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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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彼岸の魔手 四頁目


「流石に……」


 全身の至る所を斬り裂かれた原口善が、おぼつかない足取りで立ち上がる。

 蒼野や康太のような最近入って来た者、いや長い付き合いのヒュンレイでさえ、もしこの場にいたらその姿を前に不安な気持ちを抱き顔を曇らせるだろう。

 これまで絶対的な信頼を置いてきた男が、初めて劣勢になり大地に体を沈めているのだ、当たり前と言えば当たり前である。


「強いな」


 だがその双眸が一度でも目に入れば、そのような不安は瞬時に吹き飛ぶだろう。

 なぜならその目には未だ力強い光が宿り、勝利を確信している確かな意思が込められているのだから。


「善、お前は…………」


 そしてレオン・マクドウェルもまた、それらの人物が抱くであろうものと同じ感想を胸中に抱く。

 いやそれどころか、彼は恐らく最も原口善と戦った人物として、これ以上にない緊張感を抱き、自身が優勢など微塵も思わず剣を中段に構える。


「けどな、お前はここまでだ」

「……何が言いたい」

「ここまでが八年前のあの日、お前が世間から姿を消した時の俺とお前の力量差だ。んでここから先が、今の俺達の力量差だ」

「戯言を」


 口に花火を咥え淡々と語る旧友に対し、かつて英雄だった男は失笑で挑発する。

 彼のデータは十分に集められており、そこに載っている情報から彼の全力は既に理解し、その上で自分は彼に勝てると断言できるからこそ、一騎打ちを行っているのだ。


「…………お前が昔と違う、俺に勝てるというのなら、今ここで」


 ゆえに自らの勝利に確信を抱きながら緑の宝石を輝かせ、全身に風属性粒子を纏い、光速の壁を突き破ることが可能な程の速度を出すことが可能になった彼は息を整え、


「証明して見せろ!」


 そう宣言すると同時に直進。

 並の者ならば影すら認識できない勢いで善の目の前まで移動すると、纏っていた風を解除し刃に炎を纏いながら神速の突きを発射。

 攻撃は瞬く間に善の全身を覆うように数限りなく撃ちだされ、それを前にした善は即座に後退。

 その姿を目にしたレオンが距離を詰め更に攻撃を続けるのだが、善は大きく回り込み背後を奪い、


「ああ。証明してやるよ!」


 ノーモーションの正拳突きで反撃を行った。


「やってみろ!」


 レオン・マクドウェルはその拳を僅かに屈むだけで躱し、トドメとばかりに首へ向け炎の刃を一閃。


「調子に乗んなよレオン!」

「お前……正気か!?」


 善は右腕を盾にすることでそれを防ぎ、それを見届けたレオン・マクドウェルの顔に動揺が浮かぶのだが、すぐさまそれでも一向に構わぬと吹っ切れ腕に力を込め、刃を先へ先へと進ませていく。


「捉えたぜ」


 だがそこまでだ。


 どれだけ力を込めようと刃は肉は斬っても骨までは斬り裂けず、諦めたレオン・マクドウェルが剣を引き抜こうと力を込めるが――――動かない。

 それが腕の筋肉を硬直させることによって無理矢理抑え込まれているのだと彼が認識するのと同時に、善が空いている左腕を大きく振りかぶる。


「おらぁ!」

「ちっ!」


 振り下ろされた剛腕を前に青い宝石を輝かせ、更に鋼属性による全身の強化を施し、迫る一撃を耐えきる算段を立てるレオン・マクドウェル。


「ぐぁっ!?」


 あわよくばそのままカウンターで首を狙おうと考えていたのだが、しかしそれは大きな思い違いだとすぐさま理解した。


「こ、れは…………!?」


 先程攻撃を受けた時同様に万全の守りで善を迎え撃っているのだが、拳を受けた頭部に鈍い痛みが奔り脳が揺れる。

 そのあまりに気持ち悪さに胃の中のものが逆流するが吐露することだけは何とか耐え、防御特化でも受けきれない事を理解した彼はすぐに赤い宝石を輝かせ筋力を上昇。

 全身の平衡感覚が僅かに崩れているのを認識しながらも善の体に足を付け、全力で引っ張り剣を抜き取った。


「もう一発だ!」

「させん!」


 そうして剣を抜き取った彼に対し、追撃に放たれた拳。

 それが自身へと迫るのを認識すると今度は緑の宝石を点灯させ、まっすぐに飛んでくる攻撃を難なく躱し反撃に転じ善の厚い胴体を一閃。


「う…………おおぉぉぉぉ!」

「馬鹿な!」


 炎を纏った斬撃は善の体を袈裟に斬り裂き少なくない血液を溢れさせるのだが、なおも原口善は止まらない。

 レオン・マクドウェルが剣を振り下ろした後、姿勢を戻そうと体を持ちあげるところで服を掴み引き寄せると、


 殴る。殴る。殴る殴る殴る!


 これまで攻撃が当たらなかった鬱憤を晴らすかのように何度も殴り続けた。


「ぜ、ぜぇぇぇぇぇぇん!!」


 受けるレオン・マクドウェルは三発目を受けたところで青い宝石を輝かせ防御特化に変更。更に鋼属性を纏って身を守っていたのだが、それでも先に受けた三発とそれから受けた数百発の影響でそれまであった余裕は根こそぎ奪われ、口から血を吐きながら咆哮。

 瞳を血走らせ善を睨みつけると、


「っ!」

「そう思い通りに物事が進むと思うな!!」


 まっすぐに迫ってくる拳と剣の柄をぶつけその衝撃で距離を離すという、怒り狂ったものが見せるにしてはあまりにも美しい動きを披露。

 その後すぐさま緑の宝石を輝かせる。


「ちぃっ!」

「とった!」


 幾度となく殴っていた衝撃からか、それともそれまで受けたダメージの蓄積からか、兎にも角にも姿勢を崩した善の背後を取り、剣に炎を纏わせるレオン・マクドウェル。


 迅型炎ノ太刀――――


 そのまま彼の代名詞たる九つの型のうちの一つの名を思い浮かべ、


「させるかよ!」

「なぜ、だ……!」


 目前の宿敵へと撃ちだそうとするが、それよりも早く、振り向くことさえせずに行われた裏拳が剣を強く握る右腕を捉えた。


「吹っ飛べ!」

「っっっっ!」


 防御を捨て攻撃に転じていた彼に襲い掛かる負荷は想像を絶するほど凄まじく、攻撃を受けた右腕の骨は軋み、肉体は衝撃に耐えきれず宙を浮き、未だ原形を残していた数少ない木々を貫いていく。


「何故だ」

「…………」


 それから僅かな間を置くこともなく、元の場所へと戻り剣を振り回すレオン・マクドウェル。


「なぜ追いつける!」


 その姿を細くした目で完全に捉えながら、善は今度こそ完全に対処。


「なぜ防ぎきれる!」


 慟哭にも似た叫びが彼の口から突いて出ると、冷静かつ冷酷な表情を装っていた仮面が剥がれ、激情に駆られた本心が彼の顔に浮かびあがり攻撃の速度が増していく。


「決まってんだろ」


 それに対する善の声に、焦りはない。


 刹那の間に襲い掛かる数百のフェイントを見切り、心臓を狙う一撃を前にしても見事に対応。


「ご、ほっ!?」


 聖剣の刀身を拳で横から叩いて弾き飛ばし、カウンターとして放った拳が、衝突した腹部を抉るような勢いで撃ちこまれる。


「俺はいつだって強くなるために生きてきた」


 その一撃で剣帝は地面に膝をつき、立ち上がれない事を自覚すると青い宝石を輝かせながら守りの構えに入るのだが、撃ちだされた蹴りの威力に耐えきれず、大地に沈む。


「だがてめぇは違うな。信念が折れ、歩む道を見失った。殺しの道なんてくだらねぇもんを選んじまって、似合わねぇ殺しの腕なんかを磨くことに時間を費やした」

「ぜ、ん!!」

「…………一応聞いとくが、俺達の前から姿を消したあの日から、お前はひたむきに強さを磨いてきたか? あの日の雪辱を晴らすために強くなろうとしたか?」

「…………っ!」


 その問いに対し、レオン・マクドウェルは押し黙る。


 彼は全てを察してしまったのだ。


 此度の戦いで自分が先に攻撃を当てれたのはそれだけの無茶をしたからで、少しの間彼を圧倒できたのは久々の戦いゆえに柄口善が自身との戦いの感覚を忘れていたからだ。


 しかし昔の感覚を取り戻し戦い続ければ、鍛え続けてきた日々の差が露呈する。


 その結果最速の刃は対応され、最強の守りは崩される。最大の攻撃においては、そもそも打ち出す機会が訪れない。


「そんな奴に――――今の俺が負けるわけがねぇだろ!」


 見下ろす原口善に見上げるレオン・マクドウェル。

 告げる男の言葉に迷いはなく、受けた男は反論ができず項垂れる。


 それはまるで、今の二人の立ち位置を示すようであった。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


善VSレオン再開。

ここからは場面転換なども特になく、両者の決戦となります。

そして訪れた善の反撃フェーズ。

本編でも語られましたは、鬱憤を晴らすかのように善は殴り続けてます。

それはもうめちゃくちゃに


あ、それと一章終了後の予定なのですが、一章の誤字脱字の修正は行うとして、

恐らく二章は別ページでまとめると思います。

媒体は変わらず、小説家になろうです。


それではまた明日、よろしくお願いします

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