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西本部襲撃事件 二頁目


「間にあったか?」

「ええ。今動きだした所よ。それにしても……すごい。まるで大地が泣いてるみたい」


 周辺のギルド一帯にゼル・ラディオスからの伝令を伝えた善が、『ウォーグレン』の面々のために用意された控室に辿り着く。

 部屋に入ると向かい合うように設置された白色のソファーに康太と優が座っており、優は先程までと同様ゲゼル・グレアの動画に投稿されたコメントを追い、康太は設置されていたモニターを弄り続けていた。

 青一色に塗装された壁にいくつかのレンガを組みこんだその部屋は、康太に優、そしてこの場にはいない蒼野と積が一度訪れた観光都市、ウークを連想させる作りになっているものだ。


「ゼル・ラディオスさんの様子はどうッスか? 何か言ってましたか?」


 戻って来た善の方に視線を向け、康太が尋ねる。


「そうだな。さっき敵の総数を聞いたらな、二十万を超えるらしい」

「二十万だと!?」


 すると善がゼル・ラディオスが口にした数字をそのまま伝え、それを聞いた康太が目を丸くして狼狽える。

 これまで複数人を相手に戦いを繰り広げたことは彼とていくらでもあったのだが、二十万という数を前に銃を握ったことは一切なかった。

 ゆえにその数値を前に驚きの声をあげ、作業中の手を止めてしまった。


「ねぇ善さん、これって」

「あぁ、俺もここまで大きな戦いになるとは思わなかった…………こりゃもう戦争だな」


 善の言葉は大地を駆ける大軍を眺めていた優の耳にも届き、彼女は思わずため息を漏らす。

 それに対し善は軽く言葉を添えると彼女に対して何かする様子も見せず、向かい合う二人の間に設置されている、外の様子を映すモニターを凝視。


「康太。相手の戦力について情報は?」

「できる限りのことはしたッス。見てください」


 モニターを弄り続ける少年に対し、ここに来てからすぐに頼んでおいた件について確認を取ると、康太は頷き画面を変える。


「おっそろしいことにただの一般人と手配書に載ってるような犯罪者が肩を並べて突っ込んできてるッス。正直、それだけで俺はお腹いっぱいッスよ」

「それが『境界なき軍勢』の強みだろうな。国境だったり身分や過去の差別なく、ただ力による支配っつー信念のために集まって動いてる」

「つっても、流石に貴族衆はいないみたいですね。まあ後は神教も賢教もごちゃまぜっぽいッスけどね」

「……そうか」

「善さん?」


 康太の言葉に対する善の返事にはどこか寂しさや嘆きを感じさせる空気が混ざっており、それを聞いた康太が振り返ると、善が様々な感情が混じった表情で画面を眺めていた。


「いや悪いな。ちと感傷的になった」

「?」

「………………賢教と神教の垣根を取っ払って、世界を一つにする。それは神の座イグドラシルが目指した景色だ。それを別の奴が成し遂げて、しかも自分に対し牙を向けてくる。あの人にはかなり『くる』光景だと思ってな…………」


 腕を組み、その光景を見守りそう口にする善。

 彼は間違いなく神の座を嫌っているのだが、だからといって彼女がこれまでやって来た功績や偉業、そして努力まで否定するつもりはない。


 千年間という長い時間の間に科学文明や法を敷き、二大宗教による衝突を避けるために『境界』を作ったのは紛れもない偉業であり功績であるし、世界を平和にするために行ってきた努力を鼻で笑う事つもりは一切ない。

 

「それはそうと問題は相手方の戦力だ。頭角を現すような奴らはどれだけいるんだ?」

「あ、はい」


 ゆえに彼の心には何とも言い難い感傷が訪れたのだが、一度だけ目を細めるとそれ以上何かを言うことはなく、気持ちを切り替え戦力の分析に意識を向ける。


「さっきも言った手配書に名前が載るような犯罪者がいくらか存在してます。こいつらは恐らく、これまでミレニアムや『境界なき軍勢』が襲ってきた町やら都市に捕えられていた犯罪者で、一騎当千の猛者も幾らかいるッス」

「なるほどな」

「ただそいつらはまだマシで、一番厄介だと思われるのが見渡せる範囲ですと、こいつと…………こいつです」

「…………おいおいマジかよ」


 言いながら康太が画面に映したのは二人。

 一人は多くの兵士に担がれた、軍勢の中心に立つ二刀を携えた男。

 もう一人は軍勢の中にさも当たり前という様子で一般兵の中に混ざる一人の青年だ。


「ソードマンはともかくとしてギャン・ガイアとは。こりゃマジもんの厄ネタだな。てかあいつに限って言えば、部下として手綱を握れるような存在なのか?」

「そうッスね。そこはオレも疑問ッス」


 悪夢でも見たかのような口調でそう呟く善と康太。彼らが意識を注ぐ二人は、ヒュンレイやパペットマスターと同格の『十怪』にカテゴライズされる存在だ。


 軍勢の中心に佇む青年ソードマンは、全身を灰色のスーツに身を包んだ偉丈夫だ。特徴的なのは脇の辺りまで伸ばした真っ白な髪の毛で、若く美しい容貌に加えその姿に似合わぬ野太い声、そして『十怪』内の中ではトップクラスの実力を備えていることで、犯罪者にも関わらず人を惹きつけるカリスマを備えていた。


 彼が『十怪』に至った主な罪状は各地域での乱闘行為と道場破りじみた挑戦行為。


 ただそれだけの事なのだが、問題はこの男自身の戦闘力だ。

 四大勢力が主力級の戦力を出してはその都度正面からこれを捻じ伏せるその実力は、放置しておいてよいとされる限界を容易く突き破っており、強さという一点のみが原因で、彼は『十怪』にまで登りつめた。

 最も、気性が荒いわけではなく、なおかつ一般人には手を出さない性格から、他と比べればある程度危険度は低いとされている存在である。


 問題はもう一人の『十怪』、ギャン・ガイアだ。


「最初の一斉掃射の後すぐに俺は出る。お前らは積に蒼野、それにゼオスが来て五人揃ったら動きだせ。遊撃隊扱いだからそう指示は来ねぇはずだが、万が一指示が出たとしても命のかからない範囲で行動。指示がなければ、援護可能な範囲で動き回れ」

「善さんは?」

「ギャン・ガイアを止める。ソードマンも面倒だが、あっちはそれ以上に放っておけねぇ」


 ギャン・ガイアという人間に付いた異名は『狂信者』というものだ。


 彼は世界中の様々な宗教に属し、粉骨砕身の思いでその宗派の神を信じ力を尽くす信仰心の厚い青年だ。

 その姿は敬虔な信徒そのものだが、この男の危険な点はそこから始まる。

 敬虔な信徒であるギャン・ガイアではあるのだが、彼は理念の矛盾というものが許せない。神と名乗る存在は、人間よりもより高位の存在であると考えており、その存在が人間が抱えるような矛盾や偽りを備えている事に我慢ができないのだ。


 そのためその宗教が掲げる思想と実際の行動が違った時、彼はその矛盾を許せず、その行為を行った宗教を『邪教』であると判断し消滅させにかかる。

 狂気に身を任せたその際のギャン・ガイアの危険度と戦闘能力は『三狂』に並び、周囲一帯の人間を巻きこみ暴れまわる。

 もし怒りが収まり冷静さを取り戻したとしても、『邪教』と呼んだ宗教の痕跡が残っていれば、この世から消し去るために動き回る、ブレーキのない暴走列車のような人間だ。


 この男は神教と賢教にも所属していたことがあり、内部に抱えていた大小様々な矛盾に気が付き発狂した時には、広大な範囲に被害をもたらしたのに加え、今なお二大宗教の破壊のために動いているため、二大宗教からは『十怪』の中でも特に危険な存在の一角として認識されている。


「俺はいつでも動けるように準備をしておく。お前らもある程度の準備はしておけよ」


 そう言いながら部屋から出て行く善だが、一目散にギャン・ガイアへと向け駆けだすというわけではなく、付近にある窓の側に近寄り外を覗く。


「さて、最初で何割削れるかだな」


 今回の戦いにおける作戦はかなり大雑把でその場の動きに合わせたものになるのだが、しかし最初のスタートが何かだけは明確に決められていた。

 それはゼル・ラディオスが前日の夜に主力となる戦力を集め語っていた、賢教精鋭部隊による一掃射撃だ。

 五階から上の階層に設置された見張り台から撃ちだされる、秒間十万発を超える弾丸の嵐による猛攻は圧巻の一言であり、大抵の場合はその勢いに対し抵抗することができず、それだけで勝負が終わる。

 その対策は様々な方法が考案されてきたが、それでも待ち構えているこれを突破されたことは、この戦術を用い始めた三百年ほど前から今まで、一度たりとも存在しない。


「あと十数秒後に衝突か」


 三百年間無敗ではあるが使い続けた戦法であるため、銃弾の発射開始地点などについては周知の事実となっている。

 無論知っている面々の中には善やギルドの面々も加わっており、そのラインが迫った事に対し、多くの者達が固唾を飲む。


「…………」


 衝突の瞬間は刻一刻と迫り、敵軍勢の先頭が射程圏内に、次いで第二波第三波と別れていた人の波が射程圏内に入り、十分に引きつけたところで――――――――引き金が引かれる。


「クカカ!」


 するとどこかで――――悪魔が笑った。



少々遅めの行進になってしまい申し訳ありません。

作者の宮田幸司です。


本日は敵軍の主戦力の紹介。

ソードマンとギャン・ガイアの登場です。

そして今回で戦闘開始秒読みとなり、この世界の行く末を駆ける戦いがこれから始まります。


とはいえ話自体の長さは異様に長いというわけでもないので、安心していただければ幸いです。


次回はついに戦闘開始です。


それではまた明日、もしよければご覧ください


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