剣帝 レオン・マクドウェル 三頁目
聖剣アスタリオン
白金色に輝く両刃に真っ赤な柄、鍔に赤青緑の三色の宝石がはめ込まれており、所々に金の紋様が描かれた神々しいオーラを放つ聖剣。
レオン・マクドウェルが『英雄』や『勇者』と呼ばれる理由は、その精神性や強さからきたイメージを連想させた結果なのは確かなのだが、同時にこの美しい剣が放つ神聖な空気も、それらの異名を与えられた根拠に一役買っているのは確かなことである。
そんな世界最高峰にして彼の代名詞たる剣が鞘から抜かれ、敵意を持って自分たちに向けられている。 それはまさに死刑宣告と呼ぶにふさわしいものであり、対峙する三人は死を覚悟しながら武器を構える。
「行くぞ――――」
空気が――――揺れる。
次の瞬間、姿を消したレオン・マクドウェルに驚きながらもゼオスと優が首と心臓を守るように体を固め、康太が直感が告げる危険信号に従い横に飛ぶ。
「首と心臓を守るのなら足を貰おう」
「ッッッッ!」
知覚することができない速度で斬り裂かれ、横に飛んだ康太の両足が宙を舞う。
「吹っ飛べ!」
それでも何とかその姿を捉え『クイック』で瞬き程の時間もかけず銃を構え引き金を引くと、風属性を固めた弾丸が剣帝の足元に発射され、それを弧を描くような軌道で避けたレオン・マクドウェルが康太の右腕を落とす。
「……先程も言ったが、その程度の銃弾が意味を成すと思うべきじゃない」
「ぐォっ!?」
「……洛陽!」
その間にゼオスが紫紺の炎を刃に纏わせ、地面を叩く。
しかし刃の切っ先が地面に到達するよりも早く漆黒の剣を手にする彼の両腕が吹き飛ばされ、首元に刃が向けられる。
「水流網!」
それに割り込むように、自身が備えている水属性粒子を地面に大量にばら撒き、レオン・マクドウェルを囲うように水の柱が出現。
「これなら逃げられないでしょ!」
壁のようにせり上がり距離を詰めていくそれは、例え切ったとしても液体であるが故にすぐさま再生し、敵対者に迫り最終的には動きを封じ込めるような拘束術。
これならば多少ながら時間を稼げる。彼女のその思惑は、
「風刃・嵐麻」
レオン・マクドウェルが一度神剣を振り抜くことで生じさせた、自身を中心とした竜巻の前に全て吹き飛ばされ、霞となって消えていった。
「っ!」
「クソォッ!」
それから五秒ほどの間、三人は鍛錬や戦場で磨いてきたあらゆる術技で抵抗するが、全て聖剣の一振りで退けられる。
結果、四肢のうち左腕だけが残った康太は鋼属性を残し全ての銃弾を使いきり、ゼオスは両足を斬り裂かれ地面に沈み、優が接近戦を挑むも容易くあしらわれ脇腹を深く斬られ大地に叩きつけられる。
「みんな伏せろ!」
そうして一人ずつとどめを刺していこうと動きだしたレオン・マクドウェルの耳に、声が聞こえる。
「来たか、古賀蒼野」
仲間が窮地に至れば必ず現れる
そう確信していたレオン・マクドウェルが声のした方角に居た蒼野を眺めるのだが、彼の全身と共に視界に映ったのは、長細い木の箱であった。
「それが君の秘密兵器か」
「ああ、これでアンタを止める!」
絶対の自信を持って言いきる蒼野を前に、レオン・マクドウェルは本人さえ気づかぬうちにうっすらとだが笑みを浮かべ、
「風よ!」
蒼野が『生命変換・風』を使用。
全身を引き裂くほどの風がその身を包み、最後の勝負を挑む。
「風塵・裂破!」
属性変換・風により、身体を軽量化。通常の数倍の機動力を得た蒼野が木の棺を背負いながら移動。
前後左右から風の大砲を撃ち続け、レオン・マクドウェルへと猛攻を仕掛けていく。
「どうした、それが君の全力か?」
だが敵は原口善に並ぶ超人。
一方向だけ破壊し前に出れば済むところを、わざわざ全てを同質量の風の突きで相殺させ、その上で真正面から蒼野へと直進。空へと昇っていく蒼野に迫る。
「まだまだ!」
「ならば、ペースを一段階あげよう。それと、逃げれたり連絡できると思うなよ」
「……レオン・マクドウェル!」
背後に形成した『風臣』と手にした剣で必死に抵抗を続ける蒼野だが、レオン・マクドウェルは言葉と共に速度を上昇させ圧倒。さらには米粒程の大きさになるまで離れていたゼオスが能力を、優が携帯で連絡をしようとすると、ゼオスの腹部と優の携帯を細長く伸びた風の刃が貫いた。
「風刃!」
「悪いが……」
「!」
蒼野の思考が怒りに埋め尽くされ、咆哮と共に巨大な風の刃を形成。
「ここまでだ!」
それが振り下ろされるよりも早くレオン・マクドウェルから放たれたいくつもの風の刃が、蒼野の周りを漂う風の球体と彼が手にする剣を破壊。
最終手段である命を削っての特攻も、瞬く間に対応されてしまう。
「風玉!」
それでも、蒼野は諦めない。
両足に小さな風の球を作りだし爆発させるとさらに上空へ移動。
レオン・マクドウェルの一撃を躱すと手を伸ばし、
「風塵・裂破!」
「っ」
空振りで姿勢を崩した彼に、初めて攻撃が届いた。
「この程度!」
大地へと向け落下するレオン・マクドウェルはしかし、地面に衝突するよりも早く体勢を立て直すと、蒼野を睨み再び空へと上昇しようと画策。
「風刃・百華!」
蒼野はそれだけは許さぬと命を削り百発に及ぶ風の刃を生成。
心血を注いで作りだした百の刃は、様々な軌道を描きながら、目標へと向かって飛んで行く。
「…………俺は」
その光景を前に、勇者と呼ばれた男は目を細め、
「君に敬意を称するよ…………」
言葉と共に、神器・聖剣アスタリオンに装着されている三つの宝石の内一つ、青の宝石が光り輝く。
「お断りします!」
それが自身の全力を迎え撃つ姿勢であると理解した瞬間、蒼野が背負っていた棺を投擲。
「ここで切り札を投入か」
それを前にしてレオン・マクドウェルは瞬間的に考えを巡らせる。
ギルド『ウォーグレン』については、これまであった事件のデータを目にすることで把握している。
一踏みの湖での一件を皮切りに、パペットマスターとの死闘やゼオス・ハザードとの衝突。アル・スペンディオからの依頼でアルマノフ大遺跡に潜った出来事etc。
しかしその中に今投擲している木の棺を扱うようなものはなく、この一撃だけは完全に未知の一撃であった。
避けるか
迎え撃つか
「迷う必要はないな」
ほんの一瞬自身の脳裏にそのような二択が現れるが、そんな迷いを抱いてしまった自分に対し失笑する。
自らを殺す事ができる一撃を彼らは持ち得ていない。もし持っていたとしても使う事はありえない。
古賀蒼野という人間の性格が、そんなものを切り札と呼ぶわけがない
あらゆるデータを見れば、それだけは言いきることができた。
「――――ふ!」
そしてもう一つ、目の前の木の箱は古賀蒼野という一人の少年が、全てを賭けた最後の策である事は容易に想像でき、それを避けて終わりはあまりにも失礼であると彼は考えた。
その結果彼は当適された木箱をバターを斬り裂くかのように容易く両断。
そこから現れたのは、ガラスの棺によって厳重に保護されていた無数の蝶だ。
「これは!?」
それを見て、レオン・マクドウェルが目を見開き声をあげる。
すると木の棺に入っていた蝶はレオン・マクドウェルの剣によって斬り裂かれた衝撃からその身を震わせながら衝撃波を生み出し、連鎖するように衝撃波が発生。
レオン・マクドウェルの体を瞬く間に包みこんだ。
戦いの最中、蒼野がふと疑問に思ったのはキャラバンを襲った無数のハエの侵入経路であった。
最初はキャラバンに穴を開けて入ってきたと考えていた蒼野だったが、戻ってきたときに無傷のキャラバンを眺め疑問が生じた。
通気口なども含め彼らの本拠地であるキャラバンはあの時窓などは一切開けていなかった。
ならばゼオスや自分が外から戻った際に一緒に入ってきたかと問われれば、それも不自然であると考えた。
多少の生物が入ってくるのならば理解できるが、姿形を変えれるとはいえ千匹を超えるであろう生物が、誰にも気づかれずに中に入ってこれるとは思わなかったのだ。
そこまで考え、今回の依頼を出した相手が敵であろう事を思い出し、彼は別の可能性に辿り着いた。
それは元々キャラバンの中に入っていたのではないかというもの。
その予想に従い荷物が置いてあった格納庫に行けば、扉に小さな穴が開いており、木の棺とガラスの棺に穴が空いていたことで自らの予想が当たったことを確信。
その威力を身をもって知っていた蒼野は、もはや片手の指程度の数しか使えない能力で時間を戻し、棺にできた穴と、分裂し小さくなっていた蝶を再生。
それを必殺の一撃として活用することを決めて仲間が戦い続ける戦場に舞い戻った。
「流石に、これは堪えるだろ」
周囲一帯を覆う程の砂埃、周りにある木々を揺らし霧を霧散させる程の威力。
それを前にした蒼野が笑みを浮かべる。
レオン・マクドウェルに憧れていた彼は、性格上土壇場では決して避けずに対抗してくることまで想定し今回の秘策を決行。
結果その思惑は見事に嵌り、聖剣を携えた剣帝は無数の衝撃波に呑みこまれた。
「――――風刃・斬迅」
「え?」
そうして確かな手ごたえを感じていた少年に帰ってきたのは、針のように細く、帯のように長く伸びた風の刃による返礼だ。
「!」
言葉を紡ぐ暇はもちろん、躱すために体を動かす暇さえなく風の刃が蒼野の鳩尾を貫き虚空に消える。
「俺の想定を超えた、素晴らしい一撃だった」
「!?」
思わぬ反撃を前にして体内を逆流してきた血を吐いた蒼野の背後から声が聞こえる。
慌てた様子で首を向ければそこにはレオン・マクドウェルの姿があり、振り向こうとしたところで背中が斬り裂かれ、真上から振り下ろされた踵落としを躱すことができず地上へ落下。
巨大なクレーターを作る勢いで地面に衝突した衝撃によりほんの一瞬意識が途切れ、『生命変換・風』が解除される。
「あ、あれを受けて重傷どころか無傷だと?」
「あれで傷を負う程度なら、俺は善に勝ててないよ」
穏やかな声色でそう言いながら、彼は信じられない物を見るような目で自身を眺める蒼野を見つめる。
「そ、蒼野」
両足を失い、這いずる事しかできない康太が、義兄弟の名を呼びながら残った片腕で銃を握るが、血を流しすぎたせいか視界が定まらない。
「…………ちっ」
「待ってなさい、すぐに回復を!」
康太に優、そしてゼオスもまだ生きることを諦めておらず抵抗しようという気概を見せるが、
「はぁ! はぁ!」
「仕事ゆえに仕方がないとはいえ…………」
それが届くよりも早く、胸を大きく上下させ苦しそうな息を吐く蒼野へと向け、レオン・マクドウェルが剣を掲げる。
「君たちには…………申し訳ない事をしたと思ってる」
この戦いの中で何度もみた、彼らの諦めという感情を一切感じさせない強い瞳。
その視線を前に、謝罪の言葉を呟く堕ちた英雄。
「そんな風に謝るのなら……」
彼は構えた刃を振り下ろそうと力を籠め、
「人殺しなんてすんな!」
一直線に振り下ろそうと意志を固めるが、悲痛な叫びを前に刃を止める。
「…………………………本当に、すまない」
だが刃が止まったのはほんの一瞬だ。彼は最後にそう言うと手にしていた聖剣を振り下ろし、
「蒼野ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
康太が悲痛な叫びを上げるのとほぼ同時に再び動きが止まる。
「おい」
いや…………止められた。
「っ!」
聞き覚えのある声を聞き、目の前の対象から咄嗟に意識を切り替え横を向くレオン・マクドウェル。
「レオン、てめぇ俺の部下に」
そこにいたのは、ボロボロのジーンズに黒のベンチコートを着こみ、ハードワックスで頭をガチガチに固めた鋭い目つきの男。
彼はトレードマークである口に咥えた花火を吐き捨て、目の前の男を睨みつける。
「ぜ…………」
「何してやがる!」
呆気にとられたレオン・マクドウェルが反撃や防御をする暇さえ与えず、男の放った回し蹴りがレオン・マクドウェルの頭部を捉え吹き飛ばし、
「ぜ、善さん」
現れた人物の声を聞き、蒼野の顔には自然と笑顔が浮かぶ。
「てめぇら…………」
蒼野だけでない。優も康太も笑みを浮かべ、ゼオスでさえ安堵の息を漏らし、
「よく持ちこたえたな」
土壇場で現れた英雄を視界に収めた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
既に理解している方もいらっしゃる方も多いと思いますが、一章後編は蒼野達子供陣営よりも、ヒュンレイや善という大人二人が中心となった物語です。
そこにゼオスの変貌や積の加入が加わって日常を描いていく物語となっています。
つまり善は一章後半の主人公であり、最後の戦いを飾るにふさわしい人物なのです!
…………まあこの話はこの辺に、ついに善が子供たちの元へ到着。
ヒュンレイの時とは違い、互いに全力を出せる者同士の決戦となります。
次回はヒュンレイと積サイドに移るので、よろしくお願いします。
あ、もしかしたら、今日中に更新できるかもです
それではまた次回、よろしければご覧ください




