日常/ゼオス・ハザードの場合
これはとある星で繰り広げられる物語。
世界は粒子と呼ばれる物質で形成されており、人々はそれを自由自在に扱い暮らしていた。木々も水も大地でさえも自由に作りだせる彼らは、世界を支配していると言っても過言ではない。
やがて人々はその力を用い文明を作りだすのとほぼ同時に、その力を誇示するようになる。多くの者達がその力で自らの願いや欲望、信念を叶えるために戦いだす、
ゆえに、この世界は財力でも科学、権力でもなく、力こそが正義とされ続けてきた。
この物語は、そんな星で生きる人々の生き様を描いたものである。
「……朝か」
朝になり俺はベッドから起きあがる。
午前八時半を指し耳に響く音で鳴り続ける目覚まし時計を止めると、寝巻を脱ぎ常日頃と同じ服を着こんでいく。
それから洗面台へと向かい蛇口を最大まで捻り水を流し、年齢の半分の回数水を掬い顔に叩きつけると、俺は目が覚める。
そうやって家がなかった頃から続けてきたルーチンワークを終えると、部屋から出て階段を下りる。
「おう起きてきたかゼオス、おはようさん」
「……」
日課である竹刀の素振りを繰り返す暑苦しい男、古賀蒼野のあいさつに手だけを振って返す。
その行為は俺からすれば気に入らない相手を冷たくあしらったつもりの行いだったのだが、多少でも反応したのがよほどうれしかったらしい、奴は子犬が構ってもらえたかのような表情で手を振り返してきた。
「……朝から元気な奴だ」
ため息混じりの独り言を呟き先へと進み足キッチンに辿り着く。
そこでは見知った顔の二人が、既に見飽きた光景を繰り広げていた。
「だぁーから! 何で漉し餡のアンパンなんだって聞いてるんだよ! アンパンは粒餡に決まってるだろうが!」
「し~り~ま~せ~ん。あたしが今日の食事担当です、嫌なら食べるな!」
「誰が好き好んでお前の好みなんて食うか! 適当に作る」
「あっそ、あたしも粒餡派に漉し餡のアンパンを食べられたいとは思ってませんから! 好きにしてください! 粒餡喰いすぎて糖尿病になって死ね!」
「てめえは漉し餡詰まらせて窒息しろ!」
「漉し餡詰まらせる程度で人は死にませ~ん。ちょっとはものを考えてしゃべったら?」
「てめぇ!」
「・・・・・・貴様らも飽きんな」
朝早くから騒いでいる古賀康太と尾羽優、この二人の日常的な光景を前にした俺は思わず頭に手を置きため息をつく。
そうしている内にキッチンの奥から原口善が現れ、目の前の光景を見て俺と同様にため息を吐いた。
「お前ら朝っぱらからご苦労なこったな。まあ殺し合いにならねぇ程度ならいくらでも騒いでくれていいが、喧嘩するなら外でやれ。それと優、ヒュンレイの分は?」
「あ、そこに置いてあるわ。ついでにヒュンレイさんがどっち派か聞いといてくれないかしら」
「てか善さんはどっちなんだよ」
「あー、あんまこだわりねぇな。正直多少の差はあれど同じもんだろ」
さして考えることもなく軽い口調で返事をする原口善だが、それを見る二人の顔はかなりまずい。
「うわ」
「それはねぇよ善さん」
何故だかこの二人はこんなところだけは同じような返事を返してくるようで、その様子を前に原口善は顔をしかめた。
「なんでそんなとこだけ気が合うんだよお前ら」
ナプキンの上に置かれたアンパンに、牛乳瓶。サラダとフルーツの盛り合わせの皿をラップで包んだものをトレーの上に乗せ原口善が奥へと歩いていく。
「拳を構えろマウンテンゴリラ。どっちが正しいか勝負だ」
「上等、泣かしてやるわ単細胞」
「えーまた喧嘩してるぞあいつら。今度は何さ?」
馬鹿馬鹿しい喧嘩は俺の目の前でそれからも続いて、五分ほどしたところで古賀康太と尾羽優の顔は茹で蛸のように真っ赤になっていた。
俺の横に閉まり気のない表情をした男がやってきたのはその時で、思わず剣に手を伸ばし振り抜こうとしたが、やはり腕はピクリとも動かない。
「……アンパンの餡は漉し餡か粒餡か、だそうだ」
「どっちもいいとこあると思うんだけどな。善さんは?」
忌々しい事に原口善が俺に施した力はこの上なく効いている。
とすればこの男を殺すことなどできるわけもなく、俺は真横の男から視線を外した。
「……いつもの場所だ」
「そっか」
俺の返事を聞き少々寂しそうな様子で奥の方へと目を向ける古賀蒼野だが、正直なところ俺にはその気持ちがまったく分からん。
この手の反応を見ると常々思うのだが、生きているのならば問題などなかろうに、なぜ悲しむというのだろうか?
キッチンから彼らの過ごす生活スペースへ、ゼオスが来た木造の道を辿り善がとある部屋の前に辿り着く。
「…………」
その後善が部屋に入ろうとドアノブを握ろうとするが、不意にその手が止まる。
「入るだけで覚悟がいるとか…………厄介極まりねぇな」
言いながらドアノブを握り部屋を開ける善。その直後、彼の全身を強烈な冷気が襲う。
「ああ、食事を持ってきてくれたのか。ありがとう善」
「入った瞬間冷凍食品になったがな……」
カンカンと、子気味良い音を出すトレーやお皿。
それを手にしていた善はため息で言葉を返し、部屋の主であるヒュンレイは申し訳なさ半分、愉快な気持ち半分という様子で謝罪の言葉を口にするのだが、自然と顔を綻ばせているヒュンレイの様子を確認し善は安堵し息を吐く。
「調子は悪くはないみたいだな」
「ええ、経過は上々です」
あの熾烈な戦いから三日が過ぎた。残っていた力全てをぶつけたヒュンレイ・ノースパスは病院から帰るとすぐにギルドに設置してある病床についた。
最初の一日は死人のように静かに眠ったまま目を覚ますことはなく、二日目になり具合悪気な様子で目を覚ましたのだが、その際に彼が提案したのが、私室の改善案であった。
「そうか、まあそれなら急いで改築した甲斐があったもんだ」
彼の属性、つまり体調の回復に適した環境の作成に当たりわけだが、それに取り掛かった結果、部屋は巨大な冷凍庫のような空間と化し、その奥でヒュンレイは悠々自適に過ごしていた。
「これ何度だよ?」
「マイナス五百度と少しですね」
「少なくともお前ら氷属性の使いて以外には過ごせねぇ気温だな」
恐ろしいものだと絶句する反面、ヒュンレイの回復の早さを見てその効果の程も素直に認め嬉しくも思う。
昨日までの半死人状態から小康状態まで持ちなおしているのだ。この成果を見ればギルドであるキャンピングカーの一角が冷凍庫と化しても文句はない。
「これなら意外に早く動けるようになるか?」
「どうでしょうねぇ。恐らく三ヶ月ほどかと」
「この環境でもそれだけかかんのか?」
目を細め胸を痛めた様子で声をかける善。
そんな彼を励ますような声色でヒュンレイは語る。
「元々一年程度かかる予定でしたから大進歩ですよ。それに良くなっているとは言っても、今だってしゃべることはできますが、立ち上がることはできません。私自身ができるのは精々両手を使って本を読んだり、食事をするくらいです。全く、書類整理さえできない」
困ったように笑う半死人を見て、善は何も言わない。話題を変えるべきかと辺りを見渡していると、ふと気になることが思い浮かんだ。
「待て、お前今『本を読んだり』食事をする程度つったが、この極寒の部屋で本は凍らねぇのかよ」
「……」
「黙るなよおい。てかそんな事に力を使うのならもっと療養に専念」
ヒュンレイの反応を見て、説教を行い始める善。
しかしヒュンレイはそんな彼の姿を見ると笑いを堪えきれなかったのか、大きく吹き出し弱りきった体を上下に揺らした。
「ハッハッハ、冗談ですよ冗談。この本はね、これから君たちが会う彼が、研究サンプルの一環として渡してきたものを使ったものですよ。なんだったら、うまくできてるとでも伝えておいてください」
「これから会いに行くやつ、か」
二日前、病院から戻ってきてから一日寝込み、それから起きてすぐにヒュンレイが話した内容を善はしっかりと覚えている。
ヒュンレイ・ノースパスという存在は奇跡的に生還したわけだが、今の彼はこれまでのように体を動かせるわけではない。なのでギルドの活動をこれまで同様に行うためにも、新たな仲間の勧誘が必須事項であるという事であった。
そして今現在ギルド『ウォーグレン』は、ヒュンレイが口にしたその目的を達成するために動き続けていた。
「まあ時間は掛かっちまったがそろそろ会えそうだぜ」
ヒュンレイの体に負担を掛けぬよう、善は普段と比べかなりゆっくりとこのキャンピングカーを動かしていた。
加えて途中で合う人々の依頼も解決していたため未だ目的地にも到着していなかったのだが、それもここまで。
今は人のいない草原を走り続けており、このまま行けば後二時間程で目的地へと到着する。
「・・・・・・なあヒュンレイ。やっぱ答えてくれねぇのか?」
幾度目となるかわからぬ問いの内容は新たな仲間の詳細。
一人に関してならば善は十分な情報を貰っただが、しかしもう一人の情報を病床に伏したヒュンレイは頑なに教えようとしなかった。
「ええ、聞けば必ず厄介な事になるので。うまくことを回そうと思うのならば、あなたは最後の最後まで出てこないほうがいい」
「そうかい」
此度の答えもこれまでと変わらぬ者で、善は未だに目の前にいる友の真意を掴めずにいる。
とはいえ不安であるのは確かだが、しかし無理矢理機構とまでは思わなかった。
なぜならばこの男が自分の不利益になるような行動を起こしたことなどこれまで一度しかなく、信用に値する人間であると心の底から信じているのだから。
「善?」
「そろそろキッチンに戻る。相手が相手だ、一波乱あるかもしれん。最終ミーティングを行っておく」
押し黙ったままじっとしている友の姿を見てヒュンレイが訝しげな様子で口を開き、踵を返し原口善は部屋を出て行く。
その後キッチンに戻った彼が見た光景は、キッチンを戦場に暴れまわる優と康太、それを離れた所で観戦してる蒼野とゼオスの姿であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回の話は新章突入前の一幕。
ゼオス視点のギルド『ウォーグレン』の日常風景です。
本日タイトルを変えた『災禍の種火 一頁目』→日常/古賀康太の場合に続き、二本目になります。
本編の法に関して言えば、明日から新たな仲間の勧誘物語となります。
本編で出た通り二人勧誘するわけですが、一人は新キャラ。もう一人は既に出ています。
誰であるか少しでも楽しみにしていただければ幸いです。
それではまた明日、よろしくお願いします




