序章の幕引き/劇の幕開け
「ここいらで十分だろ。そろそろ止めろ」
月の光を一切通さない鬱蒼とした森の中で、オーバーが気だるげに口を開く。
その声を聞くと馬車は止まり、オーバーの体を拘束していた無数の真っ黒な拘束用ベルトが解かれていく。
「たくっ、俺をあの場所から連れ出すだけで何をチンタラやってやがる」
そう言いながら体の調子を確認するオーバー。
「……クソ、やっぱ力を使いすぎたな」
するとやはり全身を襲う鉛のような重さは未だ消え去らず、属性粒子もほとんどない。
「おいテメェ、炎か地属性の栄養ドリンクを持ってるか? あるなら一本俺に渡せ」
そう告げる彼が視線を向けた先には白髪の老人やその部下の姿はなく、その場には手で持ち運びできる程度の大きさのトランクケースが転がっており、その隣には月明りに照らされぬ影が一つ。
「残念ナガら、今は持ッテいまセンね。少々申しワケないのDEATHが、そのままノ状態デ待ってイテくだサイ」
炎の魔人たる巨漢と向き合っているのは、病的な白い肌に血を思わせる真っ赤な瞳を備えた彼と比べれば一回り以上小さな存在。
オルゴーと名乗った老人と比べ一際白い白髪をした紫色のスーツを纏っている青年は、常日頃から浮かべている歪な笑みを顔に張りつけながら、目の前にいるオーバーを眺めていた。
「っち、用意の悪い奴だ。その位用意しとけってんだクソ人形師」
自らの異名を呼ばれ、クツクツと不気味な笑みを漏らすとオーバーが睨みを利かせ、それを見ると彼はおどけたような表情をしたかと思えば、すぐにやれやれといった表情に変化。
「パペットマスター、テメェ俺を舐めてるのか?」
ドスを込めた声でオーバーがそう呟くと、人形師はサーカスに出てくる陽気なピエロのような大げさな仕草でそれを否定し彼を眺めた。
「…………てめぇのお遊びに付き合う気はねぇ。それとも何だ、お前は殺されに来たのか、えぇおい?」
「つれないDEATHネェ。むしろワタシは、君ニ感謝されるベキなんDEATHガね」
残った炎属性粒子を掌に集め、炎を宿すオーバーを前にパペットマスターがため息をつくのだが、それは仕方がない。
なにせオーバーを回収するために勤しんだ彼の苦労は、かなりのものであった。
レウ・A・ベルモンドが行った援護要請の通信を傍受した事から始まり、邪魔者を寄らせないための各所での妨害行動。極めつけは敗北したオーバーを回収するため、四大本部の一角を偽っての接近。
これらの事全てを、善に敗北したオーバーが子供達に近づいている間に、『境界なき軍勢』の面々は行ったのだ。
パペットマスターの反論は、むしろ当然のものといってもよい。
「まあいい。それよりもここはどこだ。確か予定では、これからミレニアムの野郎が居るっていう本拠地に行く予定だったはずだが?」
そんな彼の様子など関心がなさそうな様子でオーバーがそう口にしながら周囲を見渡すのだが、そのような場所は一向に見つからず、訝し気にパペットマスターを凝視する。
「順序ガ違いマスよオーバー。そレよりも例のモノを先ニ」
「……ちっ。さっさと確認しろ」
するとやんわりと断りながらパペットマスターが手を伸ばし、オーバーが舌打ちしながら懐に手を突っ込み携帯を取りだすと、僅かに操作をして投げ飛ばす。
「…………」
「どうした?」
「申し訳ありまセン。これの使いカタを教えてもらってもイイデしょうカ?」
「てめっ……その年で機械音痴かよ!」
複雑な表情をするパペットマスターに近づき、信じられないという様子で画面に浮かびあがった右下のボタンを押すオーバー。
『老いぼれがぁ!』
「ぐ、ぬっ!?」
それからパペットマスターの目の前で始まったのは、両手に炎を纏ったオーバーが、ゲゼル・グレアを燃やす動画。
炎に包まれたゲゼル・グレアの体は轟音を立てながら燃え続け、徐々に徐々にだが抵抗が弱くなり地面に崩れ落ち、その後ピクリとも動かなくなる。
「フム……確かニ、受け取らせてイタダキましタ。証拠がなけれバ、効果がナカッタのデ」
映像の内容に満足した様子のパペットマスターが頷き、自身の懐にそれを仕舞う。
「そいつは良かったよ。さ、これで用事は済んだはずだ。さっさと俺をミレニアムの野郎のところに……」
「エエ。これで用事は済みマシタ………………DEATHからさようナら」
「は…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
すると自らが合流前に行う約束だった事を果たし、馬車の座席に腰かけるオーバー。
それからほんの僅かな間、オーバーはパペットマスターの言葉の真意を掴むことができずにいた。
しかし突如体のバランスが崩れ、元に戻ろうと足掻くが一向に戻らず、そうなった原因が両足を斬り下ろされたからだと理解したとき、彼は自然と絶叫していた。
「こいつは……どういう事だパペット……がぁ!」
「イエね。ここ数日カン私は君を監視サセテ貰っていたのDEATH。君が『境界なき軍勢』に加わるの二ふさわシイかどうか知るタメニ」
オーバーが反射的に手を動かし反撃しようとするが、それよりも早く糸が彼の両腕を斬り裂き、そのまま彼の首を絞めつける。
「結論ヲ述べさせてイタダキますと…………全然ダメDEATHネ。
味方につけるメリットよりも、その性格から来るデメリットのホウが危険と判断しマシタ」
淡々と語るパペットマスターの姿に相手を馬鹿にするような様子はない。ただ作業を事務的にこなす、殺人鬼としての顔がそこにはあった。
「ま、待て。この俺が戦力外だと……そこらにいる羽虫と同等だと!?」
その言葉に対しオーバーの心が怒りを宿す。それだけで満身創痍の体に力が宿り、追いこまれた状況にも関わらず反抗的な炎が目に宿る。
「ソウ。その目DEATH。その目ガ危険ナノDEATH」
それでも、この圧倒的な状況は覆らない。
ほとんど余力の残っておらず両手と両足を失った炎の魔人では、疲労や体力の消耗が一切ない奇術師には勝てはしない。
味方にするよりも、いつか必ず訪れるであろう反逆を防ぐ事が重要だと判断した奇術師は、ここで確実に息の根を止めると両腕に力を込める。
「が、あ…………」
するとみる見る間に脳に送られる空気が減っていき、視界がぼやけ死の瞬間が迫りくる。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
しかしそれで素直に諦めるほど、オーバーという人間は行儀よくはない。
僅かな時間ではあるが休んだことで回復した炎と地の属性粒子を使い、鎧を形成しようと躍起になり、
「残念DEATHが、ココまでDEATH」
そうして生き延びようとする彼の首に、鋭利な刃物のような切れ味をした糸が食いこむ。
すると勢いよく吹き出た大量の赤い液体は馬車と糸の主の服を濡らし、彼の全身から熱が消えていく。
「あぁ……………………」
そうなった彼に抵抗できることは一つもない。
全身から力は抜け、脳が麻痺する。
視界がぼやけ、零れていた声も小さくなる。
思考能力を失った事で炎も消えさり、溶岩の鎧は作りきれず剥がれ落ちていく。
「安心してクダさい。君ノ性格ハ最悪でしたが、その戦闘能力ハ本物DEATH。ちょウど最近、強い死体ガ欲しかったところでしたシ、この体はワタシが有効に使いまショウ」
最後の瞬間、聞こえてきた静かな声。
それに対し常に怒髪天を衝いていた男はなに一つ反論することができず、一度だけ大きく荷台を揺らし意識を手放した。
「さて……行きマスか」
それから数分後、月明かり一つ通さない木々の姿にため息を吐いたパペットマスターが、馬車の荷台に座り二頭の白馬に指示を出す。
すると二頭の白馬は動き出し、森を抜けると綺麗に整備された草原が広がり、そこから眺められる月を見れば、残された時間然程ない事を理解。
荷台を引っ張る二頭を急かせ、彼は目的地へと一直線に進んでいく。
やがて日を跨ぎ、空が白み始めた時、とある場所で声が聞こえる。
『ご報告いたします! 前方に十万を超える軍勢が展開。『境界なき軍勢』かと思われます!』
彼の者の耳に聞こえるのは、動揺が混じった部下の声。
「ふむ、報告ご苦労」
それを耳にしても然程焦った様子もなく、霧の向こうから見え始める軍勢を眺めながら、西本部の主、ゼル・ラディオスがそう告げる。
これは、世界中を震撼させる大いなる戦いの序章。
とある人物が望んだ願いへと向けた大きな一歩。
その火蓋が今、切って落とされる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で此度でオーバー編は終了、次回からは西本部編に突入します!
今回はちょっとばかりダークな話になり、昨日の話との対比を楽しんでいただければ幸いです。
そして最後には超久々に西本部の主が登場。
一章でも物語の始まりに出てきましたし、彼はその類に関する奇妙な縁を持っていますね。
それではまた明日、よければご覧ください!
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