表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
220/1359

さよなら


 おかしな事であった。


「あ…………」


 その場にいる誰もが、自身の死を覚悟して戦おうとしていたのだ。


 たとえ自分が死んだとしても、仲間達を守れる事さえできるのならばそれでいい。


 そんな風に考え、その命を激しく燃やそうとしていたのだ。


「ヒュ…………ヒュンレイさん」


 だというのに、その炎は瞬く間に消えていく。


 それは彼の佇まいや落ち着いた声を聞いたからというわけではない。


 実際に死を覚悟した人物がその眼に映り、そこに宿る気迫を目にした瞬間、自分たちの愚かさを思い知らされたのだ。


 死は…………とんでもなく恐ろしい。


 凍てついた冷気が頬を撫で、茹った頭が冷静さを取り戻す。

 すると死にかけの姿を前に彼らはそのような考えを脳裏によぎらせ、これほど危険な状況にも関わらず、無防備な姿を晒す。


「!」


 そうして場の空気が、戦いが始まる前の零に戻る。

 するとエクスディン=コルは誰よりも早く動き銃口を善へと注ぎ、込めた弾丸を発射。


「させませんよ」



 それを前にしたヒュンレイ・ノースパスが――――――――走る。



 これまで子供たちが一度も見た事がなかったその速度は凄まじく、発砲音が鳴るよりも僅かに遅く走りだしたというのに彼は善を守るのに間に合った。


「ふっ!」


 分裂しながら飛んでくる弾丸を、早いうちに全て掴み、善に襲い掛かった窮地を救う。

 そのまま災禍をもたらす狂気の塊に反撃しようと振り返れば、既にその姿は目の前になく、いつの間にかゼオスの目の前に存在した。


「私が生きている限り」

「っ」

「もはや誰一人として殺せないと思え」


 懐から無数の注射器を取りだし、ゼオスの動体視力では負いきれない速度で発射する。

 その時には既にヒュンレイの姿はゼオスとエクスディン=コルの間に存在し、先程と同じように目前に存在する攻撃を排除しようと手を伸ばし、


「――――時間がないか!」

「!」


 思うようにうまくいかず一発だけ逃してしまう。


「……ぐっ」


 その一撃は着ていた服を貫きゼオスの二の腕に刺さり、中に入っていた液体が彼の体に注がれる。


「あークソ。色々な耐性を覚えさせ過ぎたわ。おかげさまで面倒な事になっちまった」


 そんな中でぼやく彼が後退すると、それを追いかけようとヒュンレイは屈み…………諦めた。


「ゼオス君。時空門を」

「…………何故だかわからんが出せない」

「ちょ、おま! この状況で何をわけわからんことを言ってるんだお前さん!」


 ゼオスの発言を聞き慌てた様子で積がそう告げるが無理もない。

 この状況を乗り越えられる最強の一手が、事ここに至り使えないなどとは思わなかったのだ。


「では仕方がありませんね。少々危険かもしれませんが、みなさんはキャラバンに乗ってこの場から離れてください。彼はあの中に入った様子はありません。であれば、恐らく最も安全な空間であるはずです」


 すると彼は善を背負い肩で息をするレオンを含めその場にいる全員にそう告げ、それを聞いた蒼野が顔を真っ赤にして反論する。


「な、なに言ってるんですか! これでみんな集まったんです。ヒュンレイさんも一緒に! この場から! 離れましょう!」


 もう一度力を使えば、ヒュンレイ・ノースパスは命を失う。

 その事実は子供たちには詳しく語られていなかった。

 しかし日ごろから使っていたはずの粒子を一切使わず不自由にしている様子から、なんとなくではあるが、二度と彼は戦えない事を理解していた蒼野。

 この場にいる誰よりも優しいその性格から、彼はヒュンレイに食ってかかる。


「そうしたいのは山々ですが、残念ながら………………そうする意味がありません」


 その返事として、彼は最も分かりやすい形で証明する。


「え?」

「ヒュンレイさん。これって!?」


 そうして彼が先程銃弾を掴んだ右腕を掲げると、肘から先が真っ黒に染まっており、手首から先はドロドロと溶けて消え失せていた。


「こちらもです」


 その後足元を顕わにすると右足首も溶けており、欠損した部分は氷を固め補っている様子を視界に収めた。


 その姿に彼らは息を呑み、善の回復を行っていた優がそちらに片手を向けるも一切効果はなく、もはや何をしても意味がないと理解してしまった。


「蒼野君なら何とかできるでしょうが、もう能力も使えないでしょう。もし使えるとしても、善に使ってほしいですしね」


 覚悟を決め、吹っ切れた笑顔に、蒼野は何も言えない。


 理解してしまったのだ。


 目の前に人物は自分よりもずっと現状を睨み続け、その結果『こうするしかない』からこそ、自分の命を賭けるのだと。


「ヒュ、ヒュンレイさん!」


 そう、彼とてしっかりと考えたのだ。誰もが生き残る道を。


 しかしどれだけ考えてもそれはなかった。


 蒼野は能力を使い切り善とレオンの二人を立ち上がらせることができず、


 優の力では傷・血液・そして疲労を全て取り除こうとした場合、数分かかるため時間が足りない。


 無論今の戦力全てを攻撃に注ぐことも考えたが、勝てる見込みは一切ない。



 ならば、後は自分が立つしかないじゃないか。



 そう彼は結論を下した。


「待、て。俺とレオンが…………戦う。まだ…………終わっちゃ……いねぇ!」

「いいえ。それはダメです」


 しかしなおも善は希望を捨てず、ヒュンレイの体の時間を戻すよう蒼野に告げるのだが、ヒュンレイは首を振りその考えを否定した。


「善、君もわかっているはずだ。それでは誰も生き残れない。だが私がここで命を捨てれば、他の全員が生き残れる」

「っ」


 どのような手段で手に入れたのかはわからない。

 しかし確実に言えることが一つ。エクスディン=コルは、レオン達『彼岸の魔手』の面々と比べ、多くのデータを手にしている。

 その中には善とヒュンレイが戦った記憶もあり、だからこそ彼は善が練気を使ってきた事にも然程驚かず、戦いを優勢に進められた。


 逆に言えば、そのデータがあるという事はヒュンレイが次に戦えば死ぬこともわかっているという事であり、そう簡単には前線に出てこないという事の証明でもある。

 無論出てきた場合の事を考えある程度の対策はしてくるだろうことは予想できるが、他と比べれば警戒度は低く、対策がぎっちりと組まれている他の点で攻めるよりは、効果的である事は容易に想像できる。


「ヒャハハハハ!」

「だから、ここは私が戦うのです」


 嵐のように続けられる攻撃全てを氷の壁で防ぎ、そう言いきるヒュンレイ。

 そう告げた彼は向き合っていた蒼野から離れ、一歩ずつ、最後の戦場へと近づいていくのだが、


「俺は…………俺はここで死なせるためにお前の命を助けたわけじゃねぇ!」


 その足が、あらゆる感情がごちゃ混ぜになった善の言葉を聞き止まる。


「…………十数秒もあれば彼を殺すのには十分です。おそらくあと一分と少しは残っているので、最後に少しだけアドバイスを残しておきましょう」


 振り返ることなく、瞳の辺りを服の袖で拭ったところで背後に立つ彼らにそう告げた。




「ヒュンレイさ……」

「蒼野君。誰かに馬鹿にされようと、君の願いは本当に素晴らしいものだ。これからもそれを目指せる優しい心を持ってください」


 彼に続きを口にさせることなく勢いよくそう告げるヒュンレイ。


「はい……はい!」


 それを聞き、蒼野の視界が涙で曇る。

 何と返せばいいかがわからず、言葉に詰まりただ頷く。


「優、君にはとても世話になりました。どのような事があっても絶望せず、前へ進もうとする君の姿は、いつも心強かった」

「…………ありがとうございます」


 穏やかな、いつも通りの様子で告げられた言葉。

 それを聞き、涙は流さず別れようと思っていた彼女だったが、その意志は簡単に砕かれ声が揺れる。


「康太君」

「…………うす」

「君のそのまっすぐな思いは美しい。けれども、あまり頑固になりすぎないよう気を付けてください。あと暴走しないように」

「はは。善処します」


 そのような話などお構いなしという様子でエクスディンは攻撃を続け、同時に掌からソフトボール程の球体を虚空へ投擲。それはある程度の高さに昇ったところで膨張し、強烈な明かりで世界を照らす。


「ゼオス君」

「………………」

「私は君にとても期待しています。ぜひその目で、美しいものをいっぱい見てください」


 その言葉に、ゼオスは何も返さない。

 ただ一度だけ能力が使えないかを確認すると不可能な事を理解し、踵を返しキャラバンの中へと移動する。


「レオンさん」

「なんだ。俺にも遺言があるとは思わなかったぞ」


 ヒュンレイもその反応はわかっていた様子で、次なる相手に対し言葉を紡ぐ。


「あ、いえ。貴方に進言やアドバイスなどできません。ただ一つお願いがあるのです」

「お願い」

「ええ。私の代わりに、ギルド『ウォーグレン』を支えて欲しい。依頼金は…………ここで命を救った事でチャラにしていただきたい」

「!」


 その言葉を言われた本人が目を見開き言葉に詰まる。

 すると蒼野や優は命を狙われた先程と、今こうして自分達を守ってくれたその姿から、複雑な視線を飛ばすのだが、


「…………善にも言ったが、俺はこれまでの道をなかった事にはできない。だから申し訳ないが、その願いは聞き入れられない」

「そうですか……」


 レオンはそれを断りヒュンレイの口から落胆の声が漏れる。


「しかし、だ」

「しかし?」


 だが、彼の言葉はまだ続く。


「命を救われたことは紛れもない事実であり、友の相棒が命を代償に懇願しているんだ。それを完全に否定するほど、俺は冷たい人間じゃない。ゆえに」


 片膝をつき、魔剣を仕舞い聖剣を両手で持ち、地面に突き刺し恭しく頭を下げる。


「一度だけだ。一度だけ俺は、ギルド『ウォーグレン』の依頼を一人の『英雄』として受けよう。それで……手を打ってもらえないだろうか?」

「…………ありがとう。やはり君は、噂通りの人物だった」


 振り返り、柔らかな笑みを浮かべながら礼をするヒュンレイ。


「さて、残るは君たち兄弟だけなのですが」


 そうして、ヒュンレイ・ノースパスが残る二人に視線を向ける。


「積君」

「は、はい。って、おわぁ! 攻撃が激化した! てか熱い!!」

「ふむ」


 積の叫びを聞き、迫るエクスディン=コルの猛攻を遮るために、これまで以上に氷の壁が築かれる。

 幾重にも重ねられたそれはどれだけの攻撃を受けようともびくともせず、轟音を発しながら主たちを守り続ける。


「では先に積君へ。私は――――」


 これまでの比ではない轟音が、世界を包みこむ。その勢いに善が目を細める中ヒュンレイは積に何かを語り、その言葉を聞き積は体を震わせる。


「お、おい、一体どうしたんだ積?」

「あ、いや…………何でもない。何でもないんだ」


 その様子を不安に思い話しかける蒼野。


「……これはそのためというより、君自身のためのアドバイスですが、恐らく君はギルドに残った方がいい。もちろん苦労は多いですが」

「俺は……」


 するとヒュンレイは彼を労わるようにそう伝え、積の口から苦悶の声が発せられた。


「まあ私からの最後のおせっかいと思ってください。では、お元気で」


 しかしそれに続く言葉はいつまで待っても出てくる事なく、タイムリミットを察したヒュンレイが善に視線を向け、善を除いた全員がキャラバンに向け駆けだしていく。



 残るは原口善とヒュンレイ・ノースパス。

 ギルド『ウォーグレン』を立ちあげた、二人の男だけとなる。


「正直なところ、君には伝えたいことが多すぎるものでして。こんな日がどこかで来ると思い、手紙にまとめたものを私の私室に置いておきました。ですのでそちらを見ておいてください」

「そうかい、分かったよ」

「だから、今私が伝えるべき事はただ一つだけです」

「…………なんだ」


 花火を咥え、いつものように火をつける善。

 先程のような錯乱した様子もなく、なにが最適解かを理解したいつも通りの姿に安堵の気持ちを抱きながら、ヒュンレイは絶対に伝えなければならない思いを彼に告げる。


「善、進むべき道を間違えるな。道に迷う事があれば……何度でも振りかえれ」

「…………分かったよ」


 その言葉に、善は短くそれだけ返す。

 すると彼は花火を咥えたまま踵を返し、キャラバンへと向け歩いて行き、


「ああ――――最後に俺からも聞いておきたい」


 ほんの数歩歩いたところで足を止めると、振り返ることなく、一歩ずつ死地へと進み出した友に問いかける。


「…………なんです?」

「お前は………………このギルドに入ってよかったと思えってるか? 俺について来て後悔はなかったか……………………楽しかったか?」


 自分以上に才能に溢れ、無限の未来があった存在の命が、消えてしまう。



 もし自分についてこなければ、


 そもそも自分が彼を誘わなければ、この未来には辿りつかなかったはずなのだ。



 その道を選ばせてしまった罪悪感から、彼は我慢できずにその問いを投げかけ、


「馬鹿ですね君は。そんな事……聞くまでもないでしょうに」


 聞かれた本人は馬鹿なことを聞くなとため息を吐き、


「いや全く――――良い人生でした!」

「そうかい! なら良かったよ!」

「いつかまたどこかで会いましょう!」

「そうだな。来世で会おうや!」


 それが彼らの交えた最後の会話だった。


 そのまま原口善は振り返ることなく歩き出し、ヒュンレイ・ノースパスは氷の守りを破壊し降り注ぐ、太陽の輝きとそれを従える男と対峙。

 頬の肉が崩れ落ちたのを認識し、自身の限界がすぐそこにまで迫っている事を正しく理解した。




「さて――――」


 神よ、賢者よ、いや全ての観測者は括目せよ。


「行きますか」


 是より行われるは一つの最果て。



 誰かが願い、待ち焦がれた、生命の到達点。



 多くの思いが繋いだ、『極致』である。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。

次回で恐らく本編部分は終結。

その後は一章のエピローグかと思います。


また明日も、ぜひご覧ください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ