剣帝 レオン・マクドウェル 二頁目
蒼野の首へと向け、一直線に振り下ろされる凶刃。
「…………!」
「二度、止めきるか。中々やる」
蒼野がレオン・マクドウェルが迫っている事を頭で理解した時既に、ゼオスは二人の間に割り込み再び刃を止めていた。
「……古賀蒼野!」
「り……時間回帰!」
歯を食いしばりレオン・マクドウェルへと攻撃を行いながら喝を入れるゼオスの背後で、時を戻す半透明の丸時計が出現。
「ぐはぁ!」
それは吹き飛んだ康太の首に当たると高速で時を戻し、首と胴体を繋ぎ、そこで時間を止めると康太が叫び声を上げ冷や汗を流しながら復活する。
「首を斬れば人は死ぬ。それを蘇らせるということは……『魂と肉体の原理』か。厄介だな。いやむしろ、流石は希少能力と言ったところか」
人間の死は心臓が止まることや首が体から離れることを示すのか、
それとも魂が抜け落ちることを示すのか、
これは昔からこの星に住む研究者が抱いていた疑問だ。
科学者ジグマ・ダーク・ドルソーレはその答えを知るために様々な戦場に自ら足を運び貴重なデータを取得し、そのデータをベースに動物を使っての実験を繰り返した結果、『肉体的な死』はいわゆる即死と呼ばれる状況でも明確な『死』ではなく、『魂』の消滅こそが人間の本当の『死』であると定義。
これは例え首が胴を離れても、全身が粉々に砕け散っても、その場に魂は残り、すぐさま肉体の損傷を何とかすれば、意識は戻るという結果から導き出された結論だ。
死体の損傷具合によって掛かる時間は決まっているものの、この法則が効く時間の平均値は割りだされており、秒数で表せば六百秒すなわち――――五分という結論が出た。
「あの原理が適用されるとすれば、古賀蒼野が戻せる時間は五分が限界か?」
ゼオスの必死の猛攻を容易く凌ぎつつ、蒼野の時間回帰の情報を更新するレオン・マクドウェル。
「さて」
「…………!」
踏みこみ、振り下ろされたゼオスの一撃を、剣の面で滑らせ、使い手の体が大きく逸れたところで裏拳で頭部を叩き地面に叩きつける。
そのまま地面に小さなクレーターを作ったゼオスに向け炎の刃を向けるレオン・マクドウェルだが、
「なるほど、単純な実力ならば君が最も手ごわいな」
心臓へと向けたレオン・マクドウェルの刃が、ピタリと止まる。
見るとゼオスの胸と頭部の前に黒い渦が出現しており、それが突きの姿勢に入った彼の動きを寸でのところで止めていた。
「……くっ!」
「だが、俺の方がはるかに強い」
一瞬の硬直の隙に炎の噴射を掌で行い、レオン・マクドウェルへと向け飛びあがり逆袈裟に斬り裂こうとするゼオスだが、剣が肉体に到達するよりも早く、レオン・マクドウェルがゼオスを蹴り飛ばす。
「このぉ!」
吹き飛んだまま姿勢を整えられないゼオスへと剣を向けるレオン・マクドウェルだが、心臓の傷を瞬く間に治した優が巨大化させた鎌で道を阻み、それでも動こうとする彼を康太の銃弾と蒼野の風の斬撃が雨のような勢いで迫りやっと止まる。
「今の打ち合いで一人も殺せないとは…………いい部下を育ててるようだな、あいつは」
過去を懐かしむ様子でレオン・マクドウェルがそう言うが、対峙する四人は気が気ではない。
なんせ四人は全身全霊、それこそ命を削る勢いで挑んでいるにも関わらず傷一つ付けられず、相手は力の半分も出していないであろうに息一つ乱れていないほどの余裕がある。
「っ!」
「康っ!?」
それどころか今だって動きを止めたかと思えば知らぬ間に銃弾を撃ち返され、蒼野と康太の全身には無数の銃弾が刺さっていた。
「…………」
「ちょっと…………強すぎでしょ……………」
圧倒的な、覆すことのできない実力差、それを四人全員がひしひしと感じ取っていた。
(おいゼオス、お前さっきから何度か俺達を助けたが、どういう了見だ?)
(…………誰か一人でも欠ければ俺の負担が倍増する。それを嫌っているだけだ)
(そうじゃなくてだ、お前は何故ああも見事にあの化け物の一撃を止めれるのかって聞いてんだよ)
(……そこか)
緊迫した空気の中、康太が念話でゼオスに話しかけるとゼオスが自分の剣の刃で首を小突き、それからすぐに剣の柄で心臓を叩く。
(……人間を最も効率的に殺そうとした場合、最終的には首と心臓の二択に迫る。敵が自分たちを殺そうとしており、なおかつそれを手早く行うつもりならば、その二点を死守するように戦えばいい)
(………………あー、てことはその二点以外は捨てる思いで戦えってこと?)
(……そうだ、その二ヶ所だけは失わないように気を付ければ、あとは問題ない。ここには尾羽優と古賀蒼野がいるのだ、道理にかなっているだろう?)
(アンタ無茶苦茶言うわね)
強制的に繋がれた念話でされたゼオスの説明を聞き、優が呆れ、康太が深い息を吐きながら水属性の回復術技を自身にかけていると、レオン・マクドウェルが前に出る。
「二手に分かれるぞ!」
康太が叫び、四人同時に殺されないよう、蒼野と康太、優とゼオスに分かれ左右逆の方角へと跳躍。
するとレオン・マクドウェルは一切迷う事なく優とゼオスの二人へと迫って行く。
「そこ!」
「残念ながら、それじゃあ俺は捉えられないよお嬢さん」
炎の剣を手にした状態で迫る目前の脅威に対し、水属性粒子を圧縮したウォーターカッターで足止めすることを狙うが容易く躱され、水の壁を作り行く手を遮ろうとするが、まるでそんなものはなかったとばかりに肉体が貫通し通り抜ける。
「さっきから綺麗に通り抜けられるんだけど、レオン・マクドウェルって透過系の能力でも持ってんの? アンタと蒼野は大分詳しく知ってるみたいだけど、そこんところは知ってんの?」
「…………推測の域を出ないが、目星はつく。恐らく……」
優の疑問の答えを口にするその瞬間、レオン・マクドウェルの姿が消失。
それに気がつくと同時にゼオスと優はその場に止まり、ゼオスが黒い渦を二人の胸元に作成。
同時に意識の大半を首元に集中させ、
「痛ったぁ!」
目で追いきれない首への一撃を、優は紙一重のタイミングで防ぎきった。
「緩急?」
「ああ、それがマクドウェルさんの速さの正体だ」
そうしてゼオスと優が必死の抵抗を見せている中、離れた位置で援護の隙を伺う蒼野が、隣にいる康太に先程反応できない程の早さで首を斬られた理由を説明する。
「人の目はどれだけ速いものを相手にしても、目で追える限りはある程度見続ければ慣れて対応ができるらしいんだが、慣れたところで全く違う速さで迫られると、感覚が狂ってうまく目で追えなくなるらしい」
「その習性を応用してるってことか?」
「ああ。マクドウェルさんの取材が取り上げられてる雑誌を見たことがあるんだが、普段はトップスピードの二十パーセント程度の速度で抑えて、勝負を決めに行く瞬間だけ百パーセントの速度で動いてるらしくて、その速度の差で翻弄してるらしいぞ」
その結果急な速度の上昇に目が追い付かず、ほんの一瞬前にあった残像だけを脳が認識し、すり抜けるかのような錯覚が起こるのだと、蒼野は説明する。
「つまりそれまで慣れてたタイミングをずらして、目の錯覚を起こしてるわけか」
「通り抜ける原理はな。ただ、それ以外にも色々な技巧を凝らしてるはずだ。なんせ、ゲゼルさんを抜けば世界一の大剣豪とまで言われる人で、技巧に関して言えばあらゆる戦士の中でも飛びぬけてる神域の人だ。それだけを気にすればいいって相手じゃない」
「頭が痛い話だ。なんでそんな化け物と正面切って戦わなけりゃならないんだクソ」
蒼野の話を聞き、頭を掻き毟りながら悪態を吐く康太。
それでも抵抗しなければ命がない事を理解している彼は、触れた瞬間に爆発する爆破弾を使うために炎属性と闇属性の粒子を銃弾に込め引き金を引くが、優とゼオスの二人を追っているレオン・マクドウェルは、一度目を向けたかと思えば触れるのを諦め容易に躱した。
あれだけの動作で銃弾の種類がわかるのか!
目にした光景に言葉を失う康太。
「それはそうと、気になったことがあるんだ。戦線を離脱して少しの間だけキャラバンに戻ってもいいか?」
そんな中、何かに閃いた様子でそう口にする蒼野だが、そんな彼に対し康太は苦い表情を浮かべる。
「おいお前この状況でいきなり何を……」
「あの人に致命傷を与えることは容易じゃない。だけどそれができるかもしれない一手を思い浮かべたんだ」
「…………」
この状況で頭数が減るのは愚策でしかない、そう理解している康太が早口になり苛立ちを伝えるが、それでも引くことのない目をした義兄弟を見て口を閉じる。
「………………一分だ、それ以上は時間を稼げないぞ」
「ありがとう!」
蒼野が戦線から離脱しキャラバンへ向け走っていく。その様子を見送り、氷属性粒子を込めた銃弾をレオン・マクドウェルとそれに対抗する二人の周辺に撃ち続ける。
「なるほど、俺の機動力を削ぐか」
銃弾が当たった場所を中心に、半径二メートル程度の範囲の地面が凍り、縦横無尽に動いていたレオン・マクドウェルが足を止める。
「……紫炎装填……洛陽!」
その一瞬を逃さずゼオスが漆黒の剣に超高密度に圧縮された炎を纏い振り下ろすと、紫紺の炎はレオン・マクドウェルの周辺一帯の地面に広がって行った。
「これは……情報にあった周囲を凍らせる属性混濁の炎か!」
制限されていた足場が元の状態に戻ると考えていたレオン・マクドウェルであるが、紫紺の炎が密集している場所が凍りついていく様子を前にして、自らの失策を自覚。
「……再装填!」
そうしてできた僅かな光明を前に、ゼオスは全てを注ぎこむ。
「轟獄焔・斬覇」
刀身に込められた量は先程とは比較にならぬほど大量の炎属性粒子。
「……煉獄に飲まれろ!」
それは数秒と押さえつけられない程の圧倒的な量なのだが、それが溢れるよりも早く、ゼオスは持ちうる限り最大の一撃の名を唱え、右から左へと大きく振り抜く。
「う、お!?」
ゼオス渾身の一撃は、その余波だけで周囲の木々を焼き、離れた位置にいる康太にまで熱気の余波が到達。
振り返ってそれを見た蒼野は、かつて自身の命を脅かした技を前に寒気を感じた。
「…………化け物め」
それだけの一撃を放ったにも関わらず、当のレオン・マクドウェルはといえば傷一つ負う事なく、これまでと変わらぬ様子でその場に立っていた。
「力のあるいい一撃だ。だが、相手が悪い」
「……貴様の得意属性は炎と風、防御には最も向いていないに属性だ。それで攻撃特化の炎属性を防ぐだと。どんな手品だ」
「俺は鋼属性も使いこなしてるぞ。それと、炎を受けきれた理由は単純な炎耐性の問題だ」
そう口にするレオン・マクドウェルを見れば、先程までと比べ髪色が変化している。
太陽の光を連想させる橙色の髪の毛、その約八割が紅蓮の炎を思わせる真っ赤な色に変化し、残りの二割りが淡い桃色に変化している。
「粒子の量が量を超える事で起きる髪色の変化。しかも二属性なんて……」
「理解が早くて助かるよ。これ以上の抵抗は無駄だと思うんだが、まだ足掻くか?」
属性粒子を大量に使う場合、その属性に応じた髪色に変化する。
これは属性粒子の大量使用が体にも変調を与えた事の証左であり、これができる者は属性粒子の使い手の中でも高ランクの者であるという事の証である。
また、一般と比べ桁外れに大量の属性粒子を体内で生成している者も同じような変調が髪色に現れる事が多々あり、ヒュンレイ・ノースパスなどはこの例に当てはまる。
「聞くまでもない、無駄な問いかけね。自分の命を容易く放り捨てるほど、アタシ達は馬鹿じゃないわ」
「そうか……心が強いな」
目の前にいる存在にはどのような手を使おうと敵う事はない、それをその場にいる全員が理解している。
だが誰一人として諦めずに武器を構える姿に賞賛の念を送るレオン・マクドウェルであるが、
「古賀蒼野がいない、か」
ただ一人その場にいない少年に気が付き目を細める。
その時抱いたのは仲間を見捨てた事から来る失望の念ではない。
むしろこれまでで最も警戒心を強くして周囲を見渡す。
送られてきたデータにある限り、古賀蒼野という人間が仲間を見捨てて逃走するという事はありえない。
一踏みの湖があるウークでの戦いが、十怪パペットマスターとの戦いが、その事実を鮮明に示している。
「勝負どころがあるとすれば、それは次に姿を現した瞬間、か」
彼らが賭けている一世一代の大勝負の瞬間を理解するレオン・マクドウェルだが、彼がそれに合わせる義理はない。
戦いが始まり、既に二分が経過した。
善の事をよく調べ上げていたイレイザーならばもうしばらくは足掻くがそれでも五分が限界であろう。
ならば、悠長にしている暇はない。
「そろそろ、終わらせてもらおう」
そう考えた彼はここまで戦ってきた彼らに対し賞賛の念を抱き言葉を送ると、その柔らかな声色に三人が硬直。
続いてレオン・マクドウェルが炎と鉄を混ぜた剣を手放すと、腰に携えていた剣の鞘に手を掛け、それを引き抜く。
「……あれがレオン・マクドウェルが持つ対の神器『聖剣アスタリオン』か」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
というわけで本日二話目です。
引き続き圧倒的な力で蹂躙するレオン・マクドウェルのターンです。
そして序章部分以降久々に敵として出てくる神器の存在。
次回も楽しみにしていただければ幸いです。
それはそれとして、このレオン・マクドウェル、存在自体は以前から醸し出していたんですよね。
先日の雪まつりの話なんかもそうですが、遡ればちょっとぼやかしていますが、
ロッセニムでの話でも話題には出て来ています。
それではまた明日、よろしくお願いします




