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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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古賀蒼野、賢教に行く 一頁目


「これが……外の世界!!」

「なんだお前、外の世界は初めてか?」


 蒼野とゲイルがいるのは、二頭が運ぶ居住区の中に作られた共有スペース。そこには時間をつぶせるよう、木製のベンチやテーブルが幾つか固定された状態で設置されており、壁に付いているモニターからは外の景色を眺められる。


「こんな光景で驚いてたら、この先で腰抜かすぞ」

「腰を抜かす、程度で済めばいいが」

「どういうこった?」

「いや、心臓麻痺で死亡とかいやだなぁとか思ったりしてな」

「おたく……ハートが弱すぎるだろ」


 ゲイルの言葉を聞き思わず蒼野が苦笑するも、緊張を抑えるように胸を掴む。

 これから行く場所は、賢教へと渡ることができるようになれば、蒼野が最初に見に行こうと思っていた場所。千年前の戦争の規模が、明確にわかると言われる場所の一つにして観光地。


「『一踏の湖』のウーク」


 モニターに映る町を見ながら興奮した様子で蒼野がその名をつぶやく。

 思いもしない展開ではあったが、蒼野にとって初めての賢教渡航が始まった。




 千年前、ウークは賢教と反賢教を掲げる勢力が争った中で、五本の指に入るほどの規模の衝突を起こした場所であった。

 その時、後に神教を名乗る反賢教側は数億の兵を率い賢教を攻め、対する賢教側はその十分の一の兵力で抵抗する。

 この戦いに勝てば戦況は揺るがぬものとなる。そう知っていた反賢教側が兵の大半をつぎ込んだ戦いは、しかしほんの数人の手によって容易くひっくり返される事となる。


 一人の男が、大地を踏む。


 それだけで男の立っていた地面を中心に数十キロにわたる地面が音をたてながら崩壊し、勢いよく溢れ出る地下水が両軍を襲う。

 突然の事態に対応できなかった反賢教側の多くの兵たちは濁流に飲み込まれ命を落とし、この状況を聞いていた賢教側は大した影響もなく戦いに挑み戦況は逆転した。


 この戦いで突如姿を現した彼らは、その超常的な力が種になり両陣営で噂される。


「この町ウークは、そんな彼らの始まりの地として戦争を終えた際に銅像が建てられ、今もなお千年前の戦争の象徴として残っている。加えて湖では突如現れた湖に適用しようと独自の進化をした魚類がおり、そこの町の特産物となって賢教一帯に売り込まれている」

「ご説明どーも。よく知っていらっしゃることで」


 町に付いた途端繰り広げられる蒼野の説明という名の演説にゲイルが顔をやつれさせる。

 蒼野達一向が賢教側の境界付近にあるこの町に辿り着いたのはほんの数分前。康太と優は各々別の場所へ行き、蒼野はゲイルの監視を受け持ち、石造りの街を共に行動していた。


「しかしおたくも物好きだねぇ。犯罪者の監視を自ら受け持つなんてよ」

「優の奴は元々は無関係だし、康太もちょっとな。そう考えると俺が適役だろ」

「まあそりゃそうだが」

「だから俺の目に入る場所にいろよ。あと隠れた名スポットとかあれば教えろよ」


 最後に言われた言葉にゲイルは情をやつれさせる。


「言っとくがな、ついでだからな。ついで」


 そこを間違えるなと忠告する蒼野だが、高鳴る心臓の鼓動をごまかす事はできなかった。




 『一踏みの湖』が存在するウークは、石レンガを原料にした建物が連なる町だ。中でも特徴的なのは町中を走る無数の水路と、その上を通る数人程度が乗れる木製の小さな船だ。

 康太が歩く大通りのど真ん中にも水路が敷いてあり、左右に建てられている建物とは別に小さな商店が浮かぶ。ウークの住民たちはその通りで買い物をしており、楽しそうな笑顔をそこら中にまき散らしている。


「ふん、たかだかコソ泥のためにこの私が出張るなど、光栄に思ってほしいものだな町長」


 人々の温かみのある笑顔を眺め、心穏やかな気盛で歩いていると、穏やかで温かみのある空気に似合わぬ剣呑とした声が耳に入ってくる。


「それはもちろんです、はい。まさか! あなた様自ら出向いてくれるとは思ってもいませんでした!」


 話をしているのは二人の男だ。


 一人は茶色の髪の毛にあまり火に焼けていない肌をした小太りの人物。もう一人は蛇のような見る者を萎縮させる細目が特徴的で、腰に触れる程度の長さの銀髪を背後で縛っている。


「あいつは…………」


 小太り気味の中年の男の方を康太は知らないが、問題はもう一人の男の方だ。


 端的に言うのならば、康太はその男を知っていた。


 世界を四分割し、中央を支えるよう設置されている四大本部。その頭領である男と、高慢そうな態度でしゃべっている目の前の人物の姿がダブって見えた。


 男を見た瞬間、康太の勘が警報を鳴らす。不吉な予感が胸をざわつかせた。




「と、言う事なのよ。予定通り合流できなくてごめんね」

『事情が事情だからいいけどよ、お前もその孤児院ってところの奴らも災難だなおい』


 大通りから一本離れた路地裏で腰かけ電話をかけるのは尾羽優だ。

 彼女が今いるその場所は、建物と建物の間に挟まれた事で夏の日光を完全に遮断し、付近に水路が通っている事で簡易的な避暑地となっている場所だ。


「にしてもこっちに来れるのは2日後って、結構時間がかかるのね」

『まあ普段と違って賢教に渡る用意を全くしてないからな。貴族衆なんつー特別な地位でもなく、二大宗教を隔てる境界を抜けるのは、そんだけ時間がかかんだよ』

「観光気分で二日間過ごしてればいいの?」

『そうしてくれ。朝一で開けるように配慮しておくからよ。それと、お前の連れには絶対に神教から来たことをしゃべらないように伝えとけ。いらん騒ぎしか起きねぇ』

「了解。じゃあまた二日後に会いましょ」


 そう口にして電話を切る少女の顔に浮かぶのは安堵の表情。

 蒼野達を不安にせぬよう隠していた事実だが、神教側にうまく帰れず賢教側に移動してしまった場合の策を優は明確に持っていなかった。

 無論それは彼女の信頼する上司が何とかしてくれると確信していたからではあったのだが、それでも2日かかると言われたのは意外であった。


『明日の天気は曇り時々雨です。とても風が強く、洗濯物に湖や水路の水、それに雨がかからぬよう、住民の皆さまはお気を付けください』


 やっぱ無計画はいかんわ、そんな事を考えてため息をついた彼女の耳に聞こえてきたのは、街全体に広がる天気予報。空は青く、目に見える範囲を見渡してみても雲一つない。

 ひと波乱あるのかしら、何の根拠も確信もないが、天気予報を聞いた彼女はふとそう思った。




「ここが『一踏の湖』か!」


 透明感の強い清らかな水が流れる、地平線の先まで続く湖。千年前戦いの主戦場であった小島に伸びる一本の橋。

 この上なくきれいに区画整備された観光者用の堤防に蒼野とゲイルの二人はおり、観光客が集まるその場所に訪れた蒼野は、たった一度の足踏みで出来たその湖に声が漏れる。


「そこまで感動できるものかねぇ、これ?」


 生きていてよかったとでも叫びだしそうな蒼野を、近くにあった木製のベンチに腰かけ眺めるゲイル。


「憧れだったからな、俺からしたら感動もんなんだよこれは。それに考えてみろよ。地平線の向こうまで伸びる湖を一踏みで作った人間がいたんだぞ。そう思うとすごくないか?」

「そんなもんかねぇ……悪いがそういう考えに賛同できるタイプじゃねぇのよ、俺は」


 蒼野に促され景色を見るが、すぐに周りに何かいい物はないかと視線を泳がせる。すると『せきちゃん』と書いてある出店を見つけ、ゲイルは立ち上がり近づいていく。


「花より団子派なんでな。こっちを楽しませてもらうよ」


 ゲイルの視線が出店に置いてあった、容器の中に山のように盛られたポテトに向けられる。全体から湯気を発しているそれは出来立ての匂いを辺りに漂わし、その上から溢れるばかりにかけられたトマトケチャップはゲイルだけでなく、蒼野の食欲まで誘った。


「ちょ、ちょっとだけもらっていいか?」

「湖の見学はどうしたんだよおたく。あ、付いてる爪楊枝で取れ! 素手で取るな!」

「なんだあんちゃん達。観光客か?」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す二人に、頭にタオルを巻きサングラスをかけた出店の大将らしき男が話しかけると、蒼野が振り返り口を開く。


「ああ、神教からちょっと」

「ぶ!?」


 口に含んだポテトを勢いよく吹きだすゲイル。

 蒼野からすれば気軽に言ったつもりだったのだが、ゲイルはこの上なく焦り、蒼野の顔面をコンクリートの地面に叩きつけ、両手に光を集め、掌に収まるサイズの球体を二つ作り出す。


「ちょ、待てって。別に俺はお前らに危害を加えないって!」


 光を放つ球体に焦りを覚えた男が、必死に手振りをしながらゲイルに話しかける。


「ホントだって。てか俺も境界の先から来たんだぜ!」

「……本当か?」


 屋台を経営する大将の言葉を聞き、半信半疑ながらも球体を消す。

 信じられない気持ちではあったが、問答無用で通報されず交渉の場に持っていけそうなだけでも良しとする。


「とりあえずそこのベンチにでも座って話そうぜ」


 息も絶え絶え、心底怖がっていますと言う様子で両手を広げ出店の大将が提案する。

 ゲイルは一瞬だけ考える素振りを見せるが、地面に叩きつけたまま動かない蒼野を担ぎ、ゲイルは少年の提案に乗ることを決めた。

 出店の大将が頭に巻いたタオルを外すと、真っ赤に染めた髪の毛がバサリと露出。

 色落ちが激しいジーパンに、汚れが目立たない黒のTシャツを着た大将は、男と言うにはまだ若い、蒼野同様少年と言った方が正しいくらい幼い見た目である。


「ほい、お近づきのしるしにサービス。うちの看板商品」

 出店に少しばかり戻っていた少年がアイスクリームを持ってくる。ベンチに蒼野を寝かせ受け取るゲイルだがすぐに食べようとはせず、ジロリと品定めするような視線を注ぎ続け、渡されたアイスクリームを警戒する。


「毒なんて入ってねぇよ。そんなことしてネットで情報散布されたら店を続けられない」


 いらないなら俺が貰うぜ、そう言われ初めてゲイルは渡された物に口をつけた。


「ほれ、これがフリーパス。加えて俺の自己紹介」


 渡されたのは商売許可証と名刺、そして二大宗教公認のフリーパスだ。

 賢教と神教の関係は最悪と言っても過言ではないが、それでも境界によって完全に二分した今ならば見かけだけは平和なものだ。その平和の証として作りだされたものがこのフリーパスだ。

 これを持っている者ならば境界に設置してある門を自由に通る事ができ、何の障害もなく向こう側に移動できる。

 手に入れるための試験は難しいが、商人は当然の事、冒険家や探検家、果てはただ単に観光目的の人々でさえ喉から手が出るほど欲しがるものである。


「よろず屋せきちゃん、ねぇ」


 フリーパスと共に渡された名刺には、少年の作った店名に電話番号、メールアドレスが書かれていた。


「こっちに来たのはうまい話を聞いたんでね。それにあやかろうと思って滞在中さ」

「うまい話?」


 男の物言いが気になり、尋ね還すゲイル。


「っ痛いなぁ」


 隣から声が聞こえてきた事でゲイルが顔を向けると蒼野が目を覚ましており、頭を手でさすりながら二人を交互に確認し、不服そうな表情を浮かべていた。


「悪いな、まずい事態になると思って一度眠らせた。まあそうならずに済んだんだがな」

「賢教側では神教が出身地とは言わない方がいいぞ。大抵の奴は目の敵にしてるからな」

「だからっていきなりあれはひどいぞゲイル。それに……」


 その時、文句を言おうとしたところで名前がわからぬ事に気が付き言葉に詰まる。


「積だ。だから店名もシンプルにせきちゃんなんだ。覚えやすいだろ?」

「よろしくな積。俺は蒼野、こっちはゲイル」


 頭をさすりながら、積に握手を求め、快くそれに応じる積。

 場の緊張感が幾分かやわらぎ場の緊張が解けたところで、灰色に橙の刺繍を付けた軍服姿の男たちが彼らの前に現れた。


「お前、まさかこいつらを呼んで!」


 声を荒げ席を睨みつけるゲイルだが、男達が彼らの前を通りすぎ別の場所へ向かって行くのを見て息を吐き、事態を理解しきっていない蒼野が積に説明を求めるよう視線を向ける。


「あいつらがここら一帯を回る理由についてはさっき言った『うまい話』が絡んでくるんだ。実は……」

「「…………は?」」


 そうして積の話を聞いた二人の裏返った声が重なる。


「ちょ、ちょい待ち。んなアホなことが本当にこの町で起きてんのか?」


 ゲイルの信じられんという含みを持たせた言葉に、ニヤリと笑みを浮かべる積。

 その後に本当の事であるとだけ伝えた積は、辺りに散らばる警備の兵に目をつけられる前に逃げる準備をして、小言で二人にひそひそと話しかける。


「お前らも神教出身だとばれたら厄介だぞ。明日もこのあたりで商売するつもりだし、気になることがあったらまた明日来てくれ。あ、世間話も大歓迎だけどお金は持って来いよ」


 積に急かされ、背中を押され足早に去る二人。


「モノホンの情報なんだろうな? ガセネタなら許さねぇぞあいつ」

「まあ明日はその確認になるだろうな」


 そう言いながら、彼らはこの町に着いた際に決めておいた集合場所に向け歩きだした。



ご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。

さて、ここから蒼野や康太にとって初の賢教での冒険となります。

といっても、この場所自体は神教におけるジコン同様賢教における片田舎的立ち位置ですので、

あまり違いはありませんが。

とりあえず、楽しんでいただければ幸いです。

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