表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
262/1360

密談――――明かされた秘密 二頁目


「え?」


 戦場に臨もうと集中していた二人の意識が、レウの言葉を前にして乱れる。

 前へと向け進みかけていた足が止まり、扉の方に向けていた視線が声の主の方角へと注がれる。


「今……なんて?」

「『彼岸の魔手』について、君たちに説明したい。もしよければ、少しだけ時間をくれないかい?」


 少々後ろ髪を引っ張られるような様子で語られるそれは、昨日の時点で聞けない事柄であると諦めきっていた内容であり、同じ顔をした少年二人は顔を見合わ、一度だけ頷くと、来た道を戻りベットに腰かける。


「…………『彼岸の魔手』というのは一般の人々や他の四大勢力が利用できない貴族衆専属のギルドの名だ」

「貴族衆専属の……ギルド?」


 その様子を見届けたレウが、口から血を吐くかのような勢いで語り出し、その顔に浮かべる苦々しい表情を前に蒼野が慎重に、ゆっくりとした口調で反芻。


「そうだ。その仕事内容は様々だ。要人の警護から荷物の搬送。各組織への通達役を担う事もあれば、監視の任務を行うこともある……ただこのギルドには他にはない権利を一つだけ所持している」

「他にはない……権利?」


 その内容を蒼野とゼオスはもちろん知らない。

 しかし言いづらそうにしながら目の前にあるテーブルに肘を置き、顔の前で両手を合わせるレウの様子を見れば、これから語られる内容が重い内容なのはすぐにわかり、蒼野はほんの僅かな間だが、呼吸さえ控え次の言葉を待った。


「うん、彼らはこの世界で唯一…………自由な殺人が許可されている組織なんだ」

「う、嘘だ!」


 『殺人の許可』、その言葉を聞いた瞬間蒼野は信じられないと声を荒げ、話が進まないと感じたゼオスが彼を静止し、レウ・A・ベルモンドを視線で射貫く。


「…………確認するぞ、レウ・A・ベルモンド。この世界では日々多くの戦いが行われている」

「ああ」

「…………だが殺人は罪になる。殺すことは闘争に関して唯一許されていない事柄であると言ってもいい。

 それを破れば被害者の関係者による復讐、つまり殺人が四大勢力公認で行う事が許されるほどだ。

 普段は殺人を否と唱える四大勢力とて、相手が相応の危険人物だとわかれば『特別』に殺人が許可される」

「そうだね」


 ゼオスの問いに対し淡々と答えるレウ。


「………………他にも諸々の足かせや特殊な権利が生ずるが………………自由な殺人の許可とは、それら全てを一ギルドが無視できるという認識で構わないのか?」

「ああ…………そうだよ」

 

 彼はその後に聞かれた確信に迫る質問もはっきりとそう答え、それを聞いた蒼野は顔を両手で覆いながら空を仰ぎ、ゼオスはさしたる反応を見せる事はなかったが、数秒間口を閉じた。


「……『彼岸の魔手』の持つ権利についてはわかった。しかし信じられんという気持ちが強いな。レウ・A・ベルモンド、きさ……お前の言うことが真実であるというには現実味がなさすぎる」

「というと?」


 それから再び口を開くゼオスに対し、それまで同様素っ気ないと取られてもおかしくない態度で返事をするレウ。


「…………ギルド内の規律として殺人という行為は正当防衛及び『十怪』『三狂』などの一部を除き禁止されている行為だ。その大前提をどう覆した?」

 

 ギルド、貴族衆、神教、賢教、この世界を支配している四大勢力にはそれぞれ別の法律が敷かれている。しかしその内容自体は似通っており、殺人行為の禁止という点については、どの組織も掲げている大原則だ。

 神教を恨む賢教でさえその点については明文化しており、これが許されるようになったいきさつが彼にはわからない。


「何事にも例外はある、という事だね。四大勢力のギルドについては、貴族衆が大きな恩を売っている。その恩を利用して、ルールの外に無理矢理ねじ込んだのが『彼岸の魔手』だ」

「大きな恩?」

「うん。当たり前の事だけど、あそこまで大きな組織を作るにはお金が必要だよね」

「まあ、そりゃそうですね」

「ギルドは千年ほど前、いきなり形成されここまで巨大化した組織なわけだけど、それを作るための軍資金はどこから絞り出したと思う?」

「…………なるほど。そういう事か」


 一つずつ順に説明するレウの話を聞きゼオスが頷き、蒼野も彼の言っている事の意味を理解した。


「つ、つまり貴族衆はギルド設立時に多大な額のお金を貸す代わりに、自分たちにとって都合がいい組織を作ったと。それが『彼岸の魔手』っていう組織で、自由な殺人を許されてると」


 少しして蒼野が順に答え合わせをしていくと、その答えが正しいとレウが首を縦に振る。


「…………貴族衆とギルドが許可した経緯は理解した。だが神教と賢教は許しているのか?」

「そこは貴族衆だけでなくギルドも大きく関わっててね。ギルドはどの勢力とも連携をとってるから、彼らと貴族衆が合わさって、何とか二大宗教にはばれないように立ち回ってる。

 貴族衆のリーダーである僕の父とギルドの長は、千年前の戦争からの顔馴染みだからね。そこらへんも円滑に話を進めやすいらしいよ」

「そ、それって完全な犯罪行為。いやそれどころかギルドの露呈しちゃいけない秘密じゃないですか。それどころか、もし公に発表された場合、貴族衆の立場だって!」

「そうだね。危険な状態に陥ると見ていいだろう。でも僕はそんな事にはならないと確信したから君たちに話をしたんだ」

「え?」


 真顔ではっきりと言いきるレウを前に蒼野が戸惑いを顕わにし、そんな彼を前にしてレウは滝のような勢いで話を続ける。


「僕はね……この組織をいつか撤廃しなければならないと考えているんだ。そしてそれをする際には、協力者が必要だとも思ってる。君たちにはその協力をしてほしいと思ってるんだ」

「?」

「君たち二人が想像する通り、この秘密は貴族衆の大きな弱点だ。組織の心臓に繋がるほどのね。だからこ、組織の経営としても、人理的にも、いつかは消滅させなくちゃならない要素だと考えている」

「…………その時に俺達に手を貸して欲しいという事か」

「そう。この組織を終わらせる大きな力になってほしいと、僕は思っている」


 力強い声でそう語る少年に迷いはない。

 しかしそれを真正面から言われた蒼野は目に見えて戸惑う。


「いやレウさんの言うことはよく分かりましたよ。でもそんな日まで待たずに、俺とゼオスが善さんに伝えて、それを公表する可能性は考えてないんですか?」

「さっきも言ったけどギルドは貴族衆に大きな恩がある。こういう言い方をしちゃなんだけど、大方の頼み事は通る。その状況で善さんが世間に公表しようとした場合、どうなると思う?」

「どうなるって……」


 その先の想像ができず、口ごもる蒼野。


「…………なるほど。だからこそ貴様は俺達がそれを公にしないと言いきれるわけか」

「どういう事だ?」


 しかしその横に座るゼオスは彼の言いたいことを完全に理解しており、面倒事を抱えたという様子で息を吐くと、蒼野が彼の顔をじっと見た。


「……単純な話だ。この点についてギルドが貴族衆の傀儡となっている以上、今の秘密を公表しようとすれば、それを理由にして様々なコネを使いギルド『ウォーグレン』に対し総攻撃を仕掛けられる。そうすれば罪のもみ消しなど容易い」

「ここ最近、自勢力の最大戦力の二人が不審死したから、貴族衆はかなり騒いだけどね」


 貴族衆という存在は四大勢力の中でも際立って異質の存在だ。

 四大勢力でも一際弱い彼らは、しかし経済面で大きな優位性を得ている。

 これによりどこか別の勢力が本気で潰しにかからない限り他の三勢力と対等に関わることが可能であり、その座を活かし四大勢力のバランサーとして機能し、どの勢力とも比較的良い関係を築けている。


 そんな彼らは各勢力に大きなコネを持っており、どこか別の勢力と戦争になる等という事態ではなく、一組織の構成員が厄介事を持ちこんだ程度の事態ならば、そのコネを存分に使いこの世界からその存在を抹消することができるのである。


 そこまで詳しく説明され、蒼野が顔を青くしてレウを見る。


「い、いやそんな野蛮な手段には出ない。というか人を怪物でも見るような視線で見ないでくれ!」


 恐ろしいものを見るかのような視線が貴族衆筆頭の御曹司に突き刺さり、彼は慌ててゼオスのその考えを否定。ならばどうするのかと聞きたげな二人に対し、口を開きかけるがそれよりも先に三人のいる部屋の扉が勢いよく叩かれ始める。


「執事の方々にお話を聞いてやってきたんですけど、家の従業員はここにいますかー!」


 聞こえてきたのは切迫した様子の積の声であり、それを聞き蒼野とゼオスが再び顔を見合わせ立ち上がる。


「と、とにかく、君たちは善さんにこの秘密を伝えてくれ。そうすれば、善さんも全て納得してくれるはずだ!」

「ゼオス!」

「…………聞きたいことは他にもあるがここまでだな。確かに、時間がない」


 モニターを見れば西本部で行われている戦いが激化しており、積が急いで呼びに来たことを合わせて考えれば、これ以上じっくりと聞く余裕がないのも理解できる。


「三人ともこっちに。転送装置の場所まで案内するよ!」

「……いやそれを使うのはやめておく。西本部のワープ装置は当たり前だが内部にある物だ。そこから出た瞬間に蜂の巣という可能性を考えれば、使う気は失せる」


 部屋から出て行き文句の言葉を延々と口にする積を傍目にゼオスがレウと話をすると、背後に控えていた蒼野と積がゼオスが口にした光景を思い浮かべ顔をしかめる。


「だったら移動はどうするんだい?」

「…………西本部自体に入ったことはないが、近くにある雑木林ならば言った事がある。そこから西本部までは走れば五分もかからん。その場所に俺の能力で移動する」

「流石生きた転送装置だ、便利だねぇ……って、俺の携帯ぃぃぃぃぃぃ!?」

「お前……それ口にしたら怒られる奴だぞ」


 兄からの依頼が無事終えられそうなことに安堵し、携帯片手に口ずさむ積の目の前を漆黒の刃が通る。それだけで積の持っている携帯が溶けるが、その壊れた機械の時間を蒼野が修復させる。


「…………行くぞ」


 普段と比べ僅かに怒気の籠った声を発しながら、ゼオスが黒い渦を形成。ゼオスが真っ先に足を体を埋め、安全確認をしようと体を傾け、


「蒼野君、ゼオス君!」

「…………?」


 その時、まっすぐに伸びる廊下に響きわたる大きな声でレウが二人の名を口にし、それを聞いた二人が振り返る。


「今回の一件、本当にありがとう! 君たちはクライメートを救ってくれた恩人だ!!」

「……………………そうか」


 するとレウが心底の感謝を込めそう言い切り、蒼野が恥ずかしそうに頭を掻き、ゼオスがすぐさま顔を黒い渦の方に向け体を沈める。


「なぁなぁ。この場所で何があったんだよ」

「それは後でな。まずは現場に行こう。あ、昨日今日と色々ありがとうございましたレウさん! もしよければ、今度はクライメートを案内してください!」

「お安い御用だ!」


 その時ゼオスがどのような表情をしていたのか、他の者にはわからない。

 積の疑問を放り投げた蒼野もレウにお礼の言葉を告げ、黒い渦の中へと入る。


「ほんじゃま、失礼しました」

「あ、そうだ。君が確か積君だったよね」

「へ? そーですけど?」


 そうして一人残った積が中へ入ろうとしたとき、それを阻むようにレウが声をかけ、ポケットから小さなテントウムシ型のペンダントを取りだす。


「これは?」

「うん、遠路はるばるここまで来てくれた君に対するプレゼントみたいなものだ。よければ貰ってほしい」

「観光地のお土産見たいなものですか。いやぁありがたい。これを付けて康太や優の奴に自慢してやりますよ!」


 テントウムシが描かれたペンダントを機嫌よく受け取り、自分の胸の辺りに付ける積。

 この行為が後々彼にとって望んでいない結果を引き寄せることになるのだが、それは別の話だ。


「三人とも……本当に気を付けて」


 かくしてクライメートを舞台にした戦いは終わりを告げる。


 しかし彼らが安息の日を迎えるにはまだ早い。


「よっと」


 黒い渦から積が飛びだし、それを確認したゼオスが能力を解除。


「あれ、ゼオスここであってるのか?」

「…………あってはいるが、以前とは形を変えたようだ」


 彼らが辿り着いた場所はゼオスが口にした林ではなく、木々に囲まれた滑り台や噴水、それに家族連れが座れるようにベンチが設置された大きめの公園だ。

 三人が黒い渦から現れた場所は、木々が生い茂る側面と自販機の間に位置する場所で、周囲の環境を一通り観察し、積が康太に電話をかけようと携帯電話を取り出す。


「!」


 その時、蒼野が血相を変えながら積の取りだした携帯を奪い取る。


「ちょ、さっきからいったい何なんだ。お前ら俺の持つ携帯に恨みでも!?」

「し! 静かにしろ!」

「…………どうした、一体何を見つけた」


 抗議の言葉を口にする積の口を手でふさぎ、静かにするように必死で訴える蒼野。

 その様子があまりにも必死であったため気になったゼオスが声をかけると、蒼野は地面の一部を指さし、その意図を理解しきれていない積も、今が緊急事態であると理解し口を閉じる。


「わかったか。なら、小さな声と音量で電話を頼む。それと、二人以外にも援軍要請を出してくれ」


 三人の目の中に飛びこんできたのは、太陽の光を反射する細い糸だ。

 その糸は一方は西本部へと向け伸びており、その逆側は公園の中へと伸び、


 その先に彼はいた。


 病的な白い肌に色素の抜けきった髪の毛。毒々しい紫色のスーツを着こんだその姿は、三人の中で唯一蒼野だけが見たことのある姿であり、その正体を迷わず口にする。


「…………古賀蒼野、奴は?」

「……町を出てからこれまでで、俺が出会った中で一番恐ろしいと感じた敵」



 人形師、奇術師、道化、目の前の男を示す言葉は数多くある。



「『十怪』の一角――――パペットマスターだ」



 そんな男の姿を見据え、蒼野は彼の名を口にした。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。


さて本日は先日語っていた『彼岸の魔手』について。

この内容をもって、善さんはかなりの精度で敵をロックオン。アロハ親父は命の危機です。


そして最後には怨敵との再会。

彼が嫌いな方は確実にいらっしゃると思うのですが、結構重要な役どころの奴なので、

憎みはすれど、読むのを止めるまでは至らないでいただければ幸いです。


さて次回は西本部サイドに逆戻り。

ゼル・ラディオスとミレニアム側のお話です


それではまた明日、ぜひご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ