迷宮の光帯 三頁目
「っ!」
「大丈夫かみんな!」
「え、ええ。それよりなにここ。ちょっと不気味」
「というより、明らかに時代がおかしいだろコレ!」
上下左右、360度全てが光で包まれ、壁から地面まで真っ白なタイルで覆われた、何も置いていない奇妙な部屋、それが一向が飛びこんだ部屋の正体であった。
「ヤロウは来ねぇな!?」
「……そのようだな」
大半がそうして周囲の景色に圧倒される中、康太とゼオスの二人だけは背後からの奇襲に警戒心を抱き、周囲一帯を観察したゼオスが肯定。
「ど、どうだ康太?」
「ああ、今のところ周囲に危険は迫ってねぇな」
その結果を聞き康太はこの何もない部屋では奇襲などすることは不可能であると断定し、腰につけていたホルダーから手を離し、全員に聞こえるような声でそう告げる。
「あ、あれは!」
そうして一行が胸を撫で下ろし一息つくのだが、それから最初に声をあげたのは、久我宗介だった。
メガネのレンズの横についているスイッチを押し、光を通さないサングラスへと変化。
そうして誰よりも早く部屋の全景を理解した彼が意識を向けたのは、入口から見て三時の方向の壁に嵌められていた一つの石板であった。
「8765……」
「どうした、そりゃなんだ!」
震える声で何事かを口にする宗介に対して、周りを警戒していた康太が何事かと慌てた様子で声を上げる。
「龍と人が戦う姿を描いた時代が書いてある石板。しかも……『真の声』だ!」
光に目が慣れてきた面々が、興奮した声色のまま早口でまくしたてる彼の声に誘導され顔を向ける。
そこにあったのは真っ白な部屋には不釣り合いな苔の毟った鉄色の石板で、歓喜の声を上げる宗介が近づくのに続き、蒼野やゲイルも走りだす。
「汝……」
しかしそんな彼らへと向け、声が降り注ぐ。
それは聞く者の魂に直接響かせるような重苦しく、なおかつ感情というものがない機械的な声で、部屋中に反響したそれを前にして、全員が武器に手をかけ、
「我が問いに答えよ」
彼らが周囲に視線を飛ばす中、声の主は舞い降りた。
獅子の肉体に鷹の翼。黄金の仮面を被った羊の角が生えた頭部。
それらの至る所を金でコーティングした全長三十メートルはあろう巨体を持った見たこともない獣、それが声の正体であった。
「康太、こいつは」
「分からねぇ。だが確実に言えることは、こいつがオレ達に対して敵意を放ってるってことだ」
目の前の存在から漏れてくる自分たちへと注がれる殺意。
それに対し康太は身構え、ゼオスに対し目くばせをするが、それでもすぐには動かない。
聞き間違いでないのならば、この存在は『問いに答えよ』と言った。
つまり無事問いに答えればここを無傷で通り抜けることができる可能性があるのだ。
その可能性を突き詰めずに行動に移り、無駄な戦闘を行う事はできれば避けたい事であった。
同じ可能性に気がついたのか、ゲイルや宗介も持っていた聖書をドンドンめくっていき、目の前の怪物の正体を探る。
「なぁなぁ、その問いに答えるメリットが俺らにはあるのか?」
時間稼ぎと純粋な疑問を込めた積の質問。
「答えられれば汝らは我らが神の寵愛を受けるだろう。答えられなければ、我らが神の裁きを受けるだろう」
それに対し獣はチラリと、四肢に生える爪を見せる。一つ一つが蒼野達の体程の大きさを持つそれらは光を反射させる程研がれており、それを見せられた積や蒼野は、無意識で唾を呑んだ。
「…………情報合ったぜ。こいつはクスト、別名『審判者』だ」
「『審判者』……」
「ああ。大神殿を進む探索者に対し一つだけ問題を出し、答えが合っていれば今言ったみたいに寵愛を、外れれば裁きを下す迷宮の番人だ。問題については……載ってねぇな」
「了解。ありがとね」
「それともう一つ重大な事がある。こいつの生息範囲何だが、聖書によればレベル6以上、つまり中盤の終わりごろから出現と書いてある。言いたい事、おたくなら分かるよな?」
「…………ええ。本当に感謝するわ」
ゲイルの解説を聞き優が感謝の言葉を告げるのだが、その声はこれ以上ないくらい真剣なものだ。
それはゼオスや康太、それに宗介にしても同じことで、全員が全員、目の前の巨体に対し警戒色を濃くしながら繰り出される問いかけを待ち続ける。
「汝らに問う」
その姿勢を目にしたところで、目の前にいる守護者が声を発する。
黄金の仮面に隠されているその姿のどこから声を発しているのだろうとぼんやりと考えているのは積であるが、待ち構える問いに答えるため意識を注ぐ反面、同時に楽観視している部分もあった。
というのもここにいるのは一人ではなく七人、しかも得意分野はある程度ばらけている面々だ。
それゆえ幅広い問題に対し答える事が可能であり、よほど不条理な問題が出ない限り何とかなると考えていたのだ。
「4891年に、賢教に対して起こされた大きな反乱の名を答えよ」
そうして待ち構える一行を前に、目の前の存在は積の想像を容易く超える不条理な問題を繰り出した。
「「は?」」
歴史に関してはほとんど明かされていないこの星で、一体何を口にしているのだこの謎生物は
そんな思いをそのまま口にした彼らの大多数のその反応は、自らの無知を認めるものであった。
楽観視していた積などは開いた口が閉じない様子であったが、そんな中でも康太と優が武器を取りだそうと動き出し、ゼオスが既に剣を抜き、いつでも能力を発動できるように備えている。
「――――汝らは生きるに能わず。神の裁きを受……」
宗介とゲイルが沈黙を破ることができず時が経ち、獣がその前右足を振り上げるのとほぼ同時かそれよりも早く、康太の銃弾に優の振りかぶった鎌の一撃が目の前の巨体に衝突。。
両者の攻撃は直撃し、優の一撃で体勢は崩れ、康太の放った弾丸は着弾と同時に煙をまき散らす。
「……引くぞ、ここでやれることはなくなった。元の場所に……ち!」
その隙に能力を用いてゼオスがN1と繋がる門を作りだし一足先に中へと入ろうとするが、その瞬間ゼオスの周りの空間が歪み、槍を持った何者が出現。
「あれがおたくの言ってた背後から迫る敵か?」
「いや違う。そいつの殺意は今は感知できない!」
「つまり?」
「こっちに集中していいってことだ!」
ゲイルの言葉を乱暴に返しながら二丁の拳銃を構える康太。
屈強な男の肉体に鹿の頭を乗せたそれは、槍を持ち複数人で固まり一行を狙っている。
「くそう、厄介な事になってきた。あの時依頼を蹴っておけばなー!」
「……文句を言ってる暇はないぞ。さっさと動け」
鉄斧を錬成し振り回す積の横にゼオスが陣取り、構えた黒剣で10、20と敵を葬る。
「こいつらの情報はあるの?」
「遺跡の憲兵! 様々なところで探索者を阻むために障害として出る、いわゆる雑魚敵だ!」
「聖書によると、神である賢者王の奇跡により具現化した自然の結晶だ。粒子が満ちてるこの神殿内なら、無限に湧き出てくるぞ!」」
ゲイルと宗介の発言を聞き嫌な顔をする積の隣で、ゼオスが一抹の不安を感じ振り返る。
「……こいつらは人間でなく召喚獣の類だ。念のために言っておくがこの状況で人を殺さないなど言えば斬るぞ」
「分かってるって。流石に召喚獣の類相手にそんな事は言わない!」
ゼオスの発言を力強い声で返し、瞬く間に目前に控えている百を超える兵士を倒す蒼野。
他の面々も素早く溢れるように出てくる兵士たちを打倒し、『時空門』の前までの道を確保する。
「みんな、撤退だ!」
「おたくもその場から離れな!」
「うおっと!」
叫ぶ蒼野がいる場所に、巨大な前右脚が振り下ろされる。
ゲイルに抱えられることで蒼野はそれらから身を守れたのだが、巨体はそのまま休むことなく動き続け、黒い渦に入ろうとした面々よりも早く黒い渦に到達。
「逃げる事――――――――能わず」
「は?」
これまで決して真正面から破られたことのなかった黒い渦を真上から踏み潰し、N1へと続く道はあっさりと破壊。
思いもよらぬ光景を前にして、それを眺めていた蒼野の口から裏返った声が発せられた。
「神の冒涜者よ。塵となれ」
こうして、誰の助けも期待できない正体不明の空間の中で戦いは始まった。。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
次回からはバトル開始なわけですが、これまで人型ばかりだったのでちょいと緊張します。
楽しんでいただければ幸いです。
あと、今回の質問に関しては正しく鬼畜難易度です。
それではまた明日、よろしくお願いします。




