epilogue 生者の行進/死者の休息
これはとある星の物語。
世界は粒子と呼ばれる物質で形成され、人々はそれを扱い暮らしている。
木も水も大地でさえも自由に作りだせる彼らは、世界を支配していると言っても過言ではなく、やがて人々はその力を用い文明を作りだし、同時にその力を誇示するようになる。
多くの者達がその力で自らの願いや欲望、信念を叶えるために戦いだしたのだ。
ゆえに、この世界は財力でも科学、権力でもなく、力こそが正義とされ続けてきた。
この物語は、そんな星で生きる人々の生き様を描いた物語だ。
死者が残したものを継ぎ、先へ進む者達の物語だ。
「おはよう蒼野。今日も素振りご苦労様。アタシもやってもいい?」
「ああ。何なら部屋の設定を変えてもいいぞ」
「素振りだけなら場所は気にしないし、このままでいいわ」
朝の日課を草原フィールドで行う蒼野の元に、朝支度を終えた優がやってくる。
彼女は水を固め鎌を作ると、蒼野横で一心不乱に振り始める。
「いやぁ、精が出るねお前さんら。どれどれ、一度くらい俺もやってみるかな!」
「あら珍しい……というか、もしかして初めてじゃない?」
「そういう日もあるってんだ。どれ、修行気分を味わうために……場所は滝壺の前にでもするか」
それからしばらくしていると積がやってきて、普段はやらない素振りを行うと言い出すと、部屋の設定を変更させ二人に加わる。
「なんだ。思ったよりも早起きだなお前ら」
「よぉ康太! お前も! ひと汗かかないか?」
「そう思って、少し早く来たんだよ。積、適当な鉄の棒を用意してくれねぇか」
「いいよ。そらよ」
朝食十分前になったところで康太も訓練室にやってきて蒼野と同じように素振りを行い始めた。
「四人で素振りって初めてだな。普段は俺一人かもう一人入るくらいだし」
「そうね。ていうか、積が訓練室利用したのって初めてじゃない?」
「んだな~。まあたまにはいいじゃん。たまには!」
おちゃらけた様子で答える積がそう答えるのだが、それから少し話していると誰も口を開かない沈黙の時間が場を支配。
「…………」
「フン! フン!」
昨日今日では飲みこめ切れない事実を前に全員が居心地の悪さを感じ、それを忘れるためにも勢いのある素振りを開始すると、
「…………雁首揃えて何をやっている貴様ら」
「あ」
「ゼオスだ」
場の空気が滝から勢いよく下ってくる水の勢いに負けないほどの暑さを備えたところで、ゼオスが入口から顔を出す。
「ゼオスも素振りか」
「……そうだ」
「ほう、お前が素振りも珍しいじゃねぇか。初めて見たぞ」
「あ、違うぞ康太。ゼオスは俺程の頻度で素振りはしてないが、やる時は俺より早い時間にやってるんだ。だからお前と鉢合わせないんだ」
「なに、そうなのか?」
「…………早く目を覚ました時の気まぐれだ。基本朝が遅い貴様とは、そう顔を合わせんというだけだ。それよりもだ、原口積と古賀康太、そのめちゃくちゃな型は何だ?」
「へ?」
「型?」
二人の返事に不快感を抱いたゼオスが彼らの側にまで近づいていき、振り下ろし方や重点の置き方について説明をする。
「兄貴は好きな時に、めちゃくちゃな型で攻撃してるぞ?」
「…………あれは例外だ。恐らく、強烈な脚力で空気を蹴っているのだ。俺達が手本にするもんじゃない」
「へ~」
善の動きを分析しながらゼオス自身も僅かな間素振りを行うと、蒼野が地面に置いていた時計が鈴の音を鳴らす。
「時間だ。行こう」
それは普段彼がリビングに姿を現す五分前に鳴り響くものであり、部屋の観客席の置いておいたタオルで額に浮いた汗を拭きとり、他の四人を連れながら彼らは訓練室からリビングへと向け歩いてきた。
「つーわけだ。協力してくれるか?」
「んふーいいよいいよ」
「お姉ちゃんももちろんオッケー。あ、デュークには断っておいて欲しいって頼まれたわ。ところで、他にはどんな人が加わるの?」
「アーチャー…………いやこれじゃ分からねぇか。他にはヒュンレイの元部下から――――」
「おお。良いじゃないか。いやこれは、儂も一度手合わせ願いたいものじゃのう」
「……爺さんの相手になるレベルの奴は流石にいねぇよ。そう言う事なら賢教の――――」
「ていうか、ほんとに元気ね―――さん。どうしたの何かいいことあった?」
「うむ。ここ千年で一番イキイキしとるよ。千歳若返った気分じゃ! これはもう少し、現役で頑張らなくてはなぁ!」
「マジでどうしたんだよおい…………」
「この声って!」
リビングの扉に近づくにつれ大きくなる声を聞き、蒼野の歩調が徐々に徐々に早くなる。
それこそ最後の数歩は奔りかけているような形で駆けていき、勢いよく扉を開ける。
「お、来たのう」
「みんなおはよー。お姉ちゃんが来たゾ!」
そこにいたのは神教最強の戦力、アイビス・フォーカスとゲゼル・グレア。
そして原口善の三人であった。
激動の一日から一夜が明け、ギルド『ウォーグレン』の一行に加え二人の人物が食堂に集まる。
心を新たに強くなろうとした蒼野達であったが昨日の時点ではその方法がわからずにもやもやしており、他の面々も大小の違いはあれど同じ感想を抱いていた。
その不安を吹き飛ばすための素振りであったのだが、その方法は部屋に入ってすぐ理解できた。
「さて、ここにいる面子を見りゃ十分理解できると思うが順番に説明するぞ。
まず第一に、これから半年間の間、ギルド『ウォーグレン』が受ける依頼の量を最低限に減らす。んで各々が『扉』を開くための特訓をする」
「『扉』を開く、か」
「ああ。お前達は既に、今の限界値には達したと考えられるからな」
『扉』とは、この世界に住む人間が体を鍛える際に立ちふさがる、大きな障害である。
この世界に住む人間は、鍛えることにより鋼よりも強固で、風よりも早く、あらゆる耐性を備えた肉体というものを手に入れられることができる。
しかし、それにも限界は存在する。
どれだけ修行してもそれ以上には到達できない、いわゆる肉体という器の限界値。
ゲームで言えば決められた最大値、最大レベルとなる到達点。
それらをこの星に住む人間たちは『扉』と表現する。
開ける事ができなければそれまで、開ける事ができれば無限の未来が待っている、夢と希望、失意と絶望を備えた誰もが挑戦する大きな壁だ。
「まあわかっちゃいるだろうが、お前らは基礎能力が足りないからな。基本的な身体能力を上げていって、その合間に俺や他の奴らと組み手を行ってもらう」
「善さんや……他の人?」
そう言って康太が視線を向ければ、そこにはニコニコと笑う世界最強クラス二人の姿が。
あ、これぜってぇやばい奴だ
「前ゼオスの襲撃を予期してゲゼルの爺さんと姉貴に協力してもらっただろ。あの時と同じだ。ただ今回は他にも何人か当たって、より多彩で実戦に近い形で訓練を行う」
康太がこれからの特訓に不安を覚える中で淡々と話しを続ける善。
その発言を聞き、蒼野が手を挙げた。
「他の面々っていうと?」
「ゴロレムやノアは既に了承を得てる。後は色々なところに手を回すさ。ダイダスの婆さんから貴族衆の古豪二人にも頼むように言ってるし、ギルド方面なら『倭都』にも頼んでる。後は期待薄ではあるが、ゴロレムさん伝手で、賢教にもな。あ、ヒュンレイのとこの部下ももちろんはいるぞ」
「そ、早々たる顔ぶれですね」
「兄貴マジじゃん。大マジじゃん」
善の羅列した名前を聞き優が驚きから汗を流し、積が顔を引きつらせる。
彼らはこの時点で、どれだけ大変な修行になるかを、ある程度察してしまったのだ。
「んで、一通りできたら実戦だ。これまでお前らに遠慮して受けてこなかった危険度が一定の値を超える依頼を、どんどん受けてく」
「え!?」
その後告げられた内容に蒼野の声が裏返る。
「待て善さん。命の危険に自分から突っ込んでいくのは看過できねぇッスよ」
「落ち着け康太。俺も同行するに決まってんだろ」
噛みつくように反論する康太を善がなだめるのだが、それでも反論する様子を隠さない康太の肩を優が叩き振り返ると、少女にしては珍しく、康太に対し心底同情するような視線を向ける。
「なんだクソ犬」
「まあ、安心しなさい。アンタの思ってるような事にはならないわ。ただ」
「ただ?」
「死ぬほど辛いから、覚悟しておくように」
その声は一度それを経験した少女の本心からの言葉であり、それを聞き蒼野や積だけでなく、康太の背筋にまで嫌な汗が流れた。
これは大変な半年間が始まる
呑気に朝食のサラダを咀嚼するゼオスを除いた全員が、そんな事を思い浮かべるのだが、
「まあそこら辺は、まだ先の話だ。まずはさっき言った『扉』をこじ開けるところからだからな」
「あ、そう言えばそうでしたね。具体的にはどうやって開けるんですか?」
「基本的に『扉』が開けるのは限界を超えた先……いわば強者を相手にして肉体の限界値が狂った時だからな。まあその条件を満たす方法なら、一つしかねぇだろ」
「…………」
そう言いながら立ち上がった善とアイビス、そしてゲゼルの姿を見て、蒼野の顔がみるみるうちに青白くなっていく。
「俺達三人が、本気でお前たちに襲い掛かる。心配すんな、訓練室を使えばいくら暴れても死ぬことはねぇ」
「………………」
死なないはず、死なないはずなのだ。
「よーし、お姉ちゃん本気出しちゃうぞー!」
「うむ。儂もこれから修行を重ねなければならぬからな。久々に全力を出すとしよう」
しかし目の前で臨戦態勢になる三人を目の前にして、彼ら五人は死を覚悟した。
こうして、半年後の決戦を見据えた精神以上に肉体が追い詰められ続ける彼らの日々が始まった。
太陽の光を遮る曇天の空の下、生命というものを感じさせない凍てついた大地を男が歩く。
彼は時折積み重なっている凍った木々を僅かに手を動かすだけで斬り裂き、奥へ奥へと移動。
五分程歩き目的地に辿り着くと、目に映った氷の銅像へと向けゆっくりとした足取りで向かって行き、右手を銅像へと向ける。
「…………」
中に入っている存在が何かを確認しながら…………腕を一振り。
すると銅像の首に何かが巻きつき、数ミリ手を引くだけで首を締め付け動き始める。
「レ、レスキュー隊かなんかか! おじちゃんは要救助者だ、助けてくれ!」
僅かな時を置き頭部の氷を溶かしながら粒子を流し込むと、銅像の中から声が聞こえてくる。
ガチガチと歯を鳴らした男の声は死にかけの物で、それを聞いた彼は更に多くの属性粒子を流し男の体を癒していく。
すると彼の全身を襲っていた震えは僅かに和らぎ、力なくうなだれていた瞼にも僅かな力が宿っていく。
「いやぁ、助かったぜ! 礼を言わせてくれ!」
――――ここでなにが?――――
聞こえてくる声がしっかりと耳に入ってこない。
瞼を開こうにも垂れてきた水滴が邪魔で視界は定まらず、目の前の男の輪郭さえ正確に捉えられない。
「ああいや、ちと天災……いや一応人災か。それに遭遇しちまいまして。いやぁ、君はおじちゃんの恩人だ! 何か恩返しをしなくちゃ……な?」
頭部しか解放されていないため腕や足は未だに動かず、照れ隠しに頭を掻けない状況に少々の不服を覚えながら、それでも彼にしては珍しく嘘偽りのない気持ちで礼の言葉を口にして、
「ほお。思っテイタより元気DEATHね」
視界が定まり、はっきりと目にしたその姿を見て、エクスディン=コルは息を呑む。
「てめぇは……」
「おや、私の事を知ってイマスか。ソレはソレは」
陶器を思わせる病的といってもよい程白い肌に、濃紫のスーツを着た白髪の少年。
瞳孔が切れた瞳に、両手から伸びる半透明の黄緑色の長い糸。
その姿は様々な戦場を渡り歩く彼が得た、とある人物にとても似ており、
「場合にヨッテは――――――殺さなケれバいけまセンねぇ!」
全身にまとわりつくような殺意と、口が裂けたかのような笑みを見て目の前の存在が自分の思っている通りの人物である事を理解する。
「…………あんたが堂々と現れるとはなんのようだ。首の氷を斬り落としたってことは、用事があってのことじゃねぇの?」
それ認識すると彼はすぐにいつものおちゃらけたような声色で話しを始め、目前の脅威の真意を探る。
「
ドウでショウか? もしかしタラ、怯える人を殺しタイだけかもしれマセンヨ?」
「はっ! 悪趣味極まりねぇなおい!」
口では馬鹿を言うなと言いながら笑みを絶やさず目の前の存在を睨みつけるエクスディン=コルに対し、その男、パペットマスターは涼しい表情を崩さない。
なおも余裕をその身に纏いながら、話しを続ける。
「まあソウ殺気立つ必要もありまセン。今回は君に依頼があってキタのDEATHからね。それに、ソモソモ君は私ノ標的にはナリえない」
首以外の全ての場所が動かない男の精一杯の威勢を笑い飛ばしながら、パペットマスターがエクスディン=コルの全身の氷を削っていき、それに合わせる形で凍らされた本人が炎属性粒子を使い内部から氷を一気に溶かす。
「ほう。君ハ炎属性を使えたのDEATHか。生き残ったのはそれが理由ですか?」
「よく勘違いされるが、俺が機械を使うのは効率がいいからだ。十属性だってどれもある程度は使えるんだ。生き残った理由に関しちゃ、便利な道具のおかげさ」
「ホウ?」
全身を縛りつける極厚の氷から解放されたエクスディン=コルが、服の中から人形を取りだす。
それは人の形をした人形なのだが、その素材を理解した瞬間、パペットマスターは興味深げなものを取りだした。
「今は滅んだある部族が作った、身代わりの人形だ。そいつらは毎年一人を、自身が信じる神に捧げるような狂った連中なんだが、そいつらが使う闇属性の呪術で編まれたのがこの身代わり人形だ」
「身代わリDEATHか。ワタシには…………人間ソノモノに見えますがネェ」
彼の手に握られていたそれは、人間の皮でできていた。
同時に効力を失ったのかそれは徐々に崩れていき、その内部からミニチュア化させた脳や内臓が垂れ、更には魚の骨より僅かに太い骨が出てきた。
「ま、お前さんの予想は間違っちゃいねぇよ。こいつは贖えない程の罪をその身に宿した存在が生まれた時、それを切り離し人形に憑依させるんだ。そうするとこいつは宿主と同じ姿になって、一度だけ致命傷から身を守ってくれる。古くから言い伝えられた、特殊なおまじないらしい」
最もそれができた唯一の部族は滅んでしまったがな、などとエクスディンは語る。
「そんで、俺に何のようだ?」
水気を振り払い、未だ虚弱状態ではあるが思うままに動ける程度まで持ちなおした男が、目の前にいる狂気の具現化たる存在に問いを投げる。
「言ったハズDEATHよ。君に依頼がアッて来たのダト…………」
「へぇ、依頼ねぇ」
すると再度彼が口にした言葉を聞き、エクスディン=コルの全身を震えさせる。
「えェ。君に協力してホシい事があるのDEATH」
「協力つうと……一体なんのだ?」
「我々『境界なき軍勢』に加勢して欲しいのDEATH」
それが恐怖の類から来たものではなく、歓喜の類から来たものである事は、聞く前から理解できたことであり、その内容を聞き人の道から外れた獣の笑みが顔に浮かぶ。
「はっ、まさかテメェが『境界なき軍勢』に所属してるとは思わなかったぜ」
「彼ラとは神教を滅ぼスという目的がうまく一致シタのDEATH。ならば、それがデキル可能性が高イ方法に傾くノは、おかしな話ではナイでしょう?」
「そりゃそうだな!」
エクスディン=コルの質問を不快に思ったのかパペットマスターが顔を顔を歪め反論する。その様子を楽しそうに見るエクスディン=コルに対し、人形師は右手を僅かにあげる。
「おっと、いくら何でも気が短すぎだぜ。旦那」
「失礼。シカシあまり悠長ニ待つ性格でモないもノでして」
「おいおい、俺はしっかり答えたぜ。聞き逃しといてそりゃねぇぜ」
「なニ?」
両手を上に向け、相手を舐め切ったかのような口調で敵意はないと示すエクスディン=コルにパペットマスターの動きが止まる。
「今言った通り、あんたは俺の雇い主、つまり旦那だ。それで契約は成立したことを示そうと思ったんだが、伝わらなかったみたいだな」
「…………」
「なんだ? 旦那って言い方が嫌ならご主人さまやらマスターに変えてやろうか?」
「結構DEATH」
せせら笑いながら告げるエクスディン=コルに対しため息を吐き、ヘソの辺りまで上げていた右手を下げる。
「うっし、これで契約成立だな。殺人に誘拐に脅迫。他にも色々と手にしちゃいけねぇ仕事、何でも好き勝手に俺を使いな。殺し合いがあるのならなお良しだ」
舌なめずりをしながら、自らが手にかける獲物を指差すよう戦争屋は答えを求め、
「いいエ、イイえ。アナタたの仕事はそのどれでもアリ、そのどれでもナイ」
「どういう事だ?」
その言葉に対し奇術師はかぶりを振るい、戦争犬は目の前の人物の真意を尋ねる。
「ワタシ達はコレヨリ、革命を開始スル。今の間違っタ世界を覆ス。君にはソノ全てに関わっていただきマス」
「おいおいその言い方だと世界中を巻きこむ大戦争を起こすみたいだぜ」
「エエ、そうです」
その後告げられた内容を聞き冗談だろと笑う戦争屋の言葉を、虚術師は肯定。
「…………ハハ、ハハハ。おいおいマジか。いくら力を持とうが一介のテロリストが全世界相手に本気で喧嘩を売るなんざ」
子供の思い描く絵空事、馬鹿で道理をわきまえぬ愚者の言葉、
「そんなの――――――――最高じゃねぇの!」
そう理解してなお、この男はそれに惹かれた。
「いいねいいねいいねぇ。最高の依頼じゃないの!!」
「デハ」
「ああ安心しな。さっきまではちと気乗りしない部分もあったが、依頼内容がそこまで甘美なものとあっちゃ話は別だ!」
獣のように獰猛な笑みを浮かべ、手を差し出す。
それが友好の証である握手であると理解した奇術師が応じ、世界中で恐れられる『十怪』二人が手を組んだ。
「んで、話は戻るが何をすりゃいい。少なくとも今おじさんに頼みたいことがあるんだろ」
「というト?」
「ごまかすなよ。俺みたいな厄介者のところに来るってことは、それなりの理由があってのことだろ。もったいぶらずに要件をいいな」
戦争屋の言葉に奇術師は肩をすくめ。よく理解しているとため息をつく。
「今、世界中にいる『境界なき軍勢』の主戦力が戦イの準備をしてイマス。君にはソレマデの間、待機してもらいタイ」
「んだよ。記念すべき初依頼が待機かよ。つまんねぇなおい」
そうして伝えられた依頼の内容を聞き、戦争屋は不満の声を漏らす。
どれだけ自分の欲求を満たす依頼が来るのかと身構えていた彼は、思いもよらない内容に拍子抜けしたのだ。
最初からこんな依頼しか出せないようなら殺るか?
こちらも疲弊してはいるが今の奇術師は当初と比べ警戒心が薄く、不意の一撃を当てさえすれば逆転できる可能性は大きい。
テレビのチャンネルを切り替えるように思考を切り替え、自然な動作で頭部の後ろに手を持っていき、パペットマスターに見えない所で中指程の長さの針を錬成。
「まあお祭りノ前のおやすみDEATHよ。我慢してくだサイな」
「ほう?」
そのまま振り抜こうとした手がパペットマスターの言葉を聞き静止。
「お祭りってのはなんだ?」
その真意を確かめようと言葉を紡ぎ、
「コレカラ約半年後、私たちは四大支部の一角西本部ヲ攻め落としマス。君には、その戦イに参加シ、なるべく多クの人々を殺して勝利シテ欲しい。その成果を此度の革命における開始の狼煙トするのDEATH」
何の恐れもなく告げられた内容。
「なるほどなるほど……いいじゃねぇの!」
それを耳にして再び歓喜の声をあげた時、彼はこの戦いを最後まで生き抜き、全てを見届けることを心に誓った。
神教は日夜猛威を振るうミレニアムと『境界なき軍勢』の対策に動き、
貴族衆とギルドは神教の要請を受け、その動きを変化させる。
その裏で賢教は訪れるであろう好機を前に爪を研ぎ、
ミレニアムと『境界なき軍勢』は着々と侵攻の手立てを進めていく。
そしてギルド『ウォーグレン』は得難き人物を失い、それを糧に新たに進み始めた。
各勢力や人々の思いを胸に、半年後に衝突する。
ここまでの物語は、非日常に到達するまでの僅かな日常の物語。大いなる戦いへと向けた、序章だ。
「…………ところで聞きたいんだがよ、お前さん死ぬ間際に笑う奴ってのは見た事があるか?」
「クカカカカ。その様子DEATHと今回ガが初メテの様子。エクスディン。君は弱者バカリ相手にしすぎDEATH」
「遠隔操作で戦ってばかりのおたくに言われたくねぇな。で、知ってるのか。知らねぇのか?」
「…………知ってマスよ。ええ。知ってイマス」
ふとした疑問を彼は隣に立つ男に投げかける。
それを聞いた彼は言葉を空を見上げ、
「――――――――――――――――――」
なに一つ繋がず、なに一つ残すこともない獣に、かつて聞いた答えを説明した。
目が覚めた時、彼は霧に包まれた空間にいた。
「ここは?」
周囲を見回しても見覚えのある者は何もなく、いつの間にか少々寂れているベンチの上に座っていた。
「バス亭……でしょうか?」
手にはつい先日に読み始めた本があり、溶けて消えたはずの手足は元に戻り、属性粒子で染まった長髪もその色を取り戻している。
そこまで確認したところで自身の理解が及ぶ物はないかと立ち上がり背後を見ると、字が霞んだ立て看板があり、その下には見覚えのある時刻表があった。
「お客さんお客さん。お時間ですよ。乗ってくださいな」
「あ、はい」
それを見ようとしていると背後から声が掛かり、ほぼ反射的にそう返すと手を引っ張り中へと引き寄せられる。
――――黄色い服に身を包んだ女性の姿は、見覚えのあるものであった。
バスに揺られ十五分程が経過した。
最初は持っていた本を読んでいた彼は、しかし揺れに敗けてしまい少々酔い、外の風景に視線を映す。
「何も見えませんね」
左手の親指と中指でメガネの縁を掴み、しっかりと顔に合わせながら窓の外の風景に意識を向ける。
しかし広がっているのは果てのない霧のみで、色鮮やかな景色を期待した彼は少々落胆する。
「次は――――、――――」
そんな彼の耳に、聞き覚えのない駅名が聞こえてくる。
いや、正確に言うならばうまく聞くことのできない発音の言葉が聞こえてくる。
が、他の乗車客からすれば違ったようで、彼を残した他数人全員が立ち上がり、その駅で降りていく。
「あ、―――――さんは次の駅ですよ。ここの名称、聞き取れなかったでしょ?」
「ええそうですね」
見覚えのあるバスガイドの彼女が言う事から察するに、恐らくしっかりと聞き取ることができる駅が目的地なのだろう。
そう理解した彼は浮かせていた腰を再び沈め一息つく。
「あたしも今日の御勤めは終わり! という事で少々お話をできればと思ったんですが、どうですか?」
「ええいいですよ」
すると見覚えのある女性が勢いよく隣に座り、彼の顔を見ながら、笑顔でそう口にする。
本を読めば酔ってしまい、外を見ても景色に変化はない。
それゆえ退屈していた彼は彼女の提案に応じ、それを聞き満面の笑み……ではなく少々寂しげな笑みが返される。
「そうですか。じゃあ単刀直入に聞いちゃうんですけど…………その、思い残したこととかはありませんか?」
そんな彼女が聞いた内容を前に、彼は――――ヒュンレイ・ノースパスは真顔になる。
「何故そのような質問を?」
「今話したところで意味はないかもしれないんですけど……その、尊敬する人物にインタビューをして見たいな、と。ああすいません!!」
無遠慮な質問を後悔した様子で彼女は視線を逸らし、平謝りする。こんな申し訳ない事をするために今回の旅に参加したわけではないのにと、後悔する。
「いやまあ、そんなに謝らなくても結構ですよ。それで、質問の答えなんですが――――全くありませんね」
「へ?」
そんな彼女に対しヒュンレイは満面の笑みで答え、これを聞き裏返った声が、彼女――――リリの口から漏れる。
「ほ、本当に本当に!?」
「ええ。全く」
「戦争犬の奴が生き残っちゃいましたけど!」
「まあ、それも何とかなりますよ」
信じられないという様子でヒュンレイはあっさりと言いきり、それを聞いた彼女が涙目になり縋りつく。
すると流石にその反応は予想外だったようで、頭を撫で落ち着かせると、彼女は涙を啜りながら顔を上げた。
「あ、あたしはその…………ずっと辛かったんです。あたしのせいで蒼野君が落ち込んで、ギルドのみんなに迷惑をかけちゃった。それが…………辛くって辛くって。ヒュンレイさんは何で、そんな風に言いきれるんですか。やり残したことや後悔はないんですか?」
彼女の告白を聞き、ヒュンレイが優しく微笑む。
「後悔はともかく、やり残したことはたくさんあります。それはもう、たくさん」
「なら!」
その後彼女が服を強く引っ張り顔を寄せるのだが、それでもなお彼は焦らず、
「ですがそれはね、誰だってある物なんです」
「え?」
「重要なのは、それを解決するする人がいるかどうかです」
彼が掲げる幸せな『死』を彼女に伝える。
「誰にだって無念や夢はあり、そうして手が届かず死んでしまうことはある。それは仕方がありません。なんせ私達の世界は日常的に戦いがあり殺しがある」
「だからこそ、重要なのはそれが自分でなくても、誰かが成してくれるかどうかだと、私は考えています」
「そうではありませんか。誰かが成してくれるのなら…………それは自分の夢が叶ったも同然なのです」
例え自分が救えず死に絶えたとしても、誰かが支えてくれるのならば問題ない。
例え自分が夢半ばで果てようとも、誰かがそれをやり遂げれば問題ない。
例え――――例え絶対に自分がやるべきことであったとしても、信頼を置ける友が叶えてくれるのならば、それで安心できるじゃないか
そうヒュンレイ・ノースパスは彼女に告げる。
この世界は、死者が残した物を生者が受け継ぎ、進んでいくのだと説明する。
「だからリリ君。君もそろそろ胸を撫で下ろしなさい。蒼野君は立ち上がり、『アトラー』も健在だ。君は――――もう自分を許しなさい」
「う、うう……うぅぅぅぅぅぅ!」
ヒュンレイの言葉を聞き、再び彼女の頬から一筋の涙が伝う。
それは、無念や悲しみから来たものではない。もっと、別の意味合いを含んだものだ。
「ヒュンレイさんは……言いきれるんですか? 本当に、悔いはないと。自分の人生は、素晴らしかったと」
その時、彼らの耳に声が聞こえる。
向かうべき目的地の名をはっきりと告げた、声が聞こえてくる。
「ええ。言いきれますよ」
バスは止まり、すぐそばにあった扉が開く。
ヒュンレイ・ノースパスは立ち上がると彼女の手を引き、満面の笑顔で言いきった。
「素晴らしい――――最高の人生だったと!!」
彼らの先に広がるは、多彩な色を放つ一面の花園。
その中心にできた石造りの道の上を、彼らは歩いていく。
きっとその先には――――見たこともない世界が広がっているのだと思い、ヒュンレイ・ノースパスは新たな一歩を進んでいった。
一章――――ギルド『ウォーグレン』活動記録 fin
みなさま、ここまでご閲覧いただき本当にありがとうございます。
此度の話で一章はエピローグを含め完全に終了です。
語りたいことなどは色々あるのですが、詳しくは明日のあとがきで。
それにしても最後の最後に『扉』の話を持ってくるとは我が事ながら底意地悪い。
この扉に関して言いますと、
最初の扉はレベル100までと決まっていて扉もある程度は開けやすいんですが、
二つ目三つ目となるにかなり難しくなっていきます。
次は1000、その次は10000と、果てしない修行が必要になるわけですね。
善やレオンなどになるとこの扉を一度や二度ではなく五度六度と開けており、各戦力の最強格などは、それに加えあと一度か二度は上げていますね
それでは昨日お伝えした通り、明後日にお会いしましょう。
午前中には上げて、更に連続投稿を行う予定なので、そちらの方でもぜひよろしくお願いします




