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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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ギルド『ウォーグレン』の休日 三頁目


「うし! 今日は一日中観光だ!」


 朝になり朝食を終えた蒼野が立ちあがりながらそう口にする。

 優を覗いた他の面々は未だ眠り眼であるのだが、そうなった理由である少年の顔を覗き見て、朝食に出された鮭の塩焼きを口にしながら善が口を開いた。


「一応釘を刺しとくが、約束の時間には集合場所に集まれるように動けよ。ギリギリになって慌てないようにな」

「はい。あ、あと俺が神教の人間だともばれないよう気を付けます」


 以前優から教えられた情報を口にする蒼野であるが、善やヒュンレイの反応は薄い。


「いや、この場所に限ってはその点は気にしなくていい。この場所は賢教の中でも数少ない差別のない場所でな。面倒な事に頭つかわず命一杯楽しめ」

「そうなんですか! 分かりました!」


 そう告げられた蒼野が手を合わせ挨拶をすると、畳の上を小走りで動きながら普段通りの服に着替え準備を終え部屋を出る。


「善さんアタシも外に行ってきます」

「おう、気を付けてな」


 続いて優が白と水色が混ざった私服に着替えクリーム色のダッフルコートを着こむと部屋を出て、食事を終えた積、ゼオス、康太が順々に若草色の浴衣に褐色の羽織を着こみ外出。


「部屋のチェックアウト、終わりました」

「なら、俺達もいくか」


 最後に残った善とヒュンレイの二人も、他の三人同様に浴衣の上から羽織を着こみ部屋を後にした。




「君と仕事以外でこうやって歩き回るのは久しぶりですね」

「そういえばそうだな。あいつらが来てから色々忙しかったからな」


 善とヒュンレイの二人が山を下り、雪が積もった温泉街に足を運ぶ。少し歩けば客引きと思われる男性が走りまわり、浴衣の上に羽織を着ている自分たちのような泊まりの観光客や私服の人物達に声をかけている。


「しっかし、流石は稲葉って感じの人の数だな。まだ店もまばらな午前九時でこれかよ」


 この時間はまだ開店前の店が至る所に存在する時間だ。

 にも関わらず稲葉の温泉街は観光客で溢れかえり、異人も含め様々な地位や勢力に所属している人々が談笑しながら、店の中に入り商品を見たり、出店でB級グルメを堪能していたりした。


「ところでヒュンレイ、後で雪まつりは覗いていくとして、お前は他にどこか行きたいところとかはあるのか?」

「そうですね。後でワインショップに言ってほしいところではあるのですが、それとは別に記念品の一つでも買っておきたいですね」

「記念品?」

「ええ。稲葉に来た記念品が欲しい」

「そうか。なら、ああいう店とかいいんじゃねぇか?」


 ヒュンレイの話を聞き善が指を指した先にはショーウィンドウ越しにいくつものマグカップが置かれている店舗があり、マグカップには稲葉の景色がプリントされたものが複数存在した。


「あなたはお土産探しなどは苦手だと思っていましたが中々良いチョイスですね」

「一言余計だ」


 ヒュンレイの言葉に失笑を返しながら善が前に立ち、人ごみを掻きわけ、ログハウスを改装して作ったであろう店の中へ入って行く。


「いらっしゃいませー」


 中に入ると少女のふわりとした声が聞こえ、商品を見ている人々の姿が目に入る。


「ほお、いいものですね」


 そう言いながらヒュンレイが近づいた先には柵によって区切られたレンガ造りの暖炉があり、木々から出る煙が、煙突を伝い空へと昇っていく。


「すんません、この商品って、在庫はどのくらいあるんですか?」

「少々お待ちください」

「ん?」


 そんなヒュンレイの様子にある程度意識を割きながら、善が店舗の中で幾つかの商品を眺めどれを買うべきかと吟味していると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 そちらに視線を向ければ康太がおり、三つほどのマグカップを持って店員に話しかけていた。


「よお、お前もここに来てたのか」

「あ、善さんっスか。ええ、ゼオスと一緒に動いてたんっスけど、あいつが客引きに捕まったんで、俺も一緒にここに来たんです」


 康太が親指で背後を指した先では、無言で立つゼオスが幾つかの商品を眺め続けていた。


「お待たせしました。各商品、二十個ほどの在庫があります」

「そうっスか。なら、これとこれを十二個。これを十五個頼んます。んで、出来れば郵送して欲しいんですけどいいですか?」

「かしこまりました。お日にちや配送場所の住所を教えてもらってもよろしいですか?」

「ええ。場所はここで、日程は――――――」


 奥から在庫を確認した店員が現れ、商品の個数と他の注文を伝える康太。

 店員が康太が口にした内容を復唱しそれでよいと彼が告げると梱包を始め、それを聞いていた善が目を丸くして康太を見る。


「ずいぶんと買いこむんだな」

「孤児院の奴らへのお土産っス。これでも足りないんで、他の場所でもお土産を買います。それはそうといつもの服装じゃないと、善さんもあんま威圧感がないッスね」


 浴衣の上に羽織を着こみ、髪の毛をオールバックで固めた善は年齢よりも高齢に見えるものの普段のような威圧感は存在せず、康太が初めて見たその姿に素直な感想を放出。


「そりゃそうだ。いつもの服を着てる理由はお前が今言った通り威圧感を与える事だからな。そうでなけりゃ、あの服は着ねぇよ」

「あの服装が善さんのトレードマークな気もするんっスけどね」

「そう言われると善も誇らしいでしょう。なんせ、ギルド発足当初に頭を悩ませ続けた結果の衣装です。それに威圧感がないと言われれば、善もへこんでしまう」

「その通り何だが余計な過去まで語るな。微妙に恥ずかしいじゃねぇか」


 康太と善が話しを続けていると、いつの間にかヒュンレイが彼らの側にやってきており、語られた内容を聞き康太が吹きだす。

 そんな様子の康太を渋い顔で善が眺めている間に商品の包装が終わり、商品を入れた紙袋が康太に渡され、それを見ていたゼオスが商品から目を離し、入口へと向け歩き出す。


「なんだ、客引きされた張本人は何も買わずに出て行くのかよ」

「……誘導されたから着いて行っただけだ。それに、貴様の反応を見るにこういうものは近しい者や友人に送るのだろう? ならば、俺には必要ないものだ」

「ふむ、君の言っている事も間違いではないのですが記念品を買うのには様々な理由があるものです」

「…………様々な理由?」


 店を出て行こうとするゼオスの背に対してヒュンレイが声をかけると、その言葉に関心を持ったのかゼオスが振り返る。


「ええ、確かに記念品には、その場所に行ったお土産として親密な人に渡すものという意味合いもあります。しかし自分のものとして買う場合、良き思い出として記憶に残ります」

「……思い出作り?」

「ええ」


 オウムのように聞き返すゼオスに笑いかけるヒュンレイ。

 その顔は自分の受け持った生徒に道徳を教える教師のようである。


「例えばですが、その記念品をふとした時に眺めることで、旅行で回った場所を思い浮かべる事ができる。仲間との記憶を思いだしたりもできる」

「ただ人に渡すだけが、記念品の価値じゃないってことだな。てかお前の言う通りだとすれば、自分のために買おうとしてる俺やヒュンレイは買ったらいけないことになっちまうじゃねぇか」

「……確かにそうだな」


 未だ世界の常識を覚えきれていない暗殺者に対し、笑顔を浮かべそう語るヒュンレイと善。

 その言葉を聞いたゼオスが入口から離れ奥の方へと移動し、雪まつりの様子が描かれたマグカップを手に取り店員に渡す。


「……これを頼む」

「はい。千二百八十円になります。包装はいかがなさいますか」

「……頼む」

「ほお、雪まつりの様子が描かれたマグカップか」

「…………思い出として残すのならば、その場にあったものの方がいいだろう。この後で雪まつりを見に行けば、記憶にも残りやすい」


 背後から覗きこむ善に対し、ゼオスが淡々と言葉を紡ぐ。

 それから少しして店員から商品を渡されたゼオスは外へと出て行き、雪まつりが行われている奥の方へと向けて歩き出した。


「さて、では我々も買い物をしましょう。善はどれを買うのですか?」

「俺か? そうだな……あの暖炉の絵が描かれたものを一個買うか」

「ふむ、ならば私は桜が描かれているあれにしましょう」

「なんだよ。季節外れじゃねぇか」

「雪景色はもう見飽きているんです。それに私としては穏やかな温かさが満ちる春の方が好きなんです」


 そんな話をしながら二人が商品を手に取り、レジで会計を済ます。


「おや、そう言えば康太君はまだ何か買い物をするのですか」

「あ、ああ。もうちょっと。少し時間がかかりそうですから、オレの事は放っておいてください」

「?」


 元々二人で動いていたため言われる必要もなかったセリフを聞き、善が首を捻る。するとその横で何事かを理解したヒュンレイが康太の側に寄り何かを耳打ちすると、康太が礼を言いながら店内の別の場所に移動する。


「何を言ってやったんだ?」

「秘密です。さ、それより今度はワインショップに行きましょう。店員の方に貰ったパンフレットによると、ここから少し歩いた先にあるようですよ」

「…………まあいいが。そのパンフレットに喫茶店については書いてあるか? こう寒いとあったけぇ物が食べたくなる」

「そんなに寒いですか?」

「氷属性使いのお前からしたら暖かいかもしれねぇが、冬の昼前に浴衣に羽織だけだからな。俺も氷属性耐性は高いが寒いもんは寒いんだよ」


 そう言いながら善とヒュンレイは暖炉の温かさが身に染みる店内から外へと出て、近くにあった喫茶店へと歩き出した。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事でギルド『ウォーグレン』の休日第三話でございます。

死闘が見たい方々からすれば退屈な展開でしょうが、もう四話ほどお付き合いいただければ幸いです。

それくらいで終わらせる予定です。

逆に日常話が好きな方は今のうちに楽しんでいただければ幸いです。

最後という事もあり、結構な長さかつ強烈な死闘がこの先に待ち構えていますので。


本編の方はというと、なんとなく分かる方もいらっしゃると思いますが、ゼオスの成長話です。


恐らく最初期ならゼオスは客引きに手を引っ張られても無視してましたので、

だいぶ変わったキャラクターだと思います


それではまた明日、よろしければお会いしましょう

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