古賀蒼野、賢教に行く 四頁目
「朝食を取ろうと思ったが許可がなけりゃ動けない事を思い出して電話して、そしたら息も切れ切れな状況のこいつが来て、んで助けを求められる。なんだこりゃ、どういう状況だよおい」
茶色の寝巻にカウボーイハットを被った状態で、目の前の状況に困惑するゲイル。
彼の視線の前に広がるのは腕を組み目前の男を見下す尾羽優の姿に真横で事を見守る古賀兄弟。
その視線の先にいるのは先日彼が出会った赤髪の少年で、ゲイルの止まっていた部屋で尋問を行うような形で全身を椅子に縛りつけられ座らされていた。
「あのあの。おれはなんでいきなりとび膝蹴りを喰らって、目が覚めたら拘束されてるのでしょーか」
「まあそうなるよな。えっと、俺の分かる範囲で説明させてもらうとだな……」
事のいきさつを話す蒼野にその話をただただ頷きながら聞き続ける積。それが数分続き終わりを迎えた時、拘束されていた積はため息をついた。
「悪いが俺はお嬢さんが探してる下着ドロじゃない。人違いだ」
誤解だと伝える積に、敵意を欠片も隠そうとしない優の気配。
その様子にたじろぐ積は目をつむり頭を捻り、何かを思いついた様子で目を開く。
「昨日俺が『ラウメン』について教えた時、どんな様子で話したかここで再現してくんね?」
「わかった。てか『ラウメン』なんて奇妙な名前がついてんのかあの変態」
付けられた異名に呆然とする蒼野だが、気を取り直し先日の会話を思い出す。
「確か自己紹介から始まって、西本部の話をちょこっと。それからお前が言ううまい話を聞いて、明日もあそこらへんにいるからってことを言った、くらいだよな」
蒼野の言葉に満足そうな様子を見せる積。
「後はこの好機を逃す機会はない、とか。男の夢を叶えてくれることに感謝、みたいなことも言ってたような気が」
「理解してくれたか?」
「女の敵ってことはね」
「そうじゃなくてね!?」
続けて蒼野が騙った言葉に優が表情を険しくし、首元に当てられた水の刃に顔を青くした積が、ものすごい速さで首を横に振り口を開く。
「もし俺が『ラウメン』なら、今見たいな言い方は絶対にしない!! もっとこう……その、なんだ……期待をさせるような言い方をするさ。今夜はお楽しみですね、とかさ!」
「証拠にしちゃ弱すぎね。てか言ってて悲しくなったり恥ずかしくなったりしないの?」
「じゃあもう一つ! 昨日カウボーイハットを被ったゲイルって奴には見せたものだ」
そう言って渡されたのは蒼野とゲイルに見せたフリーパス。その存在を知っていた少女は対して驚くそぶりも見せず受け取るが、ある場所を見たところで顔をしかめた。
「神教からこっちに来たのは八月の二十日。今から五日前……」
フリーパスには過去の移動歴もしっかりと記載されており、それは積が、一ヶ月前から活動されたと言われる『ラウメン』ではないという決定的な証拠として機能した。
「……悪かったわね、手荒なマネしちゃって。こっちも気が立っててね」
縛り付けていた縄が解け、構えていた鎌を液体に戻し地面に染みついた水を腕で吸い取る。
対する積は自分の体が椅子から離れられることを確認すると立ち上がり、笑って済ます。
「にしても男の夢とは、すごい言い方だな」
「馬鹿にしちゃいけねぇ。空から女性の下着が降ってくんだ。まさに楽園だろ」
その時、優が目を光らせている事に気づかず、蒼野の言葉に対し力強い口調で積が返事をする。
「俺なんてあれだぞ。こっち来てから数日間、窓の外に大きめの靴下を掛けてんだからな」
「じゃあアタシ達の前にパンツを被って出てきたのはどういう事かしら?」
「いやあれはだな、あまりの嬉しさと突然の大声に驚いて思わ、ず?」
熱弁していた積が、自分を包み込む視線が先程までのものと全く違うものになっている事に気がつく。
今まで向けられた数々の視線にはこれまでは、少なからず同情の意が込められていた。しかし今向けられる視線にはそれはなく、いやらしいものや汚いものを見るような侮蔑の意思が込められていた。
「頭の中あの変態と対して中身変わんないんじゃない?」
「失敬な、男はみんな女の下着が大好きなんだよ! 俺だけ変みたいに言うなよ!」
「え、怒るとこなんか違わない?」
優の言葉に反論する積の声が、談話室の壁の防音機能を破る勢いで木霊すると、その返事を聞いた優が一歩後ずさった。
「あのな、女の下着だぞ女の下着。普段は絶対に手に入らない最終防衛ライン。それほど貴重な物、舞い降りてきて喜ばない男子がいるか!」
「ブサイクの物だったり、しわくちゃの婆さんの物。ガキのだったらどうすんだよお前」
「シャラップ! そんな現実など知らんのだよダサ鉢巻! そこに存在する物で想像を掻きたてる、そこが重要なんだよ。あと俺のストライクゾーンは幼女からババアまでどこまでもオッケーだ。どんなものが来ても問題ない!」
「ダサ鉢巻言うなコラ」
「とりあえず殴っていいかしら。殴っていいわよね?」
優と康太がゆっくりと近づき部屋の隅に追い詰めると、状況を察し顔を青くする積。
「辞世の句はあるかしら」
部屋の隅で小さくなって震える積に対する優の言葉は、まるで親が子に『怖くないよ』と言ってあやすかのような優しさが込められていた。
「いや、あの…………」
「いいからさっさと言えよ」
対する康太は懐にあった銃をチラリと見せながら無機質な声で脅しにかかる。
それは偶然にも言い方と声の温度差から、飴と鞭の形を作っていた。
無論、二人とも真横にいる人物の事など一切考えてなどいない。しかしその状況を前に積は混乱し、自制心がぼやけ、自分の思っている事を包み隠さず口に出してしまう。
「『ラウメン』をもし捕まえたら、サイン貰っといてくんない? 一生の宝にするからさ」
「この…………」
「変態が!」
その言葉が終わるか終らない内に、二人がほぼ同時に積を踏みつけはじめ、積の悲鳴が部屋中に木霊した。
「はぁ」
お前ら実は仲良いだろ、二人が衝突を繰り返す事情を知らない蒼野とゲイルは、心の中でそう思っていたが口には出さなかった。積と同じ目に合うのはごめんだったのだ。
「なんで俺がこんな目に」
「いやあれはお前が悪い」
積が踏みつけ続けられた時から一時間が立った。全身を包帯でグルグル巻きにした状態で地面に転がされた積を見て、見張っている蒼野がため息を漏らした。
二人がいるのは蒼野が寝泊りをしていたホテルの一室だ。
優は『ラウメン』を捕まえるため街全体で情報収集を行っており、康太はゲイル一行を逃がさぬよう共に行動。町中を散策している。
そして残る蒼野は、縛り付けられ転がっている積と共に、自分の部屋でくつろいでいた。
「ところでお前は何で俺のとこに残ったのさ。あんなに引き気味だったじゃないか」
「いやあれは大半の人間が引くと思うぞ。まああんたと話したいことがあったんだよ」
「………………猥談?」
「そーいうこと言うから引かれるんだよ!」
積の言葉に対し、普段の彼らしくない強い口調が漏れる。じゃあなんだよと聞く少年の言葉に咳払いを一つして気を取り直し、蒼野は言う。
「話を聞く限り、積はいろんな場所を回ってんだろ。だったら色々な場所の情報があると思うんだが、よければ教えてくれないか?」
「気になってたんだが、なんでお前は奴らに襲われた時に貴族衆出身だって言わなかったんだ? それさえ言っとけばこんな無様な姿を晒す必要もなかっただろ?」
人通り賑やかなメインストリートを、二人の男が歩いていた。
一人は黄色の鉢巻を堂々と付けた古賀康太。もう一人は古びたカウボーイハットを被るゲイルだ。
同年代の平均的身長と比べ僅かばかり背が高い彼らは、頭に付けていた特徴的なアイテムが注目の的となり人々の視線を独占していたが、その事実に気が付かずに歩き続けていた。
「んなことより見ろよこれ。なんの支えもなく縦横無尽に水路が敷かれてるんだぜ。すげーよな。粒子による技術さまさまだぜ」
「おい、俺は蒼野とはちげぇぞ。捕虜の身なんだ、しっかりと話してもらう」
石造りの道を歩く康太が無駄口を叩くなと康太が言外に語り、ゲイルが一瞬だけ足を止め深々とカウボーイハットを被る。
「…………嫌いなんだよ、あの空気が」
「んん?」
その時ゲイルが漏らした阿短いながらも強い恨みのようなものが聞き取れる声色に眉をひそめる康太。
それから少しの間を置いた後、苦い表情をしながら、ゲイルは話しはじめた。
「俺はな、貴族衆っつーもん、いやそれに躍起になるうちの家系が大嫌いなんだよ。お前は貴族衆が名前に付けているアルファベットの意味については知ってるか?」
気が付けば二人は『一踏の湖』にまで歩いてきており、積がやっていた出店とは別の店を見つけたゲイルは、幾つかの商品を買いベンチに腰かけ話を続ける。
「一番上がAで、徐々にランクが下がっていってZが最下位。Fまでが六大貴族と言われる最高位で、貴族衆の動向とか二大宗教とかの関わり方を決めてるんだろ。んで、アルファベットの決め方は確か」
「財力と戦闘力。それに領地の規模だ。これらは不変的な物じゃないから、このアルファベットの格付けは常に変動する。うちの家系はな、ほんの数年前までEを背負ってたんだ」
「Eつーことは六大貴族じゃねぇか!?」
思いもよらない事実を前に康太が珍しく声をあげるが、ゲイルはさして自慢げな様子もなく淡々と事実を語り続けた。
「だが前当主、俺のじいちゃんはそこまで登りつめた時他界してな。それから親父が当主になったんだがひどくてね。貴族衆で最高位の『A』の座を手に入れようと躍起になったんだがうまくいかず、残る四席を超える事は一向にできなかった。
加えて新しく行った事業は失敗し、じいちゃんとの縁でフォン家の力になってくれていた奴らは、親父とソリが合わず離れていった。まあ要するに、親父には当主としてやっていけるだけの器量がなかったってことだ……だから親父は無茶をした」
「無茶?」
「親父は事もあろうに上位陣に正面から喧嘩をふっかけやがったんだ。戦闘力で劣る部分は猛者共を金で雇い、経済面ではサイバーテロを仕掛けた。その結果は……無様なもんだ」
そう言いながら帽子を脱ぎ胸元に押し付け、目をつぶり思い浮かべれば今でも鮮明にその時の光景が思いだせた。
金で雇った猛者達がそれ以上の金で裏切り、家へと押し寄せる姿。
地面にうずくまりむせび泣く実の父親を見下す5人の当主。
何度思い出しても背筋が凍る光景だ。
「その後の親父は哀れなもんさ。あらゆる権利を残りの六大貴族の指示で他の貴族衆に奪われ、息子である俺に奴らを超えろと縋るだけ。そんな親父がな……俺は大嫌いなんだよ!」
みたらし団子を包んでいた袋を丸めゴミ箱へと投げ捨てるが、それはゴミ箱に辿り着くことなく弱弱しい勢いで地面に落ちる。
「その帽子はじいちゃんのお古か?」
墜ちたゴミをゴミ箱へ捨てようとしたゲイルであるが、康太の言葉を聞き動きが止まる。
「そうだ。俺の爺ちゃんは当主になるまでの間、歴史研究家、広義で言われる考古学者として過ごしていたらしくてな。こいつは死ぬ間際に貰った、大切な形見だ」
手に持つカウボーイハットに慈愛の視線が注がれる。慈愛に満ちたその視線は、それが大切な宝物だと一目でわかるものだ。
「わかるさ、俺も同じようなものを持ってるからな」
頭に巻いた鉢巻にそっと触れる。自分にも同じように大切なものがあるからこそ、康太はゲイルの思いが自然と理解することができた。
後に残ったのは食べ物を咀嚼する音だけ。
少しして、持っていたものをあらかた食べきったゲイルは康太の方を向き直し言う。
「だからよ、俺はよっぽどの事がない限りフォン家の名は出さねぇ。それが俺の意地だ」
帽子をかぶり、少し雲が出てきた空を眺めながらゲイルは伝える。今の自分は貴族衆・フォン家の御曹司ではないと。
世界中を飛び回り、商人を営む旅人だと。
ゲイルは胸を張って康太に伝えた。
ご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ゲイルの過去回想回。次回くらいまでは、かなり穏やかだと思います。
そこから物語としてペースが上がります




