彼岸の魔手 一頁目
「来て早々悪いが、俺の腕をくっつけてくれねぇか?」
「へ……って、どうしたんですかそれ!」
「ちと油断してな。持ってかれた」
山全体を揺らす程の衝撃が周囲を覆う中、山肌にその身を突き刺し、砂埃の奥に消えたレオン・マクドウェル。
はじけ飛んだ腕を見せながらぶっきらぼうにそう口にする善の様子は痛々しいことこの上ないのだが、それを前にしても優の中から安堵の気持ちは消えない。
「でもやっぱ善さんはすごいわ。アタシ達が束になっても歯が立たないレオン・マクドウェルを一撃で仕留めちゃうなんて」
「馬鹿言ってんな、あいつがそんなタマなわけねぇだろ」
有頂天な様子でやってくる部下に対し、サラリと言いきる善。
「え。いやでも、今クリーンヒットして……」
「……直撃の瞬間に綺麗に体をずらされた。ありゃ一割も聞いてねぇな。だから早く回復させろ。片腕じゃぜってー勝てねぇ」
淡々と告げる善の言葉に彼女の顔はみるみる青くなり、回復術技を使う速度が増していく。
「優が回復を終えたらお前らはキャラバンに行け。この戦いは、恐らく野郎を止めたところで終わらねぇ。それだと計算が合わねぇからな」
「ど、どういう事ですか善さん」
その間に彼は横たわっている康太達の方を見ると普段よりも厳しい声色で指示。
両足の時間を戻しながらも疲弊しきった蒼野の声を前に、考えをまとめそれを説明。
内容はこうだ
先程戦った、暗殺者は自身が練気を使えることを想定していなかった様子であり、少なくともヒュンレイと戦った時の記録がない事だけは理解。
同時にそれはヒュンレイの弱体化が大幅に進んだことを知らないという事でもあり、その場合イレイザーという存在がこちらの力を削り、レオン・マクドウェルが自分を殺す事を担当しているとすれば、少なくとももう一人、まだ戦えると考えられているヒュンレイを殺す役割の存在がいるはずなのだ。
「行け、お前たちの手で、俺の親友を助けてくれ」
そこまで全てを説明し少年少女が息を呑んだところで、善が自身の部下に頼みこむ。
その時優は善の腕を治しゼオスと康太の四肢をくっつけ始めていたところであったのだが、幸いレオン・マクドウェルの切り口があまりに鮮やかであったことから、くっつけて感覚を繋ぐことはさほど苦労せず、すぐに全員が動ける状態にまで回復していた。
「善さんも気を付けて!」
「おう、お前らも死なない程度に頑張れ。今回はそれだけで、合格点に届くからよ」
「はい!」
手を振り見送る善に対し、九死に一生を得た蒼野が力強い返事を行い、残る面々と共にキャラバンに突入。
「さてと」
四人がキャラバンの中へと消えていき、その姿を見送った善が正面を振り返る。
「行儀よく待ってくれるとはな。ありがたいこった」
「お前を前にして他の奴らに意識を割けるか。そんな自殺行為を行う趣味は、俺にはない」
砂埃を払い落としたレオン・マクドウェルが、首の辺りを揉みながら現れる。
その姿に深いダメージが入った様子は一切なく、それを確認した善は目を細め、敵意が一切籠っていない悲しみを乗せた声で呟く。
「道を間違えたな、レオン」
「お前はまだまっすぐに進んでいるんだな、善」
「クソクソヒィィィィ。やっぱアニキのギルドに何て関わるんじゃなかった!」
明かり一つ灯っていない二階の廊下に、積の声が木霊する。
彼は背にヒュンレイを乗せながら走っており、木製の床を強く踏むその様子に余裕というものは感じられない。
「ほらほら、もっと走って! 捕まれば私も君も殺されますよ!」
そんな彼に対し背負われたヒュンレイは気軽な様子で話しかけると、右手にアル・スペンディオが作った操作盤を手にしており、そこについているいくつかのボタンの一つを押すと平坦な地面がなだらかな下り坂に変化。
積はそれの上を滑り、迷宮の如き道のりに変化した廊下を先へ先へと進んでいく。
「ちょ、気軽に言わないで下さいよ。てか俺が普段より疲れてるのはヒュンレイさんを背負ってるせいなんですからね!」
「それはそうなんですが、そんな叫ぶと」
「…………」
「ほら場所がばれた」
「ヒェェェェェ!!」
声をあげ逃げ続ける積の真横の壁から現れたのは、白と赤の混じった着物に身を包んだ腰まで伸ばした長髪と蒼眼が特徴の席よりもいくらか幼い少女。
目に力が入っていないダウナーな空気を醸し出す彼女は、右手にサバイバルナイフを構え、ギルド内を堂々とした様子で闊歩しながら彼らを追いかけていた。
「しつこいな。その様子からしてヒュンレイ・ノースパスは動けないんだろ。諦めたら?」
「いやいやいやいや、諦めた瞬間死ぬのがわかって諦められるか!!」
まるで散歩をするような軽やかな足取りにも関わらず、彼女は容易く積との距離を詰めると逃げ回る彼の前に回り込み、持っていたサバイバルナイフを無造作に振り下ろす。
「失礼」
「あばちゃ!?」
「ちっ、動けるのか動けないのかわからないな、あんた」
しかしそれを見越したヒュンレイが積の体を引っ張り転ばせると、腰に掛けていたアル・スペンディオが作成したピンク色の玩具のような銃を取り出し引き金を引く。
そこから放たれたのは真っ赤な光。
それは途中で変化することもなく一直線に目標へと向かって行き――――彼女の体を通り抜け、背後の壁を真っ黒な炭に変貌させた。
「これは…………」
十属性のあらゆる効果を無視した光景を前にしてヒュンレイは目を丸くするが、すぐに能力の正体について脳内で考察を行い始め、
「あんた氷属性の使い手だろ? 何で温存してそんな豆鉄砲に頼ってるんだ?」
「それには少々深いわけがありまして。何はともあれ、君の相手は私ではなく私を背負ってる彼がしてくれますよ」
「え?」
人形のように均整の取れた出で立ちの少女が然程関心がなさそうにそう尋ねてくると、ヒュンレイは適当な返事を行い、それを聞いた積が声を裏返らせながら彼女に視線を向ける。
「…………そいつのデータは今回の依頼に載ってないんだよな。巻きこまれた客とかなら殺さなくてもいいかもしれないんだが…………」
「お、そうそう! オレ、巻きこまれた客、カワイソウ! な、被害者!!」
「いやでも殺しとこ。これで実は関係者です、とか後で言われて仕事失敗ももったいないしな」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
彼女のぶっきら棒な返事を耳にした積が、喉が枯れるほどの叫び声を上げ、大粒の涙を滝のように流しながら再び逃走を開始。
「積君、そこを右に」
「はい……ってうぉ! 早ぇぇぇぇ!」
全速力で走り続け息切れを起こし始める積に対し、壁を抜けてショートカットしてやって来た少女が持っていたサバイバルナイフを投擲するが、
「……またこの壁か」
両者の間に灰色の強固な壁が立ちふさがり、攻撃を防ぐだけでなく物理的な障害として立ちふさがった。
アル・スペンディオの協力が得られるようになってから、ギルド『ウォーグレン』のキャラバンは大きく改造された。その際たる物が敵対者に対する防犯システムだ。
元の数倍頑丈になった防犯対策は、並大抵のものならばそれだけで相手を退けられるほどの性能を誇っており、もはや小型の要塞と化していたのだが、積とヒュンレイの二人と敵対する彼女は、それらを全て通り抜けて迫ってきていた。
「はぁ……面倒」
そう呟く彼女が、懐から取りだしたナイフで壁を小突く。
それだけで分厚い鉄の壁に小さな穴が空き、その様子を見て彼女は僅かに抱いていたストレスを解消。
「うわ、見るだけで頭が痛くなるやつだこれ」
その先で彼女が見たのは、上下左右に開いた無数の穴だ。
それら全てが二人分の人間が通るには十分な大きさになっており、彼らがどこに逃げたのかを迷わせていた。
といっても、それらは彼女には一切通じない。
然程警戒することもなく彼女はそれぞれに足を踏み入れ、各々にあるトラップを発動させては全て自身の体を通り抜けさせ、その中で足跡が続いていた道を見つけ先へと進む。
「……足元から出てくる奴は苦手だな」
とはいえ全てを通り抜けさせられたわけではなく、最後に足元から出てきた神経毒が塗ってあった針の山には足を飛びこませてしまい、体が痺れ動けなくなる。
「まあ、関係ないけどな」
しかし脳内でふと念じると痺れはたちまち消え去り、痛みや傷も何もなかったかのように消え去り、先へと進む。
「ふむ、多少は時間を稼げたでしょうか」
その様子を、走り続ける積に背負われていたヒュンレイがモニター越しに確認。
「こ、これ本当に逃げ切れるんですかヒュンレイさん?」
「いや、無理でしょう。このまま逃げ続けてもいずれ追い付かれます」
「ええええぇぇぇぇ! じゃあこれって無駄な抵抗なんっすかぁ!?」
慌てた様子で聞いて来る積に対し冷静で無情な答えを返すと、積は涙を流しながら絶叫。
「まさか! 時間を稼ぐだけならいくらでもできますし、そもそも私は彼女に負けるつもりはありません」
そんな彼を慰めるためにヒュンレイがそう告げ、積は項垂れていた頭を勢いよくあげた。
「てことは俺がヒュンレイさんの指示の元、覚醒してあのヤマンバみたいにおっそろしい女をかっこよく成敗する神展開ですか!!」
「あ、いえ。君一人じゃ彼女には勝てません。むしろ対峙して数秒で三枚に下ろされて終了です」
「…………ヒーローどころかまな板の上の鯉じゃないですかー。てかさっきから俺の反応見て楽しんでませんかヒュンレイさん?」
「いやどちらかといえば突っ込み待ちのような君の発言に問題があると思いますよ」
「追いついたぞ」
「え?」
そのような寸劇を二人が行っていると、積の真横から声が聞こえてくる。
そこまで広くない一本道に敵の姿はなく困惑する積であるが、少女は真横の壁を通り抜け、サバイバルナイフを積へ向ける。
「ま……ず!」
「む!」
迫る殺意を前に積が張りつめた声をあげ、ヒュンレイが再び銃口を向け引き金を引くが、
「いやはや、ショートカットとは恐れ入りました」
「そりゃどうも。それよりあんた、科学使いにでもジョブチェンジした? この程度の腕前ならさして脅威でもないんだけど?」
「言ってくれますね」
触れたものを炭にする紅蓮の光線は再び敵の体を通り抜け、さらに接近。
「うわわ!?」
「っ!」
積へと向けまっすぐにサバイバルナイフを向けるが、腹部を貫いたかと思えば、サバイバルナイフは鈍い音を鳴らし、同時にナイフを持っていた彼女は顔を歪めながら後方に飛び退き、その間にヒュンレイがスイッチを押し、厚めの鉄の壁が三枚をほど天井から落下。
更に積の足元には一階へと続く階段が作成され、一段跳びで下へと降りると、何もなかったかのように階段は消えた。
「ファインプレーですよ積!」
思いもよらぬ結果に声を上げて褒め称えるヒュンレイ。
「兄貴みたいな脳筋じゃないみたいで助かった! 兄貴ならぜってぇ、鉄の板ぶち抜いて腹抉ってた!」
「はは、ごもっとも。ですが、流石に階層を飛び越える仕掛けは想定されていないでしょう。今のうちに距離を稼ぎ、やるべきことをやってしまいましょう」
積の腹部にあったのは、瞬時に錬成した厚さ数センチの鉄の板だ。
それは彼女のサバイバルナイフを止めるだけでなく僅かに怯ませ、その隙をつき彼らは再び逃走。
「さあ、もうすぐ目的地ですよ積君」
「そこに行きゃ、助かるんっすね!?」
「ええ。ですがそれには、君の協力が必要だ。いいですか…………」
「…………はぁ!? ば、バイオハザード!?」
「いえ、そこまでするつもりはありませんよ」
疑問を覚える積の耳に顔を近づけ、何事かを呟く積。
それを聞くと積は全速力で走りながら電子掲示板を作成。そこに『現在ウイルスシステム発動中』という
帯を流し、それを持ったまま目的の部屋へ到着。
「さ、急いで用意しますよ!」
「う、ウス!」
元々あった部屋の名称の上に背から降りたヒュンレイがそれをセットし、その間に積が大きめのハンガーラックを作成。
奥にあるロッカーから七着の衣類を取りだし、言われた通りの場所にセット。
そこから二人分の衣類を取りながら木々が彼らは鬱蒼と生い茂る森を通り抜け、四方を草むらで囲われた場所にまで移動。
「ど、どこから来る! どこから……どこから!?」
ヒュンレイを背中から下ろした積が心臓の鼓動と同期した荒い呼吸を吐きながら周囲を見渡し、ヒュンレイも周囲に氷属性の冷気を飛ばしながら視線を飛ばす。
同時に通信機越しにぼそぼそと呟きながら手元にある操作盤を弄り、小さなノイズと共に爆発が発生。
「ひゅ、ヒュンレイさん!?」
「落ち着いてください積君。大丈夫です」
逸る気持ちをそのまま口に出す積を落ち着かせながら周囲に意識を向け続け、
「あ…………」
それから三十秒ほどしたところで、積とヒュンレイの首と心臓を刃が通り、彼らの真後ろに少女は現れた。
「呆気なかったな。まああたしら『彼岸の魔手』にかかれば、こんなもんか」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて、ずいぶんと遅くなった気はしますが、やっと敵対組織の名前が提示されました。
この名前に聞き覚えがある方がいらっしゃる場合、その方は最近該当の話を読んだだと思います。ありがとうございます。
本編に関しましては、もう一人の刺客の登場です。
彼女はまだ幼いながらも抜群の身体能力と凄まじい能力を持ち合わせており、その結果総合力だけならレオンに遠く及ばないが、刺さる相手にはめちゃくちゃ刺さる、しかもその範囲が異様に広いという存在です。
これまで結構、素のスペックや属性が強い登場人物が多かった感じなので、能力が強いのは新鮮かもしれませんね
次回は明日投稿するのですが、恐らく普段より遅くなります。
気長に待っていただければ幸いです。
それではまた明日、よろしければご覧ください




