西本部襲撃事件 三頁目
「妙だな……」
腕を組み、窓際で状況を見守っていた善が疑問を持つ。
普段ならばとっくの昔に発射されている銃弾の嵐が一向に発射されないのだ。
敵対者たちから西本部までには、まだいくらか距離がある。
なので一気に殲滅するためにわざと引きつけているのかと考える善だが、その直後、耳を引き裂くような悲鳴を聞き、これがゼル・ラディオスにとって予想していなかった展開である事を瞬時に理解。
「おい! どうした!」
急いで階段を降り声のした場所――――すなわち銃を構えた兵士たちが待機していた監視台へと向かい、彼はそこで地獄のような光景をその瞳に収める。
「こいつは一体……」
善の視線の先で広げられているのは、壮絶な同士討ちだ。
壁の外へ向けられるはずの銃は隣に座る仲間へと向けられ、勢いよく引き金を引くと銃弾が味方の胴や頬、それに頭部を貫通する。
それを止めようと思った面々が警告をしながら銃を構えると、その面々に対し再び銃を向けては引き金を引く。
それを見れば多くの者は口で言っても無駄であると考え、同士討ちを行う者を自らが手にしている銃で殺していく。
そんな悲痛な光景が至る所で繰り広げられているのだが、問題は率先して銃を向ける兵士の態度だ。
「止まれ! おい止まれぇ!!」
「止まりてぇ……俺だって止まりてぇんだよ!」
「ならさっさと!」
「でも……でもでもでもでもぉぉぉぉ!? 体が言うことを効かねぇんだよぉぉぉぉ!?」
「そんな言い訳を……がっ!」
仲間に対し銃を向ける彼らは誰一人としてそれを望んではいないと、喉を潰すような声を上げている。
全員が全員、その行為に必死に抗っているように銃口の先にいる者に対し訴えかけ、目からは大量の涙を流しこの行為は不本意であると口にする。
「この世の地獄だなコリャ」
嬉々として裏切る相手ならば、対峙する面々も多少のためらいこそあれど銃を向け、引き金を引けたであろう。
無機質な機械のような態度であれば困惑しながらも催眠の類にかかっていると理解し、動きを封じることができたであろう。
だが今彼らが対峙しているのはそのどちらでもない。
自分たちに銃を向ける仲間は、苦楽を共にしてきた思考のまま、涙を流し、時に弁解を時に許しを請いながら、銃を向けている。
そのどれもが嘘偽りのない本物の思いであるがゆえに仲間達は銃を向けられず、動揺を見せた隙に順番に撃ち抜かれていく。
それが善のいる一区画だけでなく、監視台全域で同じように行われている。
「こ、これは一体!」
「テメェらは賢教の奴らか!?」
「は、はい」
その様子を見て動きだそうとした善だが、背後から複数の声が背後からしてきたのを聞き振り返る。そこで見たのは西本部の勲章を付けた数人の兵士であり、答えを聞き一度だけ頷いた。
「誰でもいい。すぐに本部長様に伝えな。銃弾はどれだけ待っても出てきませんってな。残った奴らは正気の奴らをまとめあげて、仲間に銃口を向けてる馬鹿を抑えろ。その際銃は捨てて、守りを固めながら四肢の自由を奪うようにも伝えろ!」
善が声をあげそう伝えると、一人が頷きながら廊下の奥へと向け駆けだす。
それを見届けた善が再び監視台の方角に目を向けるのだが、しかし背後から絶叫が響き、廊下の奥へと消えた兵士が肉片へと変貌しながら戻ってきたのを確認し舌打ちする。
「ちっ、ゼル・ラディオスの野郎に伝えさせないつもりか。誰でもいい! あの野郎にすぐに連絡を!」
そう口にしながら、この部屋へと入ってきた他の兵士に顔を向ける善。
するとその全員が驚愕の表情を浮かべながら善へと銃を向けており、善が臨戦態勢に入った瞬間、既に銃弾は撃ちだされていた。
「こ、の!」
銃弾の嵐が目前まで迫る窮地。
「あぶねぇじゃねぇか!」
それを前にしても善の行動は普段と変わらない。
迫る数十発の銃弾全てを拳で叩き落とし、兵士たちが持っている銃を奪い取る。
すると彼らがそれらを取り戻そうと手を伸ばしてくるのを全て躱し、真横から一列に並んだ彼らを蹴り飛ばして意識を刈り取るが、兵士たちはそれでもなお立ち上がり、完全に意識を失った状態でもなお刃を構え、飛びかかってくる。
「こいつぁ……」
周囲の悲鳴を意識の外に追い出し、迫る彼らの一撃も反射だけで捌きながら目を見開く。
そうして一人一人の様子を注意深く観察すると、首筋の辺りに小さな木製の針が刺さっているのを確認。
「パペットマスターか!」
犯人に目星をつけ、彼らの体の至る所についている針や目に見える糸を切り取りながら部屋を出ると、先へ先へと伸びて行く糸を追おうと善は考えるが、それは少し走っただけで諦めた。
糸は天井や水道管などまで利用しながら様々な場所へと広がりを見せており、それら全てが別々の方向に向いているのだ。
「あの野郎。好き勝手しやがる!」
少なくとも本体を見つけることが至難の技である事を理解し、善はゼル・ラディオスに連絡をして指示を待つ。
しかしどれだけ待とうと一向に繋がらず通信が失敗。
『監視塔各所に連絡します。未だ動くことができるものは負傷者を治療室に移動することと、暴徒と化した面々から身を守ることに専念せよ。繰り返します。未だ動くことができるものは負傷者を治療室に移動することと、暴徒と化した面々から身を守ることに専念せよ』
それじゃあなんの解決にもならねぇぞ!
するとスピーカーを利用した館内放送が聞こえてくるものの、さしたる効果を上げられない内容に舌打ちする善。
彼は迫る大軍と西本部内の混乱を前に目を細め、花火を咥え周囲を確認。
この状況ならばせめてどちらかは止めなければ
そう考えると窓際に足をかけ、眼下の大軍へと向け飛びだそうとした瞬間――――――――雨が降り注ぐ。
「こいつは…………」
善がそれを唖然とした様子で見守る中、それは要塞に近づこうとしていた兵士たちの全身のみに降り注いでおり、これが見知った人物による攻撃であると即座に理解。
「まずいな。諸君、守りを固めろ!」
要塞に最も近づいた先頭の舞台では、声の届く範囲にいる味方に対しソードマンが呼びかけ、同時に自分と周囲一帯を守れるように水の盾を展開。
「…………針?」
太陽の輝きが、雨のように降り注ぐ物体の正体を顕わにして、それに気づいた者達が行進を止めソードマン同様守りの体勢に入り、それ以外の者達は大きな歩幅を緩めることなく、西本部に辿り着こうと足掻き続ける。
「ぐぁ!?」
そうしてほんの二、三秒ほどで経過したところで、先頭を走っていた者の手が西本部に触れられる位置にまで辿り着き、同時に雨のように降り注ぐ針が彼らの身を襲うのだが、その威力は圧巻の一言だ。
守りを固めていなかったものはもちろんの事、鋼鉄の盾を構えた戦士の体も盾ごと貫き、肉体を容易く抉り出しその身を激痛が襲う。
『また、今後の予定についてですが、体勢が整い次第通常の作戦へ軌道修正。現状は地上の軍勢に対して本部長ゼル・ラディオス様が。内部の混乱につきましては、神器部隊が対処します。各々、しばしお待ちください』
要塞内部と同等かそれ以上の怨嗟の声が外部に木霊し、感情の籠っていない無機質な女性の声が内外に伝播され、同時に針が貫いた場所から徐々に肉が溶けていく。
「か、体が! 体がぁぁぁぁ!!」
その様子に悲鳴を上げていると、第二波が襲い掛かる。
狂うように叫ぶ彼らにそれを防ぐための手段はなく、なに一つとして成せぬまま彼らは息を引き取っていく。
「そ、ソードマン様!」
前方の仲間達が次々と原形を失っていく中、ソードマン周辺の兵士たちが彼が出した水の盾によって被害を免れながらも、声を震わせ指示を求める。
「落ち着け。確かに厄介なことになったが……問題はない。むしろ手間が省けた」
「え?」
すると発せられたこの場を仕切る者の言葉に、兵士たちが驚きの声をあげる。
要塞内部の混乱は鎮圧に向かい、自軍は追いこめられている。
その状況で告げられた内容は彼らの理解のできない内容であったが、その数十秒後、彼らはソードマンの言葉の意味を十二分に理解することとなるのである。
かくして、西本部を舞台にした衝突は幕を開ける。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で戦闘が開始。
最初に一計を案じるのはパペットマスター。
それに対応し、反撃に出たのは西本部長ゼル・ラディオス。
次回も大きく事態が動いていきます。お楽しみに!
それではまた明日、ぜひご覧ください!




