尾羽優、変態を追う 三頁目
「プランは1―3!」
「わ、わかった!」
雨の中駆ける優が声をあげ、胸に巣食う不安を吐きだすように蒼野が声をあげ応じる。
『ラウメン』が向かうのは橋の先にある小島だ。そこに向け一切の迷いなく一直線に走る男を優は単独で追いかける。
この状況において追い詰める最大の方法はこの橋を途中で落としてしまう事だが、耐久度の点で自身には不可能だと優は理解した。
大戦から千年経った今でも変わらぬ姿を保ち続けているその橋は、彼女らが全力で破壊しようとしてもすぐに壊せるような物ではない。
「水流防壁!」
そうなると取る策は自然と減っていく。その上で優が選んだ手段は単純に目の前の男に追いつくというもの。自身の周囲にある湖の水と雨を水属性粒子ンへと変換させ橋へと集め、水の壁を『ラウメン』の向かう方角へと作り、手間取っている間に距離を詰めるという至ってシンプルなものだ。
少女と『ラウメン』を比べた時、速さにおいて少女は僅かに劣っており、加えて距離が離れている。
だが小島に辿り着くまでの間に妨害を繰り返し、その勢いを削ぎ距離を詰めようとすれば、追いつけなくはない距離だとも思っている。
「いける!」
少女の思惑通り、男は水の壁を解くのに速度を大幅に落とし壊していく。
橋の距離は長さはおよそ5キロメートル、残りは3キロメートル程で、両者の距離は百メートル程度。二枚目三枚目の壁でさらに距離は近づき、手の届く所にまで迫ったところで、
「んぐ!?」
少女の視界が遮られる。
「な、なに!?」
突然の事態に困惑する優が、少しの間を置き投げ飛ばされたことに気付くと、データになかった事態に困惑するが気を取り直し冷静に状況を分析。
空中で体勢を立て直し着地するが、両者の距離は五百メートル程に拡げられ、『ラウメン』は走り続けており橋から小島までの距離は残り一キロメートルほどにまで短縮されていた。
それはこれからどれだけ優が邪魔をしても、小島に到達するまで二彼女が追い付くことは不可能な距離であった。
「風刃・一閃!」
それでも彼女は追い付くことを全く諦めておらず、その期待に応えるように雨に紛れた不可視の斬撃が逃げる男のふくらはぎに命中する。
「間にあった!」
橋と小島の境界線、その場所に立つのは蒼野だ。
優が必死に追い詰める傍らで、優よりも早く動ける蒼野が橋を迂回するよう空を飛び前に回り込み、挟み撃ちを仕掛ける。それが少女が考えたプラン1―3だ。
「ナイス蒼野!」
一気に距離を詰めるために少女が走りだし、身の丈を超える大きさの水の鎌を作り出す。
「ヌゥッ!」
自らの危機に声をあげ、蒼野のいる方角へと後ずさる『ラウメン』が、自身に向け全神経を集中させている。
その様子を見て優は勝利を確信した。
水の鎌を出した場合、そちらから仕留めろという合図、それが計画書に書いてあった内容だった。
接近戦で捕えるという方法は先人たちがさんざん試し失敗した方法だ。それを知った少女が選んだ策は超遠距離からの精密射撃、すなわち康太による狙撃だ。
「あそこまで言っておいて最後はオレか……全く、誰かさんを思い出させる作戦だな」
全身を雨と暴風が襲う、おおよそ狙撃には最悪のコンディション。
しかし康太は悪態は吐くが弱音は吐かず、コンクリートの地面に肘を付け銃を構える。
「あれ、お前スコープは?」
「必要ねぇよ、んなもん」
嵐が吹き荒れ雷が鳴る最悪の視界。加えて橋の周りの明かりは朧げで、距離自体も2キロほど離れている。
「この状況で見えるのか!?」
「くっきりとな。俺からすれば、この程度の射撃は朝飯前だ」
「ひぇ~~」
その状況で堂々と言いきる康太に対し積が感嘆の声を漏らすが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべ彼の方を覗きこんだ。
「そこまで言って失敗したらお笑いもんだぜ。言いきっても大丈夫なのかよ?」
「いらん心配をするな」
そんな積の言葉を鼻で笑い、意識を集中させる。
2キロにも及ぶ距離を飛んでも敵を倒す程の威力と、風や雨による障害をものともせず、対象へと向け飛んで行く銃弾。
この状況で求められるのはざっくりと言えばそれらを可能とする物だ。
敵の姿を捉え、当てる場合に障害となるものはないかあらゆるものを観察し、望ましい結果に辿り着ける道を模索し、
「そこだ」
静かに、まるで機械のような平坦な声を発しながら引き金を引く。
一発、二発、三発、四発……火薬ではなく粒子により押しだされた四発の弾丸全てが、風や雨の衝撃まで斬り裂くような勢いで飛んで行き、肩と膝を正確に撃ち抜き、『ラウメン』の体が崩れ落ちる。
「人間業じゃねぇ!」
「失礼だなおい。ま、褒め言葉として受け取っておくがよ」
目標が二人に捕えられた様子を見て、無事に終わった事を確信し息を吐く康太。
「あいつらに通信を送る。そこらへんで雨宿りでもしとけ」
「まだ俺が着いて行く必要あるのかこれ」
「関わった仕事だ。一応最後まで一緒にいろ」
雨風を凌げる場所へと移動する積に、通信機を作動させる康太。
『はいはいもしもーし』
「おい、仕事を終え……っ!?」
彼の直感が反応し異常な警報を発したのは、そんな時であった。
「…………」
『ちょっと! 連絡を入れたままこっちの言葉に反応しないってのはなに? 新手の嫌がらせ? いい度胸してるじゃないの』
「…………うるせぇな。仕事、終わったぞ犬っころ」
それだけ伝えると優の言葉を待つことなく通信を切り、蒼野のいる場所に向け走り始めるがその表情は固い。
「行くぞ」
「あ、ああ」
なんだ、いったいなんなんだこの感情は。
突如発せられた自らの勘が鳴らす警報に戸惑い、ぶっきら棒に積に命令しながらも、彼ら二人は蒼野と優のいる場所へと向けて走り出した。
その先に待っている苦難の未来など、知ることもなく歩み出した。
「お、来た来た。お疲れさん」
雨が降り形成された水たまりを踏みつける二つの足音。その音に振り返る蒼野の視線の先にいたのは康太と積の二人だ。
弱まることを知らない豪雨に晒され上下の服が体に張り付き、動きを阻害されるその不快感に康太が顔を歪ませている。
「標的はどこに?」
「あそこだ。優が橋に縛りつけてる」
康太が蒼野が指を指した方角に視線を向けると、そこには真っ赤な鉄骨に体を縛られた『ラウメン』がおり、その目の前には奇妙な笑い声をあげながら男を見下ろしている優がいた。
「捕まえたわよ女の敵! よくもアタシの下着を!」
拳を鳴らし威嚇する少女をやれやれと見る康太に、苦笑いをする蒼野。積はといえばサインを貰うチャンスを伺い、どこからともなく色紙を出し、雨に濡れぬよう抱え込んでいた。
「仮面を剥いで正体晒して町にぶら下げるのが目的だったんだし、さっさと仮面を」
「あ、血祭って言うのは嘘か。よかった。いやでもそれはそれで社会的に死ぬ気が」
「取っちゃいましょう!」
蒼野の言葉を最後まで聞くことなく、蝶の形をした仮面を剥ぐ優。
その瞬間、辺りを真っ白な煙が覆いその場にいる全員の姿が隠れていく。
「キャッ!?」
身を襲う煙から両手で顔を守った康太が耳にしたのは、普段の優からは想像できない、少女らしさを帯びた優の叫び。
「なんで……」
「どうした!」
続いて聞こえてきた事態を飲み込めないという様子の声に康太が反応。煙を振り払い、アスファルトで舗装された地面を強く踏み、すぐに二人の元に向かうと、その場には四人の人間がいた。
三人は言うまでもないだろう。蒼野に優に積、この三人だ。問題は四人目。
そこにいたのは先程まで優が縛っていた筋骨隆々の大男ではない。髪の毛をふさふさに生やした日に焼けていない肌の小太りの中年だ。
「こいつは確か、ゼルの野郎と話してた」
「俺知ってるぞ。この人はこのウークの町長だ。てか『ラウメン』はいずこに。まさか瞬間移動をできる何らかの手段を!」
「違うわ積。この人があんたが憧れる『ラウメン』その人よ」
言葉を聞き雨が全身を伝う不快感に襲われながらも、どういう事だと首を傾げる積。
積が憧れる男『ラウメン』は浅黒い肌をした筋肉質の禿げ頭の人物だ。村長である彼と、当てはまる点は一切ない。
「優の言葉を信じてくれ積、康太。『ラウメン』がこのおっさんに姿を変えていく過程を、俺と優は目の前で見たんだ」
その言葉を聞いても、その現場を見ていない積と康太はにわかに信じがたかった。肉体改造を行う能力は多々あれど、それを行う前後で意識を失うという事例はこの中の誰一人として知らない事であった。
それでも……それでも、もしそれが本当だとしたらいったい何が原因だ?
そう思いながら、康太の視線は自然と優が持っている仮面に向けられていた。
「犬っころ、その仮面……」
言葉はそこで途切れる。
辺り一帯に鳴り響く豪雨と暴風をものともしない轟音と衝撃が彼らの身を襲い、その音の出所へと4人全員の視線が注がれる。
「なんだなんだ!?」
空高く舞い上がる水柱とその水柱の中に混ざる破片を見て、一呼吸置いて四人は橋が崩れたのだと理解。
「こ、こいつは」
「一体、何が起こって?」
悠久の時を刻んだ橋が崩れ去る様に呆然とする一行だが、その時、蒼野が首元から背中にかけ、背後に雨とは違う、生暖かい何かが張り付いた事に気づく。
「え?」
何が付いたのかと思い背後に手を回すと――――赤黒い液体に、奇妙な塊が……
それを確認し、蒼野の心臓が早鐘を打つ。
振り返っちゃいけない、理解しちゃいけない。
そんな言葉が脳内で繰り返されるが、体はそんな思いとは裏腹に背後を振り返り、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
背後を見て、本能が理性を突き破り無意識に悲鳴が上がる。
そこで彼が見たのは、脳天から胸部にかけ、一直線に振り下ろされた一撃。
内臓が溢れ、人としての原形を失った彼らが捕えたこの町の町長の見るに堪えない死の形であった。
「いきなりどうしたんだよ蒼野………………ひっ!?」
「っ!」
それを続けて見た積が悲鳴をあげ、優が状況を整理しようと近づく。
そんな中ただ一人、康太だけは視線を橋の向こう側へと向けていた。
その視線の先には、一つの影があった。
「あいつは…………」
誰だと、問うてみたかった。
しかしそれは自らの勘に警告されたことで止め、口は半開きの状況で固定される。
同時に嫌な汗が全身を伝い、雨に交じり流れていく。呼吸は荒く、震える体を抑えることができない。
「シ……シシ!」
空が光り、雷鳴が轟く。
暗闇でぼやけていたその姿を見た瞬間康太は察した。自分がその姿を捉えきれなかったのは、そうするべきではないと感じた自らの体が、反射的に直視しないようにしたのだと。
おぼろげだった姿が輪郭を持ち、視線がその姿を捉えた瞬間、康太は誰に言われるまでもなく理解した。
俺たちはみんな、ここで死ぬ。
この時間の投稿になり始めてみてくださった方ははじめまして。
深夜帯の投稿から引き続き見ていただいてくださる方々はこんばんわ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて、宣言通り時間帯変更後初の投稿となります。
と、同時にこの本編始まって以降初めての強敵戦でございます。
ゲイルから始まり、ライクルル・ラウメンと続きましたが、
ここまでの相手は複数人でかかれば勝率は5割を超える同等レベルまでの相手でした。
しかし今回の相手は違う。明確な格上です。
この物語における強敵との基本姿勢が見られる戦いなので、ご興味のある方は引き続きお付き合いいただければ幸いです。
それでは、明日も引き続き投稿させていただくのでよろしくお願いします。




