真理の番人 四頁目
「神の……裁きを」
それが黄金の仮面を吹き飛ばされた獣の残した最後の言葉であった。
積が繰り出した鋭い一撃によって致命傷を与えられた審判者は、首のない胴体を僅かな間ふらつかせると、瞬く間に消滅する鹿頭と合わせ、力なく崩れ落ちていく。
「ねぇ蒼野。あれって……」
「あ、ああ」
頭部が破壊されたのと同時に肉体が勢いよく砂となって崩れていくのだが、その時蒼野と優が目にしたのは、失われた頭の部分から現れた一辺一メートル少々の正立方体。
地上へと着地する他の面々をしっかりと視界に収めながらも二人の足は自然とその物体へと向かって行き、
「蒼野、すぐに時間を!」
「あ、ああ! 時間回帰!」
そのまま手に取ろうと近づき始めたところでその物体は四隅から勢いよく粒子へと変化していき、勢いよく前に出た蒼野が能力を発動し撃ち出した時には、既に全ての粒子が虚空に消えていた。
「今のは……?」
「そ、そんな事より、みんなを回復させよう。特にゼオスなんてやばそうだ!」
呆然とする優に対しそう告げる蒼野。
そんな彼の脳裏に浮かんだのは能力を発動するよりも少し前、虚空に消える前に見た正立方体の姿。
あの時目にしたその物体は何らかの能力によって生成されたものではなかった。
様々なパーツを組み合わせ作り上げた、精密機械であった。
「うっし、お疲れさん」
「遅くなってごめんな。間に合ってよかったよ」
「はっはっは!君らも大変だったな! 二人で鹿頭全てを食い止めるのは辛かったであろう!」
戦いが終わり、少しの時間が経った。
既に五分以上経った傷は優が、五分以内の傷は蒼野が回復させ、彼らは戦闘開始時点の状態まで戻っていた。
「……ところで久我宗介、きさ…………お前に一つ聞いていいか?」
「なんだね!」
静寂が戻り一息つく一行。
するとゼオスがふと気になった事を思い出しそう告げ、それを聞いた宗介がこれまでと同様に、部屋全体に聞こえる程の大声で返事をした。
「……先程言っていた成すべき事。あれはなんだ? 目標以外に、やるべきことがあるとでも言いたげな感じだったが」
「君は…………いやすごいな! あの距離で届くとは驚いた! 実は今親が病床に伏していてな! 元気になってもらうための特効薬の素を探している!」
「……そうか」
声が聞こえたのは貴様の声が大きいからだ
そんな事を考えながらもゼオスは目を細め、それだけ言葉を返す。
どのような病気なのか、そこまで聞くつもりは毛頭ない。だが恐らく、そんなものを必要としているという事はかなりの重病なのだろう事はすぐにわかった。
「……その大きな声もそれが原因か?」
「いや! これは素だぞ!」
「……そうか」
宗介の返事に対し僅かに落胆するゼオスだが、そうして話をしている彼らの方にゲイルが近づき、彼は二人の前を横切り蒼野のところまで行くと肩を叩き、お疲れと口にする。
「ああ、お疲れ。積の方はどうだ。優が担当だろ?」
「当たり方が悪かった悪かったらしいぜ。傷は治ってるが意識を取り戻すのには少し時間がかかるとさ」
「…………そうか、じゃあ今のうちに聞くけど、あいつはどんな秘密を隠してるんだ?」
その後蒼野が周囲の目を気にしながらそう告げると、ゲイルは僅かに肩を揺らしじっと蒼野を見た。
「まあ……気付くよな。どこで気が付いた。やっぱ縦列決める時?」
「いや、もっと前だ。お前らが俺を引きずってる際の会話からだな」
「おたく……起きてたのか」
「起きてたぞ~ずりずり遠慮なしに引きずりやがってさー。そこんとこのお礼も含めて教えてくれよ~」
そう言って肩を揺らす蒼野に対し、腕を組み唸るゲイル。
これは中々教えてくれないか、などと考える蒼野であるが、
「いいぞ」
意外な事に、ゲイルは二つ返事でそれに応じた。
「ちょっと意外だな。もうちょっと粘るかと思ったんだけどな」
意外な反応に対し素直な感想を口にする蒼野だが、それに対しゲイルは胡坐を掻き、右手に作った拳の上に顔を上げながら顔をしかめた。
「てか今あいつが起きてないの確認してからお前の前に来たのはそのためだしな。あの野郎人の夢を小馬鹿にしやがって。抱えてる問題がデリケートな事はわかるんだが、んなことしるか。仕返しだ仕返し!」
「デリケートな問題ねぇ。で、あいつの秘密ってなにさ」
「ああ、あいつの秘密はな……」
そう口にしながら顔を近づけコソコソと何事かを口にするゲイル。
「うぇ!? それマジか!」
話を聞いた蒼野が目を見開き口を『へ』の字にすると、それを少しでも早く伝えるために康太のもとに走りだす。
そのまま先程から変わらず空を見据えている康太の前に来た蒼野は声をかけようと口を開きそこで気が付いた。
――――――――康太が身を硬直させた状態で青い顔をしていると
「こ、康太?」
「マジかよ……」
言葉を絞りだす康太に続き天を仰ぐ蒼野。
最初は何が起きているのか理解できなかった彼であるが、目を細め天井をじっくり見たところで、それに気づいた。
天井に無数の審判者の顔が現れている。
一体一体は先程の者と比べ僅かに小さいのだが、二桁以上の審判者その体を構築しては地上へと舞い降り、彼らを囲む。
「「神罰を愚者に」」
事態の異様さに気が付き、優が積を無理やり起こし中央部に移動するのだが、積はといえば目の前に広がる光景を前に、奇声を上げた。
「……先に時空門で逃げておくべきだったな」
「文句を言っても仕方がねぇさ。こうなりゃ生き残る道はそれしかないだろう。俺達全員でおたくの盾になる、その隙に使ってくれや」
「いやいや、目が覚めたら超絶ハードモードの一歩間違えば『死』の状況ってなにさこれ。てか一人一体止めるにしても頭数が足りねぇぞ!」
「そこは無茶してでも一人二体止める気持ちでいかなきゃいけないでしょうね。でないと死ぬわ」
じりじりと近寄ってくる審判者に対し少しずつ中央に密集する一行。
「来るぞ!」
直感が最大級の警報を鳴らしたのを認識し、康太がそう宣言すると同時に迫る獣。
その爪が振り上げられ蒼野達に向けられたその瞬間、
「いや、試練はそこまでだ。彼らはここから帰るべき者達だ」
静かで、理知を秘めた声が聞こえてくる。
するとかかげられた爪は一瞬だけ動きを止めたかと思えば地面に戻され、審判者全てがとある方向を向き、首を垂れる。
「助かった、のか?」
「さあて、どうだかな」
今日一日の間で、康太が感じた殺気は二つ。一つは未だ正体不明の殺気。もう一つは審判者の殺気だ。
そしてこれは直感ではなく予感なのだが、これから現れる存在はそれらをあざ笑うかのような怪物な気がしてならない。
「………………」
獣たちの首を向ける方へ、蒼野達も体を向け、そこで見たのは一つの金色の魔法陣。
それは現れた無数の憲兵達が虚空に昇り、金色の魂となった状態で地面に敷き詰められた物であり、蝋燭のような僅かな光から、太陽のような眩しい光へと徐々に明るさを増していき、
「――――――――まずはようこそ」
そして、その男は現れた。
綺麗に切り揃えられた黒髪はセミロング程度の長さ。男性的というよりは中世的な顔立ちをした、あらゆるものを見通すかのような蒼眼を携えた青年。
黒のロングコートに身を包み、コートの下には黒のカーゴパンツにシンプルな黒のYシャツを着こんだ全身黒ずくめの男は現れた魔方陣からゆったりとした歩調で蒼野達の前へ進み、
「そしてお疲れさま。オレは君たちを祝福しよう」
そう告げる。
こうして、蒼野達全員が想定していなかったような形で、戦いは終わりを告げた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて、という事で今回でタイトルに当たる人物の登場です!
審判者が番人だと思っていただいていたのなら、私としてはちょっと嬉しい限りです。
そしてここからは急展開!
おもしろ情報が溢れかえるので、ぜひぜひ次回もよろしくお願いします!
それではまた明日、よければご覧ください!




