迷宮の光帯 二頁目
「お、おい。近づいて大丈夫なのか!」
「安全かどうかなど些細な問題でしかない! それより地図を見ろ! そして動け!」
宗介に促され、未だ操作がおぼつかないゼオスを除き全員が地図を覗き込み、そしてその結果に目を丸くする。
「なんだ、これ」
「俺らの位置がおかしいぞ?」
蒼野達の現在地を示す光点が、大神殿という名の迷宮を縦横無尽に動き一本の帯を作っている。
上へ下へ、右へ左へと進んでいき、斜めになった正方形の廊下を好き勝手に動いていくその姿は、さながら下水道を駆けまわるネズミのようであった。
「一体………………何がどうなってるんだ?」
思いもよらない事態に、蒼野が困惑の声を漏らし、ゲイルと宗介を除く他の面々も少なからず動揺するが、それを落ち着けるよう、これまでにない静かかつ厳かな声色で宗介が口を開く。
「…………この大遺跡には、最低でも676の部屋があるとされている」
「え?」
「おたくらには詳しいことは話してなかったな。最初に蒼野がアルファベット順に部屋があるって言ったよな。それがAからZで26部屋。正六面体の部屋が積み重なって正方形になるわけだからそこから一列に付き更に26部屋、これがこの大神殿の内部とされてんだよ」
宗介が突如告げた言葉の意味が分からずゲイルを除く全員が疑問符を浮かべる。
そこでゲイルがこの神殿の詳細を説明したのだが、康太がある事に気がついた。
「いやちょっと待て。今お前は最低でも、と言ったな。どういう事だ?」
「まず、必要ない知識と思って始めの内に説明しなかったことを謝らせてくれ。その上でもう一つこの大遺跡について話させてもらうと、この遺跡には二種類の部屋がある」
康太の質問に対し謝罪をする宗介が自身の持つ地図を弄り、立体映像を全員に見えるように照射。
蒼野達が見ている前で、この大神殿の地図が広げられた。
「二種類……」
「うむ。一つはこれまで私たちが回ってきた基本形。巨大な正方形の中にある676の部屋。これらの部屋は『通常型』と呼ばれるもので、俺達は普段この部屋を巡り、この世界の歴史を明かそうと躍起になっている」
「光っている部屋が既に誰かが入った事のある部屋で、黒がまだの部屋。んで属性ごとに1から10までにランク分けされてて、中央部分に近づくほど危険度が増すってのが今までにわかってることだ」
宗介の言葉に続きゲイルが話を進め、自身の知っているデータを宗介の出した映像に情報を加えていく。
「もう一つが今俺達がいる部屋。通称『彗星型』。この巨大な正方形を飛びまわっている部屋の総称だ」
「通常形と彗星型……」
宗介とゲイルが発した名称を蒼野が反芻する。その言葉に理解を得たと感じた宗介が、続きを話しだす。
「アルマノフ地下大遺跡の発見からは記録にある限りでは一万年以上が過ぎている。様々な仕掛け、様々な強敵を超え、中央部付近にある幾つかの部屋を除き650近くの部屋が既に解明された。だがそれと比べ『彗星』と呼ばれるエリアはほんの一握り。5つしか見つかっていない」
「……5つだけだと?」
「そうだ。何せ常に飛びまわっており固定の入口を持たない部屋なのだ。何らかの条件で入れる等の報告も上がっていないため、入れたのは完全に運だ」
この発見がどれほどの偉業で、自分たちがいまどれほど希少な状況の最中にいるのか、蒼野達が痛感させられる。
そしてそこまで考えが及べば、宗介の足が自然と前へと進んでいくのも十分に理解でき、蒼野や積も目の前の大発見に魅了され、吸い寄せられるかのような足取りで一歩ずつ前に進んでいく。
「いや、だめだ。オレ達はここから先に進むべきじゃない」
そんな蒼野と積の腕を、古賀康太が掴み流れを切る。
「な、なんだと!?」
するtp信じられないと伝えるような声と表情で宗介が振り返るのだが、康太の意志は変わらない。
「宗介さん、それにゲイルには悪いが、オレ達はここで引くべきだ」
宗介の顔には両手両足をちぎられようと這っていくとでも言いたげな感情が表されており、身に纏う怒気も加わり、真正面から対峙する康太にはこれまでよりも幾分か大きく見えていた。
「俺の勘がそう告げている」
それほどの覚悟を前にしても、古賀康太の言葉に淀みはない。
見下ろし睨みつけてくる宗介をじっと見つめながら、確かな意思を宿し言いきる。
康太が異変に気が付いたのは、新たに現れたこの道を進んでから少ししてからの事であった。
それまで後方のどこかから向けられていた喉を突くような凍てついた殺気に、じりじりと詰めてくる圧迫感が追加された。
その感覚は先へ進めば進む程強力なものへと変化し、目的の部屋に近づいた瞬間、凍てつくような殺意は一気に膨張し、ゼオスに話す事を決意するほんの少し前には、爆発寸前のところまで膨れ上がった。
この殺意の正体が何であるかは康太にはわからない。
しかしこうやって急激に膨れ上がったという事はこの神殿に関する何らかの存在で間違いないと彼は確信を持っており、なおかつ目の前の部屋に入る事自体が危険であると察した。
「仕方がないわね。アタシもこの先は気になるけど、ここは引きましょ」
その康太の発言を聞き、まず始めに優が賛同する。
それに続きゼオスが康太側に付き、それを見て積も遅れて賛同した。。
「え、何? お前ら前会った時はめっちゃいがみ合ってたじゃん。俺の知らないうちに仲良く…………ははぁ、分かったぜ! 実はお前ら付き合ってうごばぁ!!?」
「あたしがこのクソカスごみ溜め野郎を唯一褒める点はね」
「おい犬畜生」
「……待て尾羽優。今こいつの内臓が潰れる音がしたぞ」
「あ、そ。それで?」
「…………いやなんでもない」
積への肘鉄、康太への短くまとめられた罵倒、その二つを一気に行いながら彼女は空いている手で古賀康太を指差し、
「この男の危険察知の直感よ。これだけは、手放しに褒めたたえるし、こいつが危ないと言えば、作戦変更を考慮に入れていいと思う」
康太の勘に従うべきだと残りの面々を説得する。
それを聞くと踏ん切りがつかずにいた蒼野がまず康太の側に移動し、それを見て諦めがついたのかゲイルも康太側に付く。
「蒼野君はまだわかる。だがゲイル君、君は歴史探求家としてそれでいいのか!」
最後に余った久我宗介はそれでもなお諦めきれずゲイルに対しそう告げるのだが、
「……………………歴史探求家としてならダメかもな。命がけのリスクは承知の上で、前に進む事は決して責められることじゃないと思うぜ。正直言うと、俺だっておたくに賛同してぇよ」
「ならなぜ!」
「宗介さん、忘れちゃいけねぇよ。今回の俺達は探求家として来ていない。ただのガイドだ」
使命感と怒りに燃えて震えている宗介に対し彼は心底残念な、しかし決して揺らぐことのない意志でそう告げ、それを聞き宗介は体を強張らせた。
「ガイドの仕事は旅行者を安全に導くことだ。命がけの冒険劇を繰り広げることじゃない。今回の依頼の内容はS3にある熱封赤銅の回収だ、だから」
固まったまま動くことのない宗介に対しなおも追撃を緩めず言葉を綴るゲイル。
「………………その先は言わなくていい」
そんな彼に対し宗介は重々しげな様子で口を開きそう告げ、
「戻ろう。新たに見つけた空間を逃すのは残念なことではあるが、それでも、俺や君以外の命を賭ける理由にはならない」
一度だけ深く息を吸い、悲痛な思いを込めながらそう言いきる。それは彼の良心が探求心に打ち勝った瞬間であった。
「よぉーし、考えがまとまったな! いやまあ! 安全な探索が一変! 命を賭けた脱出劇! なんてもんにならなくて良かった良かった!」
そうして久我宗介が撤退を決めた事で意見は纏まり、重苦しくなった空気を緩和させようと積がふざけ始めると、全員の顔に僅かだが余裕の表情が戻ってくる。
「うし、まあなら来た道を戻ろうぜ。んで、目標を達成してさっさとこの神殿から出て」
そしてここから戻る発端となった康太が全員をまとめあげ来た道を戻ろうとすると、発していた言葉がそこで止まる。
「なっ!?」
康太の全身から大粒の汗を垂らし硬直し、息が詰まる。
焦って周囲に視線を彷徨わせれば、自分を除く六人全員が同じ状況に陥っている。
それは、これまで康太のみが感じていた殺気を全員が認識し、更に今にも襲い掛かってくると理解した瞬間であった。
「っ!」
僅かな時間、迷う康太。
「全員………………部屋に入れ!」
そうして出た答えは、狭い通路での迎撃でなく、先程まで進むつもりのなかったエリアへの、死のリスクを覚悟しての突入。
広い空間で迎え撃つという選択であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日はタイトルとなった彗星型の部屋の説明。
そして突入。
色々な要素が混ざった結果が今になるわけですが、何とも騒々しい旅路であると作者は思います。
これから彼らはどうなるか?
それはこれから数話で表現できればと思うので、よろしくお願いします
それではまた明日、よければぜひご覧ください!




