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憤怒の怪物 一頁目

用語集

異能

・生まれつき持ちうる身体能力や属性粒子の量が通常と比べ尖っている状態の事。または一般と比べ高い成長率(この場合、訓練の結果が目に見えて出る体質)を誇る場合の総称。有り体に言うと『才能』という言葉が近い。

・動体視力が他と比べ異様に優れている、足の筋肉が軽い運動で異様に発達する、などの肉体的な成長。

・十属性か特殊粒子の量が生まれつき異様に多いor成長と共に増える量が多い場合などが、これに当てはまる。

・生まれつきの体質の場合が多いため、基本的に『神器』によって無効化されることはない。

 ただし『魔眼』に代表されるような『複数の粒子を混ぜた結果発動する何らかの力』の場合、能力判定を受け神器によって無効化される。ただし発火やレーザー光線程度なら無効化されない(要は、複数の粒子を混ぜる場合が能力判定に引っかかる)



「クソが……ふざけやがって!」


 大地に躰を埋め、息も絶え絶えといった様子の無様な姿を善に晒すオーバー。


「この俺に偉そうに語るんじゃねぇ…………俺を…………」


 圧倒的な力の差を見せつけ、少しでもその心に届けばと言葉を紡ぐ善に対し、しかし彼の心は変わらない。


「この俺を見下してんじゃねぇぇぇぇ!!!」


 彼の思考を埋めるのはただ一つ、自分に勝ったと見下す善に対する、憤怒の感情――――すなわち劣等感だ。


「ふざけんなふざけんなふざけんな………ふっざけんなぁぁぁぁ!」


 オーバーの絶叫に呼応し、周囲の空気が熱を帯びる。やがて地面が真っ赤に変色し、善がケリを付けようと近づこうとしたところで地面から溶岩が飛び出て行く手を阻む。


「オーバー!」

「まだだ。まだ始まってすらいねぇぞゴミ屑がぁ!!」


 そう叫ぶオーバーの体が炎により熱せられ溶けた大地に包まれ、その上から自身の地属性粒子で作りだした、強烈な熱耐性を誇る溶岩を纏う。


 その結果現れたのは、ありていに言ってしまえば化け物だ。


 両手両足に加え頭部まで全てをドロドロの溶岩で包みこみ、目・鼻・口・耳の四ヶ所だけ空洞を作り、そこから充血した目や食いしばった歯を見せつけるその姿は、もはや人間の領域を超えている。


 悪鬼魔性の類と呼ぶべきものだ。


「おおおおぉぉぉぉ!」


 猛る気持ちをそのまま形にした咆哮が、雨の音さえ遮り天に轟く。

 動きだしたオーバーは自身の周囲に自らの地属性を混ぜた溶岩を形成し、善へと放ちながら自らも勢いよく接近する。


「さっさと死ねぇ!」

「流石にやべぇな!」


 溶岩を躱した善の体にオーバーの右腕が触れる。

 それだけで善の皮膚が剥がれ肉が焼け、触れた部分が燃えカスに変化。善が何とか振り払うまでの一瞬の間に、右腕は半壊した。


「どうだ! この体は! 殴ることしか脳のねぇクズ野郎じゃ、逃げる事しかできねぇだろ。えぇおい!」


 今のオーバーはその身に数億から数十億の熱を纏った、太陽すら凌駕する世界一の発熱体だ。

 周囲に熱を放出しないよう炎属性粒子を固めているためその温度は更に上昇し、このまま放置すれば、いつかは世界記録さえ上回るほどの温度を身に纏うはずだ。、


「何とか言ったらどうだ! この俺に! 剣聖ゲゼル・グレア…………すなわち『果て越え』さえ打倒せしめた人類最強を、更に上回ったぶっちぎりの最強生命体である俺に対し、まだ憐みの視線を送れるのか原口善。えぇおい!」

「おめぇ…………頭に血が昇りすぎて行ってることがめちゃくちゃだぞ!」


 興奮した様子で自らの勝利を謳うオーバーが、息をつかせぬ勢いで攻勢を仕掛ける。

 それを前にした善が攻撃を避けながらも途中で何度か攻撃を行おうと試みるが、その瞬間、オーバーは自身の身に纏った溶岩を膨張させ――――爆発。

 周囲一帯を灼熱地獄へと変貌させながら、何もさせぬと、彼を睨む。


「おらぁ!」

「無駄だ!」


 溶岩の届く範囲から距離を取り、空気を圧縮した一撃で攻撃をする善だが、炎の下に纏った溶岩を固めた鎧に防がれる。


「結局……結局だ!」

「待てオーバー!」


 声を荒げ、一歩ずつ近づいていくオーバー。

 同時に行われる絶え間ない猛攻を前にして善が一歩ずつ後退していくが、その時周囲に放った気が探知したものを前に声をあげる。


「あぁ?」

「付近に小さいが村がある。まずはここから離れるぞ」


 避け続けながら提案する善を前に溶岩の鎧の奥でほんの一瞬青筋を浮かばせるオーバーだが、その表情はすぐに悦に浸ったものに変化する。


「ハ、ハハ……ハハハハハ…………ギャハハハハハハ!」

「…………何がおかしい?」


 それから少しして、人としての原形を崩してかけているオーバーの口から嘲笑が溢れ、それを前にして善が低く鋭利な声で彼に尋ねる。


「いやなに。やはりてめぇはゴミ虫だと、今更ながら確信したんだ」

「どういうこった?」


 嘲るような声で感想を発しながら口角を吊り上げ、攻撃を静止し腕を掲げるオーバー。


「わからねぇのか? てめぇは今、自分で自分の弱点を晒したってことさ!」


 そう口にすると彼は、大地を埋める溶岩を操り無数の細長い鞭を作り、その内の一本を手に取り振り下ろす。


 それは善に向かいまっすぐに伸びて行き、


「おめぇ……そこまでするか!」


 善の体を通過したかと思えば彼の背後にある村へと向け一直線に伸びて、それを善の拳が放つ空気砲が叩き落とす。


「シャアァ!!」

「こ、の外道が!」


 攻撃は一度で終わることはなく、溶岩から飛び出ている百以上の鞭が主の命に従い動き出し、それら全てが村へと迫る。


「おらぁ!」


 打ち出した無数の空気砲が鞭を撃ち落としていくのだが、うまく当たらなかった物が村へと伸びて行き、善はそれらを一つずつ拳で直接叩き落とすのだが、その代償として両腕が焼けただれ、苦痛の表情を浮かべる。


「おらおらどうした! こっちはまだまだいけるぜ!」

「そこまでして勝ちたいかおめぇ!」


 すぐにアル・スペンディオからもらった再生薬を塗り、火傷を治す。それから続けざまに来る炎の鞭を今度は全て空気砲で撃ち落とすが、そうして守りに意識を割いていると、その間に新たな炎の鞭が現れる。


「結局、結局だ。原口善、てめぇは何も救えねぇ!」

「あぁ?」

「いくらここで足掻こうが、攻撃を防ぎきれないお前の元をすり抜け、俺はあの村を好きなようにできる。いくら俺に怒鳴り散らそうが、あのおいぼれは返ってこねぇ!」

「っ!!」


 オーバーの言葉が、善の心に突き刺さる。

 否定しようがない事実を前にただじっと歯を食いしばりながら炎の鞭を防ぎ続ける。


「聞いた話だと最近ヒュンレイ・ノースパスも助けられなかったらしいじゃねぇか!」

「!」


 だがしかしその名前がオーバーの口から出た瞬間、善の纏う空気が変わる。


「加えて遡れば、八年前の大災害の時も! ガキの時もてめぇはなに一つ守れちゃいねぇ! そんなお前はただの羽虫だ! そんなてめぇに――――人類史上最強である! 俺が! 負けるわけがねぇ!」


 町が近づき、これまで以上の本数の炎の鞭を一気に動かす。

 それは町に向かうように見せかけ、到達するすぐそばで方向を変更。善を逃げれないように周囲を囲い、


「あのおいぼれを殺したはいいが証拠になるようなものは取ってねぇからな。てめぇの首を土産に、俺は『境界なき軍勢』に加わらせてもらうぜ」


 勝利を確信したオーバーが全身を纏っていた炎と溶岩の鎧を解き、善がいた爆心地が如き場所に目を向けると、善の肉体を食いちぎる蛇のような勢いで無数の鞭が一斉に襲い掛かった。


「オーバー……おめぇは言うべきじゃねぇ事を口にした」

「……………………あ?」


 煙が晴れ、溶けた大地の中心が顕わになる。

 そこで見たのは体に傷一つ負っていない原口善の姿。


「もはやおめぇをぶちのめすのに容赦はねぇ。だが一つ聞いておく。今の口ぶりからすると、まだあの野郎どもとはコンタクトを取ってねぇのか?」


 傷一つない姿を確認しながらも、未だ優勢なのは自分であると判断するオーバー。

 奇跡は二度も起きないと彼は確信を持ち、善を見下ろし醜悪な笑みを浮かべながら口を開く。


「これから死ぬ貴様がそれを気にするか。ま、冥土の土産に教えておいてやる。ああそうだ、俺はこれからあいつらと合流する予定だ」


 再び全身を固めた溶岩で覆い、その上から炎の鎧を纏う。そうして万全の状態で迎え撃つ準備をした彼が見たのは、全身を青い練気で纏った善の姿だ。


「そうか、ならよかった。それなら奴らに知られずにすむ」

「なに?」

「たく、こんな事ならさっさと確認しとくべきだったぜ。最初からその事実さえ知ってりゃ、ここまで追い詰められることもなかった」

「てめぇ…………何を言っ!?」


 善の言葉に怒りを顕わにしたオーバーの体が、町から離れるように吹き飛んで行く。

 溶岩の鎧を纏っている事で先程と比べれば明らかに吹き飛ぶ距離は違うが、衝撃を和らげ、体勢を立て直した時に目にしたのは、強固な溶岩で作りだした鎧に風穴が空いた光景であった。


「しゃあ!」


 その光景に背筋が凍る。

 やはりこの男に攻撃を仕掛けさせてはならないと、直感が告げる。


 そうして作りだしたのはこれまでの比ではない数の炎の鞭。

 それら全てを善ではなくその背後に控える村に向け、善の意識をこちらから外そうと画策する。


「わりぃが、この状態になればそいつは無意味だ」

「なに!?」


 のだが、彼の見ている前で、善の練気が迫る鞭と同じ数の腕を作り伸びて行く。

 それらは村へと向けて伸びて行く炎の鞭を叩き、その全てを消滅させる。


「ば、馬鹿な!」


 その光景を目にして口から出てくるのはそんな単調な言葉だけだ。


「さて、終わらせるか」

「てめぇ!」


 唖然とするオーバーの目の前に善が肉薄する。

 その姿を捉え、全身に自らの放てる最大の温度の炎を纏い、溶岩の鎧も強固にすることで守りを固める。

 触れればこれまでの善ならば重傷を負う程の炎を前に、しかし彼は一切怯むことなく拳を捻じ込む。


「が、は!?」


 触れられるはずがないと高を括っていたオーバーが目を見開き、口から大量の液体を吐きだしながらその場で崩れ落ちる。


「な、なぜだ?」

「あん?」

「こ、これほどの力を隠し持ってながら……なぜてめぇは隠してた」

「……ミレニアムの野郎との戦いは恐らく長期戦になる。その場合、持ってる手札をどう切るかが重要になってくる。そうなってくると、野郎と通じてる可能性があるお前の前でそう簡単に全力を出すわけにはいかねぇだろ」


 そう口にしながらも炎の鞭を叩き落とし、迫るオーバーを拳で下す。


「俺の炎が効いてねぇ!」

「そりゃ『気』だからな。鉄や氷みてぇに融点があるわけでもなけりゃ、水みたいに蒸発するわけでもねぇ。体に纏って殴りつける分には、熱さなんぞ感じねぇよ」


 実際には熱にせよ冷気にせよ半減はすれどある程度感じはするのだが、それを口に出す必要はないと善は判断。

 一歩ずつゆっくりと、しかし逃がしはしないと視線で語りながら近づいていく。


「まぁ最も、例えお前があの野郎と繋がってたとしても、本気を出すのには変わりがなかっただろうがな」

「な、なぜだ…………?」

「決まってんだろ。――――おめぇは言うべきではない事を口にした」


 ゲゼル・グレアの件から始まりヒュンレイ・ノースパスの事に口出しし、拭えぬ後悔を覚えた二つの事件に口出しした。

 それが正当な理由による触れればならない事態ならば少々の気落ちはするもののそれ以上の口出しはしまい。


 しかし目の前の男は、善を煽るため、いや侮辱するために口にした。

 一つ口にするだけでも苛立ちを超え怒りを覚える内容を、複数にわたり口にした。

 それを前にして力を抑えられるほど、原口善という男は大人しい性格ではなく、本人もそれをよく理解していた。


「年貢の納め時だ。オーバー!」

「舐めるな!」


 拳を握り、一直線に迫る善の姿を捉えたオーバーが迎え撃つために拳を構える。


「甘ぇよ!」

「がぁ!」


 振り下ろした拳のタイミングは完璧であった。

 しかし迫る衝突の瞬間を前にして彼の目の前で善の姿が消え、不意の衝撃が背後から襲い掛かる。


「く、そがぁぁぁぁぁぁ!」


 それが原口善による急な方向転換であると気が付くものの時すでに遅し

 ただの一撃で骨が砕け、体力がごっそりと持って行かれる。


「破っ!」

「がぁぁぁぁぁぁ!」


 それに耐えきり迫る二撃目が善の拳と衝突するが、ほんの一瞬さえ均衡は生じず、溶岩を纏ったオーバーの右腕が砕け、負けじと善に向かい蹴りを入れようとすれば、彼の常識では絶対に放てない角度とタイミングで蹴りが炸裂し、筋繊維と骨が粉々に砕かれる。


「ちくしょう! ちくしょうちくしょう!」


 全身から溶岩を溢れさせ、急速に温度を下げて溶岩で作った槍を解き放つ。


「壱式・発拳!」


 百を超える燃え盛る溶岩の槍。それを前にしながらも善は一歩たりとも引かず、オーバーの視線で追いきることができない無数の拳が、溶岩から作られた槍全てを叩いて砕く。


「ちくしょうがぁぁぁぁ!」


 大絶叫をあげながらも、至近距離では決して敵わないことを悟ったオーバーが一歩引き、


「終いだ」


 それを前にした善が握り拳を解き、後退するオーバーの首を掴み叩きつける。


「ご、は!」


 全身を襲う衝撃で意識がほんの一瞬だが飛び、その隙に溶岩の鎧が消失。

 再度地面に沈んだ姿を善が見下ろす。


「おとなしく自首しろ、オーバー。そうすりゃ、少なくとも俺の手で捕まるよりは罪が軽くなる。地獄の具現化と言われた『監獄島』行きだけは免れられる可能性も出てくる」


 諭すように語る善に倒れたまま動きだす事ができないオーバー。


 ほんの少し前と全く同じ光景。


 額に青筋を立てて憤怒の形相を見せてもおかしくない状況で、しかし悪鬼は嗤う。


「…………何がおかしい?」


 目の前の男の性格とはあまりにかけ離れたその様子に、疑問を口にする原口善。


「俺は言ったよなぁ。原口善。お前じゃ何も…………救えないってなぁ!!」


 そんな様子の彼に対し悪鬼は声高らかにそう告げると、彼の背後にある村の真上で、嵐の原因となっている黒雲が消え去る。


「!?」


 突如背後から浴びせられる光を不審に思い背後を振り返れば、炎を纏った巨大な岩の塊が、真下にある村へと向けゆっくりと進んでいっていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


引き続き、善VSオーバーなのですが、オーバーが煽る煽る。

というか、本人は無意識に地雷を踏んでいる感じです。

恐らくこの二人の戦いは次回か次々回で終わるはずで、そっから蒼野とゼオスサイドに移動です。


それでは、次回もぜひご覧ください


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