少年少女、死闘を演じる 三頁目
康太が手に入れた勘は、彼が知りたい物事について数多く教えてくれた。道に迷った時の対処法や、アタリくじの位置、果ては自分や町に迫る危険を知らせてくれた。
しかし康太は、この未来視に限りなく近い勘を『良いもの』だと思った事はなかった。
理由は単純だ、この勘が100%的中するものではなく、常に危険を知らせてくれる物ではないからだ。
「はぁ! はぁ!」
勘に従い進んだ先の道が行き止まりだったことがある。
アタリだと確信して引いたくじがハズれたことがある。
そして何より、勘が一切働かず、町が襲われたことが何度もある。
例えばもし康太が事前に町を襲うゲイルたちに気付いていたとしたら、彼はゲイルたちを町に近づかせることなく大多数を射殺していただろう。が、結果としてそうはならなかった。
優れた勘であっても、完璧に当たらなければ思いもよらない危機を呼びよせるのだ。
そこまでわかっていながらも、彼は戦闘において自らの生存に関してのみならば抜群の的中率を誇るこの勘に頼りきってしまう傾向があった。
「蒼野!」
その代償が目の前に広がっている。
自らの勘が一切反応しなかったため、康太は考えもしなかったのだ。
失敗したら、時間回帰が破られてしまったら、蒼野はどうなるか、考えてもいなかった。
「しっかりしろ! おい!」
脳裏に浮かぶ忌まわしい記憶と瓜二つの状況に歯ぎしりしながらすぐに駆け寄り、僅かしかない水の属性粒子を操り、傷を塞ごうと懸命に努力する。
「こ……う、た……にげ」
「黙ってろ! 今はまずっっっっ」
残り少ない命を削り義兄弟に迫る危機を伝える蒼野。
しかしそれを一切聞き入れずにいた康太が直感に従い迫る凶刃に気付いた時、それは康太の体を引き裂こうと目の前にまで迫っており、
「何してんの!」
それを阻むという意思を込めた少女の声が辺りに響く。
その時狂戦士の意識は完全に目の前でうずくまる二人に向けられていた。それゆえ優はさしたる邪魔もされずに狂戦士の側まで接近。
体を一発の弾丸にするかのような勢いで踏み込み、乱れ一つない、完璧な動きで狂戦士の腹部を殴打。
狂戦士の体を覆う鉄の板を砕くのではなく、内部に衝撃を与えダメージを与える『鎧崩し』という技法で、目前の障害を叩いた。
「っ!」
しかし優がこれ以上ないほど完璧な一撃を当てたというのに明確な反応はなく、一瞬だけ動きを止め優の方を一瞥したかと思えば、再び凶刃は掲げられ振り下ろすような体勢をとる。
「こ、こんにゃろー!!」
その一撃だけは振り下ろさせないと、狂戦士の真横から刃の軌道を逸らさんと積が両手に持つ鉄斧による一撃が撃ちこまれる。
「ちょ、冗談きついぜ大将!」
撃ちこまれた一撃は、単純な威力で言うならばこれまでで最強の一撃だ。力の流れに逆らわず、向かってくる力を弾くのではなく逸らす。
そのイメージ通りに叩きこまれたそれはしかし、僅かに軌道を逸らす事すら敵わない。
「shi…………BA!」
しかし僅かながら時間を稼いだ結果、即死の一撃が下されるよりも僅かに速く康太が蒼野を背負い移動。、攻撃は空振り、何とか狂戦士から離れる事に成功した。
「あいつに今すぐに能力を使うように言いなさい!」
「どういうことだ、蒼野の能力は……」
「アンタ、あいつを助けたくないの!」
危機的な状況が去ったわけではなく、蒼野の能力なしでどうすれば致命傷から復帰することができるかに頭を絞る康太。
そんな彼に対し優がアドバイスを送ると、康太は戸惑いの声こそあげるものの、一喝され腹を括る。
康太は優が嫌いだ。それでも今は少女の言葉に一縷の望みを賭け、隠れるために近くの草むらへと向け移動を開始。
「aaaaa……」
「行かせない!」
それを追いかけようとする狂戦士の前に立ちふさがる優が、少し離れた位置にある湖の水を操り攻勢に出ると、無数の水の柱を形成し、絶え間なく狂戦士へと襲い掛かる。
「――――aaaaaaaa!!」
水の柱を斬り裂こうと振り回される鉤爪は、しかし液体を捉えることは出来ず、やがて狂戦士を包み込むように水は集まり、きれいな球体を形作った。
「十鉄縛呪」
次いで積の言葉と共に人一人よりも細長い鉄柱が十本虚空に現れ、狂戦士の体に向け発射。
錆び色の柱は狂戦士の体に当たると拳大の球体へと形を変え、狂戦士の体が僅かに沈む。
「うっし、今のうちに逃げようぜ!」
「ええ!」
重しによって相手の動きを止める事を目的としたその技は、優の作りだした水の檻と合わさりその力を十二分に発揮。数秒だが目前の怪物相手に時間を稼ぐことに成功し、蒼野と康太の2人がすぐそばにある林に隠れるだけの時間を稼ぎ、優と積が動きだせるだけの時間を作りだした。
「蒼野、能力だ。すぐにリバースを使え!」
「…………え?」
一方先に逃げた二人はと康太はといえば、背負っていた蒼野を下ろし、荒々しく肩を揺すっていた。
対する蒼野の声は、ひどく掠れている。
顔に触れれば異様に冷たく、雨に晒されたため通常よりも早く全身の生気が抜けていくのがわかる。おそらく能力が発動しなければ死ぬ。
「…………………っ!」
絶体絶命の状況の中、蒼野が残る力全てを振り絞り能力を発動させるよう念じると、その意思に従い半透明の丸時計が出現。
現れた丸時計はボロボロで、至る所に綻びがあるがゆっくりと逆時計回りに動き出し、
「ぶはっ!?」
ヘソの辺りから脇腹にかけて抉られた傷が消え去り、血液が蒼野の体へと逆流。
ほんの十数秒前に失ったものが全て彼の体に戻り、蒼野は全身が飛びあがるような声を発しながら息を吹き返した。
「発動、できたのか? じゃあさっきは何で失敗して」
「どうやら、うまくいったみたいね」
荒い呼吸を繰り返す蒼野に、独り言のような調子で問いを投げかける康太。
草陰が僅かに揺れ優と積が姿を現したのはそんな時だ。
「能力を無効化する武器がある、そのくらいの認識で今は良いわ」
その時、雨音を掻き消す勢いの絶叫が四人の耳に響く。
声を聞き顔をしかめる蒼野に康太、もうあれを破ったのかと驚きの声をあげる積。
「問題はあの化け物を相手にどう逃げ切るか、それだけよ」
その状況で告げられた言葉に表情を硬くする男三人だが無理もない。これまで立てた作戦は悉く破られ、勝算はおろか逃げ切るための突破口さえ見えてこない。
「皆目見当つかねーよ。なにあれ同じ人間? みんなでバカスカ殴ったはずだよな? 俺も嬢ちゃんも結構強い拘束術使ったよ? なんであれをものの数秒で抜けてくるんだよ」
「俺のリバースを使って時間を稼いでその間に逃げる。シンプルだが一番勝算の高そうな方法が通用しなかった。加えてあの身体能力の高さ。どうすればあれを突破できる?」
積が、蒼野が、頭を捻るがそれでも具体的な案はおろか勝ち筋の一つさえ見えてこない。
「常に同じ相手に勝ち続ける必要はない。千回・万回・億回やって負ける相手でも、一番必要な時に一度だけ勝てればいい。アタシの師匠である善さんの言葉よ」
「え?」
ピクリと、優の言葉に反応し積が顔を向ける。それに呼応するかのように蒼野と康太の二人も彼女に顔を向けマジマジと見つめる。
「要はどれだけ圧倒的で勝算の少ない相手が立ちふさがっても、死力を尽くして一度だけ勝てればいいってことよ。捕まえちゃえばその後の無数の敗北だってなくせるんだし」
どう足掻いても勝てない状況ならば、勝てる状況に持ちこむ。自分たちの力だけでなく、地形を、自然を、あらゆるものを利用し戦うしかない。そのことを、優は知っている。
「そうだな、うんそうだ」
「諦めるイコール死! だしな」
弱気がふり払われた蒼野と積が再び頭を捻る中、黙っていた康太が顔を上げる。
「お前ら、いくらか確認させてくれ。全部いけそうなら話す」
「なんだなんだ?」
困惑する一同を無視し、矢継ぎ早に繰り出される質問に答えを返す面々。
その答えを聞き、康太は意思を固める。
「少し時間をくれ。俺の考えた作戦を言う」
崩れ落ちる建物が轟音を響かせ、辺り一面に砂埃が立つ。
誰が見ても荒いと口にする方法で隠れた標的を炙りだそうと怪物が躍起になる中、彼らは現れた。
「ねぇあんたさ、もしかしてアタシにゾッコン?」
「この状況で何言ってんだお前は?」
「いやそういう事なら考えようによっちゃ二人きりだし。これを狙ったのかと」
「あまりの状況に脳みそがぶっ壊れたか。哀れだな」
「あはははは…………決めた、アンタはいつかアタシが殺す」
物騒な会話を繰り広げる二人が険悪な空気を纏いながら狂戦士の前に立つ。
次いで、空へと向け雷の弾丸を撃たれると、間髪入れず康太に優、そして狂戦士の三人を覆うように鉄の板がドーム状に敷き詰められ、最後に天井部分に蓋がされ外界から隔離する。
「5分…………それだけ稼げば何とかしてくれるかしら?」
「オレの義兄弟をなめるなクソ犬。2分、いや1分半もあれば全て終わる」
目の前に立ちふさがる邪魔者は殺すという純粋な殺意。それを受けても二人は冷や汗を掻くことはあれど。一歩たりとも引かずに前を見る。
その存在の危険度は十分に理解している。それでも隣に立つ康太を守るように一歩前に歩を進めた少女は拳を構え、少年は2丁の銃を構える。
「っ!」
瞬きの間に、狂戦士の体が突如膨張したかのような感覚に陥る。
それはほんの一瞬、たった一歩の跳躍だ。
そのたった一歩の跳躍で100メートル近く離れた距離をゼロにする機動力に驚きを隠せない優。
「shi!」
そこから放たれた左右から挟み込むよう迫る鉤爪は、しかし優を捉えることができず空を斬る。
「1分半よ」
少女の体が鉤爪を避け宙を舞い、狂戦士の下あごを掴み、落下に合わせて振り下ろす。
「その間だけアンタの作戦に手を貸してあげる!」
「十分だ!」
その威力に大地が悲鳴をあげ、狂戦士が作りだしたもの同様のクレーターが形成。
それは、臨戦態勢の目の前の怪物に、初めて攻撃を通した瞬間であった。
「aaaa……………」
それでも、目の前の怪物はそれにさしたる関心すら持たず前に出る。
「うっわ。マジ? 今脳天から叩きつけたんだけど。効いてなくない? ホントに人間?」
「無駄口を叩くな。これまでの奴の動きで十分わかってたことだ。死にたくなけりゃ、キリキリ動け」
語る二人の心に油断はない。
一瞬でも気を抜けば、いやどれだけ足掻こうと、決して勝利はないと理解しなお、目の前の相手を見据える。
絶対に勝てない、向かう先は死あるのみの戦いが、ここに始まった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で反撃開始です。
次回も引き続き見ていただければ幸いです。




