別次元へ到達せよ
「はっはぁ! そこだぁ!」
逃げ回る蒼野とゼオスを見つけ、愉悦の色を帯びた声が振り下ろされた剛腕の放つ衝撃と同時に耳に響きビル内部の地面が崩壊する。
「ゼオス!」
「……」
真下の階層へと向けて空いた大穴に二人は迷いなく入ると、その様子を見たオーバーが二人を追跡。
「意気込んで俺の前に現れたくせに、尻尾を巻いて逃げんのか。ええぇおい!」
「風刃・狼牙一閃!」
舞い降りてきたオーバーへと向け、風の刃が放たれる。
「あ?」
その刃をオーバーが気が付いた時には床や壁を伝い、真上から真下へと、まるで獲物の首に食らいつく肉食動物の牙のような一撃が幾重にも繰り返され、その内の一発だけがオーバーの頬を掠める。
「よし!」
「何が良しだクソガキがぁ!」
思い描いた通りの軌道で直撃した一撃に蒼野がガッツポーズを取り、それを見たオーバーの周りの景色が歪む。
それがオーバーが無意識に発している熱の作用だと気が付いた二人が部屋の入口から飛びだし、二手に分かれ走りだす。
「逃がすと思ってんのか、あぁ!」
蒼野が閉じた廊下と部屋を隔てる扉を拳で砕き、一瞬だけ苦痛に表情を歪ませたかと思えば迷う事なくゼオスが走った方向へ向け失踪。
「お前の方に行ったぞ!」
『……承知した』
レウが渡した無線機を使い自分から離れていく強烈な殺意の行く末を反対方向にいる仲間に説明。 それに対しゼオスは二つ返事で返すと、
「見つけたぞ!」
「……流石に早いな」
背後から自分を探していたであろう怨念の籠った声が聞こえ、振り返ることはせずすぐに角を曲がる。
「待ちやがれ!」
そう口にしながら走っていると、オーバーの耳に轟音が響く。
角を曲がり何があったか確認して見ると、下の階へと続く床が幾重にも壊されており、ゼオスがどこに行ったのかが一目ではわからないようにされていた。
「面倒な事をしやがる!」
五階分ほどがくり抜かれた様子を目にしながら、地属性の粒子を地面に流し、ビルの内部を探索を開始。
「……そこだ」
「がっ!?」
その瞬間を待っていたとばかりに背後から黒い渦が現れ、ゼオスが漆黒の剣で背後から斬りつける。
「っっっってんめぇぇぇぇ!」
突如現れたゼオスに殴りかかるがゼオスはその射程から既に離れており、細長く伸びた廊下のど真ん中でオーバーを睨みつける。
「暴楼夏!」
「……紫炎装填。炎月!」
螺旋を描く溶岩と廊下一帯を埋める程の大きさをした炎の斬撃が両者の間で衝突する。
「そんなもんで防げるかよぉぉぉぉ!」
その均衡は、しかし然程時間をかけることもなく崩れ去る。
紫紺の炎を固めた巨大な斬撃は溶岩の前に敗れ去り、それを見届けるよりも早くゼオスは側の壁を斬り裂き側にあった部屋の中に入る。
「俺にこれだけの傷を負わせたんだ。楽に死ねると思うなよクソガキ!」
そう言いながら部屋の壁を拳で砕き悠然とした態度で中へ入ろうとすると……彼の背後に何かが当たる。
「風刃……」
「なっ!?」
頭に血が昇りきり冷静さを失っていた彼は気が付かなかった。
なぜ先程ゼオスはオーバーが周囲の探知に意識を向けた瞬間に不意打ちを喰らわせることができたのか
その理由が風の膜を張り姿を隠していた蒼野が、ゼオスとオーバーのいる場所まで移動して、様子を逐一確認し連絡していたという簡単なものであると、普段の彼ならばすぐにわかったはずなのだ。
「突貫!」
「がっ…………」
それを怠ったオーバーの背後から貫くような衝撃が奔り、その勢いに耐えきれなかった彼の体が宙を舞う。
「…………この一刀に全霊を乗せる」
自身が開けたを通り抜けた先に待っているのは、居合の構えにて最高の一撃を放とうと意識を集中させる若き狩人。
「てめっ!?」
「……重ね閃火!」
吹き飛んでくるオーバーが空中で体勢を戻すよりも一歩早く前に出るゼオス。
二人の影がほんの一瞬交差し、
「が、はぁ……」
その瞬間に放たれた百を超える紫紺の炎を帯びた斬撃が、オーバーの体を斬り裂き、燃やし、二メートルを超える巨体が事務机と椅子、そして書類が積まれたスペースの中に沈んでいった。
「やったか!?」
ゼオス会心の一撃が直撃していた様子を目にしていた蒼野が肩で息をするゼオスに近づくが、その瞬間顔を真っ青にしたゼオスを確認すると彼を担ぎ更に下の階層へと移動。
万物がドロドロの液体へと変化していく様子をチラリと見た。
「……完璧な一撃ではあったが、決定打にはなっていないな」
「あれでか!?」
「…………こうして正面から戦ってみて理解した。第六位は俺達とは文字通り次元が違う」
生き残るために日々技を磨いてきたゼオスは、この半年間の間に更なる強さを得た。
いくつかの『扉』を開くことで身体能力は飛躍的に上昇し、他の面々と比べればまだ拙いながらも蒼野との連携も学習。
それらを駆使して油断と慢心を重ねたこの男と戦い、ゼオスは理解した。
いやしてしまった。
目の前にいる存在は今の自分たちでは届かない高みに存在する相手だ。
原口善にヒュンレイ・ノースパス。アイビス・フォーカスやゲゼル・グレアにレオン・マクドウェル。
誰もが、ただ単純に格上というだけでは済まされない、どこか自分たちとは次元が違う『何か』を持っていた。
その『何か』を目の前の暴威も備えていた。
「今の剣はあのジジイの技だな」
声が聞こえてくる。
その言葉にこれまでのような激情はなく、淡々と自らが感じた感想を口にしているだけだ。
それから間もなく、熱により溶けた床や事務機器を掻きわけ、緩慢とも言えるようなゆっくりとした動作でオーバーが立ち上がり、自身を中心として出来上がった丸い穴から真下にいる二人を射貫く。
「あの時だってそうだ。心臓を貫かれてなお、あのジジイは止まらなかった。静止を聞かなかった俺をその技も含めて何度も何度も切り刻みやがって」
「何度も! 何度も! 何度も何度も!」
ゼオスが斬りつけた無数の傷が、オーバーの怒りに呼応するかのように塞がっていく。
その光景に二人は息を呑むが、そんな彼らの前でオーバーが全身を固めた溶岩で身を包み、その上からさらに炎を纏う。
「だから燃やしてやったよ。全身を火だるまにして、二度と立ち上がれねぇように念入りに燃やして蹴り飛ばした」
空気が――――燃える。
壁に四方を囲まれたその場にいるだけで、全身から汗が噴き出ていき、周囲の壁と一緒に彼らの意識まで溶けていく。
「っゼオス逃げるぞ!」
「…………っ!」
「ジワジワとなぶり殺すつもりだったが止めだ。お前らもあのジジイと同じように、心臓を貫いた後に全身を燃やして殺してやる」
人間というよりは悪魔と呼んだ方が近い姿を前に、蒼野が全身に風を纏い床を崩し下へ降りる。
「まだか! まだなのか!」
「逃がさねぇよ!」
下へと逃げていく蒼野とゼオスにオーバーが追従。回避する暇など与えず、溶岩と炎を纏った拳で蒼野を殴りつける。
「風陣結界!」
「無駄だぁ!」
「が…………はぁ!」
風圧の壁をものともせずぶつかった拳の威力に一瞬眩暈がするが、殴られた場所に襲い掛かる焼けるような痛みが蒼野の意識を強制的に覚醒。
「死ねコラ!」
「ああああぁぁぁぁ!」
続いて撃ちだされた第二撃を、金切り声をあげながら反射的に上へと躱す。
そんな時蒼野が目にしたのは、これまでどれだけの攻撃を受けてもびくともしなかった建物の壁が、ドロドロとした液体に変化している光景だ。
「っっっっ」
当たり所が悪ければ死ぬ。
その事実に全身が震え、続けざまに放たれた裏拳が能力を展開することさえ意識できない蒼野に向けられるが、それが到達する直前に蒼野の体をゼオスが引っ張る。
「…………一階まで降り、正面玄関から脱出する」
「てことは!」
「……どうやら、うまくいったらしい」
思惑が順調に進んでいることを二人は理解するが、それでも心が晴れることはない。
胸に溜まるのは、あらゆるものを駆使したとして、それで勝てるかどうかという不安感だけだ。
「阿伏怒」
トップスピードで肉薄した状態で両腕を固形の溶岩で固め、そこから大量の炎を纏った拳で殴りつける。
それは下の階層に降りる二人にはかすりもしなかったが、その背後の壁に衝突すると一気に溶かし、ついに強固な壁が敗北した。
「……レウ・A・ベルモンド。火災時に使う防火扉はどこにある」
『君たちの位置から十メートル程進んだ位置にある。それの使用権限を君たちに渡す!』
そうレウが告げると無線機伝いに青い光が発生し、それらはゼオスと蒼野の両手に移動。
『外側の壁ならどこでもいい,好きな場所に触れてくれ!』
「わかった!」
レウの言葉に従い蒼野が壁に触れる。
すると上階から降りてきたオーバーと二人の間に突如として赤い壁が現れ、両者を阻む道となる。
「しゃらくせぇ!」
そんなものは意味がないとでも言うようにオーバーが炎を放ち溶解しようとするが、それはこれまでの壁と比べほとんど溶けずその姿を維持している。
「ああぁぁぁぁ!!」
自身の炎で溶けないことが勘に障ったのであろう。
オーバーは殴って破壊することを止め、炎で扉を溶かしきる事に固執。
「急いで下まで降りよう!」
その様子を前に生唾を呑んだ蒼野が溶けた自身の体の時間を戻すとゼオスと共に再び下へと降り始め、そんな彼らの背後から、目的を完遂した男の歓喜の叫びが聞こえて来た。
『一階への移動ならその権限くらい渡せるよ?』
「…………ダメだ。貴様の手を借りているような動きをすれば、無駄に警戒する可能性がある。危険ではあるが、このまま俺達自身の足で一階まで降りるのが一番安全だ。でなければ、最悪逃げられるぞ」
「ぶっちゃけた話、さっきの防火扉でばれたかもしれないですけどね!」
無線機越しにそう伝えながら漆黒の剣で床を斬り裂き、一気に下へと降りていく。
「……奴は追ってくるか?」
「ああ。一気にこっちに迫って来るぞ!」
『所定の位置に到着した!』
「……急ぐぞ」
ゼオスと蒼野が床をどんどん斬り裂いていくこと数秒後、二人は五十階近くあるビルの一階にまでついに到着した。
「ここが終点か?」
それからほとんど間を置かず、天井を溶かしきると、悪魔の如き姿をしたオーバーが現れ両者は再び対峙。
「死ぬなよ」
「…………貴様こそ、あんな気狂いに殺されることは許さんぞ」
僅かにそう言葉を交わすと、意識を極限まで集中させ二人の少年が死地へ踏みこむ。
「ハッハハァ!」
二人にとっては命をかけた接近戦が繰り広げられるが、戦況は一方的なものだ。
ゼオスと蒼野が左右から挟みこむように斬りかかるが炎に触れた瞬間刃は溶けてなくなり、風や炎属性の遠距離攻撃では溶岩の鎧に傷一つ付ける事ができない。
「さっさと諦めろ。てめぇら羽虫如きが、本当に俺に敵うとでも思ってんのか?」
オーバーは確かに原口善には敵わない。
しかしだからといって弱者かと問われれば、誰もが否と答えるであろう。
万物を溶かす炎の鎧と、それに触れても溶けない程の熱耐性と鋼の硬度をはるかに上回る溶岩を固めた鎧を装備したオーバーは、神教における最強戦力セブンスターの一角にふさわしい強さを持っている。
二人がどれだけ足掻いたとしても、覆らせれない程の差がそこには確かに存在している。
「死ね」
そしてそれだけの差があればオーバーが守りに意識を割く必要はなく、大ぶりだがじっくりと狙いを定めた右腕の一撃がゼオスの腹部を貫く。
「……う、あぁぁぁぁ!?」
それほどの一撃にゼオスの体が耐えきれるはずもなく、放たれた拳は腹部を貫き、それを抜いたかと思えば炎を纏っていない左手で頭部を掴み、外へと向け放り投げる。
「ゼオス!」
無論、そんな状況のゼオスを蒼野が放っておけるわけもなく蒼野はロビーから飛び出て、腹を失ったゼオスの時間をすぐに戻すと、
「さてと」
肩で風を切りながら、噴水に長めの階段だけが特徴的な遮蔽物がない広場にオーバーが現れ口を開く。
愉悦の混じったその声は自らの勝利を疑わないものであり、加えて逃走劇が終わりを告げたことを二人に伝えていた。
「もう逃がさねぇぞ羽虫が」
すると彼はもはや炎さえいらないと両腕の炎を消し、この戦いを終わらせようと疾走。彼らの目では負いきれない速度でかく乱し、背後を取ると手刀を突き出し心臓を狙う。
「あ?」
がその時…………不思議なことが起こった。
観客がいるのならば驚きのあまり言葉を失っていただろう。
目の前の二人を確実に殺すため、原口善の時と同様の動きで迫るオーバー。
一直線にではなく縦横無尽に動く彼を二人は捉えきることができず、ゆえに後は死を待つだけの状態のはずであったのた。
だというのに、命を刈り取るために撃ちだされたオーバーの拳を、蒼野が跳躍して見事に避ける。
あまりにも自然で無駄な動作なく行われたそれにオーバーは息を呑み、そんな状態の男の右手に、圧縮することで切れ味を高めた風を纏った刃が直撃。
「て、てめぇ!」
動揺したオーバーが距離を取ろうと一歩引くと、それを予知していたとでも言いたげな様子で隣にいたゼオスが振り返り、彼我の距離を埋めるように前に出る。
「ちっ」
相手を捻じ伏せるのではなく吹き飛ばす速さに重点を置いた拳を、迫るゼオスへと撃ちだす。
しかしそれをゼオスは容易く躱し、それどころか伸びきった状態から戻される腕の動きに合わせ、無数の斬撃を腕に当てると、蒼野まで振り返り攻撃に参加し始める。
燃やし尽くす!
それらの攻撃は彼の体にまでは届かないのだが。そのしつこさに業を煮やしたオーバーが全身に炎を待とうと膨張させ、周囲一帯を焦土に変えるために爆発。
「「っ!」」
それは完全に不意を突いたであろうにも関わらず、それすらも感知した様子で二人が同時に引き、射程圏内からすぐに離れる。
「っ!?」
二人が溶岩の鎧と炎を纏ったオーバーに傷を付けることは未だできず、比べるまでもない地力の差が埋まることはない。
しかし今、二人の少年は確実にオーバーのいる領域、別次元にまで手を伸ばしていた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日は少々遅くなってしまい申し訳ありません。
その分濃密な一話になったかと思うので、楽しんでいただければ幸いです。
今回の話はゼオスがゲゼルから教えてもらった技の披露にオーバーが鎧を纏う部分。
そして別次元への到達と、結構な変化があった話であると思います。
どうやって彼らはそこにまで手を届かせたのか、
その点については次回でお話できると思います
それではまた明日、ぜひご覧ください




