姿なき刺客 一頁目
「無事命中…………と言いたいところだがダメですね。古賀蒼野の方は古賀康太が弾いて致命傷には至らず、尾羽優に関しちゃクリーンヒットしたにも関わらず無傷だ」
「ヘイ兄ちゃん! 自信持ってたわりにはうまくいってねぇじゃねぇか!」
ギルド『ウォーグレン』のキャラバンから離れた四方を囲まれた場所で、二人の男が会話をする。
狭く息苦しいその場所にいる二人は仲の良いコンビという様子ではなく、四十代くらいの紳士服を着た男性が顔半分を左手で覆いながらため息を吐く。
「いやいや、前もって情報を貰ってはいましたけど、古賀康太の『直感』の異能は反則クラスですね。完全に不意を突いたはずなのに対応しやがったよ。加えて尾羽優だ。あれを受けて無傷とは…………ああ、資料にあった古賀蒼野の能力による守りか」
「言いわけはどうでもいいんだよ! 問題は奴らを始末できるかどうかだ!」
観察を続けながらブツブツと独り言をつぶやく紳士服を着た男性に対し、もう一人の荒っぽい風貌をした男が声を荒げる。
「あ、それについては大丈夫。仕込みは済ませたからな」
それに対し返ってくるのは人を殺そうとしているのにもかかわらず、それが罪であるともさして考えていない男ののんびりとした声だ。
「……そりゃ心強い。頼んだぜイレイザー」
それを聞くと荒い声を発していた男はほんの数秒前まで見せていた不安をかき消し、事務的に相手を殺しきれると言いきるその男『イレイザー』に対し背筋を凍らせる。
人を人と思わない、汚れ仕事を淡々とこなす人でなしどもめ
自分で雇っておきながらも理不尽な感想を胸中で吐くと、僅かに怯んだ様子の男を見てイレイザーと呼ばれた男がニンマリと笑う。
「ま、ここまでお膳立てしてもらったんだ。仕事はきっちりやるから、安心しなオリバーの旦那」
目の前の人でなしから告げられる内容が他愛もない事である事に安堵するアロハシャツにサングラスをかけたこの戦いの依頼人。
「そうかい。半額とはいえ高い金払ったんだ。しっかり働けよ」
六大貴族の一角オリバー・E・エトレアは、自身が人でなしと吐き捨てる存在と同じかそれ以上に醜悪な笑みを浮かべながら悪意を吐いた。
「は?」
左手の肉が抉れ、血潮が飛び散り顔に付着する。
危険を察知した結果とはいえ思ってもいなかった結果を前に、康太だけでなくそれを見ていた蒼野と積まで唖然となり、思考停止により動きが止まる。
「え、ちょ?」
その一方で自分の体が青白い光に包まれたことに驚いた優であったが、蒼野が能力で自分を守っていなければ命の危機が迫っていたことに気が付くとみるみるうちの顔を青く変色させた。
「優、康太!」
「……さっさと時間を戻せ、古賀蒼野!」
明らかな異変により全員の時が止まった中、復帰したのが早かったのは、善とゼオスの二人だ。
既に得物を構えていたゼオスはすぐさま立ち上がり攻撃の正体を見切ろうと目を細め、拳を構えた善が優と康太を庇うように前に出る。
「おいお前ら、何があった?」
「あ、いや……えーと…………」
「善さん、ゼオス! たぶん攻撃の正体はハエだ! 爆発する寸前に二人の体には不自然な止まり方をするハエがいた! すぐに通気口や扉を閉めて奴らが入ってこないように対策を!」
「ヒュンレイ!」
「ええ!」
困惑する蒼野を尻目に状況を正しく認識した康太の発言を聞き、善がヒュンレイに指示を出し外に繋がる全ての場所を閉めキャラバンを要塞化。
「この羽音は!」
させるのだが、それでも事態が収束することはない。
「来るぞ、一匹も残さずに消し去るぞ!」
一ヶ所に固まり敵対する存在に対し警戒を顕わにする一行の耳に、胸をかき乱すような羽音が入ってくる。
それから程なくして廊下から現れたのは数十匹の白色のハエで、不規則な動きをしながら彼らへと迫り、それら全てを善とゼオスの二人が撃ち落とそうと前に出る。
「おらぁ!」
「っ!」
瞬く間に処理していく両者であるのだが、撃ち落とすたびに放たれる衝撃波にゼオスが顔をしかめ、腕が吹き飛ぶのではないかという感覚に襲われるが、それから程なくして食堂に平穏な時が戻ってくる。
「これは一体……」
食器や家財が崩れ落ちたリビングで、通りすぎた嵐を前に息を呑む康太。
蒼野や積にしても同じ感想を抱いているようで、無言で善を見つめ彼が事態を動かすのをじっと待つ。
「今の時点じゃ断定できねぇ。それよりヒュンレイ、さっき言ってた大変なことってのは一体なんだ?」
「ええ、アル・スペンディオにこの辺りの住所録を調べてもらったのですが、目的地にあるログハウスは夏季限定の宿泊施設らしく、今は誰もいないとの事です。
そしてオーエン氏という方についても調べてもらったのですが、そのような名の者はいても、私があった容姿の人物はいないらしいです」
「つまりこれは完全に俺達を狙った犯行ってことか。操縦室に移動するぞ。すぐにこの地帯から脱出する」
ヒュンレイの話を聞いた善が苦々しい表情を見せながら蒼野達全員に対し指示を飛ばすのだが、ほぼ同時に上階から爆発音が発せられ、彼らの乗っているキャラバンが揺れる。
操縦室を潰されたか!
すぐに状況を察知した善が再び口を開こうとするが、
「兄貴、この音!」
「まだいやがったか!」
再び聞こえてきた羽音を前に、康太やゼオスが再度臨戦態勢を取り迎撃の構えを見せ、それに続いて今度はゼオスだけでなく蒼野や優も前に出た。
「待って善さん。この数って!」
「…………引くぞ。まずは体勢を立て直す。積、お前は入口を鉄の壁で塞げ」
「お、おう!」
とはいえ徹底抗戦の意思は長くは続かない。
なぜなら廊下の奥から聞こえてきた羽音の数は十や二十程度のものではなく、百や千にも迫るものだとすぐに気が付き、善はこの場で戦う事は危険であると判断し、食堂を放棄することを選択。
廊下に出て、積に鉄の壁で道を塞ぐよう指示を出す。
「俺がいる間にこんな面倒な事が起こるとは、運わりぃな畜生……!」
積がそうぼやきながら鉄の壁を作成し道を防ぐと、それを見届けた彼らは入口付近にある受付に向けて走走りだす。
「へ?」
「…………っ!?」
のだが、走りだした所で、積とゼオスの足元で風船が割れるような音が生じ、両者の片足が吹き飛んだ。
「積! ゼオス!」
「ハエはいなかったはずよ!」
「全員空を飛べ!」
蒼野と優が動揺から声を荒げる中、康太が自らの直感に従い声を荒げ、それに従い怪我を負っていない優に蒼野、ヒュンレイに善が地面から足を話し虚空を駆ける。
「ゼオス!」
「積!」
それから間を置かず蒼野と優が同じように手を伸ばし、地面に崩れ落ちる二人を掴もうとするが、積の作った鉄の壁が砕かれ、無数のハエが彼らに迫ってきた。
「掴まれ!」
それでもなお手を伸ばそうとする蒼野であったが、ハエが両者の間に割り込みこれまでと比べ一際大きな音を立て破裂すると、ゼオスと積を残して他の面々はギルドの受付の方角へと吹き飛ばされる。
「一度出るぞ!」
ヒュンレイを肩に背負い、体勢を崩した蒼野と優を両脇に抱えながら、ギルドから濃霧漂う森へと飛び出る善。
「あれは……」
その間際に背負られた状態でヒュンレイが見たもの、それはゼオスと積の二人を逃がすまいと囲いこむ、無数のハエの姿であった。
「完璧に仕組まれてた動きだったな」
キャラバンを出て森の中へと飛びこむ中、心底悔しそうな声でそう呟く善。
「仕込まれてたっていうのは…………どこからですかね?」
「わかりません。少なくともこの場所への誘導と依頼主については完全にクロでしょう。しかしどこからとなると何とも言いにくい」
脇に抱えられたままの蒼野の問いに対し同じく善に背負われたヒュンレイが答えを返す中、五人の少年少女の中では唯一無傷の康太が周囲を警戒しながら善に続く。
「そう言えばアンタがいきなり空を飛ぶように言ったからそうしたんだけど、何かわかったの? それともいつもの直感?」
「きっかけは直感だが、それから少ししてあの場で何が危険かはわかった。積とゼオスは足を吹き飛ばされたわけだが、その原因は恐らく地面にいたアリだ」
「アリ?」
康太の発言を聞き、ヒュンレイを背負い蒼野と優を抱えた善が熟考。
「敵の能力は爆弾……いや火薬のにおいはなかった事とあのはじけるような音から考えると圧縮された衝撃波か。それを生物の形に変えて、操って、相手に攻撃するってのが一番現実的か」
「まあ、大枠そんなところでしょう。かかる粒子の量やコントロールを考えれば、想像を絶する妙技ですが」
衝撃波はどの属性からでも派生することができるものであるが、それを圧縮し生物のように見せかけ、そして生きているものと錯覚させる制度で操る。
並程度の腕前では決してできないことだ。
「考察は今やるべきことじゃないと思います。それより早く二人を助けに行きましょう。早くしないと殺されちまう!」
「いや、それは後回しでいい。奴らが殺されることは絶対ねぇ」
息を吐きその場にあった岩に善が座るとm痺れを切らした蒼野がキャラバンへと向け走りだそうとするが、善がそう告げる静止をかけると目を丸くする。
「ど、どうして!」
声を荒げ、今すぐでも動きたいという意思を伝える蒼野。
「敵が俺達全員の全滅を狙ってるからだ」
「え?」
「話は後だ。どうやら敵は相当しつこい性格らしい。今はとにかく走るぞ!」
善がその場にいる全員に聞こえるようにそう伝えると、言葉の意味を理解できずに蒼野が困惑するのだが、濃霧の奥から聞こえてくる先程までよりも大きな羽音を聞き事態を認識。
ヒュンレイを背負いながら空を走りだす善についていく。
「ちょ、善さん待って!」
「俺から離れるな。一気にやられるぞ!」
蒼野と康太、そして優の三人が背後に視線を向ければ、巨大生物のような塊になって向かってくる蜂の大軍が視線に映り、反射的に口の中に溜まった唾を呑みこんだ。
「一体…………どれほどの数が……」
それらがどこから発生しているか気になり蒼野は奥へと視線を向けるのだが濃霧の奥を見渡すことは敵わず、背後だけでなくあらゆる角度から音が聞こえてきたのを認識すると、胸にズシンとした重さがのしかかる。
「さっき言った奴らが殺されない理由だがな」
「!」
凶悪な現実を前に心が絶望に覆われかける中、善が言葉を発するとそちらに意識を向ける事で何とか持ち直し、走るだけの力を取り戻す蒼野。
「さっき出て行く際にな、ヒュンレイが積とゼオスの二人が衝撃波の束に覆われるのを見たらしい」
「覆われる? 襲われるじゃなくて、覆われるですか」
「ええ。ゼオス君と積君に衝撃波をお見舞いするわけではなく、逃げられないように包囲していたのです」
背負われたまま説明を続けるヒュンレイだが、それに対し優が首を捻る。
「不自然ね。好きな時に逃げられるゼオスを生かすだけの理由なんてないんじゃないかしら?」
「私たちを逃がさないための人質に使っているんです」
「気まぐれじゃないッスか?」
それでは証拠にはなりえないという様子で食い下がる康太だが、
「今回の敵は俺達についてよく研究してきてる。最初に蒼野と優を狙ったのも回復役を潰す意図があったはずだ。そもそもこの場所に誘導する方法も、俺達が断れない『依頼』って形を取っている」
「そんな犯人が、空間移動を使えるゼオス君をすぐに殺さない理由があるとすれば、私たちを逃がさないための人質…………こちら側が仲間を置いて逃げる事はないと理解しての行動です。それ以外の場合、私なら抵抗する暇もなく殺します」
「な、なるほど」
善とヒュンレイが伝える理由を聞き三人の少年少女は納得。
無論他の理由や気まぐれですぐさま殺してしまう可能性がある事は善とヒュンレイも理解していたが、ここまで周到な仕込みをした犯人が、あの瞬間にすぐさま殺さなかった場合、その可能性はあまりに低いと考え口にしなかった。
(まあ最も、もしあいつらを殺したりするようなら)
(この命がなくなったとしても報復しますがね)
最も、この世層が外れ二人が殺された場合、善とヒュンレイの二人は犯人を必ず追い詰め、死ぬよりも恐ろしい目に合わせる事を内心では誓っていたのだが。
「まあ何にせよ敵は俺達に喧嘩を売ってくるのみならず人質まで取ってきやがった。そのことを後悔させるぞ!」
勢いよく前後左右から迫ってくる蜂を全て叩き落とし発破をかける善。
それを聞いた三人の少年少女の顔が引き締まり、まだ目にしていない敵に対し反旗を誓う。
ギルド『ウォーグレン』の逆襲が始まる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回から本格的な戦闘が開始。
なおかつ一章最後の敵の正体も出てきたわけですが、これまでと比べかなり特殊な相手です。
相手は姿を隠しこちらを攻撃し、人質を取り動きを制限し、そして何よりギルド『ウォーグレン』の面々のデータを持っています。
この最後のデータの有無は何よりも大きく、これまで基本的に相手の情報は持っていて対処する側だった蒼野達が、今回は対処される側になっています。
この状況で事態はどう動くのか?
楽しみにしていただければ嬉しい限りです
それではまた明日、よろしくお願いします




