真理の番人 三頁目
「ゼオス! 康太!」
目前の光景を前に蒼野が悲鳴を上げ、周囲に敵がいることさえ忘れ意識を注ぐ。
「安心しろ! 何とかした!」
息を呑む光景に対し返ってきたのは未だ膝を折ることのない古賀康太の荒々しい叫び声で、
「…………」
「貸し一だからな!」
それからほとんど間を置かず。潰されたように見えた審判者の足元から、ゼオスを引きずる彼の姿が顕わになる。
「んにゃろう!」
執拗に両者を追いかける審判者を前に、顔を真っ赤にして今にも爆発しそうな興奮を見せる鹿頭の大軍を踏破した積が出現。
彼はその場に留まることなく背後まで迂回し跳躍すると渾身の力で作りだした二本の鉄斧を振り下ろすのだが、金属同士が衝突した音が部屋全体に響き、それから間もなくして手の痺れから両手を離して地面へと落下した。
「攻撃をやめろ! 恐らく、オレ達の攻撃は通用しねぇ!」
地上へと落下する積を尻目に、声を上げる康太。
「攻撃が通用しないだと! どうしろというのだ!!」
それに対する反応は各々別々だ。
尾羽優は巨体の表面を疾走し攻撃を当てながら弱所を探り、積はただただ逃げ回る。
蒼野はといえば自身の能力によって時間を戻すことが最大の勝算であると考え立ち回るのだが、鹿頭と審判者の激しい攻撃を前に能力をうまく当てる事ができず四苦八苦している。
「援護するぞ!」
「おたくが恐らく希望だからな!」
宗介とゲイルは蒼野の援護を行い彼の能力が当たるだけの隙を作ろうと躍起になるが、今や部屋中が大量の鹿頭で埋まり、光属性自慢の機動力は発揮できず、宗介が能力を挟む間もない程彼らを攻撃していた。
「クソがぁ!」
「落ち着いてくれゲイル。焦ったら恐らく仕留められる!」
「けどよぉ!」
部屋中を埋め尽くす鹿頭、こちらの攻撃に対し一切気にする素振りを見せず、着実にこちらを追いつめ集中力を奪いにかかる審判者。
その二つの要素が、彼らに対し極大の焦燥感を与えていった。
「抵抗を止めてその場から離れろ積!」
「へ? え?」
数十秒、心を削る戦いが続いたところで嫌な予感を感じた康太が叫ぶ。
突然の事に困惑する積であるが彼の言葉をすぐに飲みこむと、新しく作りだした鉄斧二つを鹿頭に投げつけ、のけ反った鹿頭二人を足蹴にして密集地帯から脱出。
そして
「ふぁ!?」
積が見下ろす前で鹿頭が大きく膨張し、サングラス越しに見える限りではわからないのだが真っ赤に充血。
周囲一帯を巻きこむ勢いで爆発した。
「やばいやばいばいばいやばい!」
それは積だけでなく他の面々の周囲でも連続で繰り出され、大半は避けたのだが宗介と蒼野を半ば背負いながら駆けていたゲイルの足を僅かに焼いた。
「ゲイル!」
ゲイルの機動力を奪われてはまずいと考えた蒼野が能力を使い時間を戻そうとするが、
「馬鹿! そりゃ悪手だ!」
「あっ!」
それを当てられる側のゲイルは咆哮を上げ、自分のやろうとしている事を理解し、蒼野も体を強張らせた。
しかし能力を発動しかけていた彼の意思は完全には止まらず、結果能力は発動し、
ゲイルの体が青白い光に包まれ時間が戻り――――そして動きを止めた。
「おいおい、あそこの三人動きを止めちゃったぞぉ!」
「蒼野め、ミスりやがったな!」
蒼野の能力は強力だがその代償として完全に動きが取れない静止状態となる。
そんな事は使い手である蒼野ならば十分に理解している事であったのだが、彼は完全にその事実を失念し能力を発動した。
「限界だな……」
積と共に逃げている康太の前で、ゲイルを見捨てられない蒼野は宗介と共に籠城戦を始め、宗介の能力を頼りに何とか凌ぎきっているわけだが、時間を回復させたゲイルが動けない以上、もはやあの三人に打つ手がないのは瞬時にわかる。
「…………」
康太がゼオスの方に視線を視線を向ければ、彼は最も熾烈な猛攻に晒され、能力どころか攻撃すら許されない状況が続いていた。
「積、ちょいと耳を貸せ。作戦がある」
「お、おう…………なになに。どんな作戦よ」
誰もが生きて帰ることができる、などという領域は超えた事を理解し、最低限の犠牲で生き延びる選択肢を閃き、実行する覚悟を決める康太。
「お、おうふ!?」
「おいおい…………ここで転ぶなこの野郎」
要はゼオスさえいればこの場からの脱出は叶うわけなのだ。その一点にのみ意識を向ける康太なのだが、そんな彼の前で積が転びかけ、康太が胴体を掴み、先へと向け走りだし
「!!!」
背後を振り返り、そこで希望を見出した。
「おい! 大丈夫かお前ら!」
「康太!」
絶え間ない爆発の嵐の中に銃弾が突入し、しばらくしたところで積に守られた康太が、各々の手段で爆発から身を守る蒼野達の前に姿を現す。
「お、おい大丈夫かよ?」
「大丈夫じゃねぇが…………する必要があることだ。仕方がねぇ」
傷や焦げ跡一つついていない床と比べ全身に焼けた跡を作っている康太を目にして蒼野が息を呑むが、康太は屁でもないと一笑に伏す。
「つっても、まあもう限界なもんでな…………作戦を伝えるから、その後は俺の時間を戻して傷と場所を数十秒前に戻してくれ」
逃げ惑いながらゼオスと優に作戦を伝える積を尻目に、僅かな間その場にいる三人に作戦を伝える康太。
その後すぐに康太の時間が戻り傷は癒え、元の場所に戻り、
「さあて、これで決めなきゃきついぞ」
雷属性と鋼属性を込めた最大威力の弾丸を込め、彼は疾走。
「時っ!?」
「っっっっ!?」
同時にゼオスと蒼野の二人が周囲から離れ能力を行使。
二人に対し攻撃が一気に集中するが、それでもその手を緩めることはなく能力を発動する。
「急げよ犬っころ!」
「猿に言われる筋合いはないっての!」
その様子を目にするよりも早く蒼野の側へと優が駆け寄り、その間にゲイルと積が宗介に合流。それから僅かに間を置き、康太も合流した。
「誰が持つ!」
「この中で刃物……いや鈍器の扱いに自身がある奴は」
「考古学者に期待をするな!」
「貴族衆の坊ちゃんに期待すんな!」
「将来の夢は大剣豪です!」
「………………よし、積が持て」
「え、今迷うところ!?」
その後手にしたものに対し僅かに話をしたところで、彼らは積を守るようにしながら再度疾走。
「康太! ゼオスがきつそうだ!」
「しょうがねぇ! あいつとも合流するぞ!」
光線だけでなく前足による猛攻から必死に耐えているゼオスの側へと近寄り、全員に守られる中積は手にしたその塊を大きく振りかぶり、左前脚へと狙いを定め、
「おらぁ!」
渾身の叫びと共に振り下ろし――――そして真っ二つに斬り落とした。
「理解――――――――不能。理解不能……理解不能理解不能理解不能能能のうのうノウ!!」
その光景を前に、物静かな獣が咆哮する。
すると彼は蒼野やゼオスに対し向けていた視線を積へと注ぎ、そこで彼は目にした。
真っ赤に染めた髪の毛にサングラスをかけた少年が、この部屋を構成する、どのような攻撃を受けても傷や焦げ目一つ付かないタイルを一枚、その手に掴んでいる事に。
「駆け抜けろ!」
咆哮を上げるこの部屋最大の障害を前に、康太が叫ぶ。
彼の見ている前で敵は既に赤黒く変色しており、どれだけの時間が掛かるかはわからないが対応される可能性を前に危惧。
攻撃が密集する積を前にして全員が守りの体制を取り、積を康太が見抜いた弱所……すなわち頭部まで導いていく。
「怜君!」
「構うな! 走れ!」
その途中でゼオスが吹き飛び地上へと降りていくのだが、康太が咆哮を上げるとさらに前へ。
「答えなき者は…………消え去れ!」
「最大火力が来るぞ! 耐えろ!」
これまでと比べ一際大きな声を上げたかと思えば全身が真っ赤な光を放ち、康太が死の予感をその全身で理解し全員に声かけする。
「…………時空門」
その時、獣の耳に声が聞こえる。
静かだがはっきりしたその声を前にした瞬間、獣の体が目前に控えるサングラスの少年から大きく逸れ、地上で脱出口を開く漆黒の剣を携えた少年に向けられる。
「汝!」
「土壇場で…………狙いを外したな」
その瞬間、積が手にしていた宗介によって鋭さを極限まで特化していたタイルが脳天を破壊。
「悪いな。俺は今ここで死ぬわけにはいかんのでな!」
ひび割れる黄金の仮面を前に宗介がそう告げ、次の瞬間、その場にいる面々を呑みこむ勢いの大爆発が発生。
「これ、善さんなら難点暮れるかしら?」
「どうだろうな。たぶん、満点に近い点をくれると思うぜ」
下で鹿頭をせき止めていた蒼野と優は、無事な姿で落下してくる四人の姿を前にしてそう呟いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
まずは皆さま! あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
あいさつはこの程度にしまして、新年早々審判者との戦闘は終了です。
個人的には結構スピーディーな展開になったかと思います。
という事で今回の戦いはこれにて終了。
次回からは後始末とこの話の終盤戦。
楽しみにしていただければ幸いです。
それではまた明日、よろしくお願いします
あと、近々ちょっと特別な物語を一つ上げるかと思いますので、よろしくお願いします




