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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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少年少女、死闘を演じる 二頁目


 敵うわけがない、


 それがその戦いを見終えた康太と優が抱いた、素直な感想であった。

 鉤爪の扱いにとどまらず鎖や槍の扱いまで達人の域に達している技量に、超人の域に達した身体能力。

 しかも痛覚などもない様子の、目につくものを殺すだけの殺戮者。


「怪物、というよりは狂戦士って感じだな」

「まあ怪物でも間違ってないと思うけどね」


 目の前の存在を相手に、どう逃げ切るか、二人は思考の海に潜り考える。

 その時、ドンドンと太ももを叩かれている事に気が付き、自分が地面に叩きつけていた義兄弟の事を思い出し康太が手を離す。


「三人は!?」

「死んだよ」

「っ!」

「そう悲しがるな。出て行けば、お前も死んでた。野郎はそういう類の存在だ」


 康太の答えを聞き蒼野が顔を歪め、助けられなかった事実を前に項垂れる。


「でも、あたしたちにとっての問題はここからよ。見なさい、あいつはまだここに留まってる。どうしてだかわかる?」


 がしかしその状態は長くは続かない。

 そのまま優が動かない蒼野の体を優が上に持ちあげ、視線を合わし彼に問う。


「……俺たちを殺すためか?」

「そうよ。あいつはここで目撃者を一人残らず殺すつもりよ」


 その言葉を聞き、蒼野は雨の中でも音が聞こえるほどしっかりと唾を飲んだ。

 分かっていたことなのだ、目の前の狂戦士をどうにかしなければ生きて帰ることは出来ないと。それでも優のはっきりとした言葉を聞き、覚悟を決めるしかないことを蒼野は再認識させられる。


「ところで、今回の一番の被害者はギャーギャー騒がないけどどうした?」

「ん?」


 そう言われ、建物の壁に背を預けたまま気の抜けた返事を返す積。

 そうだなぁとだけ呟くその姿は、さっきまでの様子とほとんど変わらぬものであったが、そう考えていた康太に対しふと積が語りだす。


「最後に死んだ人いるじゃん。あの人さ、何度か店を訪れてくれてた人なんだよ。それで来るたび家族の自慢話してさ。この町が故郷らしくて、本にも載ってない観光スポットとか教えてくれたんだ。それがあの様だぜ」


 呆れた様子で語る積が視線を向けた先には、頭部を失くした死体が一つ。


「嫌になっちゃうよなぁ。怖くないかと言われればもちろん怖いさ。今すぐにでも逃げ出したい気持ちだってあるさ。でもあんなもん見せられたら……」


 その男の脇に落ちている写真が蒼野の目にとどまる。

 家族で幸せそうに映っている一枚の写真。それが雨と泥、そして男の血で汚されている。


「覚悟決めるしかないだろ。男なら!」


 そう言った積の右手の周りに鉄色の粒子が集まり形を成す。

 それは少年の足ほどの長さがある二本の片手持ちの鉄斧だ。


「お前、作りメイカーだったのか!」


 メイカーとは物質の錬成に長けたものの呼び名だ。

 10の属性は全て粒子を集め固体として形を留め使いこなす事はできるが、鋼属性は炎・水・風・雷・光・闇のように気体・液体として使う事が基本的な属性に比べ固体で戦うことが基本とされ、氷・土・木と比べ強度の面で圧倒的に優れている。

 だからこそ日常生活で使われる耐久力が必要な物やその他の日用品では鋼属性を元にしたものが多く、誰でも使える普遍性から武器や防具としての使用率も高い。

 ゆえに作りメイカーは世界中で必要とされており、その中でも一部の熟練者はその腕だけで、富裕層と同じ好待遇を受けることさえあった。


「あんた、結構やる奴だったのね。でもメイカーがいるとなれば戦う……ううん逃げるための手段も増えてくるわ。それじゃあ作戦を……」

「そこまで余裕はくれないみたいだ。移動するぞ。同じ場所に留まり続けるのはまずい」


 優が声を弾ませ話を始めるが、康太がそれを遮り移動を促す。

 それから彼らは狂戦士の視線上に入らぬよう細心の注意をはらい、雨音さえ響かせぬよう真横にある建物へと移動を始める。

 幸いにも島は草木が生い茂り敵にばれず移動がしやすい状態となっており、怪物に感づかれた様子もなく別の建物へと移動を終える。


「で、作戦はどうする」

「ベストはあいつが深追いして小島に入って来ている間に、俺たちはあいつを置いて小島を離れる事。建物を壁にして、生い茂った森の中を音も立てずに移動する。顔を合わさない分、これが一番なんだがそうはいかん可能性が高い。他の策を…………!?」


 康太の考えに間違えはない、合理的な判断である。

 問題は今彼らが相対している相手が、その合理性を悉く踏み潰す存在だという事だ。


「っっっっ!!」


 本日何度目かの、建物が崩れるような轟音が聞こえてくる。何事かと思い蒼野と優が狂戦士がいるであろう方角から少しだけ顔を出し、周りを見る。


「建物が!」


 自分たちのいる場所から数十メートル先の建物が全て崩れ落ちている。

 それを行ったのは、遥か彼方まで飛んで行く、圧倒的な威力を誇る斬撃だ。


「あの場所から動かないつもりか。まあ確かに、橋の前で待つ限りそうそう逃がさんわな」

「あいつとは逆方向に逃げるって手は?」

「豪雨で安定しない湖を抜けきって逃げる、か。ただこの先の場所がどこに繋がってるのかわからんのがこわいな」

「あ、それなら俺が知ってるぞ。湖の先は堤防があって、そこから先はしばらく平原だな」

「見晴らしのいいところはダメだろ。速さじゃ俺でも敵わないだろうし。それに、相手の力が未知数な以上、ギャンブル要素の強い作戦はしたくない」


 小島内を探索してきたところで撒いてしまう作戦は早くもダメになった。ならばどうするか、そう思い頭を働かせている康太の真横で優が膝をつき大地に手を置く。


「何やってるんだクソ犬?」


 康太の蔑称に対し口に手を当て、静かにするように伝える優。


「ここら一帯の建物であの斬撃に耐えられそうな物はなさそうね。加えてあいつの周りには隠れられそうな場所はなし。回りこんで逃げることは不可能。橋は中央からだいぶ小島よりのところで壊されてる」

「…………何をした?」

「『水の目』って言う索敵術よ。水の属性粒子を流して、話の内容やその場の情報を手に入れるの。ウークで『ラウメン』の情報を集めるために使ったのもこれよ」


 蒼野の風属性の探知も含め、普段ならば慎重にやらなければ探知術というのは粒子の痕跡を辿られ自分が追い詰められてしまうが、水路が街全体に張り巡らされているウークならば自らの粒子を僅かに混ぜれば違和感なく街全体を探ることができる。

 そしてそれは今この状況でも当てはまる。

 雷が鳴り響き、湖の水位を上昇させるほどの雨の影響で小島全体に水が流れている。これならば自分の粒子を混ぜ狂戦士に気づかれず辺りの状況を探ることも可能だ。

 そうして狂戦士の付近にある水たまりからダメージの有無や服装を覗き見るが、その結果に思わずため息が漏れる。


「ダメね。服の下に仕込んである鎧にアタシたちの攻撃も、さっきの三人組の攻撃も、ほとんど防がれてる。血が出てる、というか滲んでるのは右肘の一ヶ所だけ」

「右肘の一ヶ所だけ、か」


 報告を聞いた康太が忌々しげに呟き、それから少しの間誰一人言葉を発さず頭を抱える。


「やば! 頭下げて!」


 そんな中静寂を打ち破ったのは優の叫びだ。

 飛ぶ斬撃はもう来ない。しかしそれ以上の脅威が彼らに襲い掛かろうとしていた。

 狂戦士が右腕を広げ、右手に装備している鉤爪を伸ばす。異常なのは伸ばした長さだ。それ程の長さの物を、狂戦士は勢いよく振り払う。


「反則だろ!」


 鉤爪の鋭い刃が通る先にある全ての建物を、柔らかい頭部でも斬るかのように容易く斬り裂いていく。

 その一撃の速度はすさまじく、それほどの規模にも関わらず、蒼野達の目では追いきることができず、刃は島の約十分の一の範囲に生える木々や建物を両断し、狂戦士はその残骸に視線を向ける。


「康太、一つ提案があるんだが」


 姿勢を低くして、致死の攻撃をやり過ごした一同。そんな中で光明を見出したのは蒼野だ。


「俺が能力を使ってあいつの時間を5分間、できるだけゆっくり戻す。その間に逃げよう」


 蒼野の能力については康太もよく知っている。時間を戻している間相手は動けず、なおかつ蒼野自身は動けるため。確かに単純だが理に適っている作戦だ。

 蒼野の言葉に納得した康太と優が頷き、積も二人の様子を見て無言で同意する。


「ただ、そもそも能力を当てるだけの隙があるかどうか。回避されたら俺たちは終わりだ」

「心配すんな蒼野」


 言いながら康太が二丁の拳銃を、優が水の鎌を、積が斧を構える。


「その隙はアタシ達がしっかりと作ってあげる」

「ちょっとだけだからな! 頼むから外しましたとかいう悲しいことは言わんでくれよ!」


 三人の答えを聞き蒼野から笑みがこぼれるが、すぐに引き締まった表情に直す。

 いずれにせよ勝負は一瞬、それも命がけだ。


「来るぞテメェら!!」


 覚悟を決めた瞬間、ほぼ同時に襲い掛かる鉤爪による二回目の広範囲攻撃。

 頭を屈めそれが過ぎ去るのを確認し、狂戦士へと迫る4つの影。


「ShiShiShiShi!!」


 4人全員が遥か書く上のこの怪物相手に長期戦を挑もうなどとは一切考えていない。

 持てる力全てを短い間に出しきり、蒼野が能力を当てれるだけの隙を作ろうとする。


「せいっ!」


 最初に前に出た優が体を屈め、全身を支えている両足を崩そうと全身をしならせ蹴りつける。


「なによこれ!」


 しかし人間一人を蹴りつけただけだというのに、まるで巨大な鉄の塊を蹴りつけたような感触が彼女を襲う。


「らぁ!」


 続いて放たれるのは積の持つ巨大な鉄の塊のような斧の一振りだ。しかしそれさえも右手の甲で触れられただけで抑え込まれ、さらに掌をひっくり返し親指と人差し指で挟むだけで動きを止められると、赤黒い煙が斧を覆う。


「クソッ、気色悪いことしてきやがるこの化け物!」


 積は思わず手を離してしまうがそれでも、


「二人とも助かった!」


 二人の作りだした隙を突き、狂戦士の視覚外から回り込んだ蒼野が笑みを浮かべる。


「aaaa…………!」


 それでも、狂戦士の隙を完全に突くには至らない。

 死角から近づく蒼野の姿を感知し、左手の鉤爪を向け、斬り裂かんと振り上げる。


「蒼野!」

 

 その動きを静止させたのは、三人の後方で構える康太だ。

 あらゆるものを遮る鉄塊が全身を覆っているのはよくわかった。それが自分たちの攻撃を全て防ぐ事も、恐らく鎧のようなものだとも想像がつく。

 だが防具として機能しているからこそ、できる弱点もある。


「喰らいやがれ!」


 体の動きを阻害しないため防御が薄く僅かな空間があるであろう肘や膝、手首などの関節部分。それらの位置に鋼の銃弾が衝突する。

 一撃二撃と連続で当たるそれは、狂戦士の左腕をほんの少しだが押し返し、彼の義兄弟へと刃が届く瞬間を遅らせる。


「ありがとう。みんな!」


 三人の援護を受け、懐へもぐりこむ蒼野。

 ほんの一瞬、少年の視線と、狂戦士の視線が交錯する中、


「リバース!!」


 半透明の時計は現れ、狂戦士へと衝突する。


「はしれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 喉が枯れるほどの雄叫びを蒼野が上げる。

 ある者は体勢を整え、ある者は持っていた武器を手放し橋を作る準備をして、千載一遇の時を逃さぬと動きだす。


 踵を返し走っていく彼らは、


……………………バキン


 そこで絶望を知る。


「え?」


 最初に振り返ったのは蒼野であった。

 振り返った視線の先には、大抵の人では判別できない程細かく砕けた何かの破片が落ちていたのだが、蒼野にはそれが何かすぐに理解できた。


「う、嘘だ」


 それはいつだって期待に応えてくれ、数多くの危機や窮地を救ってきた。

 彼にとって破られることのない、絶対的な法則といっても良いものだった。


「なんで…………」


 雨によってぬかるんだ地面に落ちている、無数の破片と三本の細いなにか。


「なん、で?」


 蒼野が絶対に破られない力だと信じた半透明の丸時計が、無残な姿で砕け散っていた。

 その時蒼野はふと考える。なぜ自分はこんなにも早く振り向けたのだろうか?


 時間回帰が敗れたため?


 違う、彼は音を聞いて振り返ったわけではない。


 ならば背後の様子を確認するため?


 違う、自身の能力についてはは蒼野が最もよくわかっているのだ、振り返る理由たりえない。


 ならば偶然?


 違う、そこには確かな理由があった。そう、突如重い衝撃が腹部を襲って、


「…………」


 視線を自分の体の方へと徐々に移すと、視界の端に見覚えのある紫色の服が映り、


「aaaa……………………」


 自分の体に重なるほど近くを見れば……そこには怪物がいた。


「……………………?」


 そのまま自らの腹部を見れば、細長く伸びた剣のようなものが体を貫いており、狂戦士と再び視線が交わった瞬間、へその辺りから脇腹が抉られ、口から大量の赤が溢れだした。


「が……あぁ!?」


 視界が濁り、意識が薄れる。

 耳障りな音を響かせながら必死に耐えようと足掻くが……力が入らず崩れ落ちる。


「あぁ?」


 その時、自らの直感が警報を鳴らし背後を振り返った康太は、


「そ、そうやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 声が裏返るほどの絶叫をあげる。

 それに連なり背後を振り返る優に積。

 絶望が……そこにはあった。



ご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。

作中初の追い込みフェーズでございます。

なぜこうなったかの説明に関しては、少し先の話で。

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