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クライメート大攻防 二頁目


 ――――ゲゼル・グレアを殺した――――


 オーバーが告げたその内容を聞き、蒼野とゼオスが僅かな間だが言葉を失う程の衝撃に襲われる。


「隙だらけだぞ羽虫がぁ!!」


 その隙を逃す程、オーバーという人間は甘い相手ではない。


「ゼオス!」

「…………っ!?」


 気がつけばゼオスの体は逆側の窓ガラスを割り外へと吹き飛び、オーバーはほとんど間を開けずに蒼野の側にまで移動。握り拳を渾身の力で叩きこむよう、前のめりになる。


「時間回帰!」

「このオレを相手に何度も同じ手が通用すると思ってんのか!」


 すぐさま能力を前方に展開し盾のように構える蒼野を前に、オーバーが足元から炎を溢れさせその巨体を宙に浮かせる。


「まずっ!」


 能力の範囲外に瞬時に移動したオーバーが、掌に万物を炭に変える威力の炎が集まるのを見て、蒼野が近くにあった作業机に体を隠す。


「そんなもんで守れるかよぉぉぉぉぉぉ!」


 オーバーの絶叫と共に撃ちだされた熱光線。

 蒼野にとって想定外であったのは、自分が身を隠した作業机の熱耐性だ。

 町やビルを形成していたそれとは違い、内部に設置されていたこの作業机には大した熱耐性はなく、その結果オーバーの放った炎が近づくだけで消し炭に変化。

 身を焼き尽くす熱が、蒼野の身に襲い掛かり嫌な音と共に煙が全身からあがった。


「ふ、風陣結界!」


 それを認識したと同時に蒼野は全身の穴という穴から大量の風属性粒子を放出。

 強烈な暴風がそれ以上主の身に熱が迫るのを許さず弾き飛ばし、それだけでなくオーバーをも吹き飛ばす。


「時間回帰!」

「なんだぁ。まさかその程度で俺から離れられるとでも思ってんのか!」


 蒼野はその間に自身の全身の時間を戻し傷の修復を行うのだが、吹き飛んでいたオーバーは壁に自身の指を突き刺すと、片腕の腕力だけで自身の体を暴風の真っ只中へと放り込み、風の壁など元々なかったかのように絶え間なく攻撃を撃ちこんでいく。


「さっきまでの威勢はどうした? えぇおい!」


 その密度は、蒼野程度で耐えきれるものではない。


「取ったぜ」

「がっ!?」


 コンマ一秒の間に行われた百を超える攻撃を捌いた蒼野の鳩尾に、その後放たれた一発の拳が直撃する。

 余波だけでビルの窓ガラスを容易く割り建物自体を揺らす威力の拳を前に、蒼野の意識が再び揺らぎ、その隙にオーバーの放った右手の手刀が蒼野の両足を斬り落とし、左手で蒼野の右腕を掴む。


「ぐ…………」


 その時、オーバーの顔が不機嫌なものに変化する。

 痛みでその原因が理解できない蒼野だが、ビルの壁を登ってきたゼオスが接近している光景を目にして事態を理解。

 蒼野の腕を掴む左手を漆黒の剣で斬り落とそうと、ゼオスが渾身の力で彼に斬りかかったのだ。


「がああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 その一撃は木の幹のように太い彼の腕に沈みこむが両断する事までは敵わなかったが、腕を襲う激痛を前に、耳をつんざく叫びが二人の耳に襲い掛かる。


「……っっっっ!」


 衝撃波のような絶叫に顔をしかめるゼオスと、血走った目をしたオーバーの顔が向かい合い、ゼオスの脳裏には数秒とせず肉塊へと姿を変える未来が思い浮かぶが――――その未来は訪れない。


「ご……お!?」


 それどころか彼の目の前でオーバーは歯を食いしばり、何かに堪えるような姿を見せ体を硬直させる。

 それが千載一遇の好機ではと考え剣を構えるが、それに呼応するようにオーバーの拳が放たれ、


「時間回帰!」


 僅かな隙を突いた蒼野が自身の体の時間を戻し修復し、空いている足でオーバーを蹴り飛ばし、


「ゼオス!」

「…………ちっ!」


 蒼野の声に合わせゼオスが紫紺の炎でオーバーの視界を奪い、今いる部屋を脱出。

 綺麗に磨かれた空色の床の上を全速力で走り、すぐそばにある階段を降り別の階層に移動した。


「た、助かった……サンキューゼオス」

「……貴様のために助けたわけではない」


 それはこの場を生き残るための本心からの言葉ではあったのだが、それを聞いた蒼野が楽しげに笑うのを見て、ゼオスは思わず顔を背け強張らせた。


『こちらレウ。南エリアの人々の地下緊急と死への非難がもう間もなく完了する! 繰り返す。南エリアの人々の非難がもう間もなく完了する!』

「だってさ。当主がいない中でここまで手際よく終わらせられるとは、レウさんに感謝だな」

「…………そうだな」


 のだが、耳に付けた通信機から聞こえてきた情報を聞き、すぐにいつもの真顔に戻った。

 同時に蒼野が安堵の意味合いを込めた息を吐くのだが、その顔に歓喜の類の感情はない。


「あとはお前の能力で俺達二人が非難。携帯の部品がないから時間は戻せないが、どっか適当なところに移動して電話を借りれば、オーバーさんはこの場から必ず移動する。空間移動で逃げたとなれば、追ってくるよりも撤退を選ぶ……はずだよな?」

「…………貴様の言う通りだ」


 汚れ一つない真っ白な壁にもたれかかり、これから取る予定の段取りを口にする蒼野。

 その方針に、間違った点などありはしない。


「けどさ、それって悔しいよな…………悔しすぎるよな」


 しかしそれでも、それを口にした蒼野自身が、そうしたくないと訴えかける。

 それでは悔しいと、しゃがんだまま右手で自分の髪の毛を掴みながら訴えかける。


「この半年間でゲゼルさんは色々な事を教えてくれた。剣の使い方や属性の使い方。戦いにおける心構えや戦術。それに色々な武勇伝だって語ってくれた」

「……………………そうだな」


 蒼野の言葉に対し、ゼオスは静かな声でそう告げる。


「そんなゲゼルさんを殺したオーバーさんに一矢報いることもなく逃げる事なんて……俺はしたくない!」


 すると普段では考えられないほどの力強い意思が少年の口から溢れだす。


「…………」


 がそれを聞いても、ゼオス・ハザードという男の様子に変わりはない。

 腕を組み、仏頂面で意識を張りつめ、それまでと同じように周りの状況を探り続けている。


「…………怒りのあまりその恩師の教えまで忘れたか。勝ち目のない相手と対峙した場合、一目散に逃げろと言われていたはずだが?」


 だからこそ、口から出る言葉も普段とは変わらない。

 今の状況を客観的に捉え、血が昇った蒼野に対し言葉を吐くのだが、


「そうだ。ゲゼルさんにもそう言われていた。けどよ、それでも割りきれないものだってあるじゃねぇか!」


 しかしそれでも蒼野は荒々しい様子で反論し、


「……おい、貴様何を勘違いしている。俺は一度も撤退するなどと言っていないぞ」

「え?」


 敵意さえ向ける蒼野が、ゼオスの返事を聞きすっとんきょうな声をあげる。


「い、いやちょっと待てゼオス。お前は俺を止めるつもりじゃないのか?」

「……勝てる見込みのない相手と対峙した際は、一目散に逃げるべきだといっただけだ。第六位がそれに値しないと言おうとしたところで、貴様が勝手に食って掛かってきただけだ」

「い、いや…………え。どういう事だ?」

「…………そのままの意味だ。少なくとも第六位は圧倒的ではあるが、原口善のような超人ではない。だからこそ、俺達でもあらゆるものを使えば一矢報いることは可能だ」

「ほ、本当か」


 ゼオス・ハザードという人間はごくわずかな例外を除き激情では動かない性格の人間であり、若くして数多の死地を潜り抜けた存在だ。

 康太や優と同様かそれ以上に戦術眼は信頼できる。

 そんなゼオスの一矢報いることができるという言葉を前に、蒼野が顔を輝かせる。


「……大前提としてだが、第六位が原口善と戦ったのは今日の事のはずだ。ならばそう大した余力は残っていまい」

「何でそんな事がわかるんだ?」

「……昨日までにそんな戦闘があったのならば、原口善も隠しはしまい。加えて、奴の動きも妙だった」

「そうだったか?」

「……炎の使い方や時々動きが鈍くなるさま。付け加えるなら、どう考えても正常な思考を持ち合わせていないぞあの男は」


 オーバーの動きに関しては、蒼野には理解できない。

 しかし自分たちに対し接してくる様子だけで言うならば、確かに正気のものであるようには思えなかった。


「確かにあの様子は普通じゃなかったな。うん。まあ状況分析はいい。それより、どうやってオーバー…………さんに一矢報いられる?」

「……一撃直撃させるだけならば、そう大して難しくもない。奴は今俺の不意打ちを受けて冷静さを失ってる。その隙を突けばいい。それで終わりだ」

「そ、そうなのか…………ありがとよ」

「…………レウ・A・ベルモンドが援軍を呼んでいるはずだ。後はそいつらに任せれば全て終わりだ」

「援軍…………」


 ゼオスの話す内容に間違いはない。

 レウ・A・ベルモンドは確かにすでに援軍を呼んでおり、それに応え誰かは到着するだろう。

 最も、四大勢力全てが明日に控えた大一番を前に戦力を整えている今、二人が想像する援軍がどれほどの間に到着するかはわからないことであったが。


「なぁゼオス。そんな簡単に一撃を当てることができるなら…………俺達の手でオーバーさんを、いや援軍が到着するまでの時間を稼ぐことはできないか?」


 蒼野が遠慮がちに口にしたその言葉はそこまで知ってのものではない。

 ゆえに打算や勝率を無視した言葉であり、それを耳にしたゼオスが憂鬱げな表情をするが、


「…………おい」

「いやだってよ、俺達が撤退したらオーバーさんは逃げる可能性が高いって話じゃんか。あの人がもし本当にゲゼルさんを殺したのなら、そんな人を野放しになんてできない。それに、放っておいた隙に、地下に降りてレウさんとかルティスさんを殺されたら最悪だ」

「……はぁ」


 自分が反論するよりも早く早口でまくしたてるように告げる蒼野の様子に、ゼオスはため息を漏らす。


「…………取り繕うな。貴様が言いたいのはつまり復讐…………奴を殺したいということだろう?」

「な!」


 その後彼が口にした言葉に蒼野が息を呑み、信じられないという表情で睨みつける。


「お前は何でいつもそう物騒なんだよ。狙うのは捕獲だ捕獲! 監獄島にぶちこめば、脱出なんてできるはずがないんだから、それでいいんだよ!」

「…………化けの皮が剥がれたな。どちらにせよ撤退以上の結果を狙いに行くのには変わりはあるまい」

「あ……」


 が、すぐに図星を突かれたといった様子で蒼野が硬直し、数秒ほど間を置いて、もはや言い逃れはできないと悟って口を開く。


「フォーカスさんも良くしてくれたんだけどさ、ゲゼルさんは特に良くしてくれたんだ」

「……貴様が奴の昔話を楽しそうに聞くからだろうな」

「それだけの理由かもしれない。だけどよ、たとえそれだけの理由だったとしても、良き師匠だったんだ。そんなゲゼルさんをオーバーさんが殺したって言うのなら、教え子の一人としてあの人の仇を討ちたい」

「…………そこまでの意思がありなぜ殺そうとは思わん」


 その一点だけは決して理解できないと、ゼオスは純粋な疑問を口にし、


「そんなのわかりきってるじゃないか。あの人が俺達に、人殺しをしてほしいと願うか?」

「…………」


 しゃがんだまま、蒼野はさも当然と返事を行い、ゼオスも反論できず言葉を失った。


「それに」

「……それに?」

「殺さずに済むならそれに越したことはないし…………人を殺すなんて怖いじゃん」


 それから最後に告げられた言葉を前にゼオス・ハザードは、今度は呆れから言葉を失った。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


引き続き戦闘回が続くわけですが、今回の話を見てもらえば理解していただけると思うのですが、

オーバーは強いです。

それこそ前評判通り二人よりも遥か格上の存在です。


何度か話したことではありますが、幾らかのキャラクターに設定上の役割があります。

オーバーにもそれは存在しており、彼の場合は二つの役割を持っています。

一つが『噛ませ犬』こちらは善を相手にした場合の役割。個人的には見事にこなしてくれたと思っています。

そしてもう一つ、蒼野とゼオスを相手にした場合の役割というのが『油断・慢心・外道・クズ、しかし強い』というものです。


個人的には結構重要視している様子で、諸々のデバフが合ってもなおさら強い存在、それがこの世界に生きる強者の在り方だと思います。


その辺をうまく書けたら嬉しいです


それではまた明日、ぜひご覧ください


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