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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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夜明けに願いを、地に未来を


「うー寒!」

「……この時間に浴衣と羽織だけで来るからだ」

「んだな。せめて私服にしろよ。その格好は一目で寒いってわかる奴だぞ康太」

「いやでもこっちの方が温泉宿に来てる感じがするじゃねぇか」


 時は半日ほど過ぎた午前四時、ギルド『ウォーグレン』一行は旅館を出て歩いていた。

 地面を真っ白に化粧させていた雪は未だ道の至る所に積もっており、浴衣姿で外に出た康太や積はその寒さに歯を鳴らし続け、私服にPコートを着たゼオスと私服にダウンコートを着た蒼野が各々の感想を告げる。

 彼らが現在歩いているのは旅館のあった山の麓から上に登った山道で、善が前もって確認した目的地へと向け、足を滑らせぬように細心の注意を払って先へと進んでいた。


「善さん、あとどのくらいで着くんですか?」

「もう後五分くらいだ。待ってろ」


 歩き出してから十五分以上が経ち、歩くことが億劫になってきた優がそう尋ねると、善が間を置かずにそう答え、それから少し歩いたところで見えてきたものを善が指差す。


「見えてきたな。初日の出はあそこで見るぞ」

「へぇー灯台っスか。でも、灯りはついてないんっスね」

「まあな」


 木々が生い茂る森を抜け巨大な湖に出ると、その中心で空に向け伸びている灯台を指差し善がそう告げ、康太が興味深そうに返事を返す。


「風香君の話によると、ここは数年前にお役目ごめんになった灯台で、今ではいつか来るであろう取り壊しに備え立ち入り禁止区域となっているらしいです。ただ、大人が入る分にはそう危険な場所でもないので、許可さえ下りれば普通に入れるらしく、初日の出の日などを見る場合は知る人ぞ知る名スポットになっているらしいです」

「チケットをお見せください」

「おう」


 頭を下げて係員に挨拶をした善が促されるままに人数分のチケットを見せ、道を防いでいた男が横にずれ一行を先に通す。


「いやでもここにいるのが俺たちだけじゃなくてよかった」

「なんで? 初日の出を独り占めできた方が特別感があってよくない?」

「そこは否定しないけどな。でも誰もいない廊下を昇り続けるのって怖いだろ。そうならなくて安心したんだ」

「ああ、確かにここは雰囲気があるもんね」


 頂上に向けて歩く道は螺旋階段になっており、窓もなければ明かりもそこまで強くないため薄暗く、蒼野と優を含めた一行が通る道を、風が吹くたびに不気味な音を響かせていた。


「確かにお前なら心臓抑えて気絶しちまうかもな」

「うぇ!? 蒼野はそんなに心臓弱かったのか。病気なのか?」

「違う違う。普通に怖がりなだけだ。まあ、言ってる本人が飽きれるレベルだけどな」

「けど、最近はそんな事ないんじゃない? ここに入ってから、色々な事を経験してきたからかしら?」


 蒼野と優が話しているのに康太と積が混ざり、それを聞き蒼野は苦笑、優は楽しげな様子で語る。


「着いた。ここが頂上か!」


 入口から歩いてから少しして、百段近くの階段を昇りきった一行が頂上に辿り着き、蒼野が声をあげる。

 彼らが辿り着いた頂上は、周囲の木々と比べ一際高い高度を誇り、山頂付近であるのも合わさり、周囲には障害物のない空が広がっていた。


「いやーしっかし冷えるな。ここにずっといたら凍え死にしちまいそうだ」


 両手をこすり合わせ、僅かでも暖を取ろうとする積の横で、善とヒュンレイ、そして康太がその瞬間をじっと待ち、蒼野と優が意気揚々とした様子でベストスポットを陣取ろうと既にできていた人の群れの中に飛びこんでいく。


「…………」

「おんや? ゼオス君は日の出を見ないのですかな?」


 そんな中、一人離れたところで白い息を吐くゼオスを見つけ積が近づく。


「……正直困惑している」

「ん、何が?」

「……この寒い中、年の初めの朝日を見るだけのために早く起き、よく見えるところにまで移動する……その行動に意味があるのか?」

「あーなるほど」


 ゼオスが全身に突き刺さる冬の風に顔を歪め悪態を吐き、笑顔で話をしながら日の出を待つ人々を一瞥しながら心底不思議そうな様子でそう口にする。


「あーまあそう言いたい気持ちはわかる。ただ、意味ならある」

「………というと」


 腕を組み体を震わせているゼオスが、話しかけてきた積に尋ねる。

 それは基本的に受動的な彼にしては珍しく、心の底から答えを知りたい疑問であった。


「俺なりの答えだからあってるかわからないが……たぶん日の出を見るなんていうのは実際にはどーでもいいんだ」

「……なに?」

「あ、いや。全くもって意味がないってわけじゃないぞ。初日の出を見る事自体がおめでたいものだって言われるくらいだしな。ただ、二人以上で見る場合は、それとは別の意味があるんじゃないかと俺は思う」


 説明をする積に対し、ゼオスは口を挟まず、その沈黙が話を促すものだと気づいた積は話を続ける。


「親子や家族、友達や恋人、そんな風に二人以上で見る場合ってのは、年の始めっていう普段と比べて特別な時を、その人たちと一緒に味わいたいんだと思う。それ自体が特別な時間…………幸せな時間なんだと思う。たぶんそれ以上の意味はないよ」


 そう伝える積がサングラスの奥の目を細め、地平線の向こうの輝きに目を向ける。

 すると積の方に顔を向けていたゼオスが、明るい光が自らの体を包んでいく事に気が付き振り返り、


「…………特別な、時間……か」


 地平線の彼方から姿を現す日輪が、ゼオスの視界に飛びこんでくる。

 同時に辺り一帯で歓声が上がり、人々が話しはじめる光景を見て、誰に聞かせるわけでもない独り言を小さく呟く。


「おーい、二人もこっちに来いよ!」

「お、せっかくだから行くか」


 これまで仕事の関係で何度も見たはずの太陽が現れるという光景が、なぜか今は神秘的な空気を纏いゼオスの視界を埋め尽くす。

 思いもよらぬ事態に棒立ちであったゼオスは、普段の彼ではありえない程無防備な様子で積に引っ張られ、人ごみを抜け蒼野と優それに康太が待つ最前列にまで移動。


「いやー、境界から見た時程の感動じゃないが、これはこれでいいもんだ!」

「そうね。やっぱり初日の出は特別な感じがするわよね」

「綾野さんに感謝だな」

「……」

「どーだ、初日の出も中々いいもんだろ?」


 蒼野と優と康太の三人が日の出を前に談笑をする横で、サングラスをかけ太陽光の眩しさを遮断した積がそう囁きかけると、ゼオスは僅かに、しかし誰の目で見てもわかるよう首を縦に振る。


「……なるほど。確かに、これは悪くない」


 そう口にする彼の声は、普段と比べ僅かに穏やかなものであった。




「今回の旅行は君の思惑がうまくいったようですね」

「あん?」


 地平線の彼方から現れた日輪が、空を見上げる善とヒュンレイの目に映る。

 離れたところにいる五人の少年少女の姿を観察しながらヒュンレイがそう言うと、善は自らの相方の問いの内容が心底わからないというような顔をする。

 その表情に嘘偽りがある様子はなく、追及を続けても変わらず顔を曇らせている善を見て、ヒュンレイは動揺した。


「あ、いや……これは申し訳ない事を言った」

「いや意味深に聞いてきたかと思えばいきなり謝りだすし、何を考えてたんだよお前は?」

「いや……今回の旅行は私の快気祝いやら君の誕生日やらは実は大して関心がなく、ゼオス君との距離感を縮めるのが本当の目的だと思っていたものでして…………」

「下衆の勘繰り……とまでいうと言いすぎだが、考えすぎだ。今回の旅行の目的は、本当にただお前の回復を祝いたかっただけだ」


 腕を組み、面倒な事を考えてるなと出も言いたげな様子でそう口にする善を、ヒュンレイが唖然した様子で眺める。


「まさかあなたが何の思惑もなくこんな旅行を思いつくなんて……正直驚いた」

「おいコラ、地味に失礼なこと言うな」

「いや失礼」


 不満を口にする善を前に、自らの失態をごまかす子供のように笑うヒュンレイ。

 それを見た善は一度だけ舌打ちするが、それ以上追い打ちするような事もなく地平線の彼方へ視線を向ける。


 それからしばらくして、無言で太陽を見ていた二人であったが、人々がカメラのシャッターを切り始めたのを見て善が口を開く。


「なあヒュンレイ」

「ん?」

「お前は本当に……もう二度と全力で粒子を使えないのか?」


 その事実が何よりも辛い、そう訴えかけてくる善を前に、今度はヒュンレイがため息をつく。


「全く……夕方に話したばかりでしょうに」

「わかってるよ。分かってんだ。だけどよ、やっぱ考えちまうんだよ。もう二度とお前程の人間が全力で戦えないと思うと、どうしても考えちまうんだよ」


 それをどうにかしたいと訴えかける善に対し息を吐くヒュンレイ。


「ま、その点については医療の進歩、もっと言うと特効薬の完成に期待するしかないですね。というかその様子ですと、参拝の際のお祈りの内容も……」

「まあ……そうだな」

「はははははは!」


 その後差しさわりのない当たり前の事を口にするヒュンレイであるが、とある憶測が頭に浮かび追及。少々恥ずかしそうにそう告げる善を見て、腹の底から笑った。


「んだよ、相棒の快復を願っちゃ悪いかよ!」

「いえ、別に。ただ今日はゼオス君の様子も含め、いいものがよく見れると思いまして!」

「ちぃっ!」


 ヒュンレイの言葉を聞き、善が舌打ちをしながらそっぽを向く。そうしながら何か反撃の糸口がないかと頭を捻り、


「そんだけ笑うってことは、参拝した際のお前の願いっていうのはよっぽど立派なものなんだろうな。何を願ったんだよ?」


 その時思いついた言葉をさほど深く考えず口にする。


「いや、そこまで大層なものではないですよ。私の願いは……」

「願いは?」

「今の楽しい日々が永遠に続けばいい。また来年も、同じ景色を皆で見たい。そんな、他愛もない願いです」


 風が吹き銀の長髪を揺らし、太陽の光が男を照らす。


 僅かに恥ずかしそうに笑いながらそう告げるヒュンレイ・ノースパスの姿は美しい絵画のように善の目には映り、それを目にして右手で頭を抱えた。

 あまりにも綺麗な答えが返され、いじわるのつもりで問いかけをしてしまった自分に対し、嫌悪感を抱いてしまったのだ。


「はーいいもの見れた」

「だからって感極まって涙まで流すなよ。ちっとばかしびっくりしちまったし、またいきなり失神しないかドキドキしたぞオレは」

「なー兄貴、この旅行って今日までの予定だったと思うんだけどさ、正月くらいゆっくりしねぇ? それならもう少しここに残ってやってもいいぞ!」

「いや無理でしょ。今日の時点で二泊三日よ。これ以上っていうのは中々。てかそれ半分脅しじゃない?」


 このままやられっぱなしは気に食わん、そう思い再び頭を捻る善の前に蒼野達が帰ってきて、各々が好きなように話を始め、積が寒そうに震えながらリクエストを口にし、優が笑いながらそれを否定するが、


「はぁー……まあたまにはいいか」

「え、うそ?」

「正月三が日まで、久々の長期休暇だ。ま、あんま遠くに行かれる困るが、久々にゆっくり休むとするか」


 善がそう宣言すると優が驚きの声をあげ、積がタダで高級旅館に泊まれる事実に飛び跳ねる。


 ふと思ったのだ。


 めったにないこの機会を心の底から楽しみ、決して忘れられない思い出を作っておくのも悪くない、


 一瞬そんな風に考えると、気が付けば言葉は口から漏れていた。


 それから善が何かを言うよりも早く子供たちは急いで灯台を降り、各々が好きなように行動を開始。


「いいんですか善?」

「今更訂正なんてできねぇだろ」

「しかし仕事はたまる一方ですよ」

「難しく考えるな。楽しめ!」

「…………全く、仕方がないですねぇ」


 彼らの長期休暇はまだ終わらない――――



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日で一章最後の日常編は終了! 次回から一章最終決戦になります。


今回の日常編を書いてて思ったんですが、どうせいとはいえ善とヒュンレイの信頼感は仲の良い夫婦に近い感じがします。

最高の相棒という形の一つではないかとも思います。


それではまた明日、激動の戦いに向けたお話でお逢いできれば幸いです!

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