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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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尾羽優、変態を追う 第一頁


 外を見れば太陽は沈みかけ、空は茜色に染まっている。

 町を歩く人々は各々の仕事を終え、帰路につくために動き始めている。

 そんな中、蒼野と積のいる部屋へと夕日の光が降り注ぎ、意識を集中させていた蒼野が日の光を浴びてふと外を見た。


「あ、悪い。完全に時間を忘れてた。って……あー」


 我を取り戻し目の前の人物の姿を見てみれば、虚ろな目でよだれを垂らしてぐったりとしている。試しに能力を使ってみるが五分戻した程度ではその様子が変わることはない。


「こ、ここまでやってタダ働きとは!」


 外から聞こえてくる賑やかな声に無念の涙を流す積。

 この状況で出店をしていればどれだけの売り上げが期待できたのか、そんな思いを込めた嘆きを耳にして、申し訳ないと思うのが古賀蒼野と言う人間だ。


「ホント悪かった。そうだな……何とかしてお前の金儲けを手伝えないか?」

「マジで! ならこの中から好きな仕事を選んでくれよ。その料金を貰うとするわ」


 積の変わり身の早さに驚く蒼野だが、それくらいならばいいかと思い渡されたカタログに目を通し、数秒したところで顔が強張る。


「なんだ…………これ?」


 そこに載っていたのは町を出る時にある程度のお金を持って出た蒼野の懐事情を数倍は凌駕する料金表。

 それを直視した瞬間、わずかばかりだが蒼野の意識が遠のく。


「こ、こんな大金払えないぞ俺!」

「んだよ貧乏人かよ。じゃあ大サービスだ、高いの以外なら有り金で一つだけやってやる」


 そもそもこいつのお願いを無理に聞く必要はないのでは


 まるで野盗のような事を言いだす積相手にそんな事を思う蒼野だが、一度口にした以上それは言いにくい。

 なので渡されたカタログにもう一度目を通し、安価な物の中でもできるだけ良さそうなのを選ぼうと目を通し、


「物質の強化?」


 気になる項目を見つけふと口にする。


「ん、それにするのか?」

「あ、ちょ!」


 蒼野の呟きを耳にした積が返事を待つことなく、彼が腰に携えている竹刀を抜き取り、観察を始める。


「いやまあそれでいいんだけどさ。ホントにうまくできんのか。確か物質の強化ってかなりの高難度じゃ」

「そこんとこについては安心しな。俺の得意分野だ」


 得意げで語る少年を相手にホントかよと呟き半目で見る蒼野。

 積はその視線を涼しそうな顔で流してから目をつぶり、大きく息を吸ったかと思えば吸った空気を全て吐き出し意識を集中する。


「さて、いくぞ」


 柄を握る両腕に力を込め、体内に循環する粒子を竹刀に巡らせ、淡い灰色の光が積と竹刀を包みこむ。

 その様子は軽薄な見た目からでは想像がつかない職人の見せるような姿であり、側で見ていた蒼野は黙ってそれを見守っていた。


「ただの竹刀にしてはずいぶん使いこまれてるな。加えてこの強度、これ以上のものを作ろうと思うと……やっぱ値段に合わねぇ!」


 ブツブツと文句を垂れはするが光が消える事はなく、体と水平になるように掲げられた竹刀の柄の先から上へと光の塊が昇っていき、ちょうど中結の辺りにまで順調に伸びて行く。


「なんだこれ? この竹刀、殺傷能力を極限まで抑え込まれてんのか。でもまあこれがこいつの特徴とするなら強化の方向性は…………こうか?」


 しかし積が悩むのと同時に動きが止まり、何かを決意したように呟くと同時に光の塊は再び上へと昇っていき、剣先まで到達するとそこで四散する。


「ほい完成。これでどーよ」


 蒼野は完成品を受け取り、二度三度と軽くだが振り回す。


「軽い……それに硬度も増してる」

「元々の素材だった竹は限界まで鍛えてあるっぽいからな。材質を鉄に変えた。んで木属性を混ぜてある程度の弾力性を持たせてこれまで通りの形にして、相手にぶつかった時でも殺さないように工夫。さらに重くならないように風属性の軽量化を加えた。強化っつーよりはもはや改造だな」

「へぇーすっげぇな!」


 物質の強化は鋼属性の専売特許だ。鋼の属性粒子を混ぜる事で硬度を強化させることができるがさらに別の粒子を混ぜる事で、様々な恩恵や機能を付け加えた錬成が可能になる。

 鋼属性の硬化に加え木属性と風属性の恩恵を付ける事ができる積は、かなりの熟練者だ。


「さあ、金はきっちり払ってもらうぜ。いい仕事したんだからな」


 この出来ならば値段は高いが文句は言うまい、そう思いあり金を全て取り出し渡そうとした、


「よし! 情報集まった!」


 その時であった。大声をあげ、優が部屋へと飛び込んできたのは。

 彼女は両手に溢れんばかりの紙束を持ち、頬を僅かながら紅くさせ、肩を上下に揺らし荒い息を吐きながら二人を見た。


「アンタ達、手伝ってもらうわよ。盗人潰し、もとい人助けの時間よ」




「はい注目! これが今日一日でアタシが集めてきた憎き変態の情報よ」


 両手をパチパチと叩きながら優が声を張り上げる。

 彼女の元に集まったのは、半ば無理矢理集められた三人の少年達である。


 一人目は蒼野。優から渡されたプリントに目を通しその情報量の多さに舌を巻いている。

 二人目は康太。蒼野がついて行くのを見て、嫌々ながらも付いてきた。


「なぁ、何で俺ここに引きずられて来てんの?」


 そして最後の一人は積だ。彼は自分がなぜここにいるのかもわからないという様子で、ここに自分を轢きづってきた張本人である尾羽優を覗きこんだ。


「たしか数日前からこの町にいたって言ってたわよねあんた。それも商人らしいじゃない。それならこの町の道についてある程度知ってると思うんだけど、どう?」


 思わぬ事態に巻きこまれ困惑している積の至極当然な質問に優が答えと、積は腕を組みながら首を縦に振る。


「そりゃまあ知ってるよ。店を開く際、適してる場所はどこだか調べる必要があったからな」

「その知識を貸して欲しいの。今回の作戦は二手に分かれるような形になるんだけど、目的地に向かう最短の道とかを教えて。もちろん報酬ならちゃんと払うわ」


 ポケットから出した財布から札束を見せる。すると積の態度が明らかに好意的なものに変わっていく。


「報酬を払うなら…………まあ。今日の売り上げも少ない事だし」

「ごめんって」


 少々恨みが籠った視線で積が蒼野に視線を向けると、蒼野が申し訳なさげに謝り、少なくともそれが了承の意を込められていると考えた優が力強く頷いた。


「はいオッケー。じゃあ話を続けましょう」


 現在彼らがいるのは路地裏の一角だ。付近には細い水路が一本走っており、川の流れが他の音を消している。また狭い道ゆえ灯りはなく、暗闇が四人の姿を見えなくしていた。


「待てよ。お前の勝手な事情でオレ達を巻き込むな」

「まあまあ。下着泥棒を放っておけない優の気持ちもわかるし、人助けできるならいいことじゃないか。情報を見るに大して危険はないみたいだし」

「だがよ」


 不満をぶつける康太を心底嫌そうな目で見る優。

 両者をなだめる為に仲介に入った蒼野の言葉を聞き、苦虫を噛み潰したよう顔をする康太だが、それ以上の反論はしない。

 少女が渡した資料には『ラウメン』のこれまでの行動パターンや逃走劇について驚くほど事細かに記されていたのだが、その中でも特に気を引く文章が末尾に記されている。


『逃げる事に重点を置いており攻撃は最低限。足止め、撤退のための攻撃以外してこない』


 この文章で危険性は少ないと判断しこれならば康太も文句は言わないだろうと考え蒼野は参加。康太も義兄弟を放って置けるわけがなく、渋々ながらついてきた。


「そういやゲイルは? 捕獲が目的なら、早さがあって殺傷能力が低い光属性は重要だろ」

「そうなんだけどね。一応は捕虜扱いだし、流石に町中で大暴れしてもらっちゃ困るのよ。だからホテルで待つよう頼んであるから、アタシ達だけでやるわ」


 そこまで話し、優が渡した資料の3ページ目を見るように促し、蒼野達がそのページを見る。そこに書かれていたのは状況によって臨機応変に対応できるよう構築された作戦の一覧だ。


「状況によって作戦の細かな点は決めていくけど、基本的には地上に下ろさないことを目的にするわ。情報によると空中戦が苦手、というより空を走るような力を持ってないみたいなの。それと、これを一人一つ持ってて」


 そう伝えると優は、適時連絡が取れるよう耳にすっぽり入るサイズの小型のトランシーバーを渡す。それから建物の陰から身を乗り出し辺りの様子を伺うと、


「アーハッハッハッハッハッハ!!」


 タイミングよく少女にとって忌まわしい声が聞こえてくる。


「都合がいいタイミングで現れてくれるじゃねぇか変態野郎が」


 その声は愉快なことこの上ないとでも言いたげな、満足そうな笑い声だ。

 忌々し気な様子でそれを眺める優が、三人に路地裏を抜けるように促し空を走る。そうして辿り着いた先は、この町一番の高さを誇るホテルの屋上だ。

 真っ赤な警備灯を背に浴びる彼らが見下ろした先には、町を照らす眩い光を一身に浴び空を舞う黒のボクサーパンツを纏った筋骨隆々の男の姿。


「こっちが万全の用意をしているとも知らずにノコノコと」


 ニヤリと、獲物を仕留める狩人の笑みを見せる少女は下界へと飛び降り、蒼野がそれについていこうと前のめりに体を傾ける。


「おい! あの犬っころの言う事聞きすぎて無理すんな!」


 身を案じ夜の闇へと消えていこうとする蒼野へと叫ぶ康太。


「わかってるって!」

「…………わかってねぇだろお前」


 その言葉を聞きながら、空へと飛翔する蒼野と、それを見守る康太。

 両者思いは違えど、二人とも笑っていた。




ご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。

数日前に告知させていただきましたが、明後日から投稿の時間が変わります。

そちら、お見逃しのないようよろしくお願いします。

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