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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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とある二人の物語 三頁目


 日が昇りきりアルマノフで働く人々が動き始める。

 ある者は地図を持ち大神殿へと足を踏み入れ、ある者は荷台に荷物を積みアルマノフから出て行き、ある者は白衣姿で研究を始める。

 ゲイルも仕事があると言い目を覚ますとすぐに帰り、宗介も手に入れた資料の情報をまとめアルに伝えるために、優と共にすぐにアルマノフから離れていった。


「コーヒーだ、飲めよ」


 そんなせわしなく動き回る人々の雑踏から少し外れた公園のベンチで、座ったままじっと待っている弟に対し善がコーヒーを渡す。


「…………」

「まだ逃げようとか考えてんのか。少し話をするくらいいいじゃねぇか」

「その後の展開がわかるから、ヒュンレイさんは兄貴を俺に合わせるつもりがなかったんだと思うぞ」

「…………」


 火を点けたまま口に咥えていた花火に向けていた視線を、積に注ぐ善。

 それだけで積は善の言いたいことを察して口を開く。


「どんな風に話を進めたにせよ、兄貴は最後には必ず『俺のギルドに入れ』って言ってくる」

「……わかってるじゃねぇか」


 それを聞くと善は言葉に詰まり、結局はうまい言い回しができず、淡白な言葉だけを吐きだす。

 それっきり善は押し黙り、同じく積も口を閉じ俯く。


「俺が兄貴と合わずに過ごしてきた理由はな」

「………………」

「平和に暮らしたかったんだ。それに人生を楽しみたかった」


 積の言葉に対し善は何も言葉を返さない。

 手を伸ばせば触れられる距離にいるというのに、聞こえていないかのように何も反応を返さず、口先で音を立てる花火をただじっと見つめている。


「けど、兄貴のギルドにいちゃそれができない」


 瞳を閉じれば今でも思いだす事ができる、現世に生まれた地獄が如き光景。

 ギルド『ウォーグレン』というギルドに入るという事は、その世界に足を踏み入れるという事であると、積は十分に理解している。

 それだけではない、いずれは自分たちの町を滅ぼした大災害の原因、ヘルス・アラモードとも相対するということまで、彼は知っていた。


「だから離れた」

「待て積、それはだな」

「それに兄貴は神の座を目指してるんだろ」

「………………ああ」

「悪いけど俺はそんな荒唐無稽な夢に付き合うつもりはないんだ。せっかくあの大災害から生き残れたんだぜ? もう二度と危険な目には合いたくないし、死んだ奴らの分まで生きてやるのが筋ってもんだろ」


 そう笑いながら口にする積の言葉に、善は何も言い返せない。


 世界の頂点、それを目指すという人生が弟にとってはただの重荷であると言われれば、それを否定する材料は見つからない。


 だがそれでも、一緒に過ごしたいと思うのは嘘偽りのない本音である。

 あの大災害を奇跡的に生き残った家族を、どうしても手放したくなかった。


「まあそう気を落とすなって! ここで会えたのも何かの縁だ。危ない依頼とかは受けない主義だが、電話してくるのまでやめろとは言わないさ。電話番号なんざ探せばすぐに見つかるんだ。また近況なりなんなり連絡してくれよ。それくらいならなんも問題ないぜ!」


 そのまま善が何も反論せずに時間が経つと、これまでの静かで重苦しい空気を吹き飛ばすように、積は明るい声でそう告げ兄の肩をバシバシ叩く。


「それに、兄貴の目的を否定するわけじゃないさ、神の座に就いて、俺たちみたいな子供を増やさないっていう考え。これについては全面的に応援してるんだぜ」


 だから頑張ってほしい。そう暗に伝え積はその場を去ろうとするが、


「待ってくれ積!」


 その前に蒼野と康太が立ちふさがる。


「んだよんだよ! もうシリアスモードは疲れたから、そろそろいつものお気楽テンションで過ごす算段なんですけど!」

「本当ならオレ達は出る予定はなかったんだけどよ。蒼野がどうしてもお前と話したいんだとさ」

「真面目な話はお断りしたいんだが」

「悪いな。真面目な話だ」


 その言葉を聞き、サングラスの向こう側にある積の顔が険しいものに変わる。

 この状況で他の話などするはずもないと思うのだが、話を拒否しようとする。


「んー、まあこの件については諦めろよ。まあ社会の基本……いやそれを俺みたいなチャランポランが言うのもおかしいけどさ、こういうのってあんま余所様が口出しするべきものじゃないと思うぞ?」

「余所様、か。善さんが作ったギルドの一員としての立場が、俺にはある」

「いやいやいやいや、そんな程度で口出しされちゃ、たまったもんじゃ……」

「やっぱり悔しいんだ。目の前に家族がいて一緒に話す機会があるのに、それを棒に振られるのがさ」

「…………」


 蒼野の訴えを聞き、虚を突かれたような顔をして積が口を閉じる。

 彼はこの瞬間、目の前の二人の過去を思い浮かべてしまったのだ。


「知ってると思うんだが俺達は捨て子だ」

「ああ、知ってるよ」

「親から捨てられ拾ってもらった身で、親はどんな容姿で、どんな性格で、どこで生まれたのかすらわからない。もっと言えばこの『蒼野』って名前も本名じゃない」

「そりゃ大変なことで。でもそれが俺の話にどうつながるのさ?」

「蒼野の奴はな、手に入れられるはずの幸せをむざむざ手放すなって言ってんだよ」

「幸せ?」


 康太の言葉に、蒼野が同調し頷く。

 しかしその言葉の意味が分からない積は、首を傾け次を待つ。


「俺や康太はさ、今も言ったけど自分の家族、というより産みの親について全然知らないんだよ。さっき言った容姿とか性格、生まれ故郷についてはもちろん、兄弟がいたとしても全然知らないんだ」

「まあもちろん孤児院にいた際にシスターの事を聞いたり、他の奴の事を知ったりはした。だけど本当の家族の事は何も知らないし、これから知る機会は少ないと思う。いや、もしかしたらないのかもな」


 蒼野達の言葉に対し、積は表情一つ変えることはない。

 ただ黙って、彼らが口から吐く言葉に耳を傾ける。

 蒼野と康太はそんな積に追い打ちをかけるように言葉を吐きだす。


「わかるだろ。俺達は家族の事を知ることができる権利を自ら手放そうとしているお前を何とか止めたいんだ。打から頼む! 少しの間でもいいんだ。一度『ウォーグレン』に来てみないか?」

「いやいやいやいや」


 蒼野と康太の訴えかけ、それに対する積の反応はヘラヘラと笑いながらされるやんわりとした否定だった。


 「お二人さんちょっと深読みしすぎだぜ。さっき兄貴とも話してたけどな、電話までするなって言ってたわけじゃないんだ。ただ危険な目に会いたくないから距離を取る、それだけの事なんだよ」

「だがお前は」


 できるならば一生善さんと会わず過ごすつもりだったはずだ。


 康太の口にしようと思った言葉は前に出た蒼野に封じ込まれる。

 チラリと後ろにいる康太に向けたその目は、今言うべき言葉はそれではないと訴えかけていた。


「善さんだって不死身じゃない」

「そりゃ…………そうだな」

「ここでギルドに入るっていう勧誘を断って、それで善さんが死んでしまったとしたら、お前は絶対に後悔する。自分の兄がどんな風に生活して、どんなことを考えていたのか、知らずにいたらきっと後悔する。だから、お前はこの話を蹴るべきじゃない」

「康太もそう思うってのか?」


 答えを求められ、頷く康太。


「ああ。せっかく家族の事を知れる機会が転がってきたのに、それを無碍にするのはもったいねぇ。家族の問題と言われても、悪いが横槍を入れさせてもらう。つか善さん云々以前にお前だって死ぬ可能性は十分あるんだ。死ぬ前に生きてた家族と過ごす時間を思い浮かべられないってのは、辛いだろうが」


 二人の説得を聞いて積が熟考する。

 といっても康太からすればここまで言ってもそこまで効果があるようには思えなかった。何せ積の危険に突っ込みたくないという気持ちは当然の反応だ。

 加えて蒼野や自分が言っている事は裏表のない本心ではあるが、それに付き合う義理もない。


「確かに…………その点は重要だな」

「なに?」


 だから原口積はまたも笑ってやんわりと断るだろうと考える中、ぼそりと呟いた言葉を聞き康太が聞き返す。


「二人の行ってることはよーく分かった。いいぜ、俺も『ウォーグレン』に入ろう!!」

「本当か!?」

「マジか」


 積の言葉を喜ぶ蒼野であるが、その後ろにいる康太は驚きでロクな反応ができず、奥で事のあらましを聞いていた善に至っては説得がうまく行った事に猜疑心さえ湧いていた。


「どういう事だ。お前は危険に突っ込むような事は避けるつもりじゃなかったのか?」

「モチのロンよ。その考えは今でも変わらねぇよ。でもま、電話で話すだけじゃわからない事だって多々あるしな。まあ少しの間なら一緒に過ごしてもいいかなって思ったんだよ」

「少しの間?」

「そ、少しの間」


 積の言う事に要領を得られない善が聞き返すと、携帯のカレンダーを確認する。


「今日が10月2日だろ。まあそれなら年の始めぐらいまでならいいかなって思ってさ」

「そうか……年の初めまで、か」


 与えられた期日を善が反復し、それを聞き積が笑う。


「そーそー。兄貴が今どんなところに住んでいるのかも気になるしな。だってあれだろ、兄貴のギルドってことはいわば原口家のマイホームだろ。里帰りと考えりゃ、悪くない」


 積の言葉に何かを追求する人物はいない。ここにいる全ての人々が新たな仲間の動向を歓迎し、日常に戻っていく。

「ん、電話。優の奴からか。どうした」


『あ、善さん。今ゼオスの奴も連れてアルさんのところに伺ったんだけど、条件通り、同盟関係を結んでくれるって』

『今回の依頼は達成云々よりも、あのアルマノフ大神殿に入るのにどれくらいの期間が掛かるかを調べてた物でな。まさか次の日にコネを使って解決とは思ってなかったぞ』

「不服か?」


 電話越しに聞こえる研究者に対し、短くそう言いきる善。


『まさか! 貴族衆に対するコネを持ってるなら持ってるで、色々な素材が集めやすいのは疑うべくもない事実だ。今後とも、いい関係を築いて行こうじゃないか!』

「ああ。そうしてくれると助かる」


 優の報告とアル・スペンディオの返事を聞き、まだまだ完全には心を許せない事を悟る善。

 そんな彼らは新たな仲間を加えギルドへと帰っていった。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日分の話を更新。

恐らく全編通しても十分の一程度しか存在しない、真面目な積の様子が描かれた一話でございます。

そして割とあっさり目に流しましたが、アル・スペンディオもこれにてギルド『ウォーグレン』に参加。

ゲイルと宗介は聞かんで終了。


次回から新しい物語の開始でございます。



それはそうと本日はもう一話更新します。

こちらは少し遅れてしまいましたが、年の初めという事で特殊な一話――――すなわち次回予告を行って行こうと思います。


ネタバレに関する要素はなく、こんな感じの奴らや展開が出てくるんだな、程度で見ていただけると思います。


それでは、また次回のお話でもお会いしましょう!


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