ルティス・D・ロータス 三頁目
部屋の隅に重ねられていた机を運び、指定された位置に置く。その後別の場所に束ねて置いてあるテーブルクロスを手に取り、近くにいたメイドの人と共に皺一つ作らないように気を配りながら机に敷く。
それがしばらくの間続き作業を終わらせた後、蒼野と優は来賓待合室で時間を潰すこととなった。
「それにしても積が外に連れ出すことに成功するなんてね。ちょっと意外」
「適材適所って奴だと思うぞ。話によると相手はゲーム好きだったらしくて、それがうまく嵌ったらしい」
「へー。でもまあ何にせよこれで依頼は無事完遂! どうなることかと思ったのだけど良かったわ。今回は善さんの点数もかなりのもんでしょ! ところで積は?」
「今もお嬢様とゲーム中だとさ」
お昼過ぎのデザートとして出された緑茶と羊羹を口にしながら二人がそうして話を続けていると、部屋に見知った姿が現れる。
以前一度だけ目にした黒の礼服を着込んだゲイル・U・フォンの姿だ。
「お、蒼野たちじゃねぇか。最近はよく会うな」
「来てくれたんだなゲイル」
「ルティスの奴が部屋から出たとなりゃ、行かない理由はねぇさ」
大遺跡での探検以降も何度か連絡を取り合っていた友人と蒼野が握手をして同じ机を囲う三者。
「あーだめだ。また負けた。得意ジャンルの範囲広すぎだろ」
「うふふ。五年間色々なゲームをやっていたんですもの。大抵は負けませんよ」
その一方、積とルティスの二人は、蒼野達がいる待合室とは別の部屋で、コントローラーを握り戦い続けていた。
「勝てねぇぇぇぇぇ!?」
これまで負けるたびにそのジャンルとは別のゲームを差し込み挑み続けていた積だが、それでも一向に勝てず床に全身を委ね大きく息を吐いた。
「クソーなら次は…………こいつだ」
「ワンダーランド3? ずいぶんと昔のゲームですのね」
「俺からしたらそれが置いてある方が驚きだよ」
「スルメゲーですからね。結構やり込んでますけどよろしくて?」
「大丈夫だ。これだけは負けねぇ。絶対にな」
「そう…………それでは心してかからなければなりませんわね」
僅かな間ピクリとも動かず沈黙する積、しかし次の瞬間には体を跳ねあげ四つん這いの状態でゲームの山へと近づき、新しい一本を選んで差し込む。
その様子を見ながら一瞬寂しそうな表情を浮かべるルティスだが、すぐに普段通りの表情を画面に向け、ゲームを差し込むと、そこでピタリと動きが止まった。
「すいません積さん。あの、わたくしお手洗いに行ってきますわ。少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「おーおー行って来い行って来い。俺は昔の感覚を取り戻しとくぜ」
「ですけど外に出るというのは大変ですわね。これまでなら尿瓶でよかったのですけど」
「…………部屋にトイレあったよな」
「そうなのですが、ゲームが佳境ですとどうしてもその場を離れたくなくて」
「お嬢様の意外な一面ってか。聞きたくなかったよ!」
恥ずかしげにそう口にするお嬢様の姿に対し積が突っ込みをいれると彼女が部屋を出ようとするが、扉を開けたところで彼女は自らの母と顔を合わせた。
「ルティスかい」
「……お母さま」
父親が早くに他界し、兄弟の類が誰もいない彼女にとって、母は唯一の肉親。この世界で最も大切な人と言っても過言ではない。
そんな母を目の前にして、彼女は心配をかけた事による罪悪感から押しつぶされそうになるが、ダイダスが彼女の肩を叩き反射的に頭を上げると、胸を締めあげていた鎖が解かれていく。
「よく出てきてくれたね…………ありがとう」
「はい、お母さま」
長い間壁越しにしか話してこなかった二人の会話はたったそれだけだというのにぎこちない。それは部屋に籠っていた年月を考えれば当たり前の事ではあるのだが、寂しい事である。
「…………わたくしが外に出たのには色々な理由があるのですが、最も大きな理由は胸を打つ言葉に出会ったからです」
「?」
母が出している迷いの空気。どう接すればいいのかわからないという空気を彼女は直接『見て』、消え入りそうな声で話しかける。
「昔、そう昔…………あるゲームで言っていたのです。『辛い思いはそれ以上の喜びで補える…………その場で止まっていても、意味はないのだと」
「…………」
「良い言葉だとは思いませんか?」
「ああ。そうだね」
口元に手を持っていき緊張した様子で語る娘に対し母は柔らかな笑みを浮かべ、
「さあ、もうすぐ刻限だよ。準備を済ませたら、ナイト様と一緒におとなしく待ってな」
「はいお母さま」
「騎士なんていう柄じゃないんですけどねぇ。ま、できる限りの事はさせてもらいますよ」
彼らはその時が来るのを待ち続けた。
いつだって、わたくしは扉を開ける事が怖くて仕方がないです。
扉の先には私の知らない人が悪意を携えた心を持ち、私が現れた瞬間その大半が注がれる。
友人や母はわたくしの容姿を褒めてくださいますがとんでもありません。人の視線をこちらに向ける自らの容姿が、わたくしは恨めしくて仕方がないのです。
「さて、舞踏会に行くとしますか!」
「っ!」
そんな私は『舞踏会』という言葉を聞くだけで全身を振るえさせてしまいます。
あの日、あの時に感じた恐怖、それがフラッシュバックし、目前に迫っているのを自覚すると足が竦んでしまい動けなくなってしまうのです。
「は、い…………」
それでもわたくしは約束を守るために進まなければならないと自身に訴えかけるのですが、やはり足は動きません。
「そう心配しなさんなって。いるのはお嬢様のお母さまや気の良い友人。それに今俺が滞在してるギルドのいい奴らばっかりだ。あんたが恐ろしく思ってるような景色は、万が一にも訪れねぇさ」
そんなわたくしの後ろから緊張感というものを感じられない声が聞こえてきます。その声の主は肩を軽く叩くと、震えて動けないわたくしの手を握り私の手を引っ張っていきます。
「おーい、主賓の到着ですよ――――」
そのまま彼は重苦しい音を発する扉を容易く開けるとあっけらかんとした声をあげ、わたくしと彼は光に包まれました。
「よぉルティス、ずいぶんと長い隠居生活だったな!」
「さっきは顔を合わせてなかったでしょ? ならもう一度自己紹介をさせて。アタシは尾羽優。それでこっちが古賀蒼野。他にももう一人同い年の仲間がいるんだけど、そいつについてはまた今度紹介させてね」
「一人…………康太を抜くなし」
そうして目にした景色、あの日の舞踏会と違い数が少ない人々の心を見てわたくしは思いました。
「ああ…………部屋から出てきてよかった!」
少女の思いが口から溢れ、それを引っ張る少年は口元に笑みを浮かべる。
彼女の足は自然と前へと進み、彼女の手は騎士の手から離れていく。
それは五年ぶりに彼女の心に光が差し込んだ瞬間だった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回の物語は次回で終わりなのですが、その次はもう一回日常系の物語で、
その更に後は一章最後の物語、こう考えると結構書いてきたものだなと思います。
皆さまには、最後までお付き合いいただければ幸いです。
まあ、そのすぐ後に二章を書きますが。
それはそうと今回の話のついてなのですが、デザートで緑茶と羊羹が出たのはダイダスの趣味です。
彼女は紅茶よりも緑茶が好きなのです。
それではまた明日、よろしくお願いします




