ギルド『ウォーグレン』 隊長 原口善 二頁目
「っ!!」
覚悟を決めたヒュンレイ・ノースパスによる力の開放。それは攻撃や防御でないただ溜めていたエネルギー吐きだしただけにも関わらず、その影響は極大であった。
善やヒュンレイ・ノースパスが存在する場に、これまで以上の冷気が吹き荒び、万物を凍らす伊吹が通った先のあらゆるものが凍りつき、そして砕け散る。
「っ!」
その影響は大気にまで影響し、これまでは何とか残っていた僅かな酸素がなくなり、氷属性の耐性に加え熱や寒さに対する耐性を備えている青い練気を纏ってなお、突き刺すような寒さが全身に襲い掛かる。
まさに世界を変える力、すなわち天変地異さえ超える人災を前にしながらも友を見据えようと瞳を開けた善は見た。
背には鳥のような巨大な氷の翼を生やし、両腕には氷で作りだした長い銃身の機関銃を構え、輝くばかりの銀の髪を見せる神々しき超人の姿を。
「畜生が!」
その姿に思わず見惚れると同時に胸を締め付けられるのだが、彼の口元にまで忍び寄っている黒い確認し、口から漏れるのは後悔の呟きだけだ。
「面倒な事をしやがる!」
体内にある粒子を操りなんとか呼吸するための酸素を生み出す善が駆ける。
「この私に近寄るな!」
「ぐ!?」
現状を見ればもはや一刻の猶予もないのは明らかだ。
ゆえに善は決着を付けるために勢いよく飛びあがり殴りかかるが、目標であるヒュンレイに辿り着くよりも早く、数えるのが馬鹿らしくなるほどの銃弾が彼の全身を襲う。
「氷銃ウェスパーの十倍の弾幕密度に鋼を貫くほどの貫通力。そして炸裂した際の範囲と威力……どうかね善?」
「おめぇ、もうそれを使うな」
「短い間だが、立場は完全に逆転させてもらう。これからは、君が私に近づいて攻撃するんじゃない。私が君に近づいて攻撃するんだ…………」
「お前だってわかってんだろ!」
攻撃を防ぐために展開した青い練気が瞬く間に貫かれ、中でも最も直撃が多かった左腕の感覚がなくなっている。
が、善が彼に対し声を荒げる理由はそれが原因ではない。理由は別にある。
今の一瞬の猛攻で、ヒュンレイ・ノースパスの顎の辺りまでが勢いよく黒く染まった。
戦いを継続させるために使っていた体内を冷やしていた冷気を攻撃に使ったからだ。
その結果数年にもわたりヒュンレイ・ノースパスの体の中でほとんど停滞していたウイルスは突如活性化し、彼の命を奪いにかかった。
戦う前に見た体の様子からして、恐らくあと二分、先程と同じような攻撃をすればヒュンレイ・ノースパスは命を落とす、そんな予感が善の頭をよぎった。
「この力を使わなければお前に勝てないのならば、私はこの力を喜んで使おう」
それゆえの警告であるのだが、その善の言葉を聞いたヒュンレイ・ノースパスは嘲り嗤う。
そんな心配は、既に意味を成さないと友に伝える。
「ヒュンレイ!」
「もしも私にこの力を使わしたくないというのならばその方法は一つしかない。そんな事は、この戦いが始まった時点で分かっていたはずだ!」
この星の長い歴史の中で、人間同士の衝突は様々な場面であった。
それはただの意見の衝突の時もあれば思想の違い、誇りや欲望を賭けた物の時もあった。
人は勝つために様々な手段を用いた。
その手段は千差万別、様々なものであったが、命を賭けるに値する願いを抱いたものが辿り着く結論だけはいつも一緒だった。
すなわち、自らの全てを賭けた凌ぎ合い。
誰もが手にしている粒子という力を用いた、一世一代の大勝負である。
「この…………大馬鹿野郎が!」
最後の忠告を無視した生涯の友。
彼を助けるために、再び動かない左腕と未だ健在な右腕を構える春口善。
それを見て、ヒュンレイが柔らかな笑みを浮かべる。
――――私のわがままに付き合ってくれて、心から感謝する――――
胸中で感謝の念を伝え、それを最後に意識を目の前に集中させる。
「……」
それから間もなく二人が存在する世界を牛耳っていた凍てつく伊吹が消え去り、一切の予備動作を見せず原口善が前に出る。
「冷美絢爛!」
見下ろした先にいる善に銃口を向け引き金を引くヒュンレイ。
「数は雨、威力は流星群、か………………馬鹿みてぇな光景だな」
善の進むべき前方全てが数千を超える銃弾の衝突で瞬く間に氷山に変わり、直進を諦め迂回。
「逃がしはしない!!」
なおも諦めずに迂回しながら前へと進んでくる善に対し今度は逃げ場を奪うようにあらゆる場所へ銃弾が落下し、数多の氷山が善の逃げ場を奪っていく。
「そこだ!」
が、それこそが善の望んだ光景であった。
彼はヒュンレイと自分の間を遮る無数の氷山を前に走る速度を上げ、ほぼ垂直な状態で地面から生えている数多の氷山を足場にしながら接近。山頂に辿り着くとそのまま大きく跳躍し、ヒュンレイへと一気に肉薄。
「させるか!」
「いいやこじ開けさせてもらうぞ!」
雨のように迫ってくる無数の銃弾を青い練気と拳圧で炸裂させると、それらを足場として一切速度を落とさずにヒュンレイ・ノースパスへと接近。
「参式……」
拳が届く射程圏内に入ると両の手に力を込め、目前の友をまっすぐに見据えながらこれで決めると意思を固め、知覚できない速度の一撃目を放つその瞬間、
「絶氷覇道!」
「っ!」
彼は身に迫る危険を察知し一気に後退。それを見たヒュンレイは心底悔しげな表情を見せるが、それでもなお前へと飛びだし、両手に一つずつ装備していた円柱状の長い銃身を――――渾身の力で合わせる。
「大殺界!!」
「おいおい嘘だろ」
その結果に、彼は嘘偽りのない感想を口にする。
ヒュンレイ・ノースパスの最後の切り札。
それは一点に強烈な冷気を集めたかと思えば世界が歪むような錯覚を覚えた巻き起こし、その後回避に徹していた善の体に数多の氷の刃を突き刺した。
「この距離だぞ!?」
思いもよらぬ結末に戦慄する善であるが、彼が呆気に取られている間にも自身を追尾してくる銃弾の嵐が止むことはなく、彼はそれらを躱し続けるために足を止めることだけはしない。
「……こりゃもう仕方がねぇか」
あれの直撃を貰えば即死だな
そう考えながら善は青い練気を一ヶ所に集め、身を守る盾を作成。
それを前に出してなおも愚直に進んでいく。
「来るか!」
ここが勝負どころと認識したヒュンレイが命を削り弾幕を更に厚くするように強化。
圧縮させたことで鋼鉄に近い硬度を得た気の盾と銃弾がぶつかり氷の華が咲き乱れ、それが一秒と見たない間続き、黒い染みがヒュンレイの右目を覆い尽くした所で善が構えていた盾が砕ける。
「…………後ろか!」
向こう側に善がいないのを確認しすぐにヒュンレイが振り返るとその予想は的中。
神速と呼ぶにふさわしい速度の機関銃本体による打撃を善が躱し、触れてもいないにも関わらず体の芯を冷やしきる事実に震えながらも、限界が迫りつつあるヒュンレイの首を青い練気で作った腕で掴み、
「ブッ潰れろ!!!」
既に感覚がなくなっている左腕全体にヒビが入ってきている事を視界の隅で認識しながらも、ヒュンレイの体をなんとか縛り続け、空中から地面へと垂直落下。
大地へと叩きつけ、既に破壊され尽くしていた大地を再びひっくり返す。
「くっ、善!」
「ちっ!」
勝負を決するつもりで放たれた一撃を受けたのに加え全身は病に侵され衰弱しきっている。
それでもなお意識を失わずに敵を見据えたヒュンレイの一撃が、善の頭部を砕こうと襲い掛かるが善はこれを回避。
「無茶しやがるなおい」
「君が人に文句を言える立場か。化け物め!」
勝負を決めるつもりで攻撃を仕掛け続けた二人が、善が後退したところで再び向きあい言葉を交わす。
両者ともに致命傷といっても過言ではない程のダメージを負うが、それでもまだ各々の目的を達成するためになおも魂を燃やす。
が、そうしながらもヒュンレイ・ノースパスに残された時間は確実に迫り刻限が近づき、善の全身は強烈な冷気に晒され続け限界を迎えかけていた。
すなわち両者ともに余裕はなく、終わりの瞬間が目の前に迫っている。
しかし事この状況に至り、善の心に影が差す。
「認めるよ。お前はこれまで戦った中で一番強い」
ヒュンレイ・ノースパスを相手に、殺さぬよう手加減したままでは勝てないと、無情な答えに辿り着いてしまったのだ。
「……」
殺す気で立ち向かえば勝算はある。
だがそれを受けて今のヒュンレイが耐えきれるかと言われれば確率は低い。
自らの部下にして友を信じ、最後の手段である一撃に賭けるか、それとも別の手段を模索するか。
ほんの一瞬迷いを抱えてしまった善は、
「いやまあ……迷う必要はねぇわな」
しかしすぐにそのあまりに愚かな意思を振り払う。
そもそもの前提として、勝たなければ自分は殺されヒュンレイも死ぬ。
そして殺さぬように手加減をしているのならば自分は必ず負ける。
だとするのならば、何故ここで迷う必要があるというのか!
「っっっっ!」
強く大地を踏み、大気を揺らす原口善。
その姿を前に、ヒュンレイ・ノースパスは覚悟を決める。
「――――終わらせるぞ」
覚悟を決めれば、頭の中を占領しかけていた霧が晴れていく。
これまで以上に視界が広がり世界が見える。
「――――――ああ、終わらせよう」
静かに、しかし確かな意思を込めた善の呟きを聞きヒュンレイ・ノースパスも厳かな口調で言葉を返し、彼らの空間を支配していた冷気を自身の身に凝縮。
全てを終わらせる覚悟を胸に抱き、
「――――――――――――!」
両者は同時に疾走。
そして最後の衝突の瞬間が訪れる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
先にtwitterかお知らせを確認してくださった方はご心配をおかけしてすいません。
何とか本日は投稿できました!
とはいえ今のノートパソコンはかなり長い間劣化しているのは事実。
毎日投稿を終えるまでの間、何とか持ってほしいものです。
さてそれはそうと本日は二人の全力の衝突が繰り広げられる一話でございます。
最後に書いてある通り次の衝突が最後でして、恐らく次かその次の話で今回の物語は終わりとなります。
それまでどうかお付き合いしてくだされば幸いです。
それではまた明日、お逢いしましょう




