とある二人の物語 一頁目
遺跡を出れば時刻は既に夜。
辺りのテントや建物には光が灯り、草木の生えていない固い地面の上では、夏祭りでもないのに屋台が出店し、冒険から帰還した康太達を歓迎していた。
「終わった終わった。これで無事依頼は完了だな」
「んだな。まあ予想外の事が色々あったが、無事に帰ってこれりゃ御の字だ」
「この惨情で無事とは言い難い気がするんだけどね」
最後まで意識を手放さず地上へと戻った四人が 外の風景に胸を撫で下ろしながら雑談を行う。
「……貴様が感じていた殺気はどうなった」
「謎の殺気ってのはあの部屋に入る前に感じたあれか? 死ぬかと思ったぞ!」
「あ、そういやそうだったな」
そうしているうちにゼオスと積の言葉を聞き、康太はいつの間にか自身に向けられていた殺気が消えている事に気が付いた。
そのままサングラス越しに自分を睨む積にその事実を伝えると、積はその場で尻もちをつき、全身を巡っていた空気全てを放出する勢いで息を吐いた。
「はーー! これで完全に安全ってことか。いや正直今まで気が気じゃなかったからな。これで安心できた。帰って寝よ」
「そうだな。今日は疲れた、さっさと宿を取って、疲れを取るとしようぜ」
「いや、俺はそのまま帰るよ。旅先の布団やベットより、我が家が恋しい」
「とは言うが、今日は諦めるしかないぞ。ワープに使える道は全部閉じてる」
康太がそう口にすると積が周囲を見渡すのだが、夜の十時が迫ったこの時間帯には遺跡付近の転送装置は全て停止しており、それを見て積が顔を歪ませた。
「マジか!?」
「マジだ!」
「うぉビビった! 耳元で叫ぶなよ!」
そのまま叫ぶ積に呼応し、目が覚めた宗介が声をあげる。
すると思ってもみないタイミングで背中から聞こえてきた大声に驚き康太が背負っていた巨体を乾いた大地に落とし、宗介の口から蛙の断末魔のような叫び声が絞り出された。
「ワープに使える道が閉じてるってどういう事だよ! ここはあのアルマノフ大神殿だろ? 年中無休で、動いてなきゃおかしいじゃないか!」
「いやいや、そこは疑問を持つところじゃないだろう! 真夜中にワープパッドを付けたままにしておけば、よからぬ連中がやってくる! それを避けるための初歩的な防犯だ!
夜にワープパッドをオフにしておくだけで犯罪率が半分以下にまで落ちたというデータもあるくらいだしな! 色々な不安を失くすための施策の一つだ!」
「理由が理由なだけに言い返せないなちくしょう! あ、なら怜の能力で」
「……悪いが俺もガス欠だ。そこまでの長距離移動できん」
一縷の希望を抱き尋ねた積に対しゼオスがサラリと言葉を返す。
「希少能力とはいえ、ノーリスクでどこにでも移動できる転送能力だもんな。そりゃ粒子も使うだろうしな、仕方がないか。ただ、こっちにはこっちの商売もあるからよ。明日朝一で帰らせてもらうぞ」
「ああ、分かってるよ」
それに対し積は強く念を押す様にそう告げるのだが、康太や優はといえばゼオスの嘘が疑われずに済み胸中で安堵する。
「んじゃ、アタシは部屋こっちだから。また明日ね」
「ああ、おやすみ」
それから程なくして、一行はその日止まるための宿を探す。
夜になっている事もありまだ場所が空いているところはそうそうなく、結果的に彼らが選んだ宿は安いビジネスホテルであった。
そこで一人だけ性別が違う優は一人で一つの部屋を取り、蒼野に康太、それにゼオスの三人で一部屋。宗介に積にゲイルの三人で一部屋。
ゲイル達残りの三人の部屋の三人は、疲れからかシャワーを浴びることもなく布団に潜って寝息をたて始めた。
「よぉ、眠れないのか」
「意識を失ってるうちに眠気はなくなっちまったなからな。お前は?」
そんな中、廊下にあった休憩スペースで蒼野と康太が顔を合わせる。
磨かれたタイルの床の上に置かれた、机を挟んで置かれた二つの椅子に二人は腰かけ、康太は持っていた無糖のコーヒーを机に置いた。
「寝ようかと思ったんだがお前が部屋を出て行ったのを確認したからな。少しだけ話してから先に寝る。ゼオスの奴はもう寝てるよ」
「早いな。何かあったのか?」
「疲れてるだけだろ。まあにわかには信じがたいが」
「ほんとにな。寝不足とかだったのか?」
その理由が自分にある事も知らず蒼野がそう返し、そのまま二人が他愛もない会話を好きなように行っていると、一区切りつき沈黙が流れる。
それから二人が休憩室にあった窓の外をほぼ同時に見て、瞳に映った満月に対し息を吐くと、康太が思い出したかのように紙を出す。
「そういや野郎もここまでは気が付かなかったようだな。小狡い気もするが、これでヒュンレイさんからの依頼も終わりだ」
康太が見せた紙は、蒼野が先程の戦闘を終えゲイルから預かったもの。
そこには『アルマノフ地下大神殿探索参加メンバー』と書かれており、その下の欄に宗介を除き横にはギルド『ウォーグレン一同』と書かれている。
「しっかしお前も咄嗟にしてはよく考えたな。これの事は知ってたのか?」
「まあな。世界中まわるなら、アルマノフ大神殿はどうしても行っておきたい場所の一つだ。ある程度は調べているさ」
そう言いながら蒼野が康太から受け取った物は、大遺跡へと入る面々の申し込み用紙。ただの紙切れに見えるそれこそが、今回積を仲間に加えるために行った、蒼野の秘策である。
当たり前の事だが、アルマノフ大神殿の警備はとても厳しい。
世界中の秘密が隠されている可能性があるため当然といえば当然の処置なのだが、様々な罪状に対する『罰』が一般と比べ遥かに厳しい。
嘘偽りに対する処罰は元より、許可なき者の侵入も大罰に値する。
今回蒼野が積を相手に仕掛けた罠もそのルールを利用したもので、積をギルドに所属させた事にしておいて、無理矢理でも仲間に加えるというものであった。
もし自分はギルド『ウォーグレン』に所属していない、などと発言すれば、それは無断侵入というこの場所に置ける決して許されはしない罪になるため、積は無理矢理でもギルド『ウォーグレン』に入隊しなければならないという事だ。
「こんな方法で半ば無理やり連れて帰るのは気が引けるってのが本音だが、まあかなり重要な話だからな。こっちも心を鬼にしないとな」
「…………そうだな」
「歯切れが悪いな。どうした、やっぱお前はこういう事は苦手か」
「そこはこの作戦を始める前に割り切った。申し訳ない気持ちは今でも強い。けど、これは必ず両方にとってメリットのある行為だと信じてるからな」
以前ゲイルが言っていた内容によると、積は日によってはその日の食費を稼ぐことも辛い日があるらしい。他にも、今は何とかなっているが、これから先どうなるかわからない不安もあると口にしていたようだ。
少し話しただけでもチャランポランな男の言う言葉だ、ゲイルを挟んだとしてもどこまで信じていいものかわからないが、それでもギルド『ウォーグレン』に所属するという事はそれらの問題は解決できると思うし、他にも大なり小なりメリットが存在する事であると蒼野は信じている。
「けど、これじゃきっとだめだ」
そこまでわかってなお、今この瞬間に蒼野は自らの立てた計画を否定する。
「蒼野?」
「決めた。積を善さんに合わせよう」
「いきなり何言いだすんだよお前は。てかそれはうまくいかなくなる可能性が高いからやめろってヒュンレイさんが言ってたじゃねぇか?」
「それでもそうしなくちゃいけないんだよ」
静かな、しかし芯の通った強さを感じられる声で、普段では考えられない程しっかり言いきる蒼野に康太は口を閉じる。
「さっき遺跡の中でゲイルに教えてもらった事をお前に全て伝えるよ。それからよく考えてくれ、俺達が……どうすればいいかを」
神妙な顔で言う蒼野に康太は何も言い返さない。
そんな康太に対し、蒼野はゲイルから伝えられた情報を伝えていく。
「この話を聞いてどう思う? 俺は二人は会うべきなんだと思うんだが」
「…………」
手に持っていた紙に、康太が視線を向ける。その俯いた姿勢のまま数秒が経ち、動かぬ康太を見て蒼野が心配そうな顔をして肩を揺すろうと手を伸ばすのだが、
「はぁ、そう言う事情か」
ため息と共に顔を上げた康太が、紙の両端を掴む。
「もしダメだったら、俺ら二人でヒュンレイさんに平謝りだからな」
そうして蒼野が眺めている前で康太は掴んでいた紙を破り、休憩室の窓を開けると、秋の冷たい風が吹く夜闇へとそれを放り投げた。
「それ、失くさないように保管しなきゃならない重要資料なんだけどな」
悪童のような笑みを浮かべる蒼野。それに対し康太は鼻を鳴らす。
「わーってるよ。だからほら、ちゃんと手元に人欠片だけ残してるよ。もしダメだったらお前の能力で元の状態に修復しな」
「なら!」
康太の発言を聞いた蒼野の声が喜びで彩られ、それに対し康太は頷く。
「今のは決意表明だ。それに頼らず、あいつを仲間に引き入れるっていうな」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で今回から数回は積の勧誘作戦。
そしてそこに関わる積と合わせてはいけないと言われていた善の話です。
まあもうわかってる方はいるかもしれませんが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
それではまた明日、よろしければまたご覧ください




