姿なき刺客 二頁目
「……ずいぶん手こずっているようだな」
ゼオスと積が捕虜の身になり、十五分が経過した。
吹き飛んだ足の傷口だけは止血することだけは邪魔されなかった二人は壁に背を預けたままじっとしており、震え続ける積とは対照的に退屈げな表情を見せるゼオスが、彼らを囲っている無数のハエに対し話しかけてみた。
「…………大方原口善を倒すのに手こずっているのだろうが、俺の言葉が聞こえているのならばさっさと撤退することを推奨する。あの男は紛れもない超人だ。貴様らがどれだけの策を練ろうが、コソコソ戦う事しか脳がないものでは勝てん」
普段と比べ滑舌なのは、そうするしか手段がない、追い詰められている証拠だ。
しかしそれでも話している内容に嘘偽りなどはなく、彼は確信を持ってそう言いきるのだが、目の前で飛び続けるハエに動揺した様子はなく、ただじっとこの状態を保持し続けている。
「…………」
敵がこちらの動きや声を知ることができないための反応かと考えたが、それはすぐに否定した。
最初の奇襲はこちらの動向が手に取るようにわかっていたためのとしか考えられなかったからだ。
となれば相手は自身の発言をしっかり聞いており、それでもなお一切変わらぬ様子を見せるという事は、敵は超人の領域に到達している原口善を相手にしても勝てる自信がある存在という事になる。
厳しい戦いになるな
背後で傷口を痛そうに抱える積を眺めながらゼオスはそう考えたのだが、それ以上何かすることができるわけでもなかったため、最低限周囲に意識を配るだけの余裕を残し、全身から力を抜いた。
「だめだ、一向に捕捉できない!」
ゼオスが挑発を行い敵方の情報を取得する中、逃亡を続けていた面々は敵本隊の居場所の捜索を行っていたのだが、本体に辿り着けずにいた蒼野が悔しそうにしながら結論を口にする。
この十五分で彼らは山を一周し、迫って来る脅威を善を中心として退けていた。
同時に蒼野が風属性粒子を撒き散らし敵の居場所を探索していたのだが、敵影はおろか他の人影すら捉える事はできず、時間だけが確実に過ぎていっていた。
「本当に敵の本体は山の中にいるんですか善さん。どこを探しても人っ子一人見当たりませんよ?」
「必ずいる。俺達を常に覆うだけの数を出して、なおかつ一体一体の攻撃の威力も中々だ。
これほどの事をしでかしているだけでもかなりの粒子の消費量だ。これに加えて超遠距離の監視までするとなると頭がおかしな話になる」
「数人がかりでやってるって可能性はないんですか?」
「その可能性は俺も考えたが、それでも敵は近くにいる事には変わりねぇ。パペットマスターみたいに遠距離から糸を使って操るなら話は別だが、遠隔操作は離れりゃ離れるだけ掛かる粒子の量も増える。これだけの数を飛ばしてんだ。そう離れた位置にはいねぇよ」
「なるほど」
優に対し懇切丁寧に説明している善が、自身の隣にいる蒼野に疲労の色が浮き出ているのを確認。
「アル・スペンディオからの差し入れだ。飲め」
その原因が風属性粒子を大量に使った事であると感じた彼は、ポケットから小さな小瓶を取りだすとそれを蒼野に投げつけ、キャッチした蒼野がそれを口にすると、全身にみるみるうちに力が宿ってきた。
「ぜ、善さん。これって!」
「あいつが発明した、風属性粒子の燃料剤だ。飲めばかなりの量が回復できるらしいぞ」
「すごいですよこれ。俺は風属性粒子の量には結構自信があったんですけど、半分以上一気に回復できました! これならどんだけでも動ける!」
「そこまで動く必要もねぇよ。問題は敵本体の居場所だけなんだ。優の奴は回復にとっておきてぇから、お前の探知能力任せになっちまうが、気張りすぎる必要もねぇ」
跳ねるような声で感想を言う蒼野に対し善が告げると蒼野は頷き、再び自らの風属性粒子を周囲にまき散らし探索。
「あ、また近づいて来てます!」
「うし、なら移動だな。康太、直感で危険な方角はわかるか?」
「ある程度なら。ただ、あんま信用しすぎないでほしいッス」
「わかってるよ」
この十五分間、結果として敵の本体を見つけることはできなかった善達であったが、敵の攻撃手段である爆弾のように広がる衝撃波の性能については完全に理解することができた。
第一に、この能力は敵が衝撃波を動物の形にして操っているという事。
ハエや蝶以外にもアリやバッタ、クモの姿でも襲い掛かってくるため、濃霧に交じられるとかなり厄介である。
第二に、自動的にこの能力は相手を追尾するわけではなく、本体が指示を出しそれに従い動いているという事。
そのためこちらが大きく動けば相手の裏を掻くことも可能である。
そして第三に、この能力には二種類存在するという事だ。
同じ形を取り同じ動きで飛んでくる攻撃だが、衝撃波には接触した瞬間爆発するものと、本体が指示を出すと爆発するものがあり、前者は広範囲に広がることが特徴で、後者は範囲は狭いが威力が高いことが特徴だ。
「キリがねぇな!」
振り払いきれずに迫る昆虫の蚊達をした衝撃波を、善がヒュンレイを背負っていない片腕で全て叩き落とそうと躍起になり、そこから逃げ延びたものを康太が撃ち落とそうと引き金を引く。
しかし二人の必死の抵抗でも捉えきれずに逃げ延びた昆虫が蒼野や優に接近し、ダメージを与えていくと、蒼野が傷を治そうと能力を使う。
「まずい善さん、俺の特殊粒子がそこを尽きる!」
「っち、奴さんはそこまで計算してやがったか」
その最中の事であった。能力を使いほんの短い時間を戻そうとした蒼野の体に、普段では感じないほどの疲労感が襲い掛かる。
その理由を瞬時に理解した蒼野が報告を行うと、その言葉を聞き善は舌打ちをした。
「残弾はどのくらいだ!」
「恐らく短めの奴が十発くらいだと。長い時間を戻そうとしたらその半分以下になると思います」
「そりゃまずいな!」
傷の重さや量に関わらず瞬時に回復させられる時間回帰は、五分以内ならば最高の回復能力だ。
それをここで使いきってしまうのは避けたいのだが、かといって優の回復に頼るべきかと考えれば、蒼野の能力程早くは傷を治せないため、今の現状にはふさわしくない。
「…………時間がないな」
目の前に迫る厳しい現実を前に焦りが口から漏れて出るがが、その時彼の背後から軽快な電子音が聞こえてくる。
「アルからです」
その通信先の相手が誰かを口にしながらヒュンレイが通信を繋ぎ、全員に聞こえるようにスピーカーをオンにする。
「もしもし、私ですが。何か進展はありましたか?」
『ああ、あったぞ。ま、悪い知らせだがな』
「……というと」
アルの発言に対し、曇った声を上げるヒュンレイ。
『うむ、残念な解答になってしまうのだが、こちらで確認したかぎりその周囲に人の反応はない。送られてきた座標に衛星カメラを送って、能力者も見逃さぬよう様々な観点から人間の反応があるかを計測したのだがそれらしき影は一切なかった』
「そう、ですか」
アル・スペンディオの答えを聞きヒュンレイが肩を落とす。
「本当にねぇんっスか。正直俺も超遠距離から俺達の動きをここまでしっかりとらえられる手段があるとは思えねぇんっスけど」
『時間をノーリスクで戻せる能力者を義兄弟に持っていてなお常識を語るか。残念だが上空から山一帯を観察したんだ。少なくとも地上に怪しい人影はない!』
解答を聞いた康太が疑わしい様子で電話の向こう側の男に尋ねるのだが、帰って来た返事は無駄に刺々しく無情である。
「地上……空から…………確認できない範囲」
が、届けられた結論に対し多くの者が意気消沈とする中、善が引っかかりを覚えブツブツと呟き、しばらく逃げ続けたところで彼はある可能性を閃いた。
「報告感謝する。少し光明が見えてきたかもしれねぇ」
それは天啓とも言えるものであった。
気が付けば当たり前の、しかし気が付かなければ中々辿りつけない答え。
「このままジリ貧になるくらいならリスクを承知でキャラバンに戻る。だがその前に俺の考えを試させてもらうぞ」
無論それが正しい答えという証拠はない。
しかしこのまま逃げ続けこれまで通りの探索を行おうと結果は出ない事を悟り、善は賭けに出る事を決意した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
戦闘二話目、敵の能力の詳細説明です。
ふと気になったのですが今回の敵がどこに居るかはみなさんはもうわかったのでしょうか?
能力やらは使わず話を読み返せば分かるような場所だと思うので、一度考えてみると面白いかなと、
思ったりしました。
それではまた明日、よろしくお願いします




