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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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堕ちたる英雄の来襲 


「よし、行くぞ」


 時は善が他の面々とはぐれた瞬間まで遡る。

 善と別れた蒼野達が昆虫の形を模した衝撃波の追撃から解放されたのを確認し、分身体の善を先頭にキャラバンへと向け走りだす。


「ヒュンレイさん、揺れとかは大丈夫ですか?」

「ええ、ご心配なく。快適ですよ」

「ですけど、本当にゼオスと積を包囲してるハエは消えてるんですか? 人質の重要性を考えると、それだけはしないと思うんですけど」

「相手は善です。別のところに意識を向けたまま戦える程余裕はないはずです。そもそもその余裕を作るために隠れていたのでしょうしね」


 森にある木々を掻きわけ、全速力で帰るべきギルドへと向け走る一行。

 その間彼らの元にしつこく迫ってきていた衝撃波の群れは現れず、それが原口善の辿り着いた答えが間違っていなかったことを証明。

 一分も経たぬうちに彼らが辿り着いたキャラバンの中には、項垂れたままピクリとも動かない積とゼオスの姿があった。


「積! ゼオス! 待ってろ、すぐに優に回復をしてもらって!」

「落ち着きなさい蒼野。あいつらの様子をちゃんと見なさい」

「え?」


 切羽詰まった声で近づき二人の肩を揺する蒼野。

 叫び声を上げながら優に頼ろうと振り返ると、その優が待ったをかけて積を見る。


「遊んでんなっての!」

「いたい!」


 苛立った様子で積の頭を叩く優。

 すると間の抜けた声が蒼野の耳にも聞こえ、叩かれた本人はと言えば自身の頭を撫で始めている。

 それに合わせてゼオスも顔を上げ、ため息をつきながら立ち上がると、その様子を見た蒼野が積を億劫そうな目で睨む。


「場を和ますちょっとしたジョークだって。許してくれよ!」

「やっていいことと悪いことがあるだろ。その中でもそれは悪いことだ、心臓が止まるかと思ったぞ」


 不満げに蒼野がそう口にすると、積が引き気味で笑い何とかごまかそうと努力。


「ふむ、周囲が破壊された形跡はないですね。となると気になるのは操縦室の損傷具合ですが、上の方の様子を見てくるので、みなさんは周囲の警戒をしておいてください」


 子供たちがそのような事をやっている間にヒュンレイは周囲の壁などを確認し、何も破壊されていない事を確認すると廊下の奥へと向かって歩き出し、そう指示を出す。

 がしかし少し歩いたところで足を止めると、振り返り積を呼ぶ。


「ん、どしたんですか?」

「よくよく考えれば善が敵の本体を仕留めたとしても、設置型がなくなるわけではないでしょうから、処理を頼みたいと思いまして。多少操縦室が壊れて他としても、君なら直せるでしょう。いいですか?」

「俺探知は得意じゃないですよ?」

「ギルド内の探知程度ならば私でも充分にできるので、君には衝撃波の処理を行ってほしいんです。それなら君でも充分できるでしょう」

「まあ、それくらいなら大丈夫ですけど」

「あ、じゃあアンタの足を速攻で治すわ。来て」

「ほいほい」


 呼ばれた積が優に数秒で足をつなげてもらいヒュンレイに着いていく。


「お、動きだした」

「思ったほど操縦席は破壊されてなかったみたいだな」


 のんびりとそう言いながらその場に残った蒼野と康太が周囲を観察している間に、優がゼオスの足を繋ぎ、神経が通った事を確認。


「優、そっちには誰かいるか?」

「いないわね」

「ゼオス、空は?」

「…………障害物の類はない。このまま飛翔することは可能だ」

「なるほど。じゃあヒュンレイさんに伝えるよ」


 足を完治させ別の方向を探っている優と、空に障害物の類がないかを確認しているゼオスに蒼野が成果を尋ね、その返事を聞き電話をかける。


「ヒュンレイさん、周囲は安全です」

『了解しました。では、この山から抜けましょう。ゼオス君の能力でもいいですが、転送先が無人化わからない以上キャラバンごとの移動は危険です。少々揺れますが空を飛ぶので、どこかに捕まっててください』

「わかりました。おーい、今から飛ぶってさ!」

「ならどっかに捕まらねぇとあぶねぇな」


 それだけ話を聞くと、蒼野は電話を切り他の三人にこれから起こる事を告げ、全員が近くの掴める物をしっかり握る。


 その数秒後、小枝や砂を吹き飛ばし、木々を傾けるほどの勢いの風が吹き、キャラバンが空に浮く。


「さて、まずは麓の町の駐車場を目指しましょうか」


 操縦席に座るヒュンレイが、分かれる前に善と話しあった目的地を入力。

 キャラバンはさらに上昇しゆっくりと動き始め、


「お、おお?」


 周囲の木々よりもわずかに高い位置まで昇ったところで、キャラバン全体が揺れ……落下していく。


「なんだ! 機械の不調か!?」

「いや違う! 康太、あれ!」

「あ?」


 突如起きた現象に困惑する康太。

 一早く下部から昇ってくる煙を確認した蒼野が下を見ると、キャラバンについていた噴射口が大地に横たわっているのを確認。


「蒼野、時間を戻して!」

「時間回帰の残弾はすくないんだ。出来れば使いたくない!」

「今そんな事言ってる場合じゃ!」

「だから! こうする!」


 蒼野が手すりから手を離し、近くにある窓を開け空を飛ぶ。

 そのまま落下していくキャラバンの後ろに張り付くと風属性粒子を放出し、台風の如き勢いの風で落下の速度を落とし、大した被害を出すことなく着地することに成功。


「な、何とか能力を使わずに済んだ」


 額に張りついた汗を拭い、大きく息を吐く蒼野。そんな様子の彼に激励の言葉をかけようと康太と優がキャラバンから飛び降りて近づいていき、


「っ誰だ!」

「ちょ、耳元で叫ばないでよクソ猿!」


 その過程で、康太がこのアクシデントを起こした犯人に気がつき銃を向ける。


「不意の一撃は控えさせてもらった」


 そんな康太の様子など一切気にしない様子で、深緑のモッズコートを着こみ頭部をすっぽりと覆うフードを被った男が、濃霧を掻き分け、音もなく三人の前に現れた。


「あまりに見事な風の操作だったのでね。若くしてそれほどの腕を持つ君に対する俺からの敬意だと思ってくれ」

「舐めやがって。オレ達なんぞいつでも殺せるとでも言いたげな口ぶりだなオイ」


 心中に溜まった苛立ちを吐き捨てるような口調で対峙する人物に挑発する康太だが、内心は穏やかではない。


 直感に優れている康太だけではない。

 蒼野に優、そして少し遅れてやって来たゼオスも、半ば無意識に目の前の存在に意識を集中させていた。


「…………康太、こいつ」

「ああ、理由は説明できねぇが直感でわかる。あいつはとびっきりの厄ネタだ」


 ゆったりとした動作で近づいて来る姿からか、それとも持っている炎を固めた剣からか。

 はたまた、纏う空気自体が蒼野達とは違うのか、その存在がいるだけでその場の空気が物理的な重さを発し、対峙する蒼野達の全身が緊張から強張る。


「……何者だ貴様」

「何者か、か」


 鋭い殺気を込めたゼオスの言葉を受けた男が、自らのパーカーに手をかけ――――外す。


「顔を見れば、理解してもらえるか?」

「……………うそだろ」


 その顔を見て、蒼野の口から言葉が漏れる。

 持っていた剣を落とし、呆然とした様子でそう呟き、顕わになった顔をじっと見つめる。


 太陽の光を思わせるセミロングの橙色の髪の毛に、空に向かって伸びるアホ毛。

 声からして男なのは確実なのだが、女性を思わせる美しい風貌の素顔に、寝不足が原因で作られたであろう深いクマ。


 持っている獲物は違う、しかしその姿を見れば浮かぶ名前は一つしかない。


「…………レオン・マクドウェル」


 その姿を見た瞬間、普段はしごく冷静なゼオスがこの上なく動揺しながらその者の名を口にした。




 彼を一言で表すとするならば『英雄』という言葉が最もふさわしい。

 強者達が日々腕を競い合う闘技場が存在する土地『ロッセニム』で生まれた彼は、ロッセニムが四大勢力のどれにも属していないこともあり面倒なしがらみに縛られることなく成長。

 日々強くなるために研鑽を積み、齢十四歳で闘技場に初出場すると他を寄せ付けない実力で優勝し、その後闘技場をまとめる闘技王に勝利。新たな闘技王となった。

 それから数年後、闘技王の座を守りながらも研鑽を続けていた彼は四大勢力ひしめく外の世界に飛びだした。



――――平和な世界を作るために少しでも助力ができれば、闘技場という狭い世界から飛び出た理由は、そんな青臭い少年の理想であった。


 その後他を寄せ付けぬ実力を持つ彼は、様々な紛争地帯に現れては最小限の被害で解決。

 確かな腕に人を引きつける美貌。そして他者を慈しむような心から、世界中の人々が心を奪われ、その功績と信頼から英雄や勇者と呼ばれる存在になった。



 そんな彼ではあったが、八年前のとある事件の後からその姿をくらませる。



 そんな男が、今彼らの目の前におり、殺意を向けてくる。


 その事実に意識が乱れ、全身が震える。


 勝てるはずがない、首を差し出せと、体が精神に命令を下す。


「おい、この状況で気絶するなよ?」

「あ、ああ」


 普段の緊張からではない、重度のプレッシャーから意識を手放しかけていた蒼野が、康太に肩を叩かれ意識を現世に戻してくる。


 そうだ、圧倒的な戦力を前に絶望したとして、それで事態が好転することなどありえない。


「マクドウェルさん、あなたは俺の憧れだ」

「…………」


 今しなければならないのは、生きるために足掻くこと。


 そう考えた蒼野が発した言葉を聞き、レオン・マクドウェルは前へ出そうとしていた足を止める。


「世界中で人を救うために動き続けてたあなたは、こんなところで俺達に殺意を向ける人物じゃないはずだ! なぜ…………こんなところに…………」


 誰が見てもわかる、時間稼ぎの問い。


 レオン・マクドウェルからすれば答える必要のない問いかけ。


「………………君の言う俺の理想を砕く出来事があった、それだけだよ」


 彼自身それをわかっているのだが、それでも蒼野の問いに込められた縋りつくような思いが、ただの時間稼ぎ以上の意味が含まれている事を理解し答えを返す。


「それは八年前のあの事件がきっかけなんですか?」

「………………そうだ。あの日あの場所で、俺は全てを失った。今ここにいるのは、君の知るレオン・マクドウェルの抜け殻のようなものだ」


 自虐の感情が込められたその言葉を聞き蒼野の背筋が凍る。

 テレビや雑誌、パソコンや携帯では決して見せなかった、失意や絶望という感情を乗せた笑みを見て、命を守ろうと本能が危険信号を発する。


「違う……違います。今俺の問いに答えてくれてるあなたは!」

「悪いが時間切れだ。俺の同僚が戦いを挑んでいるが、相手が善ならばそう時間を稼げない可能性が高い。あいつが帰ってくる前に、君たちには死んでもらう」


 縋るような声で語りかける蒼野を振り払い、レオン・マクドウェルが剣を構える。

 それを見た蒼野とゼオスが勢いよく剣を掲げ、一歩遅れて康太と優が武器を取りだす。


「ところで、俺は名前と顔、後は闘技王ってこと程度しか知らないんだが、お前とゼオスはある程度詳しそうだったな。強いってのはわかるんだが、知ってる限りの情報を教えてくれ。対策を立てる」


 命を賭けた戦いのゴングが鳴り響く前のほんの僅かな猶予。

 その僅かな時間を活かし、康太は前で構える蒼野に語りかけ、


「タイプとしては技巧派。もちろん身体能力もすごい。分かってるとは思うけど、勝とうと思っちゃダメな実力差だ。時間を稼いで善さんを待つことに専念だ。なんせ」

「なんせ?」

「目の前の人は善さんと何度も戦い勝ち越してる、正真正銘の超人だ」


 返ってきた蒼野の言葉を聞き、息を呑んだ。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。


さて、先日の話でイレイザーを撃破したわけですが、同時に今回の話の肝、一章のラスボス、レオン・マクドウェルの登場です!


彼については色々と語りたいところですが今は離せないことが多いです。

ただ明確に言えることは、蒼野が言った通り彼は善と何度も戦い勝ち越してる存在という事です。


ゲゼル・グレアにアイビス・フォーカスと、これまで善以上に強いと言われているキャラクターは二人出ましたが、実際の戦闘は今回が初です。


楽しんでいただけるよう頑張りますので、最後までお付き合いいただければ幸いです


それではまた明日、よろしくお願いします

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