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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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Ulraed daily life 四頁目


 時が、スローモーションに流れていく。


 彼の世界が映すのは今や崩れ落ちる肉体とその周囲だけであり、周りにいる他の面々の姿は目に映らず、聞こえてくるはずの様々な音は聞こえない。


「あ…………」


 衝撃的だった。ただただ衝撃的だった。


 この世界の多くの場所で、然程大きくない理由で行われている命がけの戦い。


 その結果、命を落とす者というのはそこかしこに存在している。


 けれども彼は、目の前の男だけはその枠組みから外れているような気がして、意識してかどうかはわからないが、なぜかその点についてだけは確信を持っていた。


「――――!」


 彼が叫び、男の体が地面に衝突し僅かに跳ねる。


「肉盾諸君、お仕事ご苦労! お暇を上げよう!」

「!」


 その瞬間彼の見る世界が瞬時に戻り、不愉快な声が耳に飛びこんでくる。


「あんたが!」


 勢いよく彼が頭をあげると、そこには自分たちへと向け嬉々とした表情で銃口を向ける男の姿があり、

、少年の叫びをかき消すような銃声が辺りに木霊した。




「ひゅー! 若いのにいい腕してるねお前さん!」


 鳴り響いた銃声は、戦争犬の手にしている銃口からで非ず。

 蒼野の側に立ち、抑えきれない激情に駆られ両手に銃を持つ一人の少年からだ。


「テメぇぇぇぇ!」


 激情に任せ引き金を絞り続け、何度も何度も鋼属性の銃弾を放つ。

 男は酷薄な笑みを顔に浮かべたまま、それらをわざと体で受け止め、銃声が止むのをじっと待つ。


「なっ!?」


 その男の予想通り、使用者の意思に反し撃ちだされなくなった銃弾。

 その様子に康太は困惑する。


「はいこれで古賀康太も終了! お前さん、自分に残されてた粒子がどの程度だったか忘れたか?」


 そんな彼を目にして戦争犬は当然の事実を語り、冷静になった康太が自身の失態にすぐに気が付く。

 この戦いが始まる前の時点で、彼らはレオン・マクドウェルとネームレス、更にはイレイザーと戦ってきたのだ。

 それらに全力を尽くした結果、誰もが粒子の大半を失っており、特に粒子の量が少ない康太がガス欠になるのは当たり前の事であった。


「お、めぇ…………」

「善さん!」

「兄貴!」

「ん? まだ生きてるのか。さっすが『超人』原口善。人間やめてるねぇ!」


 そんな時の事だ。

 彼ら全員にギリギリ聞こえるような小さな声が、床に崩れ落ちた男の口から聞こえてくる。

 それを耳にした瞬間蒼野と積は彼の元へと駆け寄り、そんな二人を戦争犬は懐から出したナイフで軽くあしらう。


「……エクスディン」

「ん、おお! 元気にしてたか坊主!」


 駆けだした二人とは別に、彼の者の命を奪うためにゼオス・ハザードは飛びあがり、掲げていた剣を振り下ろしていたのだが、彼の姿を確認した瞬間、男は笑いながらそれを捌く。


「ゼオス、アンタこいつと知り合い。ちょっと趣味悪いわ」

「おいおい。ひどい事言うねお嬢ちゃん」


 ただ奇妙な事に、そこに込められている感情は親愛やら郷愁に近い感情で、それを読み取った優が油断なく周囲を確認しながらそう口にし、エクスディン=コルは少々落ち込んだ様子でそう告げる。


「言葉通り冥土の土産にでもすればいいんだけどよ。そこにいるそのガキが死にそうな時、おじちゃんが拾ったんだよ」

「え」

「まあ言うなれば師弟関係みたいなもんだ」


 思いもよらぬ過去に小さく声を上げる優。

 当の本人はというと一度蹴り飛ばされてからは怒りの感情を発纏ってはいるものの、無暗に突っ込むような事だけはせず、全身に闘志を纏わせたまま、鋭い視線で目前の敵を睨んでいる。


「んで、色々と素質があるとわかったからな。おじちゃんが持ってる技術の中でも、特に一致してた剣の技を色々教えてやったんだよ。それに加えて生きていくための仕事まで斡旋してやった。おじちゃん優しいだろ」


 そう語る内に蒼野が駆けだし善の元へと駆け付けようとするのだが、空からロケットランチャーが撃ちだされ、それに対処したところで両足を投げナイフで貫かれた。


「おいおい、人がせっかくお仲間の過去を教えてやってるんだぞ。じっとして聞いてろよ。たくっ、最近の若い奴らは勝手だねぇ!」

「蒼野!」


 瞬く間の事であった。

 善やレオンよりも劣っているとは言えど彼らを遥かに凌駕する運動能力を持っているエクスディン=コルは、一歩で蒼野との距離を詰めると踵落としで彼の体を瞬時に沈め、殺さないように加減しながら頭部を踏む。


「あ…………あぁぁぁぁぁぁ!!?」

「ははっ! いい声で鳴くな坊主。いやぁ、その顔でそう言う表情されるとちょっと新鮮だな。胸が熱くなるよ」


 そのまま動けなくなった彼の四肢を銃弾で撃ち抜き楽しげに笑うと、彼の体を仰向けにして苦しむ様を観察し更に楽しそうに笑う。


「と、いけねぇいけねぇ。俺もあんま悠長に語ってられる状況じゃなかったな。さっさと殺すか」


 他の面々の相手を適当にしながらその様子を十秒ほど眺めたところで、彼は悦に浸るのをやめ、今やらなくてはならない出来事。すなわち原口善の抹殺に動きだした。


「じゃ、今度こそあの世に行けよ」


 そう告げると懐から新たに取りだした妙にゴツイ銃が赤黒く発光し、銃口に先を見通せぬ真っ黒な球体が形成される。


「させるか!」


 あれはやばい


 その場にいた誰もがその危険性を理解するのと同時に銃弾は発射され、今にも消え入りそうな息を吐きだす善の元へと進んでいき――――それを防ぐようにレオンが立ちふさがる。


「あー悪い悪い。お前さんの事を忘れてたよ」

「ほう。チクショウ如きがずいぶんと余裕じゃないか」


 離れた位置から勢いよくやって来た彼は手にしていた魔剣でそれに触れる。

 するとそれらは最初からなかったかのように消失し、蒼野達は先程撃ちだされたものがすぐに能力の類であったと認識。

 肌を刺すような怒りを纏い、目前の障害に対し強烈な敵意を飛ばす彼の姿を見て、積や優はすぐに味方であると理解したのだが、安堵の息を吐くことはできない。


 それほどまでに、目の前の存在は弱っていた。


 善と違い肉体は未だに原形を保ってはいるのだが、全身からは夥しい量の血が流れ、足は疲労からか震えている。

 片目が血で防がれてしまった事で視界は優れず、さっきまで両手に一本ずつ持っていたはずの剣は、両手で黒刀一本を何とか持っているという状態である。


 正直なところ、何故この人がまだ動けるのか、不思議なくらいであった。


「お前さんも無理すんなって。さっきの技の正体まではおじちゃんには分からねぇよ。けどまあ、大量に粒子を使うってのは分かる。元々持ってる量の多さも知っちゃいるが、流石に残りは少ないんじゃねぇの?」


 エクスディン=コルの問いかけは正鵠を射るものであった。

 先程の一撃は間違いなく彼が持っている数々の技の中で最大の火力を誇るものである。

 しかしそれ程の威力の物を剣に乗せるのではなく打ち出すとなれば、粒子の消費量もおのずと増えていき、結果、今彼に残された粒子はほとんどない。


 恐らく低コストかつ手慣れた九つの型を使うとしても、あと五回程度の分しか残っていない。


「そんな事は関係ない。俺は、お前を殺すと決めているからな」


 だが、その程度の窮地が何だというのだろうか。

 例え意識が朦朧としてようと、もはや動くだけでも精一杯だとしても、このまま戦えば死ぬとしても、友を卑怯な手で下された憤りを遮る理由にはならない。


 こうなれば首だけになったとしても奴の喉笛を食いちぎるという覚悟で彼は戦いに臨み、


「加勢します」

「どうせ、ここで必死にならなきゃ死ぬんだもんね」

「君達……」


 その熱に感化され、子供たちも覚悟を決める。


 敵は絶対に勝てない格上で、万全な状態ではなく粒子の大半が枯渇した状態。


 戦えば、全滅の可能性が濃厚な危機的状況。


 しかしここで戦わねば活路を開けぬと悟った彼らは武器を手にして、一世一代の大勝負へと歩を進める。


「積、銃弾を作れるか」

「作れる」

「よーし、戦いながら限界まで作りだせ。その量で俺達の生き死にが決まると思え」

「わ、わかった!」


 例え自らが死んだとしても、他の者達を生かして導こうと考え、


「いいねいいねぇ。おじちゃん……いや俺は、お前らみたいな馬鹿共が大好きだよ」


 その熱気に晒された戦争犬が醜悪な笑みを浮かべ思いに応える。


「や……めろ。お前、ら!」


 彼らはかすれた声で静止する善の声すら耳にしできないほど意識を集中させ、勝利を手繰り寄せるのに絶好の機会を伺い続け、


「行くぞ!」


 極光により振り払われた濃霧が再び周囲を漂い、彼らの姿を僅かに隠した瞬間、最後の戦いへと歩を進め、


「…………残念ながら、ここまでですね」


 その勇ましい一歩を遮るように、落ち着いた声が聞こえてくる。


「大氷牙」


 次いで聞こえてくる呪文は半数以上が聞いた覚えのある名のもので、対峙する敵と彼らの目と鼻の先に巨大な氷山が現れ、子供たちのその身だけでなく心まで冷やしていく。


「ヒュンレイさん!」


 そうして急いで振り返った彼らは見た。


「君たちは逃げなさい」


 全身に二度と纏ってはならなかった冷気を漂わせ、顎の付け根まで黒く染めた美しい風貌の男の姿を。


「ここは――――私が引き受けます」


 もはや止められないカウントダウンを進めいつ死んでもおかしくない、それでも依然変わらぬ様子を見せる彼を前に――――誰もが寂しさを覚えた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


一章も大詰めも大詰め。

終わりが見えてきました。


本日からまたいつも通りの一話更新に戻るので、よろしくお願いします。


もしよければ、明日もまたご覧ください

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