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狂笑アンサンブル 一頁目


「お、終わった。俺達はここで死ぬんだぁ…………」


 パペットマスターの姿を認めてすぐに、積の口から諦めの言葉が漏れる。

 全身を震えさせ諦念の言葉を吐きだすその姿は、蛇に睨まれた蛙よりも弱弱しい。


「縁起でもないこと言うなよ!」


 それを前にした蒼野が積を叱咤するが、その実この場にいる三人の中で最も不安に苛まれているのは蒼野であった。

 だがそれはごく自然なことだ。


 なにせ今この場にいる面子に康太や優を加えたとしても、実際に対峙し戦った事があるのは蒼野一人であり、その強さと残虐性、何より全身を覆い尽くすような恐怖を理解しているのは彼だけなのだ。


「きついな……」


 ゆえに彼は知らずのうちに二人には聞こえないほど小さな声でそのような言葉を漏らし、パペットマスターの動向を追う視線も僅かに揺らぐ。


「康太と優がこっちに来るってよ。ただ………………援軍は期待できそうにないらしい。どうやら西本部の方もかなり切迫した状況らしい」

「そう、か」


 積の言葉に対し落胆する蒼野だが、しかしそれも仕方がないことであると割りきることはできた。

 なにせ先程レウに見せてもらった光景は酷く凄惨なもので、あれを見ればこちらに手を回せないという理由にも実感が湧く。


「どうやらあっちでは大規模な同士討ちが起きてるらしくてな。恐らくパペットマスターの影響だろうってさ」

「まあその予想は合ってるだろうな。前に一度遭遇した事があるから分かるんだが、目の前の狂人は、それくらいの事は簡単にできるはずだよ」


 蒼野が見る先にいる奇術師は体と腕が九十度になる角度で腕を伸ばし、手首をだらんと垂らしている。

 その体勢が人形の類を操る時に使う姿勢である事を蒼野は脳内でどうするべきかを必死に考えるの。


「ならなんだ。例えばここでアイツの気を逸らすことができればあっちの被害を減らせるってことか?」

「…………古賀蒼野が言う事が真実ならばそういう事になるが、貴様から死地に飛びこむ提案をするとは珍しいな原口積?」

「はっはっは! いやいや何を言ってるんだゼオス。今のは例えだ例え。そんな自分から命を捨てに行くようなことをこの俺がするわけがないじゃないか!」

「いやぁ、それは別に笑顔で言うことじゃないと思うぞ積?」


 ゼオスの発言を聞き、そんな事はありえないと笑い飛ばす積と、その様子を前に肩を落とす蒼野。


 そうしながらも一切目前の脅威から視線を外さなかった蒼野だったが、突如パペットマスターの右腕がほんの僅かに動く。


「二人とも飛べ!」


 蒼野がそう叫んだのは『その瞬間』が見えたからではない。

 しかしほとんど目で追えない速度で振り下ろされた腕を前に彼の全身は自然と動き、地面を斬り裂く細長い斬撃が奔るよりも僅かに速く向かって左側に跳躍。


「うお冷たっ!」


 それから一拍だけ遅れ、彼らが身を隠していた自販機が三枚に斬り裂かれ、中の清涼飲料水が一番近くにいた積の体を濡らす。


「…………オヤ、こそコソと隠れているネズミは誰かと思エバ」


 積が体中に飛散ったジュースの類を前に悪態をつき始める中、蒼野とゼオスの二人が見たのはこちらに視線を投げかける男の姿。


「可愛イ子供タチではナいDEATHか」


 彼が向ける品定めするような視線には耐えがたい狂気が含まれており、ただ見るという行為を受けるだけで、彼ら三人の足がほんの一瞬だが止まってしまう。


「クカ、クカカカカ……おや?」


 その様子を目にして、パペットマスターが腹を捩りながら嗤う。

 命の危機が迫っているというのに動けなくなってしまっている哀れな存在を前にして、楽しげに嗤う。


「おやオヤオヤおや。親親OYAOYAァ?」


 のだが、積とゼオスの背後にいる蒼野の姿を見ると、彼は嘲笑を控え、回り込むような足取りで彼らの真横に周り、そこにいた蒼野の顔を覗きこみ、


「…………君、どこかで私ト会ッタ事がアリますか?」

「まさか………………忘れたのか。あれ程多くの人を殺しといて。その事実を……あんたは忘れたって言うのか!」


 その発言を聞いた途端、蒼野が吠える。

 敵意をむき出しにして、今にも飛びかかりそうなその様子は、温厚な性格の蒼野が普段決して見せない獣の類のものであり、ゼオスと積が自分たちの背後から漂う怒気を感じ取り目を丸くする。


「クカカ。冗談DEATHよ。ジョウダン!」

「パペットマスター……お前は!」


 その様子を眼で確認したパペットマスターがおちょくるようにそう言うと、積とゼオスが静止の声をかけるよりも早く蒼野が体を傾け、両手で剣の柄を強く握り、持てる力全てを総動員して一気に振り抜こうと意識を集中。


「そうキミは! 一年前ニ守りタイと思っていた人達を! 誰一人救エナカッタ少年DEATHねぇ!!」

「っっっっ」


 しかしその一撃が撃ちだされるよりも早く、蒼野の心臓に言葉の刃が突き刺さり全身が硬直した。


「覚えてマス。覚エテますとも。チョウド一年ほど前、マダ暑さが残るコロ、私が結界維持装置の工場を訪れタ際にいた少年DEATHネ。平和な世界を! 誰もが笑えル世界を! 目指しタイと目を輝かせ口にした少年! 己が手だけデハ、誰一人助けられナカった無力で哀れナ少年DEATH!」


 閉じていた傷をこじ開けるように、少年の前進に満ち溢れる闘志をかき消すように、一つ一つの言葉に緩急と強弱をつけながら、醜悪な笑みを浮かべ奇術師が囁く。

 そしてそんな言葉が綴られる度に、蒼野の顔から血の気が引いていく。


「違う……俺は…………俺達は多くの人達を助けれた。あんたから……多くの人を…………あの人を助けられた!」

「違いマス! 君は誰もタスケテなどイナイ。彼女を救えたノハ、原口善がいたカラダ。君トもう一人の少年は、本当に運ヨク生き残れたダァケ!」


 体が震える。全身に纏っていた闘志が消えていき、弱気な心が全身を支配する。


「加エテ言うと、あなたは彼女を救ってイマセン。何故なら彼女が死の間際ニ口にしたノハ、死に対する恐怖と、自らヲ死に追いやった貴方ニ対する憎悪ノ言葉DEATH!!」

「違う……あの人はそんな事を言わない人だって周りの人が!」

「ソレハ周りガ君に気を使っただけでしょう。それに対しワタシは、直にこの両耳でその言葉ヲ聞きマシタ、さて貴方はどちラを信じマスか?」


 少し考えればパペットマスターの話など信じるに値しないとすぐにわかることだ。

 しかし精神的に弱った蒼野にそこまで考える余裕はなく、構えていた剣を下ろしてしまう。それどころか目の前に最悪の危険因子がいるにもかかわらず、項垂れ涙を流す寸前にまで追いこまれていた。


「助けてアげまショウか?」


 そんな状態の蒼野の耳に――――声が聞こえる。

 小馬鹿にするような感情が一切宿っていない、それどころか優しさや慈悲すら感じられる声色で、目の前の狂人は蒼野に囁きかける。


 その姿を前にして、積とゼオスの背筋が凍る。


 何の打算や悪意もなく、目の前の男が善意など施すはずがないと、出会ってから然程時間は立っていないというのに、確信が持てたため背筋を凍らせる。


「助け?」

「エエそうDEATH。先程も言った通リ、君は本当に運ヨク生き残ったのDEATH。私とシましても、一度生き延びた命ヲ摘むのはナントモ忍びない…………ですから! 私は君たちヲ見なかったことにシテ、ここカラ逃がしてあげまショウ!」

「は。え、うそ……マジか!?」

「え?」


 だがそれでも、誰一人として想定していなかった提案を耳にすれば、積の口からは反射的に動揺の言葉が溢れ、蒼野の口からも疑問が突いて出る。


「無論条件ハありマス。君たちはココで見たことを伝えラレないよう、持っている通信機器ハ全て置いていってもらいマス。そして、向かう方向は西本部トハ逆側。つまりこの戦線から離脱シテもらいマス」

「…………何だと?」


 加えて課せられた条件を聞き、それまで無言を貫いていたゼオスも動揺を顕わにする。


 目の前で提案されている内容に信じられる根拠などどこにもない。むしろ信じる方が馬鹿馬鹿しい内容。

 しかしやけに詳しく語られる条件に加え、小馬鹿にするわけでもない態度を前にしたことで、積の心の片隅では、信じても良いのではないかという思考がよぎる。

 無論その考えは心が弱りきっている蒼野の心にも芽生えており、その条件を飲むべきかと悩む中



 不意に耳を支配するかのような巨大な発砲音が聞こえてきた。



「あっつ!?」

「フム。どなたDEATHか?」


 それは蒼野の頬を掠り、パペットマスターの頭部目がけて一直線に飛んで行く一発の弾丸で、対象に到達することなく容易く振り払われてしまうが、その一撃が与えた影響は大きい。


 弱気になっている三人の心に喝を入れ単純な事実――――相手が正直に約束を守る理由がない事を思いださせる。


「おいおいお前ら」


 そうして気を取り直した三人の元に見知った足音と声が聞こえる。


「そんな話なんて呑む理由がねぇだろ。つーか、例えそれが本当だとしてもこいつ相手に逃亡する選択肢だけはねぇはずだぞ?」


 声の主は複数ある公園の入口の一つからゆったりとした足取りで近づいて来ており、両手には彼の得物である銃を携えている。


「君は…………一体だれDEATHカ?」

「アンタがめちゃくちゃに虐めてくれた男の義兄弟だ。銃を向ける理由もそれで十分だろ?」


 その後古賀康太が発した言葉を聞いたパペットマスターが忌々しげに舌打ちし、引き金を絞ろうとする康太に糸を向ける。


「っと、あぶねぇな!」

「ずいぶんと避けるノガうまいのDEATHネ。それほどの身体能力があれば大道芸に向いテそうダ」

「そりゃどうも。それより、俺にばかり気を向けてていいのか?」

「ナニ?」


 飛んでくる銃弾を指一本動かすだけで全て叩き落とし反撃するパペットマスター。

 彼は康太の言葉を疑う事なく振り返り、そこで金髪碧眼の少女が拳を握り自分に迫って来ているのを確認。


「一直線ニ迫るとは剛毅DEATHネェ。しかし」

「ぐっ!」

「それは『青さ』デモありマス」


 自身へと向かい迫ってくる拳を目にも見えない速度で斬り裂き、尾羽優がその場で片膝をつくのを目にして、意地の悪い声でそう告げのだが、


「ええそうね。でもこれは『青さ』じゃないわ」

「ン?」

「だって私たちは……」

「お前を倒すために――――強くなったんだ!」

「!?」


 少女の言葉を前にパペットマスターが動揺する。

 振り返ったところで見たのは、怒りではなく純粋な闘志を目に秘めた蒼野の姿。


「吹き飛べ……パペットマスター!」


 すぐに反撃に出ようと腕を動かすがもう遅い。

 蒼野が渾身の力で振り上げた鉄の塊はパペットマスターの顔面を見事に捉え、彼の体を空高くへと吹き飛ばした。


「そうDEATHか。私ヲ倒すタメに強く……」


 しかし空を舞うパペットマスターは然程痛みを感じた様子もなく宙がえりをしながら地面に着地。


「デハ」


 周囲の空気を汚染するかのような殺意を撒き散らし、残虐で悪意に満ちた笑みを浮かべると、右手に装着した糸を西本部から引き離し、


 「キミ達の一年間ガどの程度カ、採点してあげまショウ!」


 目前の子供達を前にそう告げた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて本日はパペットマスターサイドの更新です!

こうやって彼が主人公陣と対峙するのは久しぶりですが、その嫌らしさを存分に出せたのなら幸いです!


作者からすると、彼についてはエクスディン=コルと並びどんどん嫌ってほしいところですので、うまく嫌悪感が出ていれば幸いです!


そしてタイトルも本日から新しいテーマに更新。

戦場を埋め尽くす、様々な『笑顔』を楽しんで見ていただければ幸いです!


それではまた明日、ぜひご覧ください!

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