記憶。


 様々な武器を取扱う、ほんの一週間前にヒュンレイ・ノースパスを死なせてしまった原因である仇敵の姿だ。


「「善さん」」


 康太と優が同時に手を挙げようと動きだし、見事に同じ言葉を一致させ睨み合うと、


「善さん」

「ん? 決めたか蒼野?」


 その二人が答えを口にするよりも早く、蒼野が先へと駒を進める。


「はい。みんなさえよければ俺は…………パペットマスターをターゲットにして訓練をしたいです」

「ん?」

「あ、あら?」


 遠慮がちに蒼野が口にした名前を聞き、康太と優が疑問に思い、積は少々驚いたように目を丸くする。


「パペットマスターは俺がこれまで出会った犯罪者の中で一番危険だと思った相手なんです。相手を指定できるって言うのなら、俺はこいつを選びたい」

「…………確認だ原口善。エクスディンとパペットマスター、比べた場合強いのはどっちだ?」


 腕を組んで無言を貫いていたゼオスはというと、蒼野が最後まで話し終えたのを確認すると口を開き、それが最も重要であるとでも言いたげな様子でそう宣言。


「危険度については神教限定で言えばパペットマスターがぶっちぎってるが、他だとエクスディンだわな。野郎は基本神教以外には手を出さねぇんだから。実力については……どっちも場所と装備で変わるタイプだからな、何とも言えねぇ。まあでも、然程準備せずとも現場で好きなように人形出せるパペットマスターの方が一枚上手か?」

「……ならばパペットマスターで問題ない」


 エクスディン=コルの打倒を目指していたゼオスも、善の説明を聞くと蒼野の意見に賛同する。


「まあ、それなら」

「アタシも問題ないわ」


 無論それは康太と優も同様で、ゼオスに続き賛同。


「いや待て待て落ち着こう君たち。対象はエクスディンでいいだろ。何で好き好んで茨の道を進むんだよ」

「いやまあ、俺はヒュンレイさんの仇を取れるならそれでいいしな。話を聞く限り、パペットマスターをぶち殺せるレベルになれば、それも叶う感じだろ。なら問題ねぇ」

「それに、パペットマスターは蒼野にとって因縁のある相手なのよねぇ。事情を知ってる立場からしたら、まあ断りづらいっていうか……」

「むー因縁か……因縁ねぇ」


 康太と優の説明を聞き、唸る積。


「……諦めろ、貴様一人が反論したところで、多数決の原理は覆らん」

「…………わかったよ。けどそれなら今度何か奢れよ蒼野。それくらいしてもらわなけりゃ割に合わん」

「ああ、ありがとう積」


 最後にゼオスがそう言えばそれ以上反論することもなく、積も応じ蒼野は笑って頷く。



「待って待って無理無理! 死んじゃうから、もうちょっと手加減プリーズ!」

「クカカカカ!」



 それでその場は矛を収めた積であったが、半年後の現在になり積はその事実を心底から後悔した。

 目前に迫った命の危機を前にして、もっと粘っておくべきであったと涙を流す。


「おら!」


 康太の銃弾が瞬く間に五十発撃ちだされ、それに合わせるようにゼオスと優が左右逆の方向から飛びこみパペットマスターを挟みこむ。

 しかし康太の放った銃弾はパペットマスターが目で追いきれない速さで動かす片腕により全て叩き落とされ、ゼオスと優の攻撃は軽快なステップを踏むだけで避けられる。


「どうしたノDEATHか! この程度では、ワタシの首には届キまセンねぇ!」


 終始相手を挑発するように笑みを浮かべながらパペットマスターが左手薬指と小指を自由自在に動かすことで糸を操り五人に対峙。その表情に疲労の色は存在しない。


 戦いが始まってから数分が経った。


 蒼野達を挑発しながら攻勢に出るパペットマスターには十分な余裕があり、対峙する五人は車のアクセルをいきなり最大まで踏むような勢いで、目前の邪悪に反抗する。


「……炎上網」

「クカカ!」


 鼻の先端に炎の熱を感じながらも、容易く攻撃を避け続けるパペットマスターは、僅かな隙を見つけては片腕の小指と薬指を動かし攻勢に出るが、五人は十分な距離を取りそれらを躱す。


 パペットマスターは現在、西本部の精鋭約三万人を両手から出している無数の糸で操っているのだが、この三万という数字は両手の指全てを利用すれば十分な余裕をもって操作できる人数だ。

 これに加え前もって殺しておいた存在に『針』を指すことで自在に操ることで、彼は西本部内部に大きな混乱を発生させた。

 しかし今蒼野達と衝突した事によりそこまでの余裕がなくなり、その結果三万人を操作するために最低限必要な片腕だけで西本部に妨害を続け、残る片腕で蒼野達を撃退している。


「こいつはどうだ!」

「甘いDEATHネェ!」


 康太が放った五十五発の弾丸を、人差し指を自在に動かすことで叩き落とす。


「ッ!」


 しかし今度は全てを撃ち落とす事は敵わず、康太の銃弾が一発だけ主を守る糸を掻い潜り、パペットマスターの頬に掠る。


(お遊戯に付き合う程度ノ気持ちでしたが、存外厄介なモノDEATHネ)


 ワンアクションで続けざまに放たれた五十五発の弾丸。

 その全てを把握しながらも後一発撃ち落とせなかった事実に歯噛みしながら、それだけの銃弾を撃ち出した古賀康太に視線を向け糸を伸ばそうとするが、迫る積の姿を感知しすぐに引っ込める。


「怖いナラ逃げテモいいのDEATHよ。私ハ追いません」

「うっせぇ! お前が逃がしてくれてもなぁ! 俺の後ろにいる奴らは逃がしてくれないんだよ! ここで逃げたらな! 生き残った奴らに血祭りにあげられるんですよチクショー!!」

「クカカ、難儀DEATHねぇ!」


 体を真っ二つにするように交差した鉄斧を腕の一振りで斬り落とす。そのまま積の体を絡め取り最後尾で銃を構える康太へと投げ捨てると、それに驚いた康太が積を避け、目にも止まらぬ動作で銃を構える。


「一手……遅れましタね」


 しかしパペットマスターからすれば、ほんの僅かな時間、それこそ康太が積を避けるだけの時間さえあれば十分であった。


「ちっ!」


 康太が持つ二丁の拳銃が伸びた糸に輪切りに斬り裂かされ地に墜ちる。

 無論その状態では銃弾を打つことなどできないため康太は回避に専念し、時間を戻せる蒼野の側にまで近づこうとするが、それはさせぬとパペットマスターが行く手を阻む。


「水刃・三日月!」

「ムッ!?」


 鞭のようにしなり、刃物の如く大地を斬り裂く黄緑色の光を宿った糸。

 それが蒼野と康太の合流を阻む、細くも決して乗り越えきれない壁であったのだが、超圧縮された水の刃がそれに衝突し、ほんの僅かな拮抗の末それを斬り裂いた。


「よくやった! 最大の戦果だぞクソ犬!」

「康太!」


 褒めながら罵倒するとは器用なことを、そんな感想を抱きながら、投げつけられた銃の破片の時間を戻し元の形に戻す蒼野。

 それを渡すまいと糸を繰るパペットマスターであるが、両者の間にゼオスが割り込み、紫紺の炎が糸を焼く。


「マッタく、火属性とは面倒ナ……」


 木属性は火属性に弱く、相当の耐性がなければ抵抗できず燃え尽きる。

 パペットマスターが操る強靭な糸もその例にもれず、多少の抵抗はすれど消えていく糸を前に、彼は目を細めながら忌々しげにそう呟く。


「ふむ」


 面倒ではある。


 しかし均衡を保ったまま西本部へ襲撃を繰り返せば自分の役割は終わりである、対峙する五人の実力を冷静に図り、自らがやるべき責務を考え、その道を辿るための作戦を頭の中で構築する人形師。


「………………ム?」


 しかしその時、ほんの一瞬だが西本部へと向けていた意識も含め、全神経が五人の少年少女に向けられる。

 蒼野とゼオスの背後で何事かを呟き、強気な表情をする康太の顔を確認し不審に思ったからだ。


「うし、じゃあ散れ!」


 そしてその瞬間から、子供たちの反撃が始まった。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて今回は修行パートの捕捉とVSパペットマスターでございます。


色々書き出したいことはあるのですが一つだけ、

作中でも一、二位を争う嫌な奴であるパペットマスターですが、

仕事量だけはマジで多いです。

相手を小馬鹿にする態度が多いですけれども、それを補って余りあるブラックな仕事ぶりです。


それではまた明日、よろしくお願いします。

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