舞台裏:richmans
「……本気で第六位を下すというのならばルティス・D・ロータスの協力が必須だな」
「やっぱり……そうなるよな」
蒼野とゼオスがオーバーに戦いを挑む決意を固め作戦を練り始めると、二人の考えはすぐに一致する。
大前提として、二人とオーバーの間には明確な力の差があり、その事についてはしっかりと自覚している。
そしてそれを覆すのは並大抵の方法では不可能であることも理解しているのだが、今回に限りそれほどの差を覆す可能性がある切り札を二人は所持していた。
他者の心を読むルティス・D・ロータスの魔眼の力だ。
「……当然だ。相手の心が読めれば、遥か格上が相手だとしても身体能力が付いていくかぎり勝算は跳ね上がる。貴様とてそれが理解できないわけではなかろう?」
「そりゃ……そうなんだが」
僅かな接触の情報を元にした予測だが、少なくとも目に映らない程の速さの攻撃という物はなく、攻撃がどのように来るかさえわかっていれば、恐らく対応できる類の物である。
ゼオスが告げる事実と考える内容については蒼野とて理解していることではあるのだが、しかし容易に納得することはできなかった。彼女が人を避けるようになった主な理由が、人の醜い心を見続けたためだと知っていたからだ。
「………古賀蒼野、貴様いい加減にしろよ。あの男を打倒するのにルティス・D・ロータスの協力なしで行えるとでも思っているのか?」
「………………」
「……煮え切らん奴め」
無言を貫く蒼野に対し吐き捨てるようにそう言いながら、無線の先にいるであろう少年にゼオスは話しかける。
「……ゼオスだ。レウ・A・ベルモンドよ、聞いていたな」
『うん、聞いてた』
無線越しのレウの声には、できればしたくない手段であるという感情が込められているのをゼオスは理解した。しかし同時に決して避けては通れない道であるとわかってしている、強い意志も感じられた。
『彼女は僕の大切な友人だ。子供の頃から何度も遊んでたし、引きこもった時もどうにかして彼女を外に連れ出せないかと考えた』
「「…………」」
苦しそうに告げるレウの言葉に蒼野もゼオスも言葉を挟むような事はしない。
それは野暮であると理解し、少々緩慢な彼の言葉も黙って待ち続ける。
『そんな彼女が………………幼馴染の僕でも助けることができなかった彼女が再び外に出て、こうやって顔を合わせてお茶会ができるようになった時、すごくうれしかった。君たち二人が外に出してくれた人の仲間って知った時から、何か恩を返せればと思ってた』
レウ・A・ベルモンドはまだ若く、この地を収める者として時に非情な選択をしなければならない度胸はそれほどない。よく言えば善人である。
『彼女に同じように辛い思いをさせることはもしかしたら本末転倒かもしれない。けど、この町を守るため、何より他ならぬ君たちがそれが必要というのならば…………僕は彼女を説得してみるよ』
しかし善人な彼は受けた恩を返すことに大して強い意志を持っており、それゆえに感謝の思いを原動力にして、幼馴染と向きあい、胸の傷を抉るかもしれない道を選ぶことを無線機越しに堂々と宣言した。
「レウさん……」
『なんだい?』
「ありがとうございます……それとすいません。俺達がもっと強ければ、こんな酷な提案をする必要はなかった」
『その気持ちだけで十分だ。むしろ僕は、君たちに感謝しなければならない。もし君たちがオーバーさんを食い止めていなかったら、被害は甚大なものだった』
後悔の感情を帯びた蒼野の言葉に対するレウの言葉は、感謝の意思が籠ったものだ。それを聞けば、申し訳なさからルティスに頼むことができなかった蒼野も腹を括ることは十分にできた。
「改めて、お願いします!」
『うん。ルティスの説得は僕がすぐに行う都市て、彼女の魔眼は画面越しでも相手の心を鮮明に映しだすから、監視カメラを集められる場所に早めに移動して欲しい』
「集められるってことは……どこでもいいんですか?」
『ステルス機能もついた耐熱仕様の最新機を自由に移動させるから、そうそう気づかれないと思う。ただ、狭い場所だと流れ弾が当たって破壊される可能性もあるし、籠った熱の温度には耐えられないかもしれないから、ある程度広い場所がいい』
「……ビル内部で戦っていては、恐らく奴の攻撃の余波で全て破壊されるな。このビルの前などはどうだ?」
『そのビル周辺は……いける。それだけの広さなら問題ない』
「じゃあ、それで!」
『わかった。それなら僕はルティスの説得に向かう。少し時間がかかるかもしれないが、下に降りてきてくれ!』
そうレウが口にすると、蒼野とゼオスが通信を切る。
すると彼は念話で執事や使用人に指示を出していたのを止め、友の元へと向け走りだした。
「ルティス聞いてくれ」
できるだけ中にいる彼女を刺激しないように、急いではいるものの慌てず、二度のノックを行った後に扉をゆっくりと開く。その後彼は側にあった電源を押し部屋の明かりをつけると、部屋の隅で頭を抱え震えている少女に近づきながら、落ち着いた口調で話し始める。
「…………」
これから頼むことがどれだけひどい事なのか、彼女を傷つけるのか彼にははっきりわかってる。
しかしこの一手が、最も重要な事なことは彼とて理解しており、ゆえに強い覚悟を胸に抱いてゆっくりと頭を上げる彼女を見つめる。
「レ、レウ…………」
そして心を読める彼女ならば、それだけで彼が頼みたいお願いをある程度だが察知することができた。
「な、なに。あなたは一体何を……?」
「ルティス、頼むから落ち着いて聞いてくれ。君が取り乱して時間を費やせば、それだけ蒼野君とゼオス君を苦しめることになってしまう」
「…………」
「君に頼み事がある。二人が今戦っているオーバーさんの心を読んで、それを二人に伝えてほしい」
恐怖で真っ青な顔をしていたルティスの顔が、話しを聞き全てを理解したところでさらに青いものに変化する。
一秒とかからぬ間に彼女が思い浮かべたのは、自身が死ぬ光景。
オーバーが自分が心を読んでいる事に気が付き、邪魔だと思った自分へと向かって歩を進め、抵抗するための四肢を砕き殺される未来。
その結論に達した瞬間震えは更に大きなものとなり、彼女は歯を鳴らし全身を自らの真っ白でか細い両腕で強く抱いた。
その変化に胸を痛めながらも、これは必要な事であると自らの心に訴えかけてレウは言葉を紡ぎ続ける。
「今外では神教最大戦力の一角が暴れまわってる。このまま放って置けばこの町だけじゃ済まない、もっと大きな被害になってしまう。でももしルティスがここで力を貸してくれれば、それら全てを未然に防げる! 今命がけで時間を稼いでくれている二人を助けられる! だから頼む! 力を貸してくれ!」
少女に訴えかけるように吐きだす言葉は、その実少年自身が友人を追いつめる行為を何とかして正当化しようと自身に訴えかけている言葉であり、その感情の動きを目で見て確認できる少女の瞼からは、自然と涙が溢れだしていた。
「ずるいわ……あなたは昔から…………そういうところは本当にずるいわ」
ルティス・D・ロータスはレウ・A・ベルモンドという人間を心から信頼できる友人であると感じていたが、それと同時にずるい人間であるとも感じていた。
このレウ・A・ベルモンドという男には裏表というものがない。
思った事は必ず口にする類の人間だ。
それだけならば齢十八歳にしてただの大馬鹿者なのだが、しかし貴族衆最高位にして稀代の名君、ベルモンド家現当主ルイ・A・ベルモンドの教育が、少年をただの大馬鹿者にはしなかった。
「わかっている……わかっているんだ。けど、これしか方法がないんだ」
「ここにいるみんなが、僕たちみんなが助かるには……これしか方法はないんだ!」
一から十までしっかりとした道筋が描かれた教育の結果、レウ・A・ベルモンドという少年は自らの家系だけではなく貴族衆全体を愛した。
そしてより良い繁栄をするためにはどのようにすればいいかを、無意識で考えられるように成長。
これらの教育と本人の善性の性格が混ざりあった結果、彼は無意識に貴族衆全体が繁栄し、なおかつ人が納得することができる結果を導くことができる頭脳を習得し、あらゆる方面において超が付くほどの有能であるシリウス・B・ノスウェルとは別の意味でなくてはならない存在へと成長した。
「本当に……ずるい」
すなわち、天性の人たらし。
自身の持つ力は大したものではなくとも、周囲にいる人々を惹きつけ、善き未来へと導く扇動者。
それこそが、ベルモンド家が育てた、貴族衆の時期当主たる少年、レウ・A・ベルモンドの正体だ。
そんな彼が導きだした答えを前に、少女は口を挟むことができなかった。
「多くの悪意を見たことが理由で、君が塞ぎこんだのはもちろん知ってる。でも君が苦手とするその力で、彼らや多くの命を助けることができるなら…………君が嫌う悪意を跳ねのけられるとするなら、それは大きな意味合いを持つんじゃないかな?」
その状況につけ加えられる言葉を聞き彼女はもう断ることができなかった。
「………………彼らを助けるためには………どこに行けばいいの。まさか、彼ら三人の戦いを直接目にしろだなんて言わないわよね?」
渋々と、非常にゆっくりとそう告げる彼女に対し、満面の笑みを浮かべるレウ。
「ああ……ああ! 君の能力がカメラ越しでも発動できるのは理解してる。だから町中の監視カメラを使う。邸宅の視聴覚室に移動するから、僕と一緒に来てほしい!」
そう言って差し出された手を取れば全身を支配していた震えが僅かに収まり、彼女はふらつきながらも立ち上がる。
それを見たレウが、無意識に少女の手を優しく包みこむ。
「でもねレウ」
「ん?」
「正直まだ怖いところがあるの。だから一つお願いを聞いてほしいの」
自らを奮い立たせ、前へ進もうとするルティス。
しかしそれでもまだ足りないと、自分が動いた事によるささやかな見返りが欲しいと少女は願う。
「お願い? 僕にできる範囲であれば何でも叶えさせてもらうけど、なんだい?」
その言葉に嘘偽りは一切ない。何でも言ってくれとでもいう心持ちを前に、個人的な要求をしようとしているルティスの方が気が引けてしまうが、勢いに任せて口にする。
「わたくし少し前から慕っている男性がいるのですが、どうも相手は心を開いてくれないのです。ですからレウには、彼とお会いするための協力をしてほしいのです」
するとその言葉を聞いたレウが面食らう。
そんな人間がいるのか、とでも言いたげな様子だ。
「……………………これは驚いた。君が恋をするのもそうだけど、友人という立場を抜きにしてなおかつ魔眼の件を抜きにしても、君の誘いを断り、なおかつ逃げ続けられる男がいるなんて」
「わたくしも初めての経験で戸惑っているのですが、その方にはどうもうまく逃げられてしまいまして……」
「うーん。正直僕の知る中でルティス程美しい異性は知らないし、心を読めるとしても君の性格からして悪用しないのはわかりきってることだし……その人は何で逃げてるの?」
「さぁ。私には何とも……」
その理由について既に理解している彼女は純粋な目をする友から視線を外し言葉を濁した。
「まぁわかった。君に無理をさせるだけじゃ申し訳ない。僕が全力でルティスをサポートしてその人と会えるようにして見せよう!」
「全力で?」
「ああ。なんだったら僕が使える範囲の権力をフルに動員してもいい!」
ルティスの頼みを聞き、そんな事ならばお安い御用だとはじけるような笑みを浮かべながら力強く答えるレウ。
その一週間後、彼女からうまく逃げ続けていた少年が捕まり、阿鼻叫喚の地獄をあじわうことになるのだが、それはまた別の話である。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日のお話は別の場所の物語。いわゆる舞台裏にあたる部分です。
同時に先日遥か格上、次元が違うと言ったオーバーに、なぜ対抗できたのかという解答編です。
ようは次にどこに攻撃が来るかわかってれば、見える範囲ならばどうにでもなる、という事ですね。
あと今回の話でレウについて語られましたが、ベルモンド家の当主が思い浮かべる将来像というのは、
レウがシンボルとなり他を導き、シリウスが実務全般の最高権力者になるような関係です。
まあこれはおまけ程度に覚えていただければ幸いです。
それではまた明日、ぜひご覧ください




