ギルド『ウォーグレン』の休日 五頁目
「………………はぁ」
「全く、占いを信じないというのなら『クソみたいな結果だな』とでも言って吐き捨てればいいじゃないですか。君らしくもない」
蒼野が『決別の滝』に感嘆の息を漏らす中、善とヒュンレイの二人は参拝を終え神社から出ていた。
ふと空を見上げれば雪が降り始め、地面を濡らし始めており、その天候が更に善を追いつめているようであった。
「そりゃそうなんだけどよ、大凶なんて滅多に出ないもんじゃねぇか。そんなもんを出しちゃあ…………流石に傷つくってもんだ」
ヒュンレイの言葉に返事を返しながら善は懐に付けた革袋から花火を取り出し、火を点けようと指先から炎を出すが、湿気っていたのか火は点かず、その結果を見ると肩を落とし俯いた。
「……………………」
「まさかこんなところで本気でへこむ君を目にするとは思いませんでしたよ。ま、ちょうど行こうと思っていたところですし、気分転換も兼ねて雪まつりに行きましょう」
「…………あぁそうだな。元々行く予定だったんだし、とりあえず行ってみるか」
善とヒュンレイが石段を降りきり、稲葉の最奥へと周りの景色に視線を向けながら歩き出す。
それから十分ほど歩いたところで会場の入口に到着すると、二人は自身の身長よりも遥かに大きな建造物を仰ぎ見た。
「さすがは稲葉で行われている雪まつりというところですね。中々の出来だ」
「んだな。攻撃や防御に使うのとはわけが違う。まさに職人技って感じだ」
二人が眺める先にあるのは、全長百メートルはあるであろう半円アーチを並べることで作られた入口だ。
それらの上にはファンシーな絵柄の氷で作られた人形が置いてあり、この場所に来た人々の口からは、感嘆の声が溢れだしていた。
「さあ、行きましょうか」
「そうだな」
それを通り抜けた先には雪や氷で作られた無数の彫像や建物が並ぶメインエリアが現れた。
かまくらなどのシンプルな物はもちろんの事、全身鎧姿の巨大な騎士を模した彫像や、海から飛び出た人魚の姿の彫像。雪で作った巨大な城などもあり、いくつかは生物のような複雑な動きをして見る者を楽しませていた。
「どれもこれも中々手が凝ってるな。特に最優秀賞を取っている勇者像はすごいな。本人に見せてやりてぇ」
様々な作品を見て気分を持ちなおした善が笑いながらそう語りヒュンレイの方を見るが、その顔はどこか釈然としない。
「…………うん。素晴らしいな」
「ヒュンレイ?」
「………………」
「ああ、もしかしてあれか。俺だったらもっとすごいものが作れるとかそういうのか」
「ご名答。数年前に依頼で来たときはもう少しレベルが高かったのですが、ずいぶんとレベルが落ちたものだ。これでは私が競う程の相手はいそうにないですね」
ため息を吐きながらそう口にするヒュンレイを見て善が苦笑するが、ふと頭に引っかかることがあり、それを尋ねる。
「ところで、今の言い方だとその大会に出たみたいに聞こえるんだが…………」
「…………」
「結果はどうだった」
「もちろん優勝です。当たり前でしょう……あ」
「おい、俺はそれについて聞いてねぇぞ。まさか仕事中に遊んでたんじゃ…………」
「そ、そんな事より、あそこにいるのは積君ではないですか。何かやってるみたいですし、少し近づいてみましょう」
「あ、おい逃げんな!」
走ることはできないため早足で歩き出すヒュンレイに善が着いていくと、屋台を開き人だかりを相手に商売をしている積の姿があり、小さな人だかりを形成。
善とヒュンレイは人々に謝罪しながら前へ出て行き、いつも通りのサングラスをかけたまま大げさな身振り手振りをしている積の元まで辿り着いた。
「いらっしゃい! いらっしゃい! 雪まつりに展示されてる彫像のキーホルダーだよ! ここでしか売ってない限定品だからぜひ見ていってくれよ!」
「おめぇ……何やってんだ」
「げ! アニキ!」
心底出会いたくない人間にあったとでも言いたげな声色に善が目を細める。
「お前まさか、よからぬことでも企んでるんじゃねぇだろうな?」
「ちげぇよ! ちゃんと営業許可をもらってやってるよ! てかそう言う風に思われそうだったから嫌だったんだよ!」
「……そりゃあ……悪かったな」
「お、おう。てかアニキどうした、今日は何か覇気がねぇな」
「君の兄は少々傷心中でして。まあそこまで弱い男でもありませんし放って置けばいつの間にか治ってますよ。ところで、買い物をしてもよろしいですか?」
「え、ええもちろん。おすすめはこの最優秀賞を取ったレオン・マクドウェルの肖像のキーホルダーです。一番人気ですよ」
「ふむ、では私はそれを。善はどうします」
「そうさな、俺は騎士様のキーホルダーでも貰うか」
ヒュンレイに話を振られ顎に手をやり考える善だが、流石に知り合いのキーホルダーを買うのはどうかと思い、横にある重厚な雰囲気を漂わせている騎士のキーホルダーを注文。
「あいよ、ちょっと待ってな」
二人の注文を聞くと積が背後に掛けてあるキーホルダーを掴み、紙袋に入れて善とヒュンレイに手渡し、代金をもらう。
「さて、行きますか。積君も商売に精を出すのはいいですが、日の出前にはちゃんと集合場所に来てくださいね」
「あいよ! 任せてくださいな!」
「さ、行きましょうか善」
「ああ。で、どこに向かうんだよ」
「あそこです」
積が元気よく返事をして、ヒュンレイが善に尋ねられ指差した先には、当日参加者用スペースと書かれた場所があり、それを見た善がヒュンレイの顔を覗きこむと、瞳に静かな闘志を燃やしているのがわかった。
「…………ま、こうなりゃお前は止まらねぇか。なら、行くしかねぇか」
「ええ。優勝の栄光を我が手に!」
そう口にするヒュンレイが歩き出し、善と共に緑色の『参加者用工房』と書かれたテントの中に移動。
「で、何を作るんだ?」
「そうですね。以前は『無貌の使徒』の本拠地でしたし、今回はラスタリアの俯瞰図でも作りますか」
外見とは比べ物にならない程拡大された内部の工房でヒュンレイが腕をまくりながらそう宣言し、それを聞いた善は唖然とした。
「ひ、一人だけレベルがちげぇ……てかそれそんなすぐできるのかよ!」
「私を甘く見てもらっては困る。その程度、一時間もあれば十分だ」
「マジかよ……てかその間俺はどうすりゃいいんだよ」
「私に敗北する彫像の数々でも眺めていてはいかがですか?」
「ひでぇ言い方だなおい。観光と言え、観光と。まあ屋台で飯食いながらそうさせてもらうか」
手持ち無沙汰になった善がそう言いながら工房から出て行き、そこら中にある氷の彫像を見ながら辺りを歩き始める。
途中屋台で焼きそばや焼き鳥、それにビールなどを飲みながら時間を過ごし、最後に最優秀賞を取った作品をもう一度眺めるとその姿のなつかしさに目を細めた。
「少し冷えてきたな」
一時間後、早くも空が暗くなり始め照明が辺りを照らし始めたところで、善がヒュンレイのいる工房まで戻る。
「おう、できたか」
「もう少し……もう少し待ってください!」
「いやお前マジでなんてもん作ってんだよ」
工房の中に入るための入口を通ったところで、ヒュンレイが作っているものを目にして、率直な感想が善の口から溢れた。
縦横十メートルはあろう円の中に、無数にあるラスタリアの建物や道路が作られ、それに加え歩いている人々の再現まで行われている。
「あとどのくらいかかりそうなんだよ」
「あと十五分ほどかかりますね」
「…………そうか」
腕を組み、目を細めながら作業に没頭するヒュンレイを見る。
「ところで、外で展示物を見るのが飽きたのなら手伝ってもらえませんか?」
「というと?」
「実際にラスタリアに住んでいたあなたに細かな点の指摘をしていただきたい。何度か俯瞰しただけの私では、どうしても粗があるのでね」
「へいへい」
ヒュンレイの言葉を聞き、考え事をしていた善が指示に従い動いて行き、氷でできたラスタリアを作っていく。
それから十五分後、ヒュンレイの宣言通りの時間に作品は完成し、工房を包んでいた緑のテントごと外から移動させ、展示台の上に乗せると共にテントを持ちあげ作品を公開。
テントの中で眠っていた巨大な作品が日の目を浴び、周囲に居た人々が感嘆の声を上げた。
「ふむ、反応は上々ですね」
一つ一つの建物の細かさに、ラスタリアで働く人の臨場感を加えたその作品はすぐに多くの関心を引き、最優秀賞の作品以上の人だかりを作り上げていた。
「さ、そろそろいい時間ですし、行きましょう善」
「この様子ならインタビューとか来そうだがいいのか?」
「他者を圧倒したいとは思っていましたが、インタビューには関心がありません」
「ただの嫌な奴じゃねぇかおめぇ」
善の言った通り、雪まつりの中でも一際注目を集める作品の登場に地元メディアが動き始めるのだが、二人は彼らに見つからないよう隅の方を歩いていき、旅館『アサギリ』の前の人通りの少ない山道にまで戻ってきた。
「ところでヒュンレイ」
「はい?」
「お前、もう粒子を使う事さえままならねぇのか?」
「……」
辺りには誰もいない事を確認し善が立ち止まり、鋭い口調で前を歩くヒュンレイに言葉を投げかける。
「思ったよりもばれるのが早かったですね」
振り返りながら返ってきたのは、満面の笑顔。
そして流石は原口善と、言外に伝えてくるその言葉。
「お前は……一日にどれだけの粒子を使えるんだ?」
目を細め、まるで尋問をするかのような態度で口を開く自分に、善は嫌悪感を湧いてしまう。
もっと優しい言い方があるのではと考えてしまう。
「そうですね。先程ラスタリアの俯瞰図を作りましたが、一日に使える粒子の量はあれが限界ですね。といっても、氷柱を作りだす程度ならばまだできますがね」
「…………そうか」
ヒュンレイの言葉を聞いた善の胸に、鉛のような塊が落ちてくるのがわかる。
世界中で並ぶ者がない程の才能を持った男が、その才能を発揮することができなくなり、不自由な人生を送らなければならない。
そうなった直接の原因である彼は、思わず顔を伏せたくなる。
だが当の本人はそんな善に『気にするな』と話しかけ、雪が止み雲が去ったことで姿を現した夕日を眺めている。
「あなたが言っていたじゃないですか。生きる目的が定まっていないのならば、とりあえずは事務仕事でもしていろと」
「ああ、言ったな」
数ヶ月前に話を思い出し、善がヒュンレイの言葉に対し首を縦に振ると、
「ここ最近はその言葉に従い、君に勝つことを考えずに一心不乱に生きていたのですが、これが中々面白い!」
そう語るヒュンレイは普段では思い浮かばない程の声量でそう口にして、彼らしくない優雅さに賭けた笑い声を発する。
思いもよらぬ解答に虚を突かれた善が面食らい、言葉を発せぬ中、しばらく笑い続けたヒュンレイが善の方を向き語りだす。
「正直、最近は以前の日々よりも充実しているよ。どんなことでも必死に取り組むとこんなに楽しいのかと驚いている。だから――――そう気負うな」
「…………そうかい。毎日俺を叩きつぶすことばかり考えてたってとこは聞かなかったことにしてやるよ」
それはありがたい、そう返しながら楽しげに笑うヒュンレイに対し、善も笑う。
「あ、お二人とも返ってくられたのですね」
これ以上話すことはない
そう感じた善がヒュンレイの前を歩き旅館へ向かって行くと、入口の前で待っていた綾野風香が二人を見つけ小走りに近づいて来る。
「おや、どうしたのですか?」
「はい。皆さまの今回の旅行の目的は初日の出だという事をおっしゃっていましたよね。実はそれに関して町に住む人でもごく少数しか知らない名スポットを知っているので、ぜひお伝えできればと思いまして」
「ほぉ、そりゃありがてぇな。空を飛んで見ればいいかとも思ったが、稲葉のルールで禁止されてると知って困っていたところだし、教えてもらってもいいか?」
「はい。おまかせください」
善がそう伝えると彼女はその場所までの行き方を伝え、先にヒュンレイを旅館に帰らせ、地図にある場所にまで歩いて確認しに行った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回の話で積が現れ、これで一通り『ウォーグレン』の面々の休日の一幕は書けたかなと思います。
ヒュンレイが言っていた使える粒子の量というのは本当に極端に減っているのですが、それでも康太と同じくらいの量は使えます。
これは康太が平均よりいかに少なく、逆にヒュンレイがどれだけの氷属性粒子を体内に溜めていたかがよく分かります。
あと積に関してなんですが、売っていたキーホルダーは全て錬成したものなんですが、作品を実際に見たのは当日なので、その後すぐに錬成しました。
一つ当たり十個ほどの、売りながら売れ行きがいいのは更に作ってたわけですが、それでも合計千個は作ってるので、ここら辺は結構すごい事です。
それではまた明日、よろしくお願いします




