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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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ギルド『ウォーグレン』の休日 二頁目


 ギルド『ウォーグレン』一行が辿り着いた場所は、稲葉のメインストリートから少々離れた、山の麓にある旅館『朝霧』という場所であった。

 周りに真っ白にお化粧した木々を従えたその場所は、丁寧に掃除された外見とそこに辿り着くまで舗装された雪が積もってなお彩を残している庭園を見るだけで、相当高額な旅館である事がわかった。


「うぉぉぉぉぉぉ! すげぇ景色だ!」

「確かに、これは絶景だ」


 善とヒュンレイがチェックインを済ます間に、秋を過ぎたというのに未だ赤くなった葉を残す木々や雪の積もった外の景色を眺めた蒼野が感嘆の声をあげ、続いて外を眺めた康太と積もその美しさに息を呑んだ。

 メインストリートと比べ少々高い位置にある旅館からは都市の全体図を眺めることが可能となっており、雪まつりの様子や、夕日を背景に動き回る浴衣姿の人たちの様子が見ることができた。


「外の様子が気になるのはわかりますが部屋に付いたらすぐに手洗いうがいをしてください。それと、時間が時間なので、食事の前に温泉に入っておきたい方は急いでください」

「三十分もすれば飯が出るからな。あんまゆっくりしてる暇はねぇぞ…………まぁ、俺の誕生日については別に祝うそう必要はねぇが」

「取り合えずは移動ですね。行きましょう」


 チェックインを終えたヒュンレイと善の二人が五人にそう告げ、彼らは一丸となって移動。七人が集まっても何ら問題ない、畳が敷かれ真ん中に炬燵が置かれたよく言えば風情と赴きがある、悪く言えば内装だけ見れば少々地味な部屋に辿り着いた。


「洗面所洗面所……おお、凝った作りだな」

「……先に温泉へ向かわせてもらう」

「俺も俺も。飯より先に風呂派だ」


 部屋に入りすぐ蒼野達少年少女がヒュンレイの言葉に従い洗面所へと向かい手洗いうがいを終えると、ゼオスと積の二人が温泉へと小走りで移動。


「見て見て。個々の料理おいしそうね!」

「うわ! うまそ!」

「部屋やら温泉、それに景観もいいが、ここの目玉は何といっても豪勢な食事だ。その点にはまあ期待しとけや」


 それから時間が経ち、置いてあった炬燵に入りながら旅館の食事の献立を調べていた優がそう言い、蒼野が後ろから覗きこみ同じように声をあげていた。


『番組の途中ですが臨時ニュースです』

「臨時ニュースねぇ。ま、内容なんて聞かなくてもわかる気がするがな」


 そんな中睦まじい兄弟のような様子を見せる二人の横で、炬燵には入らずに胡坐を掻いたままテレビを見ていた善が流れてきたニュースを眺めため息を吐く。


『今日午後三時頃、神教内の幾つかの都市でテロが起こり、捕まえた犯人数人が【革命】という言葉を発した事から、【境界なき軍勢】とのつながりを…………』

「…………ひどいもんっスね」

「ああ、しかも十中八九愉快犯だ」


 テレビに映しだされた光景を前に康太と善が息を漏らす。


 善が知る限り度々ニュースに出てくる『境界なき軍勢』が本当に関連する事件はほんの一割程度だ。


 主犯であるミレニアムという男は革命家ではあるがテロリストではない。

 同じことをするとしても彼は真正面から宣戦布告を行い、軍勢を揃えた上で真っ向から障害を叩き伏せるのを良しとする人物だ。

 ゆえにこのような手段は絶対に取らないと善は言いきる事ができた。


「てか前々から思ってたんっスけど、俺らはこの依頼に関わらないんっスか? もし『境界なき軍勢』一派の掃討で大きな結果を残せれば、知名度とかも上がっていいんじゃないっスか?」

「…………まあ、そうなんだがな」

「?」


 頬を掻き歯切れの悪い様子で善がそう答え、その答えを聞き康太が首を傾げる。


「なんか問題でもあるんっスか?」


 普段の善らしくない様子に言葉を続ける康太だが、答えを聞くよりも早く彼らの泊まる部屋の襖が開き、一人の女性がお辞儀をして中に入る。


「失礼します、お夕飯の準備が整いましたが、いかがなさいますか」

「ああ。すんませんね」


 秋の紅葉を思わせる橙に金の刺繍が入った着物を着こんだショートカットの女性は、若い年齢に似合わぬ丁寧な動作で彼らにお辞儀を行い、それを確認した善が背後を振り返し礼を返した。


「十分後くらいに頼む。その頃には、他の奴らも戻ってきてるはずだ」

「ん?」


 質問に答えることなく現れた女性に話次いでそう話しかける善だが、康太が女性の方に顔を向けるとその表情を曇らせ、首を捻る。


「…………俺の勘違いなら申し訳ないんだが、どこかでお会いしたことがありますか?」

「…………」


 困惑した様子で聞いてくる康太から視線を外し、女性がヒュンレイに視線を向ける。

 その視線を受けたヒュンレイは好きにしていいとだけ告げ、そう返されたことで女性は腰に付けていた革袋に手を突っ込み、中から何かを取り出しその場に出した。


「あ!」

「ん、いきなり声を上げてどうしたんだ康太…………って、え?」


 差し出されたものを確認し康太が声をあげ、続けて覗きこんだ康太も裏返った声でそれを見る。

 そこに出されたのは、鉄色の天狗の面だ。


「お、お前!」

「落ち着け康太。別に敵じゃねぇよ」


 腰に手を伸ばし銃に手をかけた康太を善がなだめる。

 その仮面の主は、以前康太達を苦しめた敵の一人が被っていた者であったからなのだが、その目的が何であったのかを思い出し康太が息を吐いた。


「…………いきなり取り乱してすんません…………いやそれにしても驚いた」

「驚かれるのはわかってたけど、まさかいきなり銃に手を伸ばすとは思ってなかったわ。結構野蛮なのね」


 冷静さを取り戻した康太が蒼野と優と同様に炬燵に入り、目の前の女性に頭を下げる。

 それを見た女性が丁寧語を崩しため息混じりにそう言うと、返す言葉が見つからない康太は、言葉に詰まり押し黙った。


「私からも紹介しておきましょう。彼女は綾野風香『無貌の使徒』の一員です。今回の旅行では彼女に協力していただきました」

「風香です。よろしく。それと、できればあの時の事は水に流して欲しいわ。でないと業務に支障が出ちゃいそうで」


 両手を床に置き、綺麗なお辞儀を見せる女性の姿は以前戦った時に見せた空気は全くなく、蒼野や優はもちろんの事、康太も何も言えず頷いた。


「いやーいい湯だった。さ、飯だ飯だ」

「…………」

「お、すごい美人さんだ。いやー眼福眼福」

「…………原口積、貴様親父臭いぞ」

「うぐっ!? どこでそんな必要のない言葉を!?」


 空色の浴衣を着た積とゼオスが戻ってきたのはそんな時であり、能天気な声でそう言いながら入ってきた積を前に、膠着していた空気がほぐれる。


「とりあえず皆さまお揃いでしたらお食事をお持ちしてもよろしいでしょうか?」

「ええ。お願いします」

「かしこまりました」


 この状況を好機と考えた鳥人族の女性は丁寧語に戻りながらヒュンレイから許可を貰い、それから少しして他の女性と共に、前菜から順に料理を運び夕食の準備を進めていく。


「ひゅー、うまそうなもんが並ぶな。これ結構高かったんじゃないか兄貴?」

「ま、部下の快気祝いだしな。ちっとばかし贅沢したところでバチは当たらねぇだろ」


 炬燵の上に乗せられた料理を見た積が口笛を吹き善に話しかけ、善が目の前の食事を品定めしながらそう返事をする。

 彼らの前に用意された料理は見るも鮮やかな和食だ。

 旬の魚の刺身を人数分乗せた舟盛りを机の中心に置き、稲葉が所有権を持っている山で摂ってきた様々な山菜を似たり焼いたりした前菜。

 それから運ばれてくる鉄なべに火をつけると、貴族衆御用達と言われている最高級の牛肉を乗せていき、僅かに赤みが残る程度まで焼いたところで上げられ、人数分のお皿に乗せて配膳していく。


「お飲み物は何にしますか?」

「俺はまずはビールで」

「私はワインと言いたいところですが……あまり料理と会わなそうですね…………ウォッカを少々。君たちはどうしますか?」

「えっと俺は」

「いやウォッカも微妙じゃねぇかこれ」


 そうして蒼野達が順々に注文を終えると、給仕をしていた女性が一人ずつ部屋を後にし、


「残りのお食事は順次お持ちします。ごゆっくりどうぞ」


 最後に綾野風香がお辞儀をして出て行き、ギルド『ウォーグレン』の面々だけが部屋に残る。


「で、料理が出そろって飲み物も持ってきてくれたわけですけど、アニキの誕生日を祝うって言っても実際どうするんっすか?」

「ふむ、そうですね。えーでは、善の誕生日を祝い、ここで彼の過去を振り返り……」


 それから僅かな時を置き彼らの前に頼んでいた飲み物が置かれると、積の問いにヒュンレイが答え立ち上がろうとするが、彼の服の裾を善が掴みそれを静止。


「んなもんいらねぇよ。んなことよりさっさと飯にするぞ」

「えー。せっかくならしっかり祝いましょうよ。俺とか康太も孤児院にいた頃は、誕生日は盛大に祝ってもらってたんですよ」

「俺は恥ずかしくなるから嫌いだったがな」

「文句言うな。てかぶっちゃけこうやって慰安旅行に来れただけでも充分だろ」


 蒼野の横やりに対し康太が返事を返し、善がうんざりとした表情でそう言いきる。


「…………」

「待てゼオス! お前勝手に食おうとするな!」


 そうして場の主導権が誰の手からも離れ静まり返ったところで、誰かが口を開くよりも先にゼオスが食事に手を付け、それに続いて慌てた康太や優、それに一歩遅れて他の面々も食事を開始。


「…………」

「ちょ、待て待てゼオス! 刺身ばかり食うな!」

「おいクソ犬、何だその皿一杯のフルーツは。全部取るつもりかコラ」

「こういうのは早いもの勝ちなのよ。遅かった自分を呪いなさい」

「はっはっは、にぎやかでいいですねぇ」

「笑ってる暇あったら飯食え。この中で一番栄養を取る必要があるのは、病み上がりのお前なんだぞ」

「おっとそうでした」


 炬燵の中心にある舟盛りを囲みながら、各自が好きなように食事を行い好きなように動き、夜は更ける。


「…………そうだ、一つ聞き忘れていた」

「ん?」

「…………今日の寝室はこの大部屋で全員が寝るのか?」

「ああそうだな。まあ優だけは隣の部屋を用意してるけどな」

「別にそこまで気にする必要ない気はするんだけどね。アタシに手を出す奴なんていないだろうし、手を出したとしても善さんとヒュンレイさんが何とかするでしょ。二人は親みたいなもんだし」

「そりゃそうなんだが、こういうのは常識ってやつだ。諦めろ」

「…………古賀蒼野と同じ部屋に寝ることになるというのなら耳栓だけは用意しておけ。寝付けんぞ」


 それからしばらくして全員が食事を食べ終わり数人が腹を抑えくつろぐ中、ゼオスがそう忠告すると康太は全てを察し、善と積の二人が首を捻る。


「まあオレから説明するとな……ぶっ!?」


 疑問符を浮かべる善と積に対し説明を始めようとする康太だが、その時彼の頭に真っ白なカバーを付けられた枕が衝突した。


「いってぇな! 何しやがるテメェ!」

「何しやがるとはおかしな質問ね。アタシ知ってるのよ。こういう木造の赴きのある旅館で旅行といったら枕投げが定番なんでしょ。それを気にしてなかったアンタが悪い」

「いや優。それは学生の修学旅行のノリで、こういう高級旅館は違うんだよ」

「? 修学旅行ってな……に!?」

「上等だワン公。先に喧嘩を売ったのはお前だからな。覚悟はできてんだろうな!」

「不意打ち一発当てただけですぐ調子に乗る。これだからクソモンキーは!」

「おいお前ら。やるなら隣の部屋でやれ。そっちは枕投げしていい許可を貰ったからよ」

「え、許可貰ったんですか善さん」

「まあこいつら二人がいるならこうなるだろうと思ってたからな。一応貰っておいたんだが効果があ……」

「ふっふっふ。油断したな兄貴」

「……上等だ、来いお前ら。全員相手してやる」

「ほら、行くぞ蒼野!」

「俺もかよ! まあたまにはいいと思うけどさ」


 それから部屋にいた大半の面々が会話に参加した末に隣の部屋へと移動。

 ヒュンレイとゼオスが部屋でくつろぐ中、残る面々による枕投げが行われた。


「くっそ! ずりぃぞ兄貴! てか俺ら相手に本気になりすぎじゃねぇか!?」

「馬鹿言うな。俺はわざと負けてやるようなお人よしじゃねぇ。恨むなら不用意に挑んだ自分を恨め」


 なお、勝負は飛んでくる全ての枕の軌道を見切り、音速を超える勢いで投げ返した善の一人勝ちであった。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日は彼らの旅館での一幕です。

旅館に入ってから食事のシーンまでは元々構想に会ったのですが、枕投げは後で足しました。


旅館での大騒ぎの代名詞のような気がしたので。


明日もいつも通り投稿するので、よろしくお願いします

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