西本部襲撃事件 五頁目
縦長の屋上を舞台にして、両者が激突してはや数分。
数十万を超える神器の針が目標に衝突し、激しい金属音が周囲に鳴り響き続ける戦場がそこには存在していた。
「HAAAAAA!」
地面に刺さった白金の針を踏みながら前進する怪物にダメージが蓄積された様子はなく、雄叫びと共に振り下ろされた拳が、堅牢な要塞の地面を抉る。
当たれば致命傷になる攻撃を回避しながらゼル・ラディオスは幾度目かわからぬ舌打ちを行い、忌々しげに視線を向ければミレニアムが楽しそうに笑いながら見返してくる。
戦況は傍目から見る分にはゼル・ラディオスが圧倒している、一方的なものであった。
縦横無尽に駆けるゼル・ラディオスが数多の針を発射しミレニアムに当て続け、ミレニアムは愚直に直進し近づけば拳を売っていたが、西本部長はそれを華麗に躱す。
そうして距離を取れば再び攻撃を開始し、黄金の王は躱しきれず針の雨に晒される。
多くの者が、ゼル・ラディオスが圧倒的に優勢であると確信を得る状況。
「ヌゥン!」
「ちぃ!」
だが真相は全く異なる、むしろ真逆の状況である。
数多の攻撃を当て続けているにも関わらず、ゼル・ラディオスの額には玉のような汗が浮かび、対峙する黄金の王はと言えば、どれだけ攻撃をその身に浴びようと嬉々としながら雄叫びを上げ、両手を広げ目前の障害に迫って行く。
その姿に回避の二文字は存在せず、あらゆる障害を呑みこむ大波を連想させ、攻撃を続けるゼル・ラディオスを怯ませる。
「どうしたぁ! 動きが鈍ったぞ!」
「黙れ!」
そして一瞬でも集中力が切れれば、その隙を突いたミレニアムは一瞬で彼の目前にまで移動し、頭蓋骨どころか岩や鋼鉄さえ容易く握りつぶす握力で、ゼル・ラディオスの身に手を伸ばす。
「ぐっ!」
「HAHAHAHAHA! 良いぞ! 足掻くがいいゼル・ラディオス!」
手にしている巨大な針で迫る腕を叩き落とそうとするが、伸びてくる胸囲は何をしても止まることはなく、真正面から崩すのは不可能だと理解したゼル・ラディオスが正面から突きを行うと、その勢いで自分の体を吹き飛ばし何とか距離を取る。
「ほう、うまく避けるではないか」
多くの技を尽くし目前の危機から生き延びているその姿は、敵を翻弄しゼル・ラディオスが勝っているように見せかけるが、大雑把で愚直な行動を続けるミレニアムが、実際にはこの場を支配していた。
「ハァハァッ…………化け物め!」
普段ならば三日三晩戦う事ができる彼が異様ほど強烈なプレッシャーを前に荒い息を吐きだし、
「何をいまさら! その程度の事、2年前の時点でわかっていたはずだ!」
「魔針――――檻座!」
彼の言葉をミレニアムが一笑に付すと、その声をかき消すような勢いで声を上げる。
すると現れたのは一般的なサイズの小さな針ではなく、自身の身長を超える大きくて長い針だ。
それらはミレニアムの頭上に現れると瞬く間に落下。
「ほう?」
ミレニアムの体に当たることはなくその目前で地面に突き刺さるのだが、敷き詰められた針は黄金の王の全身を頭部まですっぽり覆い身動き出来るだけの自由を奪い、視界まで封じ込める。
「天槍!」
その状態にした直後、好機とばかりにゼル・ラディオスが叫ぶ。
すると彼が生み出したのはこれまでよりも遥かに長い針であり、屋上の端から端まで届く長さのそれを手にすると、勢いよく前へ突き出し鎧の隙間を正確に狙う。
「愚かなぁ!!」
「っ!」
それが届くよりも早く、ミレニアムは自らを閉じ込める檻を自身の拳で容易く破壊し、歓喜の声を上げながら前進。
そのまま自身へと迫る長細い針を掴むと、自身へと引き、驚愕の表情を浮かべるゼル・ラディオスを引き寄せた。
「舐めるな!」
とはいえゼル・ラディオスもこの世界で名を轟かす強者の一人であり、むざむざ致死領域に等しい接近戦に挑むような事はしない。
なので彼は手を離しすぐさま抵抗するのだが、
「我が引き寄せる『だけ』と思い込んだなゼル・ラディオス」
「しまっ!」
その一歩先を行く対応をしたミレニアムが、自身の手の届く距離にまで肉薄する。
「ぐぅっ!?」
急いで後退しようとするゼル・ラディオスであるがいつの間にか自身の足が地面に沈んでおり、それが地属性の力で床を一部だけ崩落させたと気づいた時には、姿勢が崩れほんの一瞬だが動きが緩慢になり、
「魔針――――銀嶺!」
もはや躱せるだけの時間はないと瞬時に聡里、迫る脅威を前にして、数多の針を出現させると幾重にも交差。
元々が細長い針であったとは露とも思えぬ自身の身を覆える程の頑丈で巨大な盾を展開。
「HA!」
それを前にしても黄金の王はその歩みを緩めることなく、短いながらも気合いの籠った声と共に拳を撃ちだすと、虚空に浮かぶ銀の盾と黄金の拳が衝突した。
「愚かな! 我が革命の進軍が、この程度の障害で防がれてたまるものか!!」
神器と神器の衝突により大気が揺れ、その余波が真下の階にまで衝撃となって響いていく。
それから然程時間を置かず、一方が粉々に粉砕された。
人々はそれらの存在を一括りに『神器』と呼ぶものの、その形は多種多様である。
剣やハンマーのような一般的な武器のような物もあれば、盾や防具のような物ももちろん存在し、紙や手袋、服のような日用品に近いものまで確認されている。
果ては特定の粒子に混ざっているなどという変わり種もあるほどだ。
これらは多種多様な能力を持っており、それをうまく利用することで神器所持者は戦いを進めていくのだが、実は神器には三つのタイプが存在する。
それが『攻撃型』『バランス型』『防御型』の三種類であり、大きな違いは能力無効化の範囲と武器自体の硬度にある。
『バランス型』は最も安定感のあるタイプであり、神器自体の硬度は三つの内の二番目。なおかつ無効化の範囲も三つの内の二番目であり、自身を中心に半径五メートル以内に能力やそれに準ずる現象が侵入した場合、それらをかき消す力を持つ。
『攻撃型』の場合耐久度自体は他二つと比べ劣っており、能力無効化の範囲は通常時はバランス型の倍十メートルとなっている。
しかもそこから自身の粒子を消費することで、その範囲を二倍三倍四倍と範囲を瞬間的に広げる事が可能で、一直線に不可避の衝撃波として伸ばすことも可能となる。
『防御型』の場合耐久度が極まって高く、まさに宇宙最強の硬度と呼ぶにふさわしい。しかし能力無効化の範囲はバランス型と比べ僅かに狭く三メートル程となっており、攻撃型のような瞬間的な範囲拡張能力も存在しないため、堅牢な守りを活かした戦い方になる場合が多い。
と、このような性質の違いが神器には存在するのだが、はっきり言って神器所有者以外からすれば、大抵の場合それらは誤差程度の違いでしかない。
なぜならどの型であろうと他を寄せ付けない硬度を持っている事に変わりはなく、無効化の範囲に違いはあれど、脅威であることに変わりはないからである。
「HAAAAAAAAAAAA!」
「ぐ、おぉぉ!?」
だが神器使い同士の戦いとなれば、その違いは大きな差となる。
神器同士がぶつかるとなれば特に硬度の差というものは大きな意味合いを持ち、勝敗に直接繋がることもザラである。
それは今対峙している二人にしても変わらない。
『防御型』を纏いし黄金の王の拳は、『攻撃型』の神器で西本部長によって作られた盾に衝突。
担い手自身の筋力差もあり戦況は攻め手と受け手が完全に固定化され、
「HUUUUUUUUUUHAAAAAAAAAAAA!」
次の瞬間、白金が黄金に敗北し砕け散る。
そして
「HAHAHAHAHAHA!」
両手を広げたまま迫る暴虐の化身は動けぬ彼に襲い掛かり、万物を容易く砕くその拳で、目前の障害の全身を殴打する。
「!!」
「HUHAHAHAHA」
荒々しい猛攻の威力は、文字通り想像を絶するもので、最大限まで強度を高め内部に圧縮したエアクッションを敷き詰めた、能力を使わずという条件ならば打撃に対し最大限に対策をしてきたカソックの守りをいとも容易く貫通し、ゼル・ラディオスの肉体を瞬く間にひき肉のように潰していく。
「HAHAHAHAHAHA!!」
未だ勝利を諦めぬゼル・ラディオスであるが、どれだけ足掻こうとしても一切抵抗できない暴虐を前に、脳はほんの数十分前の会話が蘇る。
「本部長様!」
「なんだ。今は重要な会議の最中だ。用事ならば後にしろ」
それはゼル・ラディオスが側近である神器使い達を交えて会議を行っていた際の事である。
西本部の八階にある会議室で会議をしていた彼らの前に、一人の戦士がやってくる。
するとその入ってきた部下に対し反論は許さないという意思を持ってそう口にしたゼル・ラディオス。
その言葉を前にして目の前の部下が僅かに萎縮するが、
「そ、それが『エルレイン』から電話が来てまして…………火急の用事であると」
それでもこれだけは伝えなければならないという確固たる意思を持ち、彼は言うべきことを口にする。
「なんだと?」
『エルレイン』とは、限られた人間しか行き来することができない賢教の総本山にして聖域だ。賢教に所属している者の中でも極一部のものしか入場を許されておらず、俗世とは隔てられた神秘的な空気を纏った異界である。
そんな場所からの電話など普段ならばまずないものであり、加えて火急の用事と言われれば、会議を中断してでも出ないわけにはいかなかった。
「お待たせしました、ゼル・ラディオスです」
『私だ。久しいな大司教殿』
電話先の相手について、部下は誰であるかは口にしなかった。いや聞く暇がなかったと言ってもよい。
ゆえに電話の相手がだれであるかは電話に出る瞬間までわからなかったのだが、その声を聞いた瞬間、彼は思わず背筋を伸ばした。
「こ、これは! お久しぶりです猊下!」
賢教の中にはいくつかの階級があり、教皇が最高位として君臨し、その下に枢機卿・大司祭・司祭という順番で階級が存在する。
猊下とは枢機卿の地位にいる者の敬称であるのだが、大司祭の座にいるゼル・ラディオスが彼に対し恭しい態度を取る理由はそれだけではない。
枢機卿階級の存在は通常ならばある程度の人数が揃っている。
しかし現在の教皇が電話先の人物を指名してから三百年の間に枢機卿の地位にいる人物は徐々に数を減らしていき、現状では
『教皇補佐役』という役に付いている電話先の彼と
『聖騎士』という軍事関連総隊長の人物。
そして『教皇世話役』と呼ばれる女性の三人にまで減ってしまった。
そのような形になった理由には様々な噂や憶測が飛んでいるが、様々な説は最終的には『教皇補佐役』の彼が絡む事となる。
「そうかしこまらなくてもいい。むしろ、これから大きな戦いに赴く君に電話をした私に非があるのだ」
「も、もったいなきお言葉です!」
その手腕に恐怖の念を抱きはするが、それと同時に枢機卿という座で戦い続け、ここまで生き残った彼に対しゼル・ラディオスはそれ以上に尊敬の念も抱いていた。
目指すべき一つの目標として、憧れを抱いていた。
「して、どのような用件でしたでしょうか?」
「ああ、世界の情勢が大きく変化してね。そこで君にお願いしたいことがあって連絡した」
「何なりとお申し付けください……」
目の前に相手がいないにも関わらず、ゼル・ラディオスは恭しく礼をする。
それを見ていた神器部隊の数人が電話先の人物を理解。
「そうか。そう言ってもらえると助かる」
電話先の声にも安堵の息が混ざるのを感じとり、自らの行為は正しかったのだとゼル・ラディオスは確信する。
「此度の戦いにおいて勝てるのならば問題ない。だが勝てないと思った時はそこまで抵抗する必要はない。その際はできるだけ多くの部下を非難させ、西本部をミレニアムに破壊させろ」
「………………………………………………え?」
のだが、そんな彼に対し告げられたのは、思いもよらぬ提案――――いや策謀であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司でございます。
遅くなってしまい申し訳ありません、本日も大幅に改訂していた物で、その影響がモロに出ています。
本編の方はというと、VSミレニアム開幕。
同時に神器についての情報を更新です。
これは神器同士の戦いが来るまで取って置いたものなのですが、恐らくこれで主要な神器の情報は出そろったかと思います。
そして最後に告げられるこの戦いの舞台裏。
次回はそちらについてお伝えさせていただきます
それではまた明日、ぜひご覧ください




