ギルド『ウォーグレン』 隊長 原口善 三頁目
原口善全身に纏った、青い練気がみるみるうちに消えていく。
この状況において自ら命を手放そうとしているかのような行為に目を丸くするヒュンレイ。
「それは一体なんのつもりだ?」
目の前にいるのは、必ず打倒しなければならないと常々考えていた目標であり、そんな相手に対して送る助言など一つもないのだが、思わぬ光景を前にして口を出さずにはいられなかった。
「黙って構えろ。なあに、数分もいらねぇ。どのみち次で決着だ」
それがヒュンレイ自身の限界を指すのか、それとも対峙する善の限界を指すのか、どちらであるのかは彼にはわからない。
駆ける二人がただ一つわかっている事は、もうすぐ全てが終わるということだけで、そう考えたところで、一抹の寂しさが飛来する。
「「…………」」
善だけでない、普段ならば決して走らないヒュンレイも縦横無尽に駆けながら状況を探り、一瞬の隙を逃さぬよう意識を集中させる。
「漆式……」
「むっ!」
「功牙!」
最初に動きだしたのは善である。
善とヒュンレイのいる一帯を、地下へと流していた気を使い何度目かもわからない大崩壊を巻き起こす。
度重なる衝撃で崩れていた大地と木々はそれに耐えきれる事ができず、大きな揺れを伴いながら崩壊。
「派手な事をする!」
練気を解いた理由を察しながら舞い上がった氷と砂に視界が防がれるヒュンレイであるが、周囲の空間一帯を覆っている自らの粒子を頼りに捜索し、善の位置を掴む。
「これは!」
そうして善の位置を正確に探知したヒュンレイであるが、その顔には驚愕の表情が浮かんでいた。
大地と木々が散らばる音と氷が砕ける不協和音を耳にしながら確認したのは、姿形から動作、そして叫びまで同じ二人の善。
それがヒュンレイを挟み込むように迫ってきている。
「水分身か!」
その正体をすぐにヒュンレイ・ノースパスは理解する。
原口善という人間は属性粒子の扱いがとても苦手だ。
基本動作の粒子を固めるという行為さえ思うようにできず、普通に撃ちだすとしても加減ができない。
もはやある種の病気の類で、コントロールしようと意識を集中させると、どうにもうまくいかず暴走させてしまうようなのだ。
できる事といえば、最小まで抑え、花に水をやる程度だ。
そんな善なのだが、ただ一つだけ誰にも負けない程うまくできる技術がある。
「「ヒュンレイ!」」
それが今発動している水分身だ。
分身という名の通り、この技は本体と瓜二つの姿をした偽物を出す。
本体と同じようにしゃべり、本体と同じように動く。
様々な技の中でも最高難易度に属するものだが、彼がこの技を使いこなせる理由は、この技の習得方法が理由だ。
この技の習得方法は特殊で、どれだけ自分の事を理解しているかが重要となる。
つまりこの技の習得に必要なのは、自らの声や性格をしっかりと理解し、攻撃や防御の動作をイメージをすることなのだ。
本人と寸分違わぬモデルを作ろうとした場合、途方もない労力が必要となる技だ。
が、その性質から属性粒子の操作のコツは他とは違うため、幼くして家族全員を失くした善はこの技を得るために力と時間を費やし、本人と瓜二つの分身を作りだす事が可能に。
神教に入り頭角を現すまでの数年間、彼は自身の分身と話すという孤独な日々を送り過ごしてきた。
「どっちだ!」
原口善という人間がこの技を使うのは、いつだって最後の最後、切り札としてであり、八年前の戦いでも、ヒュンレイは最後にこの二者択一を突きつけられ、敗北した。
「っ!」
二方向から迫る、自ら作られたとは思えない全く同じ圧迫感に顔をしかめる。
最後の最後に現れた最大の壁に、思わず身じろぐ。
残されたエネルギーと相手の正面に居座らなければならない性質上、打ち出せる『絶氷覇道・大殺界』
は一度のみ。
恐らく分身の方はゼロ距離まで近づけば砕けるが、そこまで近づかれた時点で恐らくこちらの一手は間に合わず敗北する。
この土壇場で、私は本物を当てられるのだろうか?
「馬鹿な。ここで弱気になる理由があるものか!」
そんな弱気な自分を威勢のいい叫びでかき消し、彼はこの最後の衝突を超える策を瞬時に考案。
思い浮かんだ秘策に歓喜する。
「大寒獄!」
優秀なヒュンレイの脳は気がついたのだ。この窮地を超える最善の手段を。
彼はそれに従い体内に残る粒子を解き放ち、周囲一帯に更に強烈な冷気を放つ。
「ぐっ!」
襲い掛かる冷気は迫る二人の善の体に襲い掛かる。
全身から体温が抜け、手足の指の先が凍り、全身が錆びた機械のように動かなくなる錯覚に陥る。
あと数歩で辿り着けるという事実を前にしながら、その数歩が果てしなく遠く感じる。
このままでは本体に辿り着く前に崩壊……いや、辿り着いたとしても攻撃と同時に体が粉々に砕け散るような錯覚が本物の脳裏に迫り、
「その瞬間を待っていたぞ!」
その時片方の原口善が行った行動を前に、ヒュンレイ・ノースパスが歓喜に震える。
彼は瞬時に気づいたのだ。分身と本体の決定的な違いを。
どれほど精巧に作ろうとも、分身は所詮分身。命を宿し生きる人間にはなることができない。
血と臓物を疑似的に作ることは可能だ。
本物と同じ記憶を持たされ同じ感情を持つことも可能だ。
けれども、分身はどこまで言っても分身。実際に命を持っているわけではない。
ゆえに分身は気を練る事ができず操ることもできず、この状況で気を纏う事ができるとすれば、それが本物であることに疑いようがない。
まして原口善が使う青い練気は寒さに対する耐性も備えているのだ。
この状況で本当に勝とうと思うのならば、使わない手はない。
「左から迫る善、貴様が本物だ!」
氷属性の過剰所持により染まった美しい銀の髪の半分以上が黒く染まり限界の時が近づくが、もはや冷気を全方位に放つ必要さえない。
水を固めただけの偽物では見た目は似せても自らに致命傷を与えられるだけの力はない事を理解しているヒュンレイが、右側から迫る分身を放置し左側に注視。
体を九十度回転させ、正面から対峙。
その状態で――――機関銃を装備した両手を大きく広げる。
銃弾の嵐ではその身を完全に砕くまで僅かに時間がかかる。
そして原口善という男は、その一瞬の間に勝負をひっくり返せるほどの超人だ。
ゆえに、やはり取るべき最後の一手は自身の全身全霊を乗せる最強の一撃。
「絶氷覇道――――」
「!」
間に合った!
そうヒュンレイ・ノースパスは考えながら、機関銃の細長い銃身に残った氷属性の粒子を集中。
「大殺界!!!」
あらゆるものを凍らせ砕く二本の銃身が、青い練気を纏ってなお耐えきれない寒さにより体を凍らせる善の体を挟みこむ。
瞬間、冷気が天を衝く。
原口善という一人の人間を基点として、離れた場所にある雲を貫くほどの標高の山脈が瞬時に凍り、まるでガラスが割れたかのような甲高い音を発しながら砕け散る。
周辺の大地や木々などは強烈な冷気で内部まで完全に凍てつき、中心部分から放たれる爆風で無数の小さな欠片へと変貌し、数千メートル先にまで吹き荒れていく。
無論渦中の中心にいる善が無事であるはずでなく、耐性の壁を突き破り全身を凍らせ、
「は?」
――――魔法が解けたかのように原形を失い……大量の水に変化。他のもの同様、凍りつくと同時に周囲へ散った。
「お前の敗因はただ一つ、俺の練気の能力を見誤ったことだ」
「!」
思いもよらぬ事態に呆然自失といったヒュンレイの背後から声が聞こえる。
振り向けばそこにいるのは、分身体ならば決して辿りつけないゼロ距離で、未だその肉体を保っている本物の原口善の姿であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事でヒュンレイ・ノースパスと原口善の最後の衝突回でございます。
次回完結
ヒュンレイはどこをどう間違えたのか、そして最後に笑うのは誰か、お待ちいただければ幸いです
それではまた明日、よろしくお願いします




