セブンスター第六位 オーバー 三頁目
目の前で棒切れのように頼りない姿で立ち上がる男を前に、二人の少年は先程までとは全く違う印象を頭に思い浮かべている。
怪物、別次元、狂気、憤怒
それが先程まで目の前の存在に抱いていた印象だ。しかし今は――――強靭という感想だけが脳裏に浮かぶ。
「…………クソッタレめ。まさか、この俺が…………ここまで追い詰められるとは…………」
全身から血を滴らせ、口から血を吐きだし息を乱れさせる彼に、先程までの勢いはない。
「いいだろう。業腹だが認めてやる。テメェらは羽虫の類じゃねぇ。かき消さなきゃならねぇ『障害』だってなぁ!!」
しかし同時に彼がそれまで抱えていた油断や慢心の類も消え去り、そこには神教最強戦力の一角を担っていた男の姿が確かに存在し、
「「!」」
一睨みされるだけで、蒼野とゼオスの全身の細胞が危険信号を発する。とはいえ
「……引くか?」
「ここでこの人を逃がして、良い方向に転がるとは思えないな。続行だ続行!」
蒼野もゼオスも、ここで尻尾を巻いて逃げるなどという選択肢を選ぶことはない。
倒すべき敵をしっかりと瞳に映した三者に余計な言葉は必要ない。
意思や感情が働くよりも先に、生き残るための条件反射が上回り動き出し、
それが、この戦いが終結へと向け動きだす合図であった。
全身が意識せずとも自然と動く。
一方は目の前の障害を邪魔だと感じ、未だ全身を巡る怒りを燃料に、既に限界を超えた躰を突き動かし、
もう一方はここで自分たちが動かなければ後悔すると本能が叫び前へ進む。
『二人とも気を付けてくれ!』
『その場所じゃもうわたくしの目は届きません。無理をしないで!』
発信機から聞こえてくる声に了承し、視界に収めた強敵を仕留めようと二人の少年が剣を振り下ろす。
「効かねぇ!」
「……ちっ」
「固い!」
ゼオス・ハザードは既に特殊粒子を使いきり、属性粒子に関してもその大半を使いきっていた。
しかし未だ余裕がある蒼野同様怪我の類は存在せず、疲労感や倦怠感を覗けば十全の力で目の前の相手に挑めるだけのコンディションは揃っていた。
対するオーバーは満身創痍。
まさに『死にかけ』という言葉がふさわしい状態だ。
ゲゼル・グレアを仕留めるために力を使い、原口善と戦い更に力を使うが圧倒され、様々な援護を受けた二人の少年に追い詰められ、残り少ない余力を振り絞り、何とか対峙している状態なのだ。
その姿は今にも消えそうな儚い炎を連想させ、恐らくあと一撃、強烈な威力の攻撃を当てれば崩れ落ちるだろうことを対峙する二人は確かに感じとっていた。
「おらおらどうした! かかって来いやクソガキ共!」
にもかかわらず、そのあと一撃がはるかに遠い。
「…………貴様、なぜその状態で動ける」
死にかけの状態にも関わらず、二人が磨き抜いてきた一撃が、様々な連携が、秒刻みで崩される。
優勢のはずの二人の首が、凄まじい勢いで締まっていく。
「あぁ? んなもんわかりきってるじゃねぇか」
「……!」
「てめえらは確かに脅威だがな――――」
「風刃……」
「ケツの青いガキに舐めた態度を取らせてたまるかよ!」
オーバーの腕が届く射程圏内に入った二人の体が、何らかの抵抗を許すこともなく瞬時に大地に叩きつけられる。
「リ、時間回帰!」
「おらぁ!」
時間を戻す半透明の丸時計が展開されたのを確認し、それがゼオスの元へと飛んで行くのを確認するとゼオスの体を蹴り上げ、ゼオスが落下するよりも早く蒼野の顔面に、振り抜かれた右足の蹴りが直撃し遥か彼方へと吹き飛ばしていく。
「……紫炎装填!」
「無駄だぁ!」
紫紺の炎を漆黒の剣に宿し、落下の勢いも乗せて振り下ろそうとゼオスが足掻けば、それよりも早くせり上がった岩の壁がゼオスをかちあげ、空中を舞う彼の頭部を掴むと、オーバースローで彼を蒼野とほぼ同じ位置に投げつける。
「おらおら、さっきまでの威勢はどうしたぁ!」
思えば蒼野とゼオスは、ルティスの心を読むという強力な援護を得てなお、ほんの一瞬の隙を突かなければ攻撃を当てることさえできなかった。
それを考えれば今行っている行為は無謀としか言えない試みであった。
「ま、だまだ……」
そう頭では理解していてなお蒼野は立ち上がり、それに合わせるかのように隣で土煙の中に身を埋めていたゼオスも立ち上がった。
「ちっ、片腹痛いとは言ったが、時間を戻す能力ってのはやっぱ面倒だな。ゾンビを相手にしてる気分だぜ」
時間を戻す蒼野を前にしてオーバーは舌打ちを行い、痛みから額を両手で抑えている蒼野が口を開く。
「面倒なら、もう大人しく倒れててくれませんかね?」
「ぬかせ! この俺が! 世界最強の座であるこの俺が! テメェら如きに負けるわけがねぇだろ!」
男が発する言葉と空気に憤怒の念はあれど淀みはなく、蒼野からすれば脅威としか認識できない状態だ。
「なら…………まだ倒れられないな」
しかし今、蒼野の顔にはこれまでの彼ならば決して浮かべなかったであろう不敵な笑みが浮かんでおり、これまでにないほど闘志が燃えて、彼の体を半ば強制的に動かしていた。
「そこだ!」
「食らうかよ!」
溶岩が埋め尽くす地面を駆ける蒼野自身、自分がなぜこれほどまで闘志を燃やし、撤退を考慮してもいい戦いに挑んでいるのかわからない。
「ゼオス!」
「……無茶を言う!」
これまで行ってきた戦いのように誰かを守るためでもなければ、生き残るためでもない。
ここでオーバーを逃がすことが『境界なき軍勢』に合流されることに繋がることなど知らない温厚な少年からすれば、これ以上戦う理由などなに一つない勝負だ。
それに嬉々として身を投じている今の状況は、彼自身不思議に思っていた。
「こ、の野郎!」
しかしその疑問は、すぐさま晴れることとなる。
「っ!」
先程までは避けられなかったオーバーの一撃を、服の一部を抉られながらも避けきれた自分がいる。
そうすればさらに前に出て剣を振れる。
「し……つけぇんだよ!」
攻撃を回避し剣を振れば、苦い表情をしたオーバーがそれを躱し、カウンターとして放たれた拳が腹部を抉る。
「なんなんだ……なんなんだよテメェらは!」
そうして蒼野が吹き飛べばゼオスとオーバーが睨み合い、一気に仕留めようと画策するオーバーは襲い掛かるが、先程まで以上の時間をゼオスが稼ぎ、蒼野が戦線に復帰し挟み撃ちの状態に戻る。
それからも同じような展開が続いていくがその度に粘る時間は伸びていき、粘る時間が伸びれば伸びるだけ、蒼野の心を言いようのない充足感が満たしていき、
この戦いを続ける理由や意味を、蒼野はしっかりと理解した。
要するに――――今のこの状況がこの上なく楽しいのだ。
時間をかければその分だけ目前の存在に近づいていく、すなわち強くなっていく感覚が、面白くて仕方がないのだ。
「挟むぞゼオス!」
最初は百歩以上離れていた差が、時間を追うごとに縮まっていく。
ほんの数秒前は届かなかった領域に急速に近づいていく。
自分の肉体の限界を示す『扉』を幾度も開けてきた蒼野だが、ここまで急激に肉体が強化されていくような感覚は初めてであり、その感覚が今蒼野は楽しくて仕方がないのだ。
「風刃・土竜爪!」
「!」
するとこれまで全ての攻撃を回避するか拳の一撃で破壊していたオーバーの守りをすり抜け、右肩に蒼野が撃ち出した攻撃が掠る。
それを見て、蒼野とゼオスはこれまで遠く離れていた背中が近づいているのを理解。
「……攻めるぞ、古賀蒼野」
「応!」
あと十歩
「はぁ……はぁ……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あと九歩……八歩
「クソったれどもが!」
「……攻める手を緩めるな!」
残りあと七歩まで彼我の差が詰められたところでオーバーが反撃し、それを寸でのところで躱したゼオスがそう叫び、
「ああ!」
自身に迫る攻撃を予知なしでついに躱しきった蒼野が呼応し六歩五歩と前を進む猛者の場所まで近づいていき、
「「はぁ!」」
「ぐ、お!?」
四歩にまで詰めたところでこれまでにない程息のあった一撃が二人から繰り出され、オーバーがついに両手で直接守り、溶岩が吹き出る地面に膝をつき項垂れる。
「終わりだぁ」
しかし次の瞬間、オーバーは凄惨な笑みを張り付けながら顔をあげ、それを目にする二人の少年。
「しまっ!?」
その笑みの意図をすぐには理解できなかった蒼野だが、このまま目前の脅威を沈めようと力を込めて剣を握っていたところで腕を掴まれ、そのまま向かい側にいるゼオスを蒼野の体で殴りつけ吹き飛ばす。
「死ね!」
吹き飛んだゼオスがすぐそばにあった巨岩の破片で体勢を立て直し、剣を鞘に入れながら再度接近しようと試みる中、勢いよく地面に叩きつけられた蒼野へと向け、能力を使わせる暇さえ与えぬとばかりに握り拳が振り下ろされる。
「ぐ、ぐがぁぁぁぁ……………………!」
「なっ!?」
その時、この戦いで最も予想だにしていなかった事態が起きた。
オーバーの全力の一撃を、蒼野が両手と剣を重ね防ぎきったのだ。
「お、おおおおぉぉぉぉぉぉ!」
驚愕するオーバーを両腕の血管が千切れ血を吹き出しながらも蒼野は蹴りとばし、オーバーが数歩後退しその身をよろめかせる。
「ちぃ!!」
このままではまずい。そう感じたオーバーが大地を踏み、続けざまに第二撃を放つが蒼野はそれを飛んで躱し、
その様子にオーバーが額から汗を流す中、蒼野とゼオスはあと三歩、手を伸ばせば背に触れられるであろう距離にまで自らの実力が近づいたことを理解。
「ずぁっ!」
「は!」
さらに一歩詰め、残り二歩まで迫ったと認識した蒼野が剣を振り下ろすがオーバーはそれを容易く防ぐと彼の腕から剣を奪い取り、
「は?」
それでもまだ諦めはしないと蒼野が一歩踏み出した瞬間、すなわち彼我の差はあと一歩というところでオーバーは見た。
拳を握り自分に迫る原口善。
居合の構えで自分へと迫るゲゼル・グレア。
二人が自分を挟み込んでいる
そんな幻影を。
「お、おぉぉぉぉぉぉ!?」
それが自らの身に迫る敗北の香りであると理解した瞬間彼は咆哮を上げ、最後の一歩を踏み出そうとする二人を渾身の力で吹き飛ばした。
「はぁ! はぁ!」
蒼野とゼオス、彼らは確かに満身創痍ながら全力のオーバーにあと一歩のところまで迫った。
しかし届かない
荒い息を吐き、肩で息をしてはいるものの彼は以前溶岩が埋め尽くす大地に君臨し、
最後の一歩を埋め切れることなく、二人の少年はその身を大地に沈めた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VSオーバー最終決戦でございます。
ここまで慢心やら油断を重ねてきた相手との最後の最後に全力勝負、王道中の王道となります。
しかし全力を出してもなお打倒できないのが真の強者。
次回の話にて決戦終結。
蒼野とゼオスが最後に思いつく策とは?
戦いの結果は?
本日中に投稿するので、ぜひ見届けてください!
それでは次回、またご覧ください




