原口善VSレオン・マクドウェル 一頁目
「何故だ……」
「あん?」
地面に沈んだまま微動だにせず数秒後。
拳を作り大地に沈んでいた体を持ちあげながら、レオン・マクドウェルの口から言葉が溢れる。
「なぜお前は!」
「いきなり何だ!」
雄叫びを上げながら立ち上がった彼は持っていた聖剣を荒々しく振り回し、善が撃ち出した拳と交錯。
拳と刃が、両者の主の激情を乗せて、互いの障害を退けようと激突。
「なぜ!」
聖剣の称号を冠した剣は善の心臓と首を執拗に狙い、それらを正確に捉えた拳が弾き飛ばす。
「なぜあの地獄を経験してまだ前を向ける!」
怒声と共に語られるのは、彼の心の中心にあった物を粉々に破壊した忌まわしき事件の記憶。
今から八年前、二大宗教の境界付近で起きた大量虐殺だ。
「あの戦いでみんなが死んだ」
「…………そうだな」
「大戦士オグノムが! 神の槍ギルガリエ殿が! 平和の使者太平さんが! 他にも大勢の人が死んだ! この世界に存在する名だたる英雄が命を落としたあの地獄……誰一人として救えなかったあの場にいながら、なぜ! お前は! まだ前を向いていられる!」
「決まってんだろ……」
極大の炎と風を混ぜたあらゆるものを砕く一撃が刀身を伝い発射される。
まっすぐに進むそれを善は容易く躱し一気に肉薄。
振り下ろされた一撃を拳でいなすと、続けざまに放たれる突きを肩に受けながらもなおも直進し腕が届く射程圏にまで到達。
「あそこで止まっちまったら――――」
目の下に大きなクマを作っているレオン・マクドウェルの頭部を掴むと飛びあがり、歯を食いしばる男の顔面に跳び膝蹴りを直撃させ吹き飛ばす。
「あの人たちに顔向けできねぇじゃねぇか!」
無念と悲痛な思いが込められた叫びを前に、レオン・マクドウェルは頭部の痛み以上に心が抉れる。
「く、おぉぉぉぉっ!」
それでも青の宝石と鋼属性で防御力をあげていたレオン・マクドウェル相手には致命傷にならず、泣き声にも似た叫びあげながら、緑の宝石による速度強化を使い今度は彼の方から肉薄。
自らへと撃ちだされた拳全てを刀身で受け流し近づくと、わざと目に見える速度で聖剣を振り下ろし同時に足を引っかけ姿勢を崩すと、赤の宝石と炎属性による最大威力の組み合わせの一撃を善に叩きこむ。
「ちぃ!」
「んな大ぶりな攻撃が当たるわけねぇだろ!」
しかし四肢を切断するつもりで放った一撃は善に躱されたことで不発に終わり、
「はぁぁぁぁぁ!!」
「――――おめぇは!」
なおも攻め手を緩めず迫るレオン・マクドウェルに対し善は叫び、
「いつまで止まってるつもりだ!」
抱いた思いを全て拳に乗せ、幾重にも切られる痛みに耐えきりながら、その反撃に数えるのも馬鹿らしくなるほどの拳を打ち続ける。
「ぜ、ん!!」
それでもなお、目前の友は崩れ落ちず、
「お前は…………お前は!」
「弐式・影脚!」
一心不乱に振り上げられた聖剣を目にも止まらぬ速さの一撃で蹴り飛ばし、
「おらおらおらおらぁ!」
「クソッ!」
無数の拳を撃ちこむと、危険を感じた彼は後退し彼を睨みつける。
「それがお前の実力なら、この喧嘩は俺の勝ちだ。諦めろ」
「っ!」
その状況で口にした善の言葉。それを耳にした瞬間、レオン・マクドウェルは目を見開いた。
「命がけの殺し合いを喧嘩呼ばわりとは……」
理由は至極単純。原口善の口にした言葉が今の彼には絶対に許せぬものであり、それを耳にした瞬間、赤と桃色が混じった光が彼の手にしていた聖剣に絡みつく。
「ふざけるな!」
次の瞬間、その赤と桃色が混ざった状態で剣帝は剣を振るい、これまでにない色をした斬撃が飛来。
「あぶねぇなおい!」
その攻撃の正体を知っている善が大きく空へと跳躍し地上を確認すれば、剣の通った先には傷一つなく、しかし僅かな間を置いて斬撃と同じ光を放ち一本の線が浮かびあがる。
「これを見てなお、お前はこれがただの喧嘩と言いきるか、原口善」
練気・斬影
レオン・マクドウェルが自らの練気を刃に集めて放つ、あらゆる距離に対応した彼の奥の手。
当たった相手の体をその場ですぐに斬り裂くのではなく、当たった場所に練気を潜ませ、時間の経過と共に練気が膨張し体内から相手にダメージを与える防御無視の攻撃。
善の知る限り、レオン・マクドウェルが奥の手として使う最後の切り札。
「ああ、こりゃただの喧嘩だ。いや茶番と言ってもいいかもしれねぇな」
「お前……」
それを見てもなお善はそう煽り、レオン・マクドウェルは憤怒の表情を浮かべ善を睨む。
しかし煽るための言葉とはいえ、善は自分の発言が間違っているとは毛頭思っていない。
「俺があいつらの前に来るまで多少の時間があったはずだ。だが結果として誰一人として殺せていない。あいつら全員を相手取っても、圧倒できるはずのお前がだ」
そう言いきる確かな証拠を、彼は手にしていたからだ。
「っ!」
善の言葉を聞き、レオン・マクドウェルが言葉に詰まる。
それが彼にとって触れられたくなかった弱点なのは魔眼で確認するまでもなく一目でわかった。
「俺との戦いだってそうだ。首や心臓ばかり狙いやがって。本当に熟練の殺し屋ならな、そこは勝てると思った時しか狙わねぇよ。なんせ一番警戒される場所だからな。それすらわからず戦ってるから、茶番だって言ってんだよ」
「………………」
これについては半分ほどでっち上げを加えているのだが、その訴えは彼の者の心を射貫き、瞬間的に言葉を失わせる。
「…………レオン、その仕事をすぐにやめろ。お前に人殺しは向いてねぇ」
直後に善が口にしたその言葉こそ彼が今最も伝えたかった言葉であり、自らの身を案じる意思が確かに籠められているそれを聞き、レオン・マクドウェルが胸を抑える。
「俺は……」
「…………」
「この仕事に就き両手の指では足りない数の人を殺した。その事実をなかった事にはできない」
「そうか」
その答えを前に、善は全てを理解した。
レオン・マクドウェルという存在は、今も昔も変わらない。
昔と同じように真面目で、昔と同じように優しく、昔と同じように責任感が強い。
だからあの惨劇を前に、彼は屈してしまった。
真面目だからこそ罪のない人間や友が死んでいった事に耐えきれず、優しかったからこそ仲間と共に戦えなかった事に無力感を抱いた。
そして責任感が人一倍あるからこそ、『勇者』や『英雄』と呼ばれていた自分が何もできなかった事実を直視できず耐えきれず、自分はいらない存在であると勝手に決めつけ、表舞台を去ったのだ。
今だってそうだ。
真面目だからこそ似合わない殺し屋という道も黙々と続け、そのくせその優しさから蒼野達遥か格下さえ殺せずに生かしている。
そしてその責任感から、殺した人間一人一人の思いを背負っている。
「なら、それをどうにかするのが俺の役目だな」
全てを理解したと同時に大きく一歩踏み込む善だが、その一歩に込められた膂力はこれまでと比較してもなお凄まじい。
とはいえそれも当然であろう。
何かを守るために戦う事は善が日常的に行っている行為だが、本人はその行為自体が得意な分野ではないと理解している。
しかし馬鹿な友人や知人を改めさせるために拳を振るうとなれば話は違う。それは彼の最も得意としている分野である。
ゆえに無意識に力が全身に漲り、集中力は自然と増していき、
「行くぜ――――」
一度だけ深く息を吸いこみ、体内に残っていた疲労と一緒に全て吐きだす。
そうしてこれまで以上の集中力を伴い拳を構えれば、こちらと同じく意識を集中させる友の姿を確認する。
「「――――――――――――」」
濃霧漂う荒れ果てた大地に不自然な程音のない空間が現れる。
「「ッ!!!」」
がそれは一陣の風が通りすぎると同時に消滅し、拳と剣を武器とする両者が、これまでと同様かそれ以上に縦横無尽に山を疾走し暴れだす。
「壱式・発拳!」
善が一気に肉薄し声を発すると同時に幾多の拳が飛来し、
「そんなものが効くものか!」
これまで幾度となく放たれたものと同様に敵対者がそれを刀身で受け流す。
「そして――――」
しかし彼はとある一撃を受け流すのではなく真正面から受けるとその勢いで後方へと吹き飛び、全身に襲い掛かる大気中の重力すらものともせず、空中で体勢を整えると刃に赤と桃色の練気を纏う。
「ここからは最後まで、俺のターンだ」
「やっべ!」
即座に自身に訪れる未来を予期した善は前に出かけていた足を止め回避行動に意識を向け、
「練気――――抜刀!」
彼の期待に応えるかの如く、一キロ以上離れた木々の合間から派手な色合いの斬撃が数えきれないほど飛来。
斬撃が木々や大地、そして虚空を思うがままに駆け回るのだが、一秒経ったところでそれらは痕跡一つ残さず消滅。
「しまったな…………」
来るとわかっておりなおかつ動体視力も優れていたため全てを躱した善であるが、ここから先の展開を考えただけで気が重くなり、そんな彼の思いに応えるかのようにいくつかの斬撃が大地を這い、木々を破壊。
「野郎。こっちの思考が読み取られてるみたいで気持ちがわりぃ!」
刃が通った射程圏内から逃げようよ動けば地面や木々、そして虚空にも斬撃が奔り退路を阻まれ足を止め、そんな善に対し全ての斬撃がいつ発動するかを知る担い手が迫って来る。
「クソ。このタイミングか!」
迎え撃つために拳を構え前進しようと考える善。
しかしそんな彼を見計らったかのように左右の木から斬撃が生じ半ば無理矢理足を止められ、同時に奥にある木が崩れ落ちてきて彼の視界を奪い去る。
「舐めんなよこの馬鹿野郎が!」
とはいえ彼がレオン・マクドウェルの位置を失うことはない。
周囲に自身の気を飛ばしレオン・マクドウェルが迫る方角をしっかりと確認し、彼の射程圏内に入る直前に拳を構え待ち構え、
「!」
木々を明後日の方角へと殴り飛ばし目標の姿を捉えたところで、彼にとって最も想定外の事態が襲い掛かる。
「神器――――」
敵は確かに予想していた通りの位置から現れた。
しかし手にしている得物が違う。
彼の証である装飾華美な両刃の剣は握られていなかった。
「魔剣ダンダリオン」
彼が手にしているのは持ち手から柄、そして刀身まで全てが常闇のように真っ黒に染まった、柄から鮮血を連想させる真っ赤な組紐を伸ばした三尺から四尺はあろう刀。
そんな見たこともない神器をレオン・マクドウェルは一直線に振り下ろした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
レオン・マクドウェルが切り札を取り出し戦いは佳境。あと数話で終わる地点までやってきました。
さて以前いくらかのキャラクタ-にはテーマがあるという事を語りましたが、レオン・マクドウェルに関しては善が語ってくれました。
そう、彼は『いい奴』なのです。
もうちょっと別の言い方をするなら彼は『善き子供』だったのです。
子供の頃から善意と希望に満ち溢れ、周りが開放的で気持ちのいい人物が集まっていた事もあり善人としてすくすくと成長。
本当に綺麗な心を持ったまま一気に深い絶望を叩きこまれた結果、耐えきれず表舞台を去ったのが彼なのです。
なんというか、誰かに似ている人物ですね。
それはそうと明日以降の投稿についてなのですが、おそらく二日ほど連続投稿を行います。
一章最後に向けたラストスパートです。楽しんでいただければ幸いです。
それではまた明日、よろしくお願いします




