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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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戦の星の人類考察


「ちょっと、せめて姿くらい隠しなさいよ蒼野!」


 隠れる様子のない蒼野を前に語気を強める優。


「しっ、今授業中だ!」

「あんたねぇ」


 しかし蒼野がそんな当たり前の彼女の抗議を受け流し、目前で行われる授業に注視。

 真正面の教壇の上に立っている、画面腰で幾度となく見た顔、三賢人の一人ジグマ・ダーク・ドルソーレに対し意識を注ぐ。


 「――――死者の蘇生は不可能とされている。その理由は単純だ、肉体に記憶の蘇生は可能とされているが、魂の蘇生は未だ不可能とされているからだ」


 その男はヒュンレイ・ノースパスと同様のタイプの男であるように蒼野は思えた。

 女性のようにウェーブをきかせ腰まで伸ばした、光を反射する程まできれいな紫の長髪。中性的な面持ちに身を包む皺ひとつない白衣。

 少々猫背なことが影響して小さめに見えるため、インテリ特有の線の細さも相まって女性に見えてもおかしくはないが、それを野太い声が否定する。


「体を作ることはできるだろう。

 記憶を埋め込むことも難易度は高いが不可能ではない。

 しかし魂を宿すことは数少ない歴史の資料を遡ったところ誰にもできていないのだ」

「では例えば魂を別の肉体に宿すという事はできないのでしょうか。ミスタージグマ。我々の世界には数多の能力者がいますが、例えば魂を操る能力者がいたとして、Aの肉体に宿る魂をBの肉体に移動させるなどはいかがでしょうか?」


 三賢人の一角ジグマ・ダーク・ドルソーレが会話をしていると、メガネをかけがっちりとした肉体の男が質問を投げかける。それを聞きジグマは教壇から後ろのホワイトボードへと移動すると、ペンを持ち図を書き始める。


「ふむ、まず初めに結論から伝えておくとその方法は可能である。いや肉体と魂が完全に分離した存在を生き永らえらせる方法は現状ではそれしかないと言ってもよい。実際にそれを行い、成功させた例がほんの僅かではあるが存在する」

「では!」


 ジグマの答えに対し青年は体を傾けるのだが、彼の表情はそれがよいことではないと明確に伝えるかのように曇っている。


「しかし、それは完全には程遠いものであるというのもまた事実だ。

 肉体と魂にはデータの容量に近い関係があってね、一つの肉体に入る魂の容量は百までとして、多重人格者というのはこの容量を分割して過ごしている。だから生きていける。最も様々な困難が待ち受けているのは確実であろうが」


 フラスコいっぱいに満たされた水の絵が二つ、ホワイトボードへと書かれていく。

 一つには青色の水が零れる寸前まで見たされており、もう一つには青と赤の混ざった水が満たされている。

 それらの横には可という文字が。


「だが魂を別の肉体に宿すという事は全く別問題なのだ。例えば既に魂が宿っている肉体にもう一つ魂を加えるというのならば単純な話だ。既に百ちょうどに満たされている中に、さらに百足すという事になる。結果は、まあ言わずともわかるだろう」


 言いながらホワイトボードに書き足された絵は、魂の事など露とも知らない蒼野でも一目でわかる結果が書かれていた。

 表面張力ちょうどに満たされた水が、溢れ出る図。

 書かれた瞬間に動画となって動きだしたその結果は誰の目で見ても明らかであった。


「二つの魂を一つの肉体に収めた場合、みるみるうちに自我が崩壊するのは目に見えるのはわかってもらえたと思える。では魂のない肉体、これに他者の魂を移すとする。この場合の例としてわかりやすい説明は、人間の体を精密機械に例える事だ」


 そうして書かれた図は無数の歯車の集合体なのだが、彼がそれを書いたホワイトボードを叩くと、魂という文字がそれら全てに与えられる。


「魂の形は定型ではない。一人一人の物に合った、いわば特注の一品だ。

 つまり魂の入ってない空の肉体に別人の魂を移すことは可能かも知れないが、合わない歯車では動くはずもなく、結果的には植物人間または二つの魂を宿すのと同様にいつかは精神が崩壊する」

「なるほど」


 質問をした男を筆頭として、複数人が教壇に立つ男の書いた図を書きこみ、窓の外で話を聞いている蒼野も、カタログの空いている場所に図を書く。


「だが、あらゆる物事において例外はある。そしてそれはもちろんこの議題においてもだ」

「え?」


 ジグマの言葉に蒼野は思わず声が上がる。例外があるという事は死者の蘇生はできるというのだろうか、そんな期待に胸を膨らませ耳を向けるのだが、


「っ誰だ!」


 その声に気がついた先程ジグマに質問をした青年が蒼野に向け、というより声のした方角へと向け持っていたペンを投擲。

 ペンは窓を容易く貫通し、蒼野の頬を掠め彼方へと消えていった。


「やばいやばいやばいやばい!」


 顔を真っ青にした蒼野の様子を見て事態を理解したゼオスが能力を発動。

 同じ校舎の屋根の上に移動。


「どうやら、招かざる客が混ざっていたようです。すぐに捕まえますので、少々お待ちを」


 消えた蒼野達の捜索を続けようと動きだす青年が、立ち上がり周囲に粒子を飛ばそうと意識を注ぐ。


「そう顔を真っ赤にしなくともいいよ久我宗介君。彼については位置の関係で気が付いていたが、どうやら敵意がある様子ではなかった。選ばれてきた君たちに悪いから教室には入れられないが、多少の盗み聞きくらいは許そうじゃないか。本音を言うとね、私はもっと多くの者にこの授業を聞いてもらいたいんだ。権利や場所の関係で難しいのだがね」

「…………」


 小さな建物の中での会話がゼオスの耳に入ると、辺りを注意深く観察している蒼野と優に警戒を解くよう合図を出し、それを見て二人は肩を下ろす。


「……相手が寛容な様子でよかったな。だが見つかれば他から恨みを買う可能性はある。そろそろ下でのほとぼりも冷めたはずだ、下りるぞ」

「そうだな、しっかしもったいない事をしたなぁ。もうちょっと聞ければいいことが知れたかも知れないのに」

「アタシも聞いてたけど結構法律ギリギリの内容よ。もし許可なく行おうものならば人体実験のラインのね。さ、下りるわよ」


 落胆する蒼野の肩をバシバシと優が叩き今度こそ誰にも気づかれぬよう、慎重な様子で三段目へと下る。


「さて、無事戻ってこれたわね」

「俺達に襲い掛かる人もいない、と」


 先程の騒ぎを思い出しもう一度隠れながら、変装しなければならない事態を覚悟していた三人であったが、そんな様子は一切なく、彼らは表通りを歩き目的地であるブク資料館へと到着。


「意外と騒がれなかったのはどうしてだろうな。結構覚悟して降りたんだが」

「………奴らが見てるのは俺とお前の能力だけで顔は見えていない」

「または、あれから少しの間で新たなものに興味が映ったとか」

「なんかへこむな」

「何で?」

「いや、俺らの希少能力ってその程度のものだったのかなって」

「……貴様は追われたいのか追われたくないのかどっちなのだ」


 蒼野の理解できない発言を前にゼオスが頭を抱える中、彼らは入口を抜け資料内部へと足を踏み入れる。


「流石はブクが誇る巨大資料館。この規模ってラスタリアにも負けてないんじゃない」


 敷き詰められた真っ赤な絨毯に通るものの姿が映るほど磨かれた真っ白な壁を背景に一定の間隔を開けて 観葉植物が置かれたブク資料館は、世界でも希少な過去の歴史の資料館だ。

 考古学者という職業がすべからく早死にする職種ゆえに集められた資料はそこまで多くはないのだが、ここにはそれらが幾つか安置されている。


「へぇ、これが神教が開かれた当時の映像」


 今と変わらぬ鮮明なカラー映像で湧きあがる人々に彼らの前で杖を掲げる神の座イグドラシル。

 そしてそのイグドラシルの前でひれ伏し何やら呟いている人物は、


「あ、これってもしかして若い頃のゲゼルさんか。かっこいいなー」

「……剣聖の全盛期か。今のあの姿からは想像できんな」

「ゼオス、それ本人が聞いたら悲しむから言わないであげてね」


 そんな事を口にしながら奥へと歩いて行き、様々な資料を目にする。

 賢教の過去の繁栄について。闘技場都市ロッセニムの歴史。英雄の半生等、見る者によっては胸を熱くするものだ。


「いいな、本当にいい。特にレオン・マクドウェルの半生が良かった。ロッセニム英雄伝説、本で読んだことはもちろんあるんだったんだけどな」

「あたしはあの各名所の写真とか中々よかったわ。秘境ベルラテスとか、賢教総本山エルレイン。いつの日か行ってみたいもんね」

「俺もその二つに行くのは夢だなー。お前はゼオス」

「……興味ない」

「夢がないなぁ」

「……ほうっておけ」


 盛り上がる二人とは全く違う空気で返事を返す彼の姿に悲しげな表情をしながらそう口にするが、それに対するゼオスの返答は更に短い。

 その後彼らは外へと出て、少し歩いたところにあるブク大食堂へと行き食事を取るが、ここでアクシデントが起きた。

 ブクでも名物施設であるここは渋滞しており、席を取り食事を取るだけで一時間と少しの時間を使ってしまったのだ。


「やべぇな、もう時間だ。もう少し色々なところを回りたかったんだが」


 時計を見れば既に一時半を過ぎている。ゼオスの能力を使えばすぐさま移動できるが、再び追いかけまわされる可能性が高い。

 対して徒歩で行った場合目的地までは恐らく十分ほど。ならば後者でも間に合う時間であると考えた三人はゆっくりとだが目的地を目指す。


「いやそれにしても食堂はすごかったな。まさかボタン一つで、ベルトコンベヤーに沿って料理が作成。流れ作業であそこまでできるとは」

「でもアタシはちょっと複雑だわ。機械から材料が出てきて一から十までできるなら、人間の必要性ってあるのかしら? それこそ、毎朝アタシとかアンタらが作る必要はないんじゃないかしら?」


 蒼野が頼んだ品はマーボ豆腐に炒飯にベーコンエッグ。優はヘルシーな野菜炒め定食。そしてゼオスはトマトパスタとパンのセットである。

 それらを三人は分け合って食べたのだが口を揃えて一流の料理人の味であったと称賛。が、その事実に優は疑問を覚え、そんな彼女を慰めようと蒼野が口を開く。


「そう言うなよ、あ、俺は好きだけどな優の料理」

「…………ありがと」

「……のろけ話なら俺のいないところでやれ」

「いやいや、そんなんじゃないさ」


 返された答えに対し、一拍遅れ優が返事を返す。

 その表情は僅かに紅潮しており、それを見たゼオスがため息を吐きだすのだが、それに対する蒼野の返事は軽い。


「え、違うの?」

「違う違う!」

「もう、ちょっとくらい迷いなさいよ!」


 蒼野の答えを聞き少女が僅かに頬を膨らませるのだが、そうしている内に彼らは公園へと辿り着き、そこには既に見知った顔が一人いた。

 しかしそれは思いもよらぬ人物であり、今回の件の人選を考えた場合疑問を持たざるを得ない。

 『倭都』の強力な侍でもなければ、普段から電話などで会話しているある程度縁の深いゲイルでも、善を慕う部下の聖野でもない。


 蒼野が初めて賢教を訪れた際にただ一度だけ共闘した赤髪サングラスの男、積がそこには立っていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事でもう一人の仲間候補、積の登場です。

彼がなぜ選ばれたのかについては、追々語らせていただきます。


できれば今回この星の人間の性質についてもう少し語りたかったのですが、話の流れゆえに語れなかったのは残念。

それについては、しばらく後に語る事になると思います。


それではまた明日、よろしければご覧になってください。

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