迷宮の光帯 一頁目
積が押した場所を中心に、古びたな壁が形を変える。
一枚の巨大な『面』が拳程度のサイズの無数のキューブへと形を変貌させ、淡い薄緑色の光を放ちながら音もなく霧散する。
その光景を前に七人の少年少女は言葉を失う。
「え? え?」
中でも最も混乱しているのは積だ。
自分が触れた壁が突如として消え去り、先へと進むことができる道へと姿を変えた事に困惑を隠せず、ずっと装着していたサングラスが落ちかける。
「な、何やってんだお前?」
「い、いやいや……俺も何が何だか」
驚きすぎて声に力が入らないゲイルが近づいて来るのを確認し、サングラスを掛け直し積は応答。
「……おい、これはどういう事だ」
「アタシは歴史やこの遺跡については全然わけがわからないんだけど、これってすごいことなんじゃない?」
「う、うむ。大発見だ!」
残る面々も続々と積の周囲に集まり始め、全員が全員、突如現れたこの道をどうするべきか迷いの表情を見せる。
「とにかくまずは現場保全だ。宗介さん、M1側の道に通行禁止の立札を。俺はN2へと続く道とO1に続く道を防いでおく」
「わかった!」
足早に動く二人に対し、ゼオスと優、それに康太はその場を動かず素人ながらも周囲を観察し、、積と蒼野はゲイルについて行く。
「通行禁止の立札ってなによ?」
「なにか大きな発見があった際、その現場を横取りされないようにするためのアイテムだ。この大遺跡用に作られた特別なもんで、立札を立てたグループ以外の通行を阻止する」
「ん? 阻止ってどうするんだ?」
「具体的に言うと、道の間に禁止と書かれた壁が作られる。んで囲ったエリア一帯に、入場した際に名前を書いた同じグループの奴ら以外には人を入らせなくする」
「ちょっと待ってくれ。そんな事したら、この先で苦戦中の人たちはやばいんじゃないか!?」
「まあな。何ならここで待ってるから、気になるならおたくは見てきてもいいぞ。出入りできるからな」
「そうさせてもらう!」
ゲイルが黄色い御札を地面に貼ると真っ赤な壁が道を防ぐのだが、蒼野はそこから飛びだしN2へと移動。
そこで誰もいないことを確認すると、急いで元の場所に戻り、大きく『禁止』と書かれていた赤い壁を難なく通りN1に戻る。
「さて、どうするか、だな」
戻ってきた蒼野を確認し、腕を組んだゲイルが唸るような声を発する。
「これは世紀の大発見かもしれんのだぞ! ここで引けるわけがない!」
最初に口を開いたのは久我宗介だ。
考古学者である彼はこの見たこともない道を前に、これまで以上の大声で意見を口にする。
「いや気持ちはわかるんだが、ちょっと待ってください。俺達が来た目的はこの先にある鉱石を持って帰ることなんです」
「んだな。これがものすげぇ発見なのはわかってるんッスけど、最優先事項を忘れるわけにはいかねぇ」
「馬鹿だなお前ら! どんな研究者でもアルマノフ大神殿で新しい道を見つけたとなれば無我夢中で飛びこむぞ。それを考えりゃ、ここは『飛びこむ』一択だぞ。それこそそこで新種の鉱石なら植物見つけりゃ、アルさんは、目的以上の物が手に入ったと喜ぶ違いねぇよ!」
それに対し蒼野と康太が反論するのだが積が宗介寄りの言葉を重ね、そこから更に優とゼオスが、それぞれ一票ずつ入れていく。
「半分ずつに分かれたか。ならゲイル、俺達はお前の意見に従うよ」
「お、俺!?」
と、そこで蒼野が唐突に投げかけた言葉を前に彼は戸惑いの声を上げるのだが、他全員もその蒼野の考えに不満はないようで、彼の方をじっと見つめた。
「…………はぁ、ならしゃーねー。優の意見を汲み取って、ここは先へ進むぞ」
「アタシの意見?」
「ああ。お前が言った『下を確認して危険じゃ無ければ突入。中の情報を持って帰って、なおかつ目的の鉱石もぶんどる』、この意見を採用する」
ダメで元々、良ければ最大のメリットというこの意見。
これらは突入派と堅実派の両方の考えを最も汲んだものであると彼は判断し、これに決定。
周囲の反応も悪くなく、ゲイルが視線を向ければ誰もが頷き賛同した。
「……多少の問題があろうと、最悪俺の能力で何とでもなる。行くのならさっさと行ってさっさと帰るぞ」
そうして普段ならば自分からは口にしない能力の利用方法をゼオスが伝え、全員の意思が固まると、とどめとばかりに蒼野が康太に視線を向ける。
「……安心しろ、危険はない」
そうして僅かな間意識を新たにできた道へと向けた事による判断結果を述べる。
「よし、ならまあ大丈夫だろ」
すると康太の直感に全幅の信頼を預けている蒼野が安堵の息を吐き、僅かな心配も解消した状態で一同は新たにできた道へと入って行った。
彼らが新たにできた通路を歩き始めて数分が経った。新たな道という事でそれまであったたいまつや光球などの明かりはなく、それを解消するため最前列のゲイルが背負っているカバンから懐中電灯を出して奥へと進む。
「そう言えばさっき聞きそびれたな。見つけたって船の話、聞かせてくれよ」
その途中で話しかけていた話題を蒼野が思い出し尋ねると、それを聞いたゲイルが肩を揺らす。
「そうだな。まあ途中で切るのもどうかと思うし、続きを話すか。ただまあ、意地になって言った俺も悪いんだが、基本的に重要機密でな。もしも誰かに喋れば首が飛ぶと思えよ?」
「やっぱり今から聞かなかったことにしないか?」
そのゲイルの言葉を聞き、声を震わせる蒼野。
「そう、あれは俺がまだじいちゃんが生きてた頃の話だ」
「待て待て待て、やっぱ止めよ。止めようぜ。そんな重い秘密知りたくねぇ。明日から一気に俺の生活が辛くなるじゃん! こえーじゃん!」
しかし彼は顔から汗を流す蒼野の静止を振りきり、決して聞き逃しなどさせないよう、はっきりとした声で語りだした。
幼い頃の、思い出深い記憶を。
「その日俺は他の奴らとかくれんぼをしてたんだ。鬼は家の執事、隠れるのは俺にルイの野郎に、ルティス。シリウスさんは……いなかったな」
それは彼が貴族衆の他家の同年代と共に遊んでいた時の事だ。
「その執事はとにかく俺らを見つけるのがうまくてな。ガキだった俺たち三人はいつも必死に隠れてた。んで、その日もそうだった」
ゲイルは常日頃と同じように彼は隠れる場所を探し、常日頃と同じように隠れた。
なんでもない過去の日常の出来事だ。
ただ違ったのは、そこがその日偶然見つけた隠れ場所で、初めて隠れたという事実。
「それで?」
「やめろ積! 聞けば聞くほど俺らの首が胴体から離れていくぞ!」
「俺が話してるのは呪いの呪文か何かの類か?」
「同じようなもんだろ!」
「おいおい…………」
「で、続きは?」
「んで、それでじっと隠れてたんだが、その頃の俺はやんちゃでな。隠れてるうちに飽きてきて、その隠れ場所で何をするわけでもなく適当に手足を動かした。そしたらだ」
「「そしたら?」」
期待を込めたまなざしを宗介や積がゲイルに注ぎ、それを受けたゲイルの口が更に回る。上機嫌なのは明らかであった。
「触れた場所がへこんで、真下に真っ逆さまに落ちていったんだよ!」
その瞬間の驚きは今でも覚えていると、ゲイルが懐かしげに語る。
恐らく生まれて初めて襲った命の危機はしかし、その後の事柄を鮮明に覚えるきっかけともなったのだ。
「そうして俺が体をぶつけたのが、船の甲板の上だったってわけだ。ああ、何で船の甲板の上とわかったかと言うなら、痛めた体を必死に動かして全体図を見たからだ」
「なんか妙に都合がいい話だな。それで、その船はどうなったんだ」
「……知らん!」
「はぁ?」
「その後は痛みに負けて眠りについちまってな。次に起きた時は執事の肩の上。見つけたどでかいお宝についても、知らぬ存ぜぬの一点張りだ」
あまりに堂々としたゲイルの発言に積が間の抜けた声を出し、数秒したところで腹を抱えて笑いだすのだが、蒼野や優からは、疑惑の目が向けられる。
それでも真実を語ったと言い続けるゲイルを相手に蒼野がふと気になった事を尋ねる。
「なぁゲイル。大前提としてそれはどこの話なんだ?」
「っと、それを言い忘れてたな。まあ結構な重要機密だからな、心して聞けよ」
「そうやっていちいち俺に心労をかけるのはやめろ! てかそれなら言うな!」
「俺達ファン家が治める都市マテロにある邸宅、その内部だ」
「…………うわ微妙。お前もしかして歴史的な発見じゃなくて、貴族衆の秘部とかそっち方面に触れたんじゃないか?」
蒼野の言葉を無視して口にした内容、それを聞いたところで彼らの顔から明らかに興奮の感情が抜け落ちた。
「いやあれは絶対歴史的な発見だ! あれひとつで今後見つける全ての宝に勝るような大発見だ!!」
その反応はどうやら彼のお気に召さないものであったようで、必死の表情でそう告げるのだが、蒼野や優の表情は変わらない。
「言いきるなおい」
「でなけりゃ俺の功績は素寒貧だ。そんなの嫌だぞ俺は!」
「あ、それ聞いてなんか安心した」
「何でだよ!」
要は、他に言えるものがなかったからこの話題を選び、そしてここまで大げさに言っているのだ。
それがわかった瞬間不安を取り払われた蒼野の顔と物言いに対しゲイルが全力の抗議をする。
その中に積が加わり煽り合いが始まるのを見て康太が肩を落とす。
全く、こっちは気が気じゃないってのによ
正体不明の殺気に注意を向けながらそんな風に考える康太。
「……それで、古賀康太、貴様は何を隠してる」
「い、いきなり話しかけるなよ。ビビったじゃねぇか」
ゼオスが縦列崩してまで近づき話しかけてきたのはその時だ。
「……そんな事はどうでもいい。問題はこの遺跡に入って以降の貴様の態度だ」
「…………」
突如背後から声をかけられたことの驚きを隠しきれない康太。
しかしすぐに思考を切り替えこの状況を一人で抱えるべきかどうかと冷静に考え、
「……………………まあお前になら伝えてもいいか」
信用はしていないが実力に関してだけならば信頼できる目の前の男に、自らが神殿内部に入ってから感じ続けている殺気について話しておくことを決意する。
「遺跡に入ってすぐから、正体不明の殺気を感じてた。それもかなりはっきりしたもんだ。それをどうにかしようと色々もがいてたんだが、うまくいかなくってな」
「……今このタイミングで俺に話したという事は、殺気の主の退治に協力しろという事か」
「話が早くて助かるな。他の奴には言うなよ。自分たちに向けて殺気が向けられている、なんて知ったら、依頼の成功にすら支障をきたす可能性がある。ここまで来てそれは困る」
康太の言っている内容を反芻し、ゼオスは納得する。
少なくとも蒼野はその時事戸を聞けば崩れ落ちるだろうし、ゼオスからすれば初見ゆえにただの予想ではあるが、ゲイルや積がそこまで実戦経験に長けているようには思えなかった。
久我宗介はギルドに所属しているというだけあり多少は武術の心得があるように思えたが、ほんの数時間話しただけで、隠し事には向かないことがわかった。だが、
「……尾羽優に話す程度ならば問題なかろう。恐らく俺に次いで、貴様以上に場数を踏んでいるぞ」
その一点においてだけはゼオスには理解ができなかった。
「馬鹿言うなよお前、俺があいつに頼ると思うのかよ?」
「…………思わんな」
のだが、その答えを理解はできずとも納得はした。
「……目に見えぬ相手に対し的確に対処できる戦力は多いほうがいい。だから俺個人の判断で頼れる奴に話す」
「好きにしろ」
暗に優に話すと言っているゼオスに対するぶっきら棒な康太の態度に内心でため息をつきながら、ゼオスが後方に控える優に事態のあらましを伝えに移動。
「おいおい、これはどういうことだ!?」
そうしてゼオスが目にすることのできない暗殺者に対する対策を整える中、最前列を歩くゲイルが声をあげる。
その声に反応し近くにいた蒼野と積が真っ先に駆け寄り、康太とゼオス、そして優の三人はその場で身構えた。
「いきなり声をあげてどうしたのよ」
「いやそれが……」
「ゲイルとがいきなり固まっちまってな。正直なんでそうなったのかわからん」
唖然として動かぬ面々に向け、優が近寄り話しかける。身動き一つ取らない様子に蒼野と積が困惑するが、話の内容を聞いた優にもそうなった理由はわからない。
「一体何なのよ?」
言いながら優が前に広がる景色を見ると、視線の先に広がるのは長い廊下の向こう側から漏れてくる光。それ以外に目に映る物はなく、二人が硬直した理由は一向にわからない。
「俺は何度かこのアルマノフ大神殿に入って内部探索をしてきたんだがよ、こんなに輝く光は見た事がねぇんだ。一体……一体こりゃ何の光なんだ?」
その部屋から漏れている光、そんなものを自分は知らないと彼は言い、言いきるよりも先に宗介が部屋へと向け歩いていった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
というわけで謎の道へと一行は突入。
そして新たな部屋を発見しました!
この部屋に待ち構えるものとは何か? そもそも何故この部屋は現れたのか?
こうご期待!
そう言えば今更な話ですが蒼野や康太が自分たちの町を半壊させたゲイルと仲良さげに話せる理由は、
この世界で生きていればそれくらい普通に起きる事だからです。
むしろ死傷者も出なかった分かなり穏便に片付いたくらいで、二人ともゲイルを恨むような事は一切ありません。
それではまた明日、よろしくお願いします




