真理の番人 一頁目
小さな無数の影と、一つの巨大な影が躍り狂う。
部屋の内部に障害物はなく、戻る道はあるがその先はないという袋小路。
縦横高さは一目見た限りは均一で、全長三十メートルを超えるであろう巨体を前にしても縦横無尽に動けるだけの余裕があるほどの巨大な空間で、探索者は難問に挑んでいた。
「命を捧げよ」
巨体がその身に似合わぬ軽やかな跳躍を披露。
蒼野達との前に合った距離を一気に詰め、前脚を用い人間が行うジャブのような動作で一撃を撃ちだす。
「…………」
対峙するは空間移動の力を持ちし男ゼオス・ハザード。
愛刀である漆黒の剣に紫紺の炎を纏い、一歩だけ前へ。
「…………ふ!」
迫る一撃を寸でのところで躱し一閃。
右前脚を瞬時に斬り落としながらさらに一歩前へと進み、体の至る所から現れた砲門からの攻撃を躱しながら巨体を駆けあがり、頭部を斬り裂こうと剣を仕舞い居合の型を取り接近。
「……ちっ!」
しかしその一撃が撃ちこまれるよりも早く審判者は空へと上昇していき、体に掛かる負荷に耐えきれずゼオスは地上へと着地。
「…………」
それでもなお空へと駆けだそうとするゼオスだが、巨体を浮かせ縦横無尽に動かせるだけの膂力を持った黄金色の翼から、青白い光の塊が無数に飛来。
それらは雨の如き勢いで降り注ぎ、彼は攻勢から一転、防戦一方の展開へ変化する。
「……厄介だな」
空を仰げばそこには巨体が変わらず存在しているのだが、問題は斬り落としたはずの右前脚だ。
それは彼の手によって確かに斬り落とされたのだが、彼が見上げる前で斬り口から黄金の液体を垂れ流し、瞬く間に元の姿を取り戻していた。
「形状記憶とかいう奴か? 面倒なもんを持ってんな」
殺意と敵の脅威を正しく認識出来た康太が、躱しながら後退するゼオスの脇を抜け前進し、銃を構える。同時に彼の背後で憲兵の殲滅を行っていた優と蒼野、それに積が移動。ゼオスの側へと接近し、攻撃に転じようとする康太の援護を画策する。
「ゼオス、俺とこいつを飛ばせ!」
「……いいのか原口積」
「痛いのは嫌だけど死の危険はもっと嫌だ! で、こいつと一緒なら少なくとも死にはしないと思うから一緒に行くよチクショウ!」
「……道理だな。そこの半不死者の前ならば少なくとも死にはしない」
表情はサングラスで隠れしっかりと認識出来ないが、涙声でそう訴えかける積に対しゼオスが嘘偽りのない真実を告げ、能力の発動を試みる。
「……ちっ!」
が、それを察知した憲兵がゼオスに押し寄せ、能力発動を阻まれる。
「……援護は諦めろ。俺の能力に反応して奴らは動きを変えてくる。時空門は使えん」
「そ、そんなぁ!?」
「そう言えばお前がさっき空飛んでる間に援護しようと『時間回帰』を使おうとした時も邪魔してきたな」
「……攻撃が集中する条件は能力の使用と言ったところか」
空間に作用する能力持ちの二人が、アイコンタクトを取り真逆の方向へと走って行く。
「ちょ、お前らどこ行くんだよ!」
そうすることによって唯一その場に残された積が叫ぶのだが、二人はそれでも足を止める事はなく、部屋の四隅に各々陣取ると、積に向かって念話を飛ばす。
『憲兵達の動きの法則なんだが、こいつらはおそらく、能力の発動を阻害…………いやこの場所から逃げられる能力を阻止するように動いてる。だから俺達が邪魔なこいつらは引き連れるから、その間に空にいるあいつを頼む!」
『分かったよ、その情報は康太やら他の奴にも伝えておいてやる。けど危なくなったら来てくださいね。死ぬからね俺!』
『多分そうはならないから安心しろ』
二ヶ所から風と炎を用い空を駆ける巨体を攻撃し、積が動けるだけの時間を作り、その間に積は動く。
「なるほど、よぉく分かった。なら、その言葉に載らせてもらうとしようか!」
積から説明を受けた康太が、体内を巡る木と氷の属性粒子を銃に込め、壁へと向け弾丸を放つ。
弾丸は壁に当たると跳躍することなくその場に根付き、審判者を名乗る巨体の羽へと向け氷で作られた枝を伸ばしていき根元に直撃。
羽にまとわりつきその動きを止めた。
「罪人よ。裁きを受けよ」
とはいえ巨体は僅かに高度を下げはするが落下する様子はなく、青白いエネルギーの塊は依然降り注ぎ、誰一人として足を止める事なく逃げ続ける。
「しこたま喰らいな!」
躱し続ける合間合間に康太は鋼属性の銃弾を、ゲイルは光弾を撃ちこむとそれらは確かに直撃しているのだが、その効果は疑わしい。
「豆鉄砲がいくら当たろうが意味がないか?」
衝突した銃弾は全て沼に沈んでいくかのようにゆっくりと体に沈み、そのまま何事もない様子で空中からの制圧射撃を続けるその様子に、舌打ちをしながらも勝機について康太は考える。
相手は強敵だ。制空権を支配し一切近寄らせず一方的になぶり殺しに来る。
地面へと降ろすことで勝率はグンと上がるはずが、ゼオスの空間移動能力が封じられ、蒼野の時間回帰まで封じ込められたとなればそこに繋がる動きはかなり限られる。
かといって他の面々でどうにかなるかといえば、ゲイルの使う光属性の攻撃では地面に引きずり下ろすのに威力が足らず、自分も同じ。優ならば背後をとれば地面へ下ろせるかも知れないが、空中戦に持っていく事が難しい。
「っ……ああもう!」
現に今も氷の枝によって動きを止めた対象に対し壁伝いに近づいていった優が、それを確認されるとすぐに攻撃が密集し、後退せざる得ない状況に持ちこまれた。
「何を悩んでいる康太君!」
そんな状況の中、宗介が康太の前に近づいてくる。
共に戦った事がないためその実力は未知数のその男は、鹿の頭を被った亡霊たちを、拳で屠っている。
「勝算について考えててな。正直、今の状況は結構きつい」
「その割には冷静だな?」
「死線ならいくつも超えてきたもんでな。このくらいで、へこたれる事はねぇよ」
勝算が薄い程度で怖気づく程古賀康太という男はやわではなく、限られた手札でこの状況を打破するための策をすぐに練る。
「ところで、宗介さんは何か能力を持ってるか」
とはいえ手札は多ければ多い程いい。
なので少々の期待を込めて尋ねると、彼は頷いた。
「ああ持ってる。説明するか?」
「それより危なくなったら解除してくれて構わないから、どんな形でもいい。出来るだけわかりやすく能力を発動してくれ。説明はその後に最低限の捕捉で十分だ」
「うむ! 了解した!」
「クソ女! 壁登れ!」
そのままそう切り出す宗介に対し康太が指示を出し優に指示を出す。
対する優は命令された事に嫌な顔をするのだが、それでも勝利に必要なことなのだろうと割り切り、壁を駆け空に浮かぶ巨体へと迫って行く。
「宗介さん。能力を」
「うむ!」
康太に促らされた宗介がポケットからペンを取り出し、鋼属性と闇属性粒子を込めていく。同時に憲兵達がいくらか寄って来るがその全てを康太に加え四隅にいるゼオスと蒼野が遠距離攻撃で破壊。
「時間稼ぎか。助かるぞ!」
ほんの僅かな時を置きペンが金色の光を放つと、男はそれをアンダースローで投擲。
ペンはまっすぐと飛んで行き審判者はそれを避けようと体を動かすが未だ氷の枝を完全には破壊しきれていないゆえに避けきれず、ペンは胴体に直撃。
「お、おぉ!」
驚くべきはその威力だ。ただのペンのはずのそれは審判者の肉体を貫通し天井に突き刺さり、ほんの一瞬ではあるが巨体の向こう側の天井が確かに見えた。
「ただのペンが肉体を貫通し、天井に突き刺さる…………貫通力の増加か!」
「やってることはあってるがちょっと違う。俺の能力は『一点特化の状態付与』だ」
「状態付与?」
思わぬダメージが原因で銃弾の雨が止み僅かな時間余裕ができ、その隙に宗介は自らの能力について捕捉。
「物そのものに備わってる機能や性質を、極限まで高めるという能力だ! ペンを投擲武器として使うのならば今みたいに貫通力を極限まで強化できるし、筆記する際に使えば決して芯が折れないように強化できたりもできる!」
「メモ帳なら決して燃えないように。決して破れないように、とか言う感じか?」
「ちょっと違う。俺の能力は特化するだけ、つまりその物質が持つ可能性を突き詰めているに過ぎない。今の例で言うなら、紙を極限まで燃えにくくはできるがいつかは燃えるし、破れにくいだけで破る事は不可能ではない」
「なるほど、けど利便性は高いな。何かに仕えそうだな」
そこまで聞き宗介の能力について康太が十二分に理解したところで、優が制空権を取れず地面へと着地。
肩や腕、足などを銃弾で貫かれた姿は痛々しく、それを回復しようと水属性の回復術を使っている。
「裁きを受けよ」
無論、傷の回復などと言う面倒な事を目前の障害が許すはずもなく、審判者がそう声を発すると同時に口から熱光線を発射。
優を仕留めるべく迫ってくるが、その間に積が割り込み二人を覆えるほどの鉄の壁を作り出した。
「ちょ、アンタ!?」
「感謝してくれよな。それで、この戦いが終わったらデートでもしてくれ!」
「それは…………いやね」
「ひどい!」
涙を流す勢いで文句を垂れる積を無視し、そんな事よりも言うべきことがあると苛立った様子で鎌を振り回す優。
「ちょっとクソ猿。あんたアタシを囮に使ったのはまだ許すけど、のほほんとしゃべってる暇があるのならアタシに撤退の指示の一つでも出しなさいよ! 危うく蜂の巣になる所だったじゃない」
「いっそなってみたらどうだ? 蒼野もいるんだ、死にやしねぇ」
「ふっざけんじゃないわよ!!」
彼女の苦情に対する康太の対応は最悪の部類で、臨界点を超え噴火する光景が積の脳裏に浮かぶ。
二人が纏う空気は敵に襲われ逃げ回っている状況だというのに、それを無視して殺し合いが始まってしまうのではないかと思わせる程のものだ。
「はいはい。熱くなるなお二人さん。優を囮にしたってことは、なにか調べ事をしてたんだろ。それはうまく言ったのか康太?」
とはいえ険悪な空気を発するこの二人はバカではない。
ゲイルが口にしたことをきっかけに優は敵意を沈め、黙って頭を働かせていた康太もゲイルの言葉に反応すると、空を支配する獣に視線を向ける。
「あの野郎をオレ達の思い通りに動かす。少し観察したら分かったが、審判者とかいうデカブツは憲兵と連携して動いてるプログラムだ。だからこっちの一挙一動で、揺さぶって叩き潰す。それって最高に面白いだろ?」
語る康太の表情は悪戯を思いついた悪童のようで、少年心を忘れていない彼らの大半は、それを目にして心を躍らせ、反撃のターンが来たことを理解した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日から戦闘開始なわけですが、七対一は初めての事ですね。
まあそうそうない事ではあるのですがたまにこの位の大人数が動く戦いがあるので、うまい事彼らを動かすことができれば幸いです。
次回は戦闘回第二弾、今回の戦いは詰め込み気味の短めの物なため、早くも転換点でございます。
それではまた明日、もしよければご覧ください




