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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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少年少女、死闘を演じる 一頁目


 突如現れた存在の風貌は奇妙としか言いようのないものであった。

 だぶだぶな袖が特徴的な紫色を基調とした女性物の浴衣を着込んでおり、真っ赤な手袋が付けられている両手にはまっすぐに伸びている鉤爪。加えて真っ白な髪を一纏めにして背にかけてあり、素顔を覆うよう仮面を装着している。

 その仮面には目の辺りに二本の横線が何か鋭利な刃物で切り付けたかのように刻まれており、鼻の辺りには木の根が根を張る姿を模したような亀裂が奔っている。


「なに?」


 突如現れた存在に気が付き、優が正体を探ろうと観察するが、手足をすっぽりと隠し仮面を被ったその正体を知ることはできず、体格的に恐らく男である事だけがわかる。


「シ……シ」


 それが…………彼らの方へと顔を向ける。


「こ、康太」

「飛び出るなよ蒼野。こいつは…………なんかやべぇぞ」


 仮面の奥から発せられる不気味なうめき声を聞き、康太と蒼野が半歩下がる。


「シ……史死漬使仕只私屍――――――――――――――――Shiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiibaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


 そんな二人の様子を知ってから知らずか狂気に彩られた咆哮が辺りを満たし、その余波だけで雨を吹き飛ばし蒼野達四人が顔を覆う。

 目の空洞には赤い光が宿り、赤い液体をとめどなく流し続け、大地が、空間が、いや世界が歪む。


「――――――――aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 一歩、ただ一歩だけ前に進む。

 それだけで先程まで狂戦士が踏みしめていた地面に亀裂が奔り、500メートル近くあった蒼野達との距離を零にする。


「や、ば!?」


 地面を抉るよう真下から真上へ振り上げられる鉤爪、それがこの正体不明の存在との戦いの開始を告げるゴングであった。


 何一つ理解できぬまま、彼らにとって命がけの戦いが始まった。




 動き出しが早かったのは康太と優の二人だ。

 康太は蒼野の首を抑え真横に跳び、優は積の頭を抑え自らの体ごとしゃがみ込む。

 結果、四人を斬り裂こうと振り払われた鉤爪が空を斬り、遥か後方に姿を消した。


「おら!」


 康太が放った銃弾は地面に着弾と同時に黒い煙を辺りに撒き、続いてポケットから小さな瓶を取り出し投擲。康太が肩に背負った蒼野と、積を抱えた優の腰を掴み後方へ退避すると、炎の属性粒子を固めた銃弾で小さな瓶を撃ち抜き一面に炎が広がった。

 その隙に康太が優を離し、二人は蒼野と積を抱え小島へと走っていく。


「逃げるぞ!」

「な、なに言ってんだ康太! あいつに何をしたかわからせて……!」

「あの化け物が放った斬撃の通った後を見てみろ」

「?」


 抱えられたまま待ったをかけた蒼野であったが、康太の言葉に従い視線を後ろへと向ける。


「うそ………………だろ?」


 そこで目にしたものに対し、それ以上の言葉が口から出なかった。

 斬撃はこれから向かう小島の地面を抉り、進行上にある建物や崖を真っ二つに斬り裂いている。

 より正確に言うのならば、 その一撃は更に先へ先へと伸びて行き、結果的に島を両断し、湖まで真っ二つに斬り裂いていた。


「わかったか蒼野」


 その光景を瞳の奥に焼きつけた蒼野が、康太の言葉に耳を傾ける。


「戦ったら……殺される」


 振り返れば黒煙から抜け出し、体を包み込む火の粉を振り払う悪鬼羅刹の姿が。


「っ!」


 勝てるわけがない、それが無傷で炎の中から現れた存在に対する四人の抱いた感想だ。

 ゆえに彼らは全身を襲う雨の感触に耳障りな音を意識の外に放り出し、一目散に小島へとむけ走りだしていた。


「shishishishi!」


 が、それは許さぬと迫る狂戦士。その異常な殺意は、四人が束になって戦っても対処できるレベルの厄災ではないと優は感じ取る。


「厄災、か」


 自らが思い浮かべたこの存在に対する言葉に、彼女が疑問を持つことはない。

 この相手に勝てるとすれば、それは一騎当千や万夫不当の戦士を超えた、超人の類しかいないであろうと確信を持っていた。


「苦しい! 死ぬ死ぬ!」


 足掻くことのできぬ殺意の権化、

 それが自分たちの命を奪おうと近づいてくる中で彼女が冷静さを保てているのは、認めたくはなかったが彼女が服の襟を引っ張っている少年がいたからだ。

 この絶望的な状況で間の抜けた声で同じようなことを何度も言い続け、緊張感なく体勢を変えることを訴えかける積の存在は、ある種の清涼剤として彼女の精神を沈めていた。


「頼むからおぶってくれ! 追いかけてくる怪物じゃなくて助けてくれてる恩人に殺される!」

「下心は?」

「………………………………ない! って、うお! 来やがった!」

「――――aaaaaaaaaaaa!!」


 狂気と共に振り下ろされた一撃を、康太は斜め前に飛び、優はしゃがみ再び避ける。


「ちょ! もうちょいしゃがんで。今俺の髪の毛何本かご臨終した! は、はげる。禿げる~~!?」

「ああもう! 流石にうっさい! 集中できない!」


 背後で騒ぐ積に本の一瞬であるが意識を割く。

 一瞬の油断も許されぬこの状況で行われたそれは、致命的な隙としか言いようがない。


「Shishishishishishi!!」


 気が付けば、目と鼻の先に狂気を具現化したその姿があり、振り上げられた右腕を前にした瞬間、それまで聞こえていた雨音が掻き消え、時が自覚できる程ゆっくりと進むようになっていた。


「あ、やば」


 死んだと、彼女は瞬時に理解。


 そんな言葉が浮かぶ優を助けたのは、狂戦士の真横から吹き荒れる強烈な突風。


「吹っ飛べ!」

 

 続けて横合いから放たれた弾丸は地面に着弾し爆発するが、その程度で目の前の脅威が怯むことはない。 

 焦げ目が付き僅かに敗れた服の隙間からは鉄の鎧が顕わになるが、ダメージを与えられた様子もなく、優へと近づく。


「この!」


 水の属性粒子を凝縮させ大鎌を作り出し、引きずっていた積を蒼野と康太の場所にまで放り投げる。

 そうして時間を稼ぐため鉤爪の一撃を防ぎきろうと試みるが、両手で構えていたそれはたった一度の攻撃に耐えることすらできず砕け散る。


「っ!」


 骨の髄まで理解させられる、目の前の怪物と自分の圧倒的な力の差。

 たった一度の接触で腕は痺れ、斬撃の余波で頬の皮膚が剥がれ、脇に挟んでいた仮面は乾いた音をたてながら地面に転がり落ちる。


「犬っころあそこだ!」


 必死に生きようと足掻く蒼野達が、自分たちが入った小島の中でも比較的その原形が残っている建物に隠れようと懸命に周囲を捜索。

 その甲斐あって隠れる事ができそうなビル群を見つけるが、数秒というあまりにも長い時間、彼らは目の前の怪物から意識を逸らしていた。


「ア……ア…………」

「え?」

「なにぃ?」


 だがその時、心臓を鷲掴みするような強烈な殺気から四人全員が突如解放される。

 その状況で何事かと思い背後を振り返ったのは康太と優の二人。怪物がどこに意識を割いたのか理解できたのは、それを掴んで走っていた優一人だけだった。


「仮面?」


 水属性の得意分野である回復能力を使い、走りながら頬の皮膚を再生させる優が背後を振り返り、怪物を見る。

 そこにいたのは、先程までの吹き荒れる暴風のような殺意を隠し、雨の中を歩いて仮面に近づく無言の存在。

 彼はそのまま地面に落ちている仮面を傷つけぬよう鉤爪を付けたままではあるが丁寧に拾いあげ懐にしまうのだが、その一連の動作は自分たちを襲ってきていた存在と同一のものとは思えないほど洗練されたもののであった。


「優、早く来い!」


 切羽詰まった蒼野の叫びを聞き、その光景を不思議に思いながらも蒼野達のいる場所へと向け走りだす優。


「Shishishishishishi!」


 咆哮が雨音さえかき消す勢いで小島全域に轟いたのは、優が蒼野達の場所にたどり着いた瞬間だった。


「どうした犬っころ、複雑そうな表情じゃねぇか」

「ちょっとね。でも今はそれよりあいつの監視よ」


 茂みと建物の陰から、雨に晒され続ける狂戦士を注意深く観察する康太に優。


「そこの男……止まれ。その鉤爪の血は何だ?」


 そんな二人の視線に入ってくるのは、見覚えのある黄色い刺繍を服に施した三人の男。

 狂戦士へと歩を進める彼らは背に槍を腰には銃を装備しており。狂気に彩られた叫び声をあげている彼を不審に思い声をかけたのだ。


「あいつら!」

「馬鹿か! 今出てったら死ぬぞ!」


 狂戦士の前に飛び出そうとする蒼野の頭部を掴み、康太が地面に叩きつける。加えて優が蒼野の全身に水の塊を乗せ、耳まで塞いだ。


「見る必要もないし聞く必要もない。そう思わない?」

「…………そうだな」


 雨音だけが周囲を満たす静謐な空間で、怪物が体を動かし三人はその動きに反応し銃を構えるが、突如男の内の一人の体が、上半身と下半身の二つに分かれる。


「貴様!」


 崩れ落ちる仲間の姿に激昂するニ人。

 それに呼応するかのように怪物は声をあげ、対峙している彼らは、大地が揺れ世界が軋むような錯覚に陥る。

 だが彼らとて世界を四分割する四大本部の一角に仕える身。その実力や経験値は一般人の比ではなく、とっさの事態にも混乱することなく、銃弾を撃ち反撃する。


「aaaa…………」


 どれだけの銃弾が衝突し地に落ちたであろうか。それを全身に受けながらも血の一滴も流さず狂戦士が両腕を広げながら前に進む。

 それを前にした兵士の一人が、自身を挟みこむような鉤爪の一撃を後方に跳ぶことで紙一重で避け、背負う一本の槍を左手で構え……斬り落とされる。


「っ!」


 見えなかった…………


 それが実際に左腕を斬られた男と、隠れていた康太と優が得た、率直な感想だった。

 顔を青くしてその様子を見ていた最後の一人が、懐にしまっていたトランシーバーを手に取り電源を入れるが、


「…………ぁ…………!?」


 そうしているうちに異変に気付く。


「??」


 声が出ないのだ。どれだけ喉に力を込めようが、声が出ないのだ。

 何故だかわからず、口に手をやれば……溢れ出す真っ赤な液体。


 喉か……


 気になって視線を目の前に向ければ、怪物のダボダボとした服の袖から先端に鋭い突起が付けられた鎖が現れており、男の喉仏を貫いた鮮血と肉片がこびりついていた。


 それを認識し、男は崩れ落ちる。


「きさまぁぁぁぁ!! よくも仲間を!!」


 せめて仲間を殺された恨みを。


 突如現れた脅威を上司に報告することさえも意識の外に置き、左腕がなくなったことによるハンデさえものともせず、喉仏を貫かれ崩れ落ちていく仲間の槍を右腕で持ち、残った最後の一人が前に出る。


 その状態で炎を纏い、残る力を全て乗せ、打ち出される連続突き。


「ぐっぐぐっ!」


 その全てが容易くいなされ、数十回撃ちこんだところで目の前の狂人に掴まれる。


「な、なんだ!?」


 次いで、彼の理解の範疇を超える出来事が起こる。

 彼の持つ槍に赤黒い、まるで鮮血のような煙が纏われたのだ。

 それを奪い取った狂戦士は鉤爪を捨て、まるで昔から使っていた武器を使うかのような無駄のない自然な足運びと腕の動きで、突きを繰り出す。

 迫る一撃を避けたはずの男だが、両手に両足、加えて腹部の至る所にいつの間にか穴が開いており、その全てから血が溢れ、みるみるうちに力が抜けていく。


 …………この存在の事を伝えねば、


 頭に昇った血が抜けていき冷静さを取り戻し、この脅威を伝えようとトランシーバーに腕を伸ばそうとした瞬間、


グチュリ


 目の前で叫ぶ怪物の右腕から、肉を裂く嫌な音が聞こえてくる。視線を向ければ先を見通せない闇を纏ったかのような右袖から、筒状の物体が現れている。

 やがてそこに溜まるエネルギーの奔流を感じ迫る死を実感するが、彼の脳裏を埋め尽くすのは別の物事だ。

 目の前で自分に向けられている筒状の銃口。それを出すとき、どんな音が聞こえた?


「あ…………」


 視線を銃口に向ければ戦場で幾度となく見てきたもの――――すなわち肉片がこびりついていた。


「た、たすけっ!」


 目の前の存在は異常だ。こんな存在に敵うわけがない。

 彼は最後にそう思いながら、光の奔流に全身を飲み込まれていった。




「…………」


 戦いが終わり静謐な空間が戻ってくる中、もそりと動くのは、喉仏に大きな穴を開けられた男。

 彼は薄れていく意識を必死に保ち、無意識の内に橋の向こう側へと向け這いずり続ける。


 仲間と家族の元へ、ぼんやりとした意識で彼が思い浮かべるのはただそれだけだ。


 だがその時、彼の動きがピタリと止まる。未だ動けるだけの力はあるというのに、どれだけ前へ進もうと体を動かしてもこれ以上動かない。


 明るい世界に…………近づかない。


 彼は気付いていない。自らの頭部が彼を死に追いやる者の足で抑え込まれていることを。


 ――――もう、望む世界には帰れないのだという事を。


 そうしてそれは無感情に振り下ろされた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。

今回の相手に関してなのですが喋らないためここで名前の発表を。

彼の名前は『カオス』です。

名前の由来に関しては特にないです。


ではでは、次回もぜひよろしくお願いします

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